異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

19.考えるよりも行動すべし

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 夜の雨は、とても肌寒い。

 ここが山の中だというのも気温が下がっている理由なのだろうけど、雨が更に周囲の温度を奪うのか、外に出ると半袖では肌寒くて雨合羽を装備しただけでは辛い。

 俺のオリジナル曜術である【ライト】を横に浮かばせてはいるが、この光球は温度が無いので、明るいだけで俺に温かさをくれるワケではない。それどころか、明るいおかげで自分の体に降ってくる小雨の姿がハッキリと見えてしまって、余計に小雨が自分を打ち続けているのだと感じて寒くなってしまう。

 そのうえ、俺は今、真っ暗な森の様子を外から眺めているのだ。なにか……例えばお、オバケ……いや、そんなものは出てこない。出てこないんだが、そういう雰囲気の暗い森を眺めていると、足から冷えて来て身を縮めてしまう。
 決して怖いからではないしこの震えも寒いからだが、とにかく、俺が待っているあの二人ではない何かが現れたらと思うと武者震いがしてしまうのだ。

 ……というか普通に寒い。うん……。
 でも、本当に真っ直ぐ帰って来てくれるんだろうか。

 ――――あの話の後、アグネスさんは「ツカサくんがそう言うのなら、仕方ないわ。二人は解放してあげるね。すぐ帰ってくると思うわ」と言ってくれたが、アグネスさんにお礼参りに行っていたりしないか不安だ。
 彼女は自由奔放で子供のように「純粋」な妖精なので、俺を守ろうとしたのは当然の事だと感じているらしく謝る気持ちは微塵もなさそうだった。なので、それに関してオッサン二人が怒らないか心配でな……。

 いや、二人からすれば「なに迷わせとんねん」っていう話だろうし、怒るのも当然の事なんだけど……俺が謝るからどうにか許してくれないだろうか……。
 結局は、俺の鍛錬が足りないみたいな話だったわけだし……。

「うーん……この雨を操れるような技術か……。どうすりゃいいのか見当もつかないんだけど、恐らく昔の【黒曜の使者】だっただろう女の子は出来てたんだよな……」

 アグネスさんから聞いた話を要約すると、体を何者かの気で乗っ取られかけた黒髪の女の子が逃げて来て、仲良くなったお礼として“止まずの慈雨”を作り出してくれたという感じだったが……彼女は俺と同じような状態になりながらも、これだけの曜術を使ってアグネスさんにお礼をしたんだ。
 それを考えると、俺は自分の未熟さに少々自己嫌悪してしまった。

「はぁ……木の曜術も修行中だってのに、水の曜術かぁ……」

 考えないでもなかった事だが、確かに水の曜術を極める事が出来れば、水属性の最上級曜術である【アクア・レクス】も使いこなせるかもしれない。
 俺、あれやっちゃうと情報過多で未だに頭痛状態になっちゃうからな……。

 でもアレは極めればシアンさんや医師のように体内の異常を検知したり出来るし、なにより毒を切り離したり止血して腐敗の侵攻も遅らせる事が出来るのだ。
 それを考えたら……出来た方がいいんだよな、やっぱ。
 しかし一つの事を極めずに放り出すってのもどうなんだろうか。やっぱある程度は薬師としてしっかり出来るようになってからだよな……。

 それまでは、アドニスの薬に頼るしかないか。
 結局ふりだしに戻るだな、と考えつつ、俺は白い息を吐く。

「……にしても……まさか無意識に【支配】されちゃってるとはなぁ……」

 全部が全部アグネスさんの話を信用するってワケじゃないけど……考えてみると、俺の体にブラックの曜気が消えずに残り続けるんだから、実質支配されかけていると言えなくもなかったんだよな。お互いその自覚が無かったから、ただ単に俺が異常に元気になってて大変だって話なだけだと思ってたけど……。

