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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
不安
しおりを挟む結論から言うと、あの【封魔の間】の調査は拍子抜けするほど簡単に終わった。
――――と言うのも、あの緑の光を放つ光球は触れても眺めても何も起きず、ただ調査が淡々と行われただけだったからだ。
陰険眼鏡から聞いた話では「聖女が悪女を封じ込め光の球となった」などという、いかにも民衆に好まれそうな悲劇的な「真の物語」を聞かされたが……正直なところ悲劇であろうが喜劇であろうがブラックにとってはどうでも良かった。
そもそも、ツカサの事が無ければ別に来ようとも思わなかった場所だ。
むしろザルな警備のせいで危険物処理の片棒を担がされた事が迷惑だし、調査もツカサと関係が無さそうなら絶対に引き受けはしなかった。
今回は「ツカサとの楽しい旅」という人質を取られていたので仕方が無いが、しかしソレも無ければこんな危険か退屈かの二択しかない依頼など願い下げである。嫌味眼鏡の背中を守るよりも、早くこの場から出てツカサの所に帰りたかった。
なにより、男三人でむさ苦しいったらありゃしない。
ただでさえ、植物が蔓延っているせいで狭いように思える部屋だというのに、何故自分はこんな場所で黙って作業を見ているのだろうか。
一応仕事ではあるので警戒は怠ってはいないが、それにしたって退屈だった。
何度ツカサの所に早く帰りたいと思ったか知れないが、まあそれはともかく。
台座の上に浮かんだまま停止している光球を警戒しつつも、陰険眼鏡が緑の――いや、正式には【聖女の光球】の何を調べているのかが気になり、それとなく相手がしていることを覗くと、この男は何とも不思議な事を行っていた。
【試力石】と呼ばれるものを使い、恭しく接するべきだろう【聖女の光球】に対して、その光球にどのような力が有り何の属性であるのかを調べようとしていたのだ。
普通、国宝か重要機密かという物体の「奇跡」を調べる事は、王族や貴族に苛烈な反発心を湧き起こさせる行為なのだが、どうやらこの男は特別らしい。国主卿に重用される薬師という地位は、かなりのものだったようだ。
……まあ、国主卿直々の依頼であるのだから、そこは考える必要も無かったようだが、それにしても「冒涜」という二文字を感じさせる光景だった。
なにせ、この【試力石】という鉱石は、生物ではない……例えば火口や水源地などの人ではない自然物に対して使われる「曜気の量を測定する鉱石」なのだ。
一般には出回らない高価な鉱石であるし、このようなものは学者連中しか使わないため、加工に手間が掛かって高価な癖に使い所が少ないと思われがちなものなのだが……それはそれとして、自然物と【聖女の光球】を同格だと見做しているのは、王族や貴族からしてみればかなりの侮辱だろう。
なにせ、あの手の連中は「自然よりも自分達が上であり、尊い存在である」という謎の価値観に染まっている。王族とて、少なからずそう思うのが普通だ。
だからこそ、不敬罪にならないかと勝手にヒヤヒヤしてしまったのだが、人の機微など持ち合わせていないような陰険眼鏡は当たり前のように測定し、何事もなく調査を終えてしまった。ブラック達が警護するヒマもないほどに。
(……まあ面倒臭い事にならなかったから良いんだけどさ)
しかし、ここまで煽られて「何も無かった」は、流石にブラックも消化不良だ。
熊公も不満げだったようで、いつも以上に目を細めて口を曲げていた。
「アレで本当に満足のいく結果が得られたのか?」
隠し通路からいつもの廊下に戻ったところで、我慢出来なくなったのか黙りこくっていた三人の沈黙を破るように熊公が問う。
その言葉に、測定済みの鉱石が入った腰のポーチに手を当てながら、陰険眼鏡は「ふーむ、そうですねえ」と暢気な声を漏らして己の顎に指を添えた。
「詳細な分析は今夜行いますので、ハッキリした事は言えませんが……少々奇妙な光が【試力石】に閃いたのは確かですね」
「奇妙な光?」
片眉だけを寄せる熊公に、陰険眼鏡は軽く頷く。
ブラックもそこの所は聞きたかったので、何も言わずに二人の会話を遮らず、ただ立ち止まった。その動きを知ってか知らずか、二人は会話を続ける。
「私が陛下から教えて頂いた話から考えると、炎の悪女……いや、悪魔と呼ばれているアマイアを封印した聖女は“木属性”でした。本来なら炎には負ける属性ですが、それはともかく……話では【聖女の力で封じられた】とありますので、それが正しいのであれば光球は“木属性”であり、仮に光球からアマイアの呪いが漏れ出していればそれは“炎属性”のはずです」
「……なのに、別の属性が出た、とでも?」
