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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編
24.信頼しているからこそ
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「――――で、お前は何度ヘロヘロにされたら学習するんだ? あ゛?」
「カエスコトバモゴザイマセン……」
真っ白い空間で正座させられてお説教だなんて、これではチート物の正反対ではないだろうか。そうは思うが、怒られる理由は俺の方にあるので何も言えない。
今はただ、目の前で仁王立ちしてブチ切れ寸前の顔をヒクヒクさせているキュウマを神様仏様とばかりに平伏して反省するしかなかった。
……うん、いや、怒られている理由は俺にも分かる。
だって散々自分の体は自分で管理せねばと息巻いていたのに、ブラックにちょっとキスされただけでヘロヘロになって頷いちゃったんだもんなあ……そりゃまあ、見てる方としては「バカ! お前バカ!」てなるだろう。俺もバカだと思います。
でも、キュウマは何も頭ごなしに怒っているんじゃないんだ。
これじゃいつまで経っても「異常」から回復できないだろうと、俺の為に怒ってくれているんだよ。だから俺はこうして頭を下げるしかなかったのである。
……まあ、慈雨街道を抜けるなりキュウマに強引に引っ張られて連れ戻された時は、つい「ちょっとはお日様の感動を味わわせてくれよ!」とか思ったが、こういうことなら仕方が無い。全部俺が悪いんですよ、ええ。
「ったく……男が一々あんな事ぐらいでポーッとなりやがって……そんなヘナチョコな精神だからお前はいつまで経ってもオッサンどもに良いようにされんだぞ!?」
「そ、そうは仰いますがねキュウマさん、アイツのやることは俺には処理がおいつかないと言いますか、百戦錬磨のオッサンに俺が勝てるかというとその」
などと、言い訳にもなっていない事をしどろもどろで言っていると、急にキュウマの罵倒が止んだ。どうしたんだと少しばかり顔を上げて相手を見やると。
「…………そうだな、お前童貞だもんな……。女とヤる歓びより女になる歓びの方を知っちまったんだもんな……」
「その言い方やめてください!! なんかイヤだからやめてください!!」
あと凄く憐れんだような目で見るのもやめて!
そら俺だって願いがかなうなら好みの女の子に童貞を貰って欲しいよ! でももうオッサンに操立てちゃったんだからしょーがないだろ!
男として考えたら泣きたくなるからそういう顔で見るのやめて!
「ハァ……まあそれでなくてもお前性的な事に疎そうだもんな。エロオタのくせに」
「男に掘られるのにエロオタかどうかなんて関係ねえよチクショウ……」
「ああもう泣くな泣くな俺が悪かった。……確かに、あのオッサンならそういう経験値凄いだろうし、お前が不利なのも仕方は無い。大体、体格差も酷いし迫られちまうと抜け出せないのは自明の理だろうしな」
「アンタらがデカいだけなんだってば」
そもそもキュウマだって、俺より背が高いじゃないか。
こっちの世界は誰彼かまわず外国人体型でデカすぎるんだよ。
そうむくれると、キュウマは「何言ってんだコイツ」と冷たい目を向けて来る。
「お前が平均以下なんだっての。高2で未だにブレザーの袖が余るモテなそうなチビなんてそうそう見ねえよ」
「モテなそうとか余計なんですけど!? ホントに泣くぞ!?」
きいい説教だと思って甘んじて聞いていれば、次々に俺の悪口を言いやがって。
つーかアレは母さんが間違ってデカすぎるサイズを注文しちまっただけで、断じて俺が小さいわけではない。小さいというなら背の順で俺より低い女子のがそれらしいワケで、その子は何かホント可憐で可愛いな~って……ってそんな場合じゃない。
何の話だったっけ。
あっ、そうだ、俺がすぐブラック達に良いようにされちまうって話だった。
