異世界日帰り漫遊記!

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

  憂鬱

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 アコール卿国には、慈雨泉山と呼ばれる山脈が在る。

 国境の山脈に属さぬ山としては他に類を見ないほど標高が高い山が存在し、その頂を持つ一番大きく張った山の部分は「母体山」と呼ばれているという。

 「母体」と称されるのは、その山がアコール南西部に清らかな水を与え続けているからだ。そのうえ、母体山の水は大河となり緩く優しい流れを作り出す。この山からの恵みは、膨大な水量にも関わらず、荒れぬ大河であり続けているのだ。
 それゆえに、古の人々は己の母を思い山を敬ってこの名を付けたのだろう。

 ――だがしかし、その逸話が本当の事かどうかは定かではない。
 母親のような穏やかさと称するが、それが正なる母親の気性であるのか、ブラックには判断がつかない。そう感じる余地も無かったがゆえに、母体山と言う名の山に登っても、何がどう名を冠する由来になるのか分からずじまいだった。

(……普通の春山だけどなあ。まあ水が豊富なだけあって、高い山頂にまで草木が侵食して来てるけど……曜気が豊富なら珍しい光景ではないし。大体、アコールの国土全体が【黒髪の乙女】とやらの恩恵を受けて植物だらけになっているんだから、母体もクソもないよな。……まあ、常に雨が降っているってのは不思議だけど)

 そう思いながら、少し先で色を変えている山道を仰ぎ見る。

 この“慈雨泉山”は、名の通り常に慈雨……恵みの雨が降っており、八合目から上の地帯は乾き知らずの不可解な地帯と化している。
 昔はこの永劫続く雨の道を商人や旅人が行き交ったと言うが、今となっては草木が生い茂り、人々を雨から逃す各所の小屋町も廃墟となってしまっていた。

(僕が旅に出てすぐの頃は、辛うじてまだ小屋が残ってて人も居たんだけどな……。まさか、たった数年で廃れるなんて思ってもみなかったよ)

 何もかもが全て記憶通りのままでそこに在る――――なんてことはない。
 人も、街も、風景すらも、不変であると言う確証はどこにもないのだ。

 自分の記憶の中に在る風景が存在し続ける信じるのは、何も知らぬ子供の盲信と変わりない。他者や自然の介入が切り離せないこの現実は、人が望む不変を決して許してはくれないのだ。

 当然のように存在すると思っていた道も、街も、風景でさえも景色を変える。
 その重苦しく胸に圧し掛かる感情は、今のブラックには何と言ったらいいのか表現が難しい。だが何となく、喪失感と苦しさが有るような気がした。

 別に、そこまで思い入れがあった風景でもなかったのに。

(……ツカサ君が居ないと、考えなくて良いことばかり考えちゃうなぁ。……ああ、でも……ここにツカサ君が居てくれたら、僕のことぎゅってしてくれただろうなぁ)

 あの子は、そういう子だ。
 普段はこちらの気持ちに鈍いくせに、ブラックがこういう感情に陥ると一生懸命に手を差し出して慰めようとしてくれる。

 弱音を吐いたわけでもないのに、ただ気持ちを静める為に手を握ってくれるのだ。
 それがどれだけブラックに安堵を齎すのかなど、言葉では表しきれない。
 だから、つい甘えてしまうのだ。
 この子ならば自分の全てを受け入れてくれる、と。

(ああ……ツカサ君……今度はいつ帰ってくるの? いつキスさせてくれるの? もう恋しくて恋しくてたまらないよ……早くぎゅってさせてほしい……)

 雨の生温い温度と不快な湿り気が、土臭さと草木独特のにおいを立ち上らせて、鼻も心も憂鬱になる。なにより、今は背後に鬱陶しい熊獣人が追従しているのだ。特に喋る事も無いので無言で移動しているが、これはこれで人の気配が気になり邪魔としか言いようがなく苛立ちは増す一方だった。

