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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
優しさはそれぞれ違うもの2
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あの男の人は、今回祝宴の主役となる学士の助手……のようなことをやっていたらしい。だから宴にも助手と言う事で同伴しているんだとか。
アドニスに訊いた話だと、研究論文を読む限りは彼も優秀なことがうかがえる……との事だったのだが、まあ……大学みたいなトコに行って賞を貰うレベルの凄い研究を手伝っているんなら普通に頭いいよな。
少なくとも俺よりは上だと断言できる。……それはともかく。
そういうのは分かったんだけど、でも俺には今一つ相手が信用出来なかった。
……というのも、あの「ゾクゾク」があるからだ。
人を直感で信用したり拒否したりするのはあまり褒められた事ではないけど、今回ばかりは何故か彼に対して妙な悪寒があって、どうしても俺はあの人の事を好意的には見られなかったのだ。
完全に初対面の人にこんな事を思うのはどうかしてると思うし、変な事を言われたけど相手は物腰柔らかで優しかったし、嫌う要素なんて無いんだけど……。
でもスキとかキライとかそういう感じじゃないんだよなぁ。
そういうの抜きでゾワゾワしちゃって距離を置きたくなるんだから仕方ない。あの場からダッシュで逃げ出さなかったのを褒めて欲しいくらいだ。
変な女装にも我慢して愛想良く相槌を打っていた俺は我ながら良くやったと思う。
しかし人に対してそう言う態度ってのもな……。
ホント、俺ってばどうしちゃったんだろう。
理由も無く避けたいだなんて、なんかヤな感じだ……などと、自分の感覚に対してちょっと落ち込んでしまったんだが、その「ゾワゾワ」をアドニスに素直に話すと――
相手は、思っても見ないことを言い出した。
「君がそう言うのなら……あの男……ジョアン・シルヴァには、今後近付かない方が良いでしょう。今後そうならないよう、あの中年達にも伝えておいて下さい」
「えっ……お、俺の感覚的なハナシなのに、良いの……?」
あの人苦手だ~的なレベルの話でしかないと思っていたので、正直に話すのも鼻で笑われそうで恥ずかしかったのだが、アドニスは「とんでもありませんよ」と涼しい顔でさらっと言い放ち、俺の淹れたお茶を優雅に飲んだ。
「君自身忘れていると思いますが、君は【絶望の水底】での記憶を所々失っているんでしょう? デジレ・モルドールの顔や捕らわれていた囚人の事は思い出せるのに、直前まで何をしていたか、誰と居たかは曖昧であるという……」
「う、うん……ぼやーっと覚えている部分はあるんだけど……」
それでも、重要な部分は覚えているので許して欲しいとは思う……ってアドニスが言いたいのはそんな話じゃないか。
ちょっと考えが脱線しそうになって気を引き締めた俺を見て、アドニスは「フゥ……やれやれですね……」と言わんばかりの溜息を吐くと、カップをソーサーに置いた。
「記憶というものは、完全に消えるような物ではありません。消えたと思っていても、頭の隅に追いやられて小さくなっているだけで、その手綱を引いてくれる“なにか”が在れば、自ずと出て来るものなのですよ」
「……じゃあ、俺のゾワゾワも……もしかしたら、ただの悪寒じゃないってこと?」
「断定は出来ませんが、君はそもそも他人を一目見て嫌うことなどしないでしょう」
「えっ……あ、うん……たぶん……?」
そうだっけ。まあ人を見た目で判断するのは……とは思っているので、初対面の人を急に嫌うことはないと思うけど。
でも、そう言われると自信がないぞ。俺ってそんな感じだったっけ。
思わず悩んでしまうと、アドニスは何を思ったかクスクスと笑い出した。
「本当に君って子は飽きませんねえ。……私の時だって、真っ向から対立するような事もしなかったじゃないですか。あの時の私は、君にとっては危険人物だったのに」
「あぁ……そういえば……」
初めて出会った頃のアドニスは、マッドサイエンティストというか……とにかく、俺の事よりも自分の野望を第一に考えていて、俺の体を検査したり色んな事をしてくれたんだよな……今思い出しても恥ずかしいが、そう言えばそうだった。
だけど、あの時のアドニスは誰より研究に熱心だったし、攫って来たと言うのに俺の自由に対しては幾つか融通を利かせてくれたりしたしな。
そういう無意識の優しさがにじみ出てたから、俺も嫌いになれなかったんだよ。
……アドニスみたいなタイプのヤツと話すのって、実は初めてだったし。
まあその……色々あったんだよ。
なので、アドニスは特別だと思うんだけどなぁ。
「そういう君だからこそ、確信できるんですよ。日々の行いの結果と言うヤツです」
「うーむ……でもアンタの場合は特殊と言うか特別というか」
「ほう? 私のことも特別扱いしてくれるんですか? 浮気性ですねえ」
「だーっそういう意味で言ったんじゃねーよ!!」
アンタそういう冗談言うヤツだっけ!?