 でもこれ、ブラックに話して良いもんかなぁ。
 アイツなら素直に聞きそうだけど、でもああ見えて変なトコで気にしぃだし必要以上に落ちこんだりしないかな。ソコがちょっと心配なんだよな。なんせ、ブラックは自分が黒曜の使者を【支配】出来る存在だと知った時も露骨に嫌がってたし。

「…………そういうのは、あんまりしたがらないんだよな……ブラックって……」

 結構な人でなしではあるけど、誰かを操ったり支配したりするってことが、あんまり好きじゃないっぽいんだよなアイツ……まあ俺は別なんだろうけど、そこは……そ、その……別に、そういうブラックなら安心して……ゴホンゴホン、と、ともかく。

 話すにしても、まずは薬を飲んで経過観察しないとな。
 無暗に心配させるのもイヤだし、なにより自分のせいだってブラックに落ちこんだりして欲しくない。クロウもそうだけど、深刻な時ほど隠したがるヤツらだから、そういうのを溜めこんでほしくないのだ。

「……言わないってのも優しさだよな」

 俺の悪友のシベに対して何かありげな先輩達に絡まれた時もそうだったけど、こういうは「すぐに話して対応させろよ!」とかよく言われるし……俺だってそういう展開の漫画を読んだ時にはヤキモキしたが、実際にこうなると難しい。
 最悪の事態になる前に……とは言うけど、もしかしたら次は何も無いかも知れないと考えたら、話すだけ相手に心労を負わせてしまうのだ。

 未来なんてどう転ぶか誰にもわからないし、俺が自衛して棲む話かもしれないし、そう考えたら話さない方が良いんじゃないかと思うんだけど……。
 でも、それで悪い方向に転がるなんてこともよくあるしなぁ。

「俺が何でも自分一人で出来れば良かったんだけど……うーん……」

 悔しいし、申し訳なさも有るけど……やっぱ正直に話した方がいいのかな。
 シベのことだって、まだどうなるか分からないけど、アイツは初めてアッチに帰って来た時にトンデモレベルの厳戒態勢で俺を病院に置いてくれたワケだし……用心が肝心だと思うタイプだから、喋った方がシベ的にも気が楽なんだろうか。

 ……つーか、よく考えたら俺ってばシベのことよく知らないな。
 ブラック達は大人だし付き合いも長いから「大丈夫かも」って思えるんだが、アイツは一年の後半くらいから仲良くなったレベルだもんな。
 桁違いの金持ちだってことは噂とか本人の言動から解ってるし妬んでいるポイントの一つなのだが、家はおろか家族の事も知らないかも。クーちゃんの家族はたまに学校に何かの用事で来るから顔見知りだし、尾井川とヒロの親は言わずもがな。

 知らない内に、あいつらの事って結構知ってるんだよな。
 そんな感じだから特に考えてなかったけど、シベのこと全然知らないな俺。
 シベもあんまり家族の事は話さないし……ハッ、もしかしてアイツもブラックみたいに変な所で繊細なのかも知れない。だったらどうしよう。

「話すにしても、自衛してから……いや、そのまえに……うーむ……」

 あっちの世界なら力のない俺でもいくらでも自衛は可能だが、それでいいのか。
 シベのことを考えれば考えるほど頭がこんがらがってしまって、俺は雨合羽の腕を組んで、しばし唸ってしまった。

 友達の事の方がよっぽど悩むなんて思わなかった。
 なんだかんだ俺って、友達よりブラック達の事の方が理解してるのかも。
 いや……っていうか、ブラック達は強いって俺が確信できてるから、こうやって悩む事も無く全部正直に話そうって思えるのかも知れない。

 結局、相手を知ってるかどうかの差なのかなぁ。
 ……そう考えると、なんか変な感じなんだけども……。

「にしても、遅いなブラックとクロウ……本当に迷わず帰って来られるのかな?」

 二人は夜目が利くし、クロウは鼻も利くけど……さすがにあの鬱蒼とした森の中を進むのは面倒なんだろうか。けっこう待ってるけど帰って来ないし……大丈夫だとは思うけど、それでも心配になって来たぞ。