(別に山が嫌いってワケじゃないけど、土そのままの道は滑ってぬかるむし、座って休憩しようにもマント越しなのに冷えが伝わって来るし、雨の中での移動なんて体温が奪われるばっかりで悪い事しかないんだよなあ……はぁ。こんな状況じゃなけりゃツカサ君が来るまで待機できたのに……)

 そう重い溜息が出るが、しかし進まないわけにも行かない。
 現在の状況は、思った以上に深刻だ。【アルスノートリア】が何を考えて、何故いま自分達に近付いて来たのかが判明しない以上、堂々と街道を歩いて移動するわけにも行かない。また「なにか」を差し向けて来るかもしれないので、どれだけ憂鬱な道だろうが、このような人気のない街道を進まねばならなかった。

「ヌゥ……ブラック、本当にあの雨の道をこのまま行くのか。今の速度でも、慈雨街道は踏破に一日かかるのだろう? 山道を夜間に進むのは危険だぞ」

 そうして気が進まない所に、ちょうど駄熊の声が聞こえてくる。
 機嫌が悪い時を狙って喋っているのかとこめかみが動いたが、しかし今この駄熊と喧嘩をしても仲裁してくれる婚約者はいないのだ。怒っても意味が無い。
 グッと堪えて、なんとか冷静に答える。

「うるさいなあ。危険だからこそ、ツカサ君が来ない内に踏破しておくべきだろ。こんな危ない地帯をツカサ君が滑らずに抜けられると思うかお前」

 そう言うと、背後のデカブツは寸時黙って。

「無理だな。日が暮れるまでに行ける所まで行こう」
「分かってるなら質問すんなブチ殺すぞクソ熊」

 つい本音が口を突いて出てしまうが、これで別行動をしようと思わない相手も大概である。まあ、この駄熊の場合は馬耳東風というのもあるが、ついて来る一番の理由はツカサが必ずブラックの居る場所に帰ってくるからだ。

 このパーティー――熊公からすれば、群れの――栄えある「二番目のオス」という役目をまんまと手に入れたずる賢い害獣が、そうそう離れるわけもあるまい。
 なにせ、この小賢しい獣風情もまたツカサに執着しているのだから。

(はあ。いつ寝首をかかれるのか解ったもんじゃないってのに、大人しく同行させる僕も僕だな……ツカサ君が泣かなきゃこんなヤツとっとと排除してるのに……)

 ……そもそも、この熊公はブラックに義があるから同行しているワケではない。
 さっきも言った通り、相手もツカサを欲するあまり強引について来たのだ。まあ長い旅で協力したり悪友かと思う事もあったが、それとこれとは別である。
 これ以上なく気が合うところもある仲間とはいえ、やはり自分の唯一の伴侶を狙う者には殺意を覚えずにはいられなかった。

(だいたい、いつ寝首をかかれるかわかんないってのに仲良くもクソもない)

 そう。自分と熊公の間には、そういうどす黒い感情が常に漂っているのだ。
 今はブラックを「群れの主」と認定しているので従っているが、こちらが相手を抹殺したいと思うのと同様に、駄熊も常に下剋上を狙っている。だからこそ「二番目にメスを孕ませる権利がある」という地位に甘んじているのだ。

 しかも、相手は浅ましい獣ではない。
 ツカサの心を痛めぬようにブラックを排除しようと思い、忍耐強く周到に好機を待ち続けている。それこそ、普通の人族以上に執念深く……狡猾に。 
 だからこそブラックも相手を始末したいなあと思っているのである。

 ……まあ、だからといって、極上のエサ兼メスのおこぼれにあがれる今の立場を、バカな怒りで手放す事も無いだろうが。

 そうブラックも理解しているからこそ、背後の熊公にいらつくのだ。
 愛しい相手を一時的にでも「世界から抹消されている」というのに、無表情な顔と声で飄々としていられる相手に。

(……クソッ、やっぱり雨は嫌いだ……妙にイライラする…………)

