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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編
耽溺
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自分の愛しい婚約者は常に可愛らしいが、事後の彼は特段に可愛い。
完膚なきまでにメスとして扱われてしまった……という事実に対しての男としての幾許かの悔しさで、彼はいつも少し不満げな顔をする。だが、それと同時にブラックと「愛し合ったのだ」という事実の余韻を感じてか、生娘のように“歓び”に照れて己の恋人との情事を生々しく思い返して顔を真っ赤にするのだ。
そうして、恥ずかしいのだといつも以上にしどろもどろになる。
だが、それでいて、いつもより素直にブラックの手や体を拒否せず受け入れてしまうのだから、これが堪らない。娼姫であればよほどオスの好みを心得た位の高さだ。
あまりにも毎回恥じらうので、最初の頃は生娘ぶっているのかと思ったりもしたが、今となっては彼なりの「愛してる」なのだと理解しているので、ブラックとしては事後のツカサを観察するのが楽しくて仕方なかった。
(ツカサ君は照れ屋だから、最近やっと自分から『好き』って言ってくれるようになったくらいなんだよなぁ。……でも、言葉よりああやって態度で示してくれるほうが、もっとずっと愛しくてたまらなくなる)
彼がブラックの顔や仕草を見て顔を赤くするのは、それだけブラックの事を魅力的で「オスとして」格好いいと思っているからだ。
異世界で暮らしてきた彼は、同性の体を持つ人間にそうしてメスらしく振舞う事は滅多にない。というか皆無だ。例外は存在するが、それでもブラックに対しての照れのようにあからさまな好意を見せる事は稀だった。
そう。ブラックにだけ。自分にだけ、ツカサは行為を露わにして照れる。
好きが行き過ぎて、触れられるだけで意識してしまう。そんな自分が恥ずかしい。
男としてそれが恥ずかしいからこそ、毎度毎度飽きもせずツカサはブラックの顔を見て顔を赤くし、そんな自分を隠そうと必死になるのだ。
彼にとって、ブラックは唯一の「好きでたまらない恋人」なのだから。
(っ……はぁああ~~~~っ。ツカサ君たらもうっ、ホント僕のこと好きすぎるよね! おかげで僕も性欲が収まるヒマがないんだけどなあもう!)
ツカサはよくブラックを指して「性欲魔人」と言うが、それはツカサがそうやって煽るからいけないのであって、結局のところツカサが全て悪いのだ。
自分に対してこんなにも「好き」を見せて来るから、構い倒したくなる。
本人は隠しているつもりなのだろうが、お世辞にも賢いとは言えない彼の態度では丸分かりで、知らないふりをするのも苦労する有様だ。
(まあ、まったく困らないけどね……。にしても、寝しなの睦言なんて昔の僕じゃ考えられなかったな……こんな風にずっと一緒に居たいと思う子が出来るなんて、思いもしなかったし……)
あの時の自分は――――森の中の小屋で独り、朽ち果てるつもりだった。
現在の浮かれた自分からは考えられない思考だが、最早どうでもいいことだ。今はツカサとのセックスで得られた長い多幸感に浸っていたい。
あわよくば、今台所ではしゃいでいるツカサにちょっかいをかけたい。
怒られるのでやらないが、それでも……見ているだけでも、なんだか幸せだ。
そんな事を思いつつ、ブラックは古びたテーブルの向こう側にいる少年の細い背中を見やった。
(それにしても……連れて帰る時はプンプンしてたのに、ツカサ君ってば野草だとか調合とかになると、すーぐ機嫌が良くなっちゃうんだからなぁ)
無理な体勢でセックスをしたせいか、ツカサは下半身に力が入らなくなったので、そのお詫びと言う形でブラックが恭しく横抱きにして宿に連れ帰ったのだが……その途中と言ったら、ツカサがキーキー怒るので静まる暇が無かった。
とはいえ、その怒りも照れ隠しの他愛無いものだったので、ブラックとしては充分に堪能させて貰った程度だったのだが……ツカサはこちらの余裕の態度がお気に召さなかったようだ。そのせいか、宿に着いてから「もう今日はえっち禁止だからな!」と念入りに釘を刺されてしまった。
帰ったらすぐに第二回戦を行おうと思っていたブラックにとっては、残念極まりないお知らせである。しかし、こういう時のツカサを怒らせると後が面倒臭い。
最悪の場合二週間もセックスがお預けになるし、丸一日触れることすら許されない場合もある。控えめに言っても拷問だ。至近距離に触り心地の良い恋人がいるのに触れられないなんて、どんな拷問より苦痛と言えよう。
なので、素直にお預けを喰らい、こうして台所ではしゃぐツカサの尻……いや、背中を椅子に座って眺めているのだ。