 夜中のしかも雨が降る中で召喚するのは申し訳ないけど、やっぱりペコリア軍団に頼んで森を探して貰った方が良いんじゃないだろうか。
 いやでも雨の中だなんて、俺の可愛いペコリアちゃん達がもふもふわたあめの毛をぺっしょりさせてしまうかも知れない。そ、そんな可哀想な事は嫌だ。

 でもロクショウに頼むにはまだ一週間も経ってないだろうし、他に頼めるヤツも夜に駆り出すのは申し訳ないと言うか……!
 いくら相手にも拒否権があるからって、呼び出す時点で鬱陶しいだろうし……!

「ぐううう……さ、探しに行くべきか行かぬべきか……」

 これも由々しき問題だと頭を抱えて森の中を見やる。と――――
 ガサガサと、遠くから何かの葉擦れのような音が聞こえた。

「…………?」

 なんだ、かなりの速さでこっちに近付いて来るぞ。
 ガサガサが数分も経たずに大きく聞こえてくる。なんだ、ま、まさかモンスターでは。それだと困るぞどうしよう、せ、戦闘態勢っ。ソロで戦闘でも慌てるんじゃない俺!

「あ、あわわわわ!」

 とにかく相手を拘束するために、木の曜気を手に纏わせようとした、刹那。

「――――――!」

 とても人間の物とは思えない、獣の鋭い咆哮が聞こえて――――
 森の暗闇の中から、大きな影が俺めがけて飛び出してきた。

「うわぁあっ!?」

 あまりのことに一歩退くが、相手の勢いを逃しきれない。
 そのまま体当たりのようにぶつかられて、足が浮く。と、同時に俺の体は後方へと吸い寄せられるように移動し、ドンという鋭い音と共に背中に衝撃を受けた。

 い、痛い。かなりの衝撃に思わず息が出来なくなる。
 これは、壁か。俺は壁に押し付けられたのか。どれほどの勢いで突っ込んで来たら、ここまで飛ばされるんだ。ワケが解らなくて混乱しそうだったが、俺はとにかく状況を把握しようと正面を見て――――目を見開いた。

「く……クロウ……?」

 そこにいた……いや、俺を片腕で抱えて宿の軒先に押しやっていたのは、間違いようもなく俺の仲間のクロウその人だった。
 暗かったしクロウの勢いで【ライト】も消えちゃったので一瞬分からなかったが、宿の中の明かりが薄ら漏れていて、辛うじて相手だと解る。

 それに……気恥ずかしいが、こうして自分の体に回される腕は、クロウの逞しい腕そのものだった。微かな唸り声だって、そういえばクロウ以外にはありえない。
 やっぱりクロウだ。自力で帰って来てくれたんだな。

 そう考えると嬉しくなり、俺はさっきの驚きも失せてクロウに「おかえり」を言おうと、相手の顔を見上げて口を開いた。

「お……」

 おかえり。と、言おうとした。
 が。

「ツカサ…………わ、せろ……っ……お前を、喰わせろ……!!」
「……え?」

 なんとも切羽詰ったような声が聞こえたと思った瞬間。
 俺の視界は、闇のような影に覆われ……口を、塞がれていた。












※【アクア・レクス】
 水の曜術の最上級術。水源や水脈を感知する術。認識出来る範囲の全ての水を鑑定し、自分の体と照合して有害か無害かを判定できる。認識した水が鑑定できる物であれば、認識した全ての水に変質させられる。
 また、技術力が高ければ人体に干渉し体液操る事が出来る。(第一部後半参照)
 (ただし、莫大な精神力を使用するため、通常の曜術師が相手へ攻撃するのは凄く難しい。ヘタすると術者自身が情報量に耐え切れず死ぬ)
 そもそも水の曜術師は曜術師には珍しく喧嘩っ早くない&医師は貴重でどこででも大事にされているので、そういう事をするような人は皆無です。

 
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