 ツカサと一緒の時は雨音になどなんとも思わなかった。
 だが、今は違う。何故か、考えなくても良い事を考えてイライラしてしまう。

 それが何故だかわからないが……と、考えて、ブラックは首を横に振った。

 どの道、今思索していても仕方が無い。
 もう、雨が降り続く道である【慈雨街道】に入る。外套が体を覆っているため体温がすぐに奪われる心配はないが、それでも体力には気を付けねばならない。
 いつツカサが帰って来るかも知れないのだから、早く抜けてしまうべきだろう。

(ハァ……。憂鬱だなぁ……ツカサ君で癒されたい……)

 色が変わった地面に覆い被さる小雨のカーテンを見て、更に憂鬱さが増す。
 締め切った屋敷よりは野趣あふれる風景の雨のほうが耐えられるが、しかし、それでも不快な事に変わりは無い。今から愛しいツカサなしでこの山の慈雨地帯を行くのかと考えたら、どうしようもなく気が滅入りそうだった。

 しかし、いとけなく無力な少年そのままの恋人が難儀する未来を思えば、この道を踏破してしまおうという気力も湧いてくる。

 ツカサは「余計なお世話だ」と頬を膨らませるだろうが、その怒りの中には己の無力を思って恥じらう気持ちと、ブラックに対しての感謝が含まれていた。
 ブラックには理解しがたい「異世界の男の意地」で素直になれないものの、ツカサの内面はブラックに対しての信頼と、それに溺れてはいけないと抗ういじらしい感情がせめぎ合っているのである。これが可愛くなくてなんといおう。

 好きだからこそ、寄りかかる怖さを感じているのだ。
 嫌われたくないと言う根底があるからこそ、つい意地を張ってしまう。
 そしてそれを隠しきれない純粋な少年の心が何よりも愛おしい。

 自分に対してどこまでも“やさしく”て素直でいてくれるツカサの事を思うと、一刻も早く会いたくてたまらなかった。

(ツカサ君……いま何してるのかなぁ……勉強してるのかな。寝てるのかな。ご飯を食べてるのかな。それとも……僕の事を考えて、自分の事を慰めてたりして)

 まあ、それは流石に少ない確率だろう。
 そんな事を考えて内心自嘲しながら、ブラックは遂に慈雨街道へ足を踏み入れた。

「――――……」

 雨が支配する領域に踏み込んだ途端、踏み込んだ地面のぬかるむ柔さを感じて、足が無意識に力の入れ所を探す。
 小雨とは言うが、やむことのない雨であればどんな量だろうと鬱陶しい。
 髪が濡れて更にこんがらがる事に煩わしさを覚え、ブラックは己の周囲に炎の曜気がまとわりつくように気を放出した。

 ――――こうすれば、自分の体に触れる雨も多少蒸発する。
 とはいえ、常時この状態でいるのは疲れるし、そもそも術として放出せずに全身を覆うだけに留めているのはとても難しいことなので、これ以上雨が酷くなるとこの鎧の持続時間もどんどん短くなってしまう。

(出来れば、日が暮れる前に街道の終わりまで移動したいけど……)

 そう思いつつ足を進めるが、平坦な場所に出るまで慈雨街道は長くゆるい登り坂が続く。転んで一気に下方へ落ちる心配はないが、その緩やかさがいっそう道に染み入る水の逃げ所を失くしていて、容赦なく靴を泥で汚して行った。

 昔はこんな場所を馬車が行き交っていたと言うのだから驚きだ。
 そう思えば、新しい街道を行く人々の気持ちも痛いほど理解出来た。
 やはり人と言うものは便利で楽が出来るものには抗えない。

(楽と言えば、確か……ぬかるみを避ける“かんじき”というものを小屋町のどっかで売ってた気がするけど……今じゃもうソレも望めそうにないな)

 ここに来るまでの小屋町も廃墟になっていたのだから、ソレを用意していた小屋町も、既に廃墟になっているのではないか、と思って緩い坂道の遥か無効を見やると――――思っても見ない光景が見えて、ブラックはギョッとした。