「これは……ふむふむ……」
…………流し台の前に立ち、資料や『百科事典』を見ながら今日収穫した野草やキノコなどの知識をしっかり蓄えつつ、ツカサは楽しそうに体を揺らしている。
元からの素質なのか、それとも木と水の曜気を操る【日の曜術師】になると定めたからなのか、ツカサは植物にえらく興味を惹かれるようだ。
彼曰く「ふぁんたじーだから」とのことだが、ブラックは未だによく解っていない。
おそらく異世界人だから物珍しいのだろうが、それにしたって毎回野草を発見するたびに上機嫌だ。薬師と言う職業を目指しているのだとしても、奇特な事である。
にしても――――上機嫌すぎて体が揺れるのは、なんとも子供っぽい。
おかげでその丸々とした尻にばかり目が行ってしまい、ブラックは先程から頬杖をついて喉を鳴らす音を堪えていた。
(……なんでこう、ツカサ君のおしりって柔らかそうなのかなぁ……。あんな誘ってるおしりを見せられて触るなって方が無理なんだけど。ツカサ君ってほんと自分がメスだって自覚ないよね……まあそこが可愛い所でもあるんだけどねえ)
ブラックに対して警戒心を剥き出しにしておいて、そのくせ無防備にむっちりした尻を見せているのだから、これで襲うなと言う方が無理な話である。
まだ帰って来てない熊公があの楽しげに揺れる尻を見れば、絶対に我慢出来ずにツカサに覆い被さっていただろう。実際にそうなると憎たらしくてたまらないが、しかし気持ちは十二分に理解出来るのでなんとも言えない。
(まあ徹底的に教え込まない僕も僕なんだけどね……。でも、こういう無防備な所があるから丸め込みやすいワケだし、こういうのもツカサ君の良さだからな~)
こう言っては何だが、ツカサは“かんたん”だ。
だがそれは異世界人ならではの無防備さから来る性格なので、メスとしての自覚を徹底的に教え込んでしまうと、その付け込みやすい部分が無くなってしまう。
難しい問題だが、しかしそのままのツカサが好きなブラックとしては、どれだけ他のオスを惹きつけようがツカサのメスらしさを更に強めるような事はしたくなかった。
そもそも、恋人としてのメスらしさというのなら、今の彼は充分素質があるのに。
(だって、そうして野草を扱って薬師に成ろうとしてるのも……僕のためだもんね)
そう。
楽しげに野草を採取したり調べることの終着点には、常に自分への献身が有る。
薬師という職で一人前になるために励んでいるのだって、ブラックの事を考えてのことなのだ。そういうところもツカサの可愛い一面の一つと言えよう。
(料理だって、僕に美味しいものをっていつも思ってくれてるし……ふ、ふへへ……。またお菓子を作るって言ってたけど、何を作ってくれるのかな~)
帰り際にツカサは「おかしを作る」と言っていたが、あの野草のどれかを使って何か新しい料理を作るようだ。
ツカサの作るものは毎回間違いなく美味しいので、期待せずにはいられない。
甘い物はあまり好まないブラックでも、ツカサが作ってくれる甘いお菓子は不思議と好きになれて、今日の「おやつ」とやらも待ち遠しかった。
「んー……ミズモリタケって味ないのか……うーん、カンテン……?」
なにやらブツブツ呟いているが、カンテンとは何だろうか。
【ミズモリダケ】と言うのは、森でツカサが見つけた水で形を作ったようなキノコだ。半透明で握っただけでふにゃりと曲がるため、食べると気が抜けてしまうと言う迷信があるが、それ以外は無害なキノコである。
昔聞いた話では、ほぼ水分で出来ているので絞って水を飲む事も出来るのだそうだが、この【ミズモリダケ】は水が豊富な場所や多雨地帯にしか生えないため、その唯一の利点もほぼ意味が無いらしい。
そして味も無く案外脆いので、食べたとしても満足感は無い。
なので、他に美味い物が有るこの大陸ではおあまり取り扱われる事も無かった。
そんなものを見て料理に使おうと言うのだから、ツカサは本当に不可解だ。
(こう言っちゃなんだけど……異世界人だと、何でも食べられるようにしようって意識が高すぎるような気もするよなあ。ツカサ君だけなんだろうか)
別の世界の人間なんて、ツカサ以外だと胡散臭い神サマぐらいしか知らないので、何とも言えないが……それにしても、毎度ツカサの好奇心の強さには恐れ入る。
仮に自分が一人で旅をしていても、恐らく【ミズモリダケ】なんて見向きもしなかっただろう。普通に持って来た食料で済ませたはずだ。
大体、採取する野草や肉も食べ慣れたものを使う事が一般的なので、ツカサのように新しい食材を取り入れようとする好奇心のある者は少ないだろう。
まあその好奇心のおかげで美味い料理が食えるのだから、何も文句は無いが。
それにしても、何を作るつもりなのだろう。
(みたいなぁ……なんかさっそく料理始めちゃってるし……何を作るのかな?)