「……ハァ。ともかく……あの妖精族の作った薬は今のところ順調にオッサンどもの気を吸収して消してるみたいだし、無茶しなけりゃまあ大丈夫だろう」
「えっ、キュウマわかるのか?」
自分でも分からない事なのに、何故キュウマが分かるのだろう。
目を瞬かせて見上げると、相手はスクエアフレームの黒縁眼鏡を軽く直して、当然だと言わんばかりにフンと鼻息を吹いた。
「ったりめーだろ俺は神だぞ。至近距離にいる人間の気の流れくらい御見通しだ」
「じゃあ……一応、俺は大丈夫ってことだよな?」
「無茶しなけりゃな。……だがな、こうやって【異界を渡る黒曜の使者】なんてお前が初めてで、どんな変化が起こるかもわかんねえんだ。体調に異変を感じたら、絶対にグリモア達と触れ合うような事をすんなよ」
「う、うん……」
俺は絶対に死なないし、復活できるデタラメなチート能力を持っている。
だけど、その無敵な体も、グリモアの前では意味を成さない。それどころか、逆手に取られてしまう事も有るし、彼らの持つ【真名】で縛られて【支配】によって良いように操られ、死ぬまで曜気を搾り取られてしまうことだってあるのだ。
しかも……ブラックもシアンさんも、本気になれば俺の能力など無視して俺を殺す事だって出来てしまう。俺はそれに抗えないようになってしまってるのだ。
俺がブラック達とどんなに仲良くしてても、それは変えられない事実だ。
だからこそ、俺と同じ【黒曜の使者】だったキュウマは、俺を心配してこんなに怒ってくれているんだろう。……にしたってチビだのなんだのは言い過ぎだよな。
俺だってブレザーの事はちょっと恥ずかしいんだから、直球で指摘しないでくれよ。いや、今後は背が伸びる予定なのでいいんですけどね。絶対伸びるからね!
「……まあ、お前も期末試験だし丁度日にちも空くだろうから……その間に回復するだろう。……にしてもお前、本当に今後気を付けろよ」
「う、うん。薬もキチンと飲むし、出来るだけ無茶しないように頑張って拒否るから」
そう言うと、キュウマは正座したままの俺をじっとみて、何かを考え込むように腕を組んだ。どうしたのだろうと見上げていると、相手は片眉を上げて何とも思わしげに口をヘの字に歪める。
「…………そうじゃなくて……。いや……まあ、お前なら大丈夫か」
「なんだよ!」
「ああ構うな構うな。お前ならどうせモテないって話だよ」
「この人ホントに俺のこと貶してばっか!!」
しまいにゃホントに泣くぞ。
あんまりにも遠慮なくモノを言うキュウマに歯軋りをしてしまったが……でも、こうやって俺に苦言を呈したり怒ってくれるから俺も「ああそうだな」って気が付ける事が有るんだよな。やっぱりハッキリ言って貰わなきゃ分からない物は分からない。
ブラック達だって、俺の体の変化について話したら何だかんだで我慢してくれたし、出来るだけ譲歩してくれた……ように、思う。
そう考えると、不安な事なら言っておいた方が後悔が無いのかもな。
……アグネスさんと黒髪の少女だって、少女がもし「不安なこと」を話せていたら、突然いなくなるような事態にならなかったのかも知れない。
言って後悔する事もあるけど、言わなくて後悔する事だってあるんだよな。
だったら、少なくとも今の俺は……。
「どうした、ツカサ」
考えている途中で呼ばれて、俺は相手を見る。
今心配している相手と少し似ている、黒縁眼鏡のキュウマ。
その冷静で整った顔にちょっとだけ悔しく思ったが、俺は口を開いた。
「…………あのさ、キュウマ。やっぱ俺……シベに正直に話そうかなって思う」
「自衛してから話すんじゃなかったのか?」
「俺は、自分が思うより弱い……らしいし。今回みたいに、何が切っ掛けになって危険になるかも判らないし……だったらもう、先に話しといた方がマシなんじゃないかなと思って。……シベは俺よりずっと頭が良いし」
自分でも少し不貞腐れてるみたいだなと思う声音でそう言うと、キュウマは小さく息を吐いて、何とも言えない顔で薄く笑った。
「ま、及第点だな。お前と同い年じゃ出来る事もタカが知れてるかもしれんが、少なくとも一人で右往左往するよりはずっと良いだろうさ」