「えっ……」
「どうしたブラック」

 背後から聞かれて、足が止まる。
 どう言ったらいいか一瞬迷ったが、冷静さを取り戻して問いに答えた。

「……坂の終点が、密林になってる。前は普通の参道だったってのに」
「なんだと? 慈雨街道は最初からあのような道ではないのか」

 あまりにトンチンカンな事を言う無知の中年に、思わず眩暈がする。
 だが呆れと怒りを堪えて、ブラックは説明してやった。

「んなわけねえだろ駄熊めが馬車が通ってたんだぞ。木が道を侵食してるってのに、伐採もせず放置なんぞするか」

 ……怒りは堪え切れなかったようだ。
 しかし言葉に侮蔑が滲みでても、相手は無表情で意にも介さず返してくる。

「それもそうだな。……しかし、森がせり出せるくらい平坦な場所が在るとは驚きだ。今まで谷間のような道を歩いて来たから判らなかったが、慈雨泉山は広いのか」

 ブラックに指摘されてもサラッと流す辺り、この駄熊も中々の性格だ。
 まあそうでもなければ横恋慕のうえ図々しく居座ったりなどしないが、ともかく。駄熊の言う通り、街道が通る慈雨泉山の中心【母体山】は、裾野も面積も広く、高山だと言うのにそれを感じさせないほど急な傾斜がなかった。

 これは街道を敷いた者達の経路選びの成果でもあるのだろうが、慈雨街道の山道は、緩やかな坂も山頂に最も近い平坦な道の回廊も落下する心配は無用なのだ。
 落石は注意せねばならないかも知れないが、山をぐるっと半周する平坦な区域に関しては森が広がっているし、その心配も無用だろう。

(ずいぶんと都合のいい山だけど、そういう所も母親ってヤツなんだろうな)

 空っぽの共感で納得して、平坦になった道をひたすら進み森に入る。
 いつもなら常春の国の森林というのは爽やかな香りが漂って来るのだが、この森は高山特有の冷えと雨の湿った詰まるような空気も相まってひたすら暗い。

 雨が降り続けているなら木々も腐るだろうにと思うが、しかしここは【魔素】も他の気と同様に薄いのか、水を含みすぎて砕けた木々の残骸はあっても腐ったような物はどこにも見当たらなかった。

「……初々しいまま砕け散るのと、腐って砕け散るのはどちらが幸せだろうな」

 同じような事を考えていたのか、背後で熊公がぽつりと呟く。
 恐らくこちらに放り投げた言葉ではないのだろうが、その言葉は妙に耳に残った。

(どちらにせよ、無意味な感傷だ。……そんな事を考えても、どうなるわけでもないんだからな……)

 ……それより、己の中に残存する曜気を気にする方が賢明だ。
 金の曜気と共に炎の曜気の蓄えはしているが、だからと言ってこのような何も無い場面で無駄遣いはしたくない。

 なにせ、ここは国境の山脈ほどでないにしろ、地べたのモンスターどもより強いものが生息しているのだ。出逢う確率は少ないが、それでもツカサがもし途中で合流した時に出くわせば厄介なことになる。彼を守るためにも、節約はしておいた方が良い。
 しかしそうなれば……やはり、街道の歩きにくさは気になるもので。

「森が深くなっていくな。道が見えづらくなってきた。……迷う可能性があるのでは」
「うるさいな」
「やはり、一晩待った方がいいのではないか? もうすぐ日が暮れるぞ」
「うるさいって言ってんだろ……」
「もし夜中にツカサが来たらどうする。ずぶ濡れにして風邪を呼び込む気か?」
「…………」

 そんなわけはない。
 あちらの時を考えると、ツカサは今すぐには来られないはずだ。学校……こちらの世界で言うと学術院や教学堂に通う「こうこうせい」という身分のツカサは、苦手な勉学から離れられない生活を送っているのである。

 彼がいくらブラックを思って切なくなっても、すぐというのは無理だろう。
 そうは思うが――――

(…………会いたいなぁ……)