イヤミというか、からかいみたいなのはやめてほしいんですけど!!
反射的に激昂してツッコミを入れてしまったが、アドニスはそんな俺の何がおかしいのか、クスクスと笑いながら表情を崩していた。
…………そんな、素直に眉を困ったように曲げて笑いやがって。
そういうのズルいんだからな。ギャップとか、い、幾ら美形でも男に見せられたって、別にキュンとかドキドキとかしないんだからな!?
「ふふっ……まあともかく……用心するに越した事は有りません。もしかしたら、あのジョアン・シルヴァは変装したデジレ・モルドールかも知れないんですから」
「うう……。いや、でも、確証とか……ないよ? あの人のこと、何も知らないし」
「こちらで資料は持ってますよ。……まあ、彼の師匠とも雇い主とも言える、今回の宴の主役……マリオ・ロッシと同様、後ろ暗い事が無いとは言い切れませんし」
後ろ暗いこと?
どういうことだと首を傾げると、アドニスは懇切丁寧に説明してくれた。
――――今回の祝宴の主役である、学士……マリオ・ロッシという青年は、北東を収めるバッカラオという貴族の領地にある、小さな村で生まれたらしい。
そこで昔から突出した才能を持っていたマリオは、幼馴染であるジョアン・シルヴァと共に村を豊かにし、街に度々作物を売りに出ていたと言う。
そこで、ひょんな事から学術院の学院長に出会い、教会にも行っておらず自分の力の事を知りもしなかった二人は彼に見初められ、異例の推薦で山奥の名も知れない村の村人が学術院に途中入学する事になったらしい。
……で、それからの二人は学院長の期待のもと、専任の講師も付けて貰って実力をメキメキとつけ論文を発表したら優秀賞と……。
うーん、なんというシンデレラストーリー。
だけど別におかしい所はないよな。
学院長と出会う、なんてのは劇的だけど、学術院から飛び出してフィールドワークにいそしんでいるオジサンを俺は知っているし、別に変な事ではないよな。
院の頂点ともなれば、実力もかなりのものだろうし……なにより、あそこの学院長は【世界協定】の裁定員でもあるんだ。そんな重要なポストについている人なら、能力は疑うべくも無かろう。
なので、そりゃ賞をとってもさもありなんって感じなんだが……どこが後ろ暗いというのだろう。運と実力に愛されまくってるから? んなワケないよな。
不思議に思っていると、アドニスは付け加えるように続けた。
「この二人なのですが……陛下が調べてみたところ、二人とも天涯孤独の身で、村の誰もが褒め称えはするものの、決して出自を明かそうとはしなかったそうで」
「村まで調べに行ったんだ……。でも、なんで出自を?」
「……彼らが、件の偽札事件の犯人かも知れないと疑ったからですよ。二人の属性は、マリオ・ロッシが金、ジョアン・シルヴァが金と土の属性を持つ月です。つまり……彼らの実力次第では、精巧な金貨を作り出す事も出来る」
あっ、そうか。
この世界は機械じゃなくて、曜術師の手仕事や曜具で回ってるんだっけ。
だとしたら、当然そんな凄い力を持つ奴らなら……偽造できるかもしれない。
村を潤した財源だって、贋金だった可能性があるんだ。
「でも、普通に祝宴をやるんなら……犯人だと断定できなかったって事だよね?」
「そうですね。ですから、陛下は君達を呼んだのです。絶好の機会だと思ってね」
「あー……俺がデジレ・モルドールを見てるから……」
「ええ。だから、君の感覚はバカに出来ない。さっきも言ったようにね」
……なるほど、段々読めて来たぞ。