トントンと音を響かせながら、ツカサは何かを刻んでいる。
あの水妖精に植物の事を詳しく訊いていたが、その成果が見られるのだろうか。
じっと待ってさえいれば、いずれはその結論も披露して貰えるのだが……目の前でちょこまかと動くツカサを見ていると、うずうずしてしまって。
(あー……。あーもう、我慢できないっ! ツカサ君のせいだからねっ)
つい我慢出来ず、ブラックは立ち上がってツカサに近付くと――――すぐさま、料理をしている彼の小さな体をぎゅっと抱きしめてしまった。
「わっ! ぶ、ブラック危ないって!」
「うぅん、だってツカサ君が僕のこと放って楽しそうに料理してるからぁ」
わざとらしく甘えた声で言うと、ツカサはすぐに頬をほんのり赤くして目を泳がせる。
解りやすいその表情に満足感を覚えながら、ブラックは懐くように体を密着させて、ツカサの顔を横から覗きこむように見やる。
「楽しそうにって、そりゃ……お、お菓子つくってるんだし……」
「どんなお菓子? 教えてよぉ」
押し切れるかと畳みかけたが、意外にもツカサはチッチと指を振る。
「そりゃ出来てからのお楽しみだろ。つか危ないから離れてろって」
「えー? やだやだ、ツカサ君に放っておかれて寂しいんだもん!」
「だーっもう、料理できねーだろうがーっ! 危ないから離れろって!」
危ないと言う理由でブラックを遠ざけようとするが、実際は照れているからだ。
それすら手に取るように分かるので、本当にからかわずにはいられない。
だが、抱き着いて常に一緒に居たいと言うのもブラックの本音なのだ。構われずに待っているだけでは、なんとも寂しい。だから、出来る事ならこうやって常に隣に居てツカサに意識していて貰いたかった。
(……昔の僕が聞いたら、せせら笑うだろうなぁ)
ツカサからの可愛い罵詈雑言を浴びつつ、ぼんやり思う。
だが、それが恥だと思うことなど一度も無い。
「一緒にいたいんだよぉ、ツカサ君……。ね、いいでしょ? ね……」
「っ……も、もう……。だったら、ひ、ひっついてないで、隣にいるとか……」
わざとらしい切なげな声や表情でも、ツカサはすぐに顔を赤くする。
恐らく彼も「わざとらしい」と思っているのだろうが、それでもブラックの事を理解してくれているから、こうやって一々「本音」に反応して赤くなるのだ。
そうして……最後には、ブラックに譲歩してくれる。
だから、愛おしくてたまらない。
「えへへ……隣? 隣ならいいの? こうかなっ」
「だ、だから肩ひっつけるなって……危ないし……と、とにかく大人しくしてろよ!? 今みたいに引っ付いて来たら、すぐテーブルに戻すからな!?」
「はぁ~い! ツカサ君大好きぃ」
「ばっ……だ、だからそういうコト言うなっ!!」
さっき愛し合ったばかりだというのに、それでも睦言に一々恥ずかしがる。
やっぱりツカサは、自分の事が好き過ぎるようだ。
(それを一々確かめる僕も僕だけどね……)
しかし、罪悪感など無い。
この甘くて蕩けるような時間があるからこそ、駄熊の存在も彼がいない時間も全て耐えられる。待っていられる。
自分にだけ特別に与えられるツカサの愛情が、嬉しくてたまらない。
本当に……昔の自分が見たら、どう思うだろうか。
過去の事を思い出す道のせいで、そんな事をまた考えてしまうが――――ツカサの遠慮がちで熱っぽい視線を感じると、もうどうでもよくなってしまった。
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