 無意識に心がささくれ立つ違和感も、長く続くと疲れて来る。
 ないことだろうと期待を持たずにいようとしても、左手に光る唯一の“よすが”が彼の濃密な琥珀色の瞳を思い起こさせると、どうしようもなく心が震えた。

 ――――そうだ、自分は疲れているのだ。
 だから、一々取り合っても仕方ない駄熊の言葉などにもイラついて来るのだろう。
 ならば休んでも。せめて、夢の中の彼に癒されるくらいしても良いに違いない。

「ブラック?」
「……もう少し行ったら、小屋町が一つあるはずだ。あちら側からすれば街道の最終地点だから、多少大きな施設がある。……残っているかどうかは分からんが、休憩をするくらいは大丈夫だろう」
「ム。ツカサが来てくれるといいな」
「じゃっかあしいわクソ熊!! 殺すぞ!!」

 一々感情を逆撫でするような事を言う無神経な駄熊に我慢出来ず、つい振り返り罵声を強く浴びせかけてしまった。
 それと、同時。

「うぎゃっ!!」

 声がして、びちゃっ……という耳に不快な音が飛び込んできた。

(え……)

 無意識に頭の中で声を漏らしたが、それを意識した時にはもう、ブラックの足は声が聞こえた方へと歩き――――いや、早足で近付いていた。
 ぐじぐじとぬかるむ土の音が鬱陶しい。それ以外の音が聞きたい。
 それ以外。そう。

「ツカサ君……!」

 道に斜めに張り出した木の影を、勢いよく覗き込む。
 すると、そこには尻もちをついた何者か……いや、頼りない体付きの少年がいて、思いきり驚いてビクッと体を震わせた。
 どんな少年かなど、もう意識して観察しなくたって判る。だって、彼は。

「うぅ……ば……バレた……恥ずかし過ぎる……」
「ツカサ君……っ、あぁあっな、なんでっどーしてこんなに早く!? うわっ、うわぁあっツカサ君っ、あああツカサ君ツカサくんつかさくんあぁあ」
「わっわっ抱き着くなやめろっ、ちょっ……か、肩に顔を埋めるなああ!」

 やめろとか泥でケツがヤバいとか言われるが、今はもうそんな些細なことに構ってなどいられない。押し倒さんばかりの勢いで彼の小さな体を抱き締め、小雨に湿った髪を手で撫ぜつける。すると、ブラックの庇護によって雨を避けたツカサは、体温と炎の曜気の暖かさに「んん……」と小さく堪えるような息を漏らした。

 きっと、熱に触れたのに加え、ブラックと触れ合った事で体が反応したのだろう。
 ツカサの体は、愛するブラックの体に包まれただけで悦んでしまうのだ。それを実感するたびに、心の中に言い尽くせないほどの興奮と幸福感が湧き起こってくる。

 拒否するくせに、ちっとも離れようとしない。ブラックの成すがままになることを、彼は無意識に許容してしまっているのだ。
 あまりにも、ブラックを想うがゆえに。

 ……その自分への果てしない愛情が、どうしようもなく体を昂ぶらせる。
 ツカサが腕の中にいるだけで、わずらわしい何もかもがどうでもよくなった。

「っ……ツカサ君……おかえり……」

 自分の声が、何故か震えているような気がする。
 どうしてなのかは自分でも判らなかったが――――ツカサは抵抗するのをやめて、外套の中の自分の体を優しく抱き返してくれた。

「ただいま、ブラック……」

 照れを含んでいる、甘くて幸せな少年そのままの澄んだ声。
 分厚い上着越しでも分かる、ツカサの胸にぶら下がった誓いの指輪。その形を確かに感じて、ブラックは幸福感に酔いツカサの濡れた髪に顔を埋めた。

 ツカサは、本当に分かりやすい子だ。
 ……けれども――――こういうところだけは、敵わない。

(ツカサ君……好き……大好き、愛してる……)

 心が感情でいっぱいになると、いつもの素直な告白すらも言えなくなる。
 だけど、今はもう何も考えずに「甘えられる唯一の伴侶」を感じていたかった。











 
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