そもそも、贋金事件は俺達が手を付ける前から起こっていて、ローレンスさんだって犯人を捕まえようと日々動いていたに違いない。
だから、俺達が首を突っ込んで来た時も即座に兵を出してくれたんだろう。
これはアドニスの口添えだけじゃなく、ローレンスさん自身が予め何かが起こった時に動けるように準備していたに違いない。
【絶望の水底】での調査の結果は俺の耳には届いていないが、しかし俺の記憶を頼りにするということは、あの場所で……多分、金を贋金にする「何か」の手がかりを掴んだんだろうな。
だから、ローレンスさんは俺達に対して「劇をやらないか?」と強制して来たんだ。
もしかすると、デジレ・モルドールが、贋金事件に最も近い犯人だと確信しているのかも知れない。いや……もしかすると……ローレンスさんは「貴族達の中に犯人が」じゃなくて……今回の受賞者のどちらかが犯人だと思っているんじゃないのか?
だとすると……。
「俺の悪寒って……もしかして……マジで重要なヤツ……?」
そう言うと、アドニスは難しそうな顔でこっくりと頷いた。
……そうか。そんなレベルだったのか俺の無意識の悪寒……。
しかし、信用していいのかなあ。
自分で言うのもなんだけど、俺って結構単純だし思い違いだって結構するぞ?
あんまり信用しない方がいいと思うんだけども……。
「ツカサ君、きみってば結構自分自身に厳しいですよね」
「えっ……そうかな……失敗するとヤだから正直に言ってるだけなんだけど……」
俺を良い風に評価してくれるのはありがたいが、悲しいかな俺の場合はマジで己の能力を冷静に見ての判断なので、そのまま受け取って欲しい。
チート能力が使えるっつっても、曜術師の弱点である「動揺したり焦ったりで精神が不安定だと術が乱れたり不発になる」ってのについ引きずられちゃうし。
しかし、アドニスはそんな俺に優しい微笑みを向けて来て。
「……そういう君だから、からかいたくなるんでしょうけどねえ」
「なにそれ」
「いいえ、なんでもありませんよ。……さ、今日はもう帰りなさい。明日が最後の練習ですよ。練習ではありますが、きちんと私の相手役をして下さいね」
…………俺は本番には出られない。
だけど、アドニスは「私の相手は貴方だけです」と言ってくれた。
そんなに深い意味も無くて、俺を励ますために言ってくれたのかも知れないけど。
でも、そういうアドニスの優しさは……嬉しい。
出会った時みたいに自分の気持ちを押し殺してない、素直な優しさ。
あんまり見せてくれないけど、二人っきりの時はこうして優しくしてくれる。
きっとそれは俺に対してだけじゃないけど、でも……いつもの貼りついたような笑顔じゃない、優しい微笑みを見せるアドニスを見てると、元気が出て来た。
積み重ねた物が消えても、無駄になっても、それを認めてくれる人がいる。
それってきっと、凄くありがたいことだと思うから。
「…………ありがとな、アドニス」
照れ臭いけど、つい、言いたくなった。
そんな俺に、アドニスは。
「……忘れられがちですけど、私は君との絆を望んだんですよ?」
だから、信じないはずも無いし認めないはずも無い。
言外にそう言っているような穏やかな笑顔に、胸が突然ぎゅうっとなる。
顔が熱くなったけど、どうして熱くなったのか俺自身も分からない。
だけど……恥ずかしいからじゃないってことだけは、それだけは確かだった。
→
※ツイッターで言った通り遅れました…!
修正が中々進んでおりませんが、鋭意継続中です(`・ω・´)ゞ
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