「……お前も俺と同い年なんだけど?」
何で上から目線の物言いなんだよと突っ込むと、キュウマはハンと馬鹿にしたような息を吐いて、居丈高に眼鏡をクイッと直して見せた。
「こちとら妻子持ちで何千年も生きてんだ。お前らよりずっと経験豊富だっつの」
…………でも、俺と言い合いをする時点で普通にメンタルは同類なのでは。
そうツッコミたかったが、目の前の神様は俺より口が達者なので喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。これこそ触らぬ神に祟りなしだ。
だけど、これだけ気持ちが近い神様だから相談にも乗ってくれるんだよな。
改めて考えると妙に面白くなって、俺は笑ってしまった。
異世界から帰って翌日、俺は出来るだけ二年生の行動範囲から出ないようにし、一人にならないという大原則もきっちり守って放課後を迎えた。
いや、まあ、すぐそこまで来ている試験から逃れられなくて、悪友全員でヒイヒイと詰め込み勉強をしていたから動かなかっただけなんですけどね。
それはともかく、キュウマと話した通り油断せずに自衛し切った俺は、シベに大事な話があると言って教室に残って貰い二人きりで話をする約束を取り付けていた。
尾井川とクーちゃんはそれぞれ柔道部と美術部に行っているし、ヒロは俺達の教室で待機して貰っているので、シベの居る別クラスには俺とシベの二人だけだ。
しかし念には念を入れなければ。
何度も廊下を見直して誰も居ないことを確認すると、俺を「なんだコイツ」という目で見る辛辣なシベに近付いた。
「で……話ってなんだ。まさか勉強がお手上げだとか言うんじゃ……」
「違う違う! いや、実はさ……」
自分の席に座って俺を見上げるシベに、俺は昨日あったことを話す。
かいつまんで要点だけだが、変な先輩達がシベの名前を言っていたことと、それと関係するのかは分からないが俺自身がおちょくられたことを。
……俺からすれば、異世界で過ごした時間があるので体感的には最早数日前の出来事になってしまっているのだが、昨日の事というのがインパクトが強かったのかシベは眼鏡の奥の切れ長の瞳を見開いて俺を凝視していた。
だが、数秒で元のクールな嫌味イケメンの顔に戻ると、シベは目を伏せる。
どうも真剣に思い悩んでいるような様子で、いつもとは違う深刻そうな表情に変な心配が湧いて俺は声を掛けようとしたが――その前にシベは俺を見て頷いた。
「……わかった。悔しかっただろうに、よく話してくれたな」
「え……シベ?」
急に優しくなってどうしたんだ。
思わず戸惑ってしまうが、相手は椅子から立ち上がって、俺の肩を軽く叩く。
背の高い相手の顔を今度は俺が見上げるが、シベは険しい顔をして、誰も居ない教室の外を睨んでいた。
「後は俺に任せておけ。……お前は今後、絶対に三年生のテリトリーに入るな」
「う、うん……自衛は俺だってやるつもりだけど……」
「それでいい。……どこにでも、醜い心根の人間と言うのはいる。お前だけは、そんなヤツの餌食になってくれるなよ」
シベは、いつもちょっと堅苦しい言い回しで話す。
だけどその言葉に嘘は無くて、いつも正直な事が俺達にはよくわかった。
正義感が強くて、本当に漫画の主人公みたいに曲がった事が大嫌いなのも。
「ありがとな、シベ」
素直に出て来たその言葉を相手へ向けると、シベはチラリと俺を見て――――
何故か何とも言えない顔でモゴモゴと口を歪めると、ゴホンと咳をした。
照れてるんだろうな。きっと。
訊かなくても分かる相手の微妙な変化を見て、俺は何だか言いようのない安心感を感じてしまった。
→
※次は新章です!
今後現代パートも増えてきますが、異世界パートが短くなる
ことはないので、そこのところよろしくお願いします
尾井川以外の悪友達の事も徐々に……( ˘ω˘ )
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