話が早い熊公に、余計な手間が省けると陰険眼鏡は気持ち良さげに肯定した。
その様子にイラッとしたが、ブラックは黙って腕を組んで静観する。
「ええ。その通り、妙な反応が【試力石】に出ましてね……。何故か、薄らと金の属性が表れたんですよ」
「金……?」
「まあ、あの台座が“曜具”だったとすれば、金の曜気の反応が出てもおかしくはないですが……光球に曜気が移動するというのも解せませんからねえ。基本的に、曜具以外の物に別の属性が付与される事はないのですし」
確かに、曜具は属性の曜気を金属や道具などに移して作るものだが、それらは金の曜術師だけが使える術によるものだ。
しかし彼らも出来る事は「曜気を籠める」事であって、その曜気は自分では扱う事が出来ないし直接操る事も出来ない。無論、増やしたり生物に付与できはしない。
だから「ツカサだけが他人に曜気を受け渡すことができる」のは異質なのだが……それはともかくとして、国主卿の「話」とやらに出てこない属性がまとわりついているのは、確かに妙だ。封印は聖女によって成されたはずなのに、そこに木属性ではなく他の属性がまとわりついているというのは……嫌な違和感を滲ませている。
「聖女がツカサのように全ての属性を使えたと言うことはないのか?」
「つまり、聖女もツカサ君のように【黒曜の使者】だったのなのではないかと……それは私も考えていましたが……何にせよ、今は断定も出来ません。ツカサ君の症状を抑える薬も調合しなければいけませんし、詳しい事は祝宴が終わってからですね」
自分が言いたい事を言ってスッキリしたのか、こちらの様子も気にせず陰険眼鏡は再び歩きはじめる。熊公はそんな相手のはっきりしない語りに不満だったようだが、ここで事を荒立てても仕方が無いと思ったのか無言で続いた。
(……この駄熊も大概だなぁ……)
曜術師同士では、仲が悪くなり過ぎて一緒にパーティーが組めない。
当たり前の話ではあるのだが、第三者として見ると、何故これほどギスギスするのか不思議なくらいだ。だが、自分達の我が強すぎる性格を想えば無理も無い。
そもそも、術師はどの属性であれ基本的に自己中心的で欲望に素直なのだ。
だからこそ信条が違う別属性の術師とはソリが合わないし、相容れない。
陰険眼鏡は学者として「結果が出ていない物事を断定したくない」と思い、あんな風に曖昧な言葉で終えたが、反対に駄熊の方は結論かもしくは決定的な言葉でないと納得がいかない面倒臭い実直型だ。
見た目で静かに話していても、駄熊の方は恐らく「ハッキリ離せよクソヒョロ人族」と内心で爪を研いでいるだろう。ツカサは駄熊の寡黙そうな顔に騙されてよく甘やかすが、同年代なだけにこの駄熊の小狡さはブラックにはよく解るのである。
だからこそ「駄」を付けずにはいられないのだが……などと思いつつ、大人げない男二人に続いて歩こうと前方を向くと――――
「あれっ、ツカサ君?」
「ツカサ」
「ツカサ君どうしました」
気持ち悪い事に、三人同時に声が重なってしまった。
思わず「殺すぞ」とお互いに睨み合ってしまったが、そんなブラックの様子など知らないツカサは、国主卿の隣で手を振っている。
大柄な大人の横で元気よく手を振る可愛くてあどけない恋人を見ていると、思わず和んでしまう。つい軽く手を挙げようとすると、目の前の鬱陶しいオス二匹どもが同じように手を挙げようとしていて、殺意についつい炎の曜気が溢れてしまった。
「わっ! なにブラックなにそれちょっと待て!」
この状況で唯一炎の曜気が見えるツカサは、ブラックの殺意に気付いてくれたのか、隣に居た国主卿に何やら言って一度礼をすると慌ててこちらに走って来た。
どうやら「先に走って行ってしまっても良いか」と聞いたらしい。
相変わらず、粗野な見た目の癖に変に礼儀正しい子だ。
(まあでも僕の為におうかがいたててくれたのは嬉しいけどね……へへ……)
そう、ツカサは怒ったブラックのために、駆け寄って来てくれたのだ。
近付いて来る必死な表情の可愛い恋人……いや婚約者を見て思わずニタニタと顔が緩んでしまったが、ツカサは陰険眼鏡と駄熊の間に割り入って来て、ブラックの前に来ると少し怒ったようなむくれがおで見上げて来る。
「お前なぁ、こんな所で曜術出そうとしてんじゃないよ!」
「だって、ツカサ君は僕に手を振ったのにコイツらが勘違いするから、ムカついたんだもん。ちょっとくらい殺してもいいよねっ」
「よくねーよおバカ!! ごめんなホント二人とも……」
ブラックの体を押して目の前の標的から少し離しつつ謝るツカサに、件の標的達は何を思ってか微笑んで「いやいや」と余裕の態度を見せる。
「気にしてませんよツカサ君。どうせ発情中年のいつもの発作でしょうから」
「ウム。オレも気にしてないぞ。それよりツカサ、もう練習は終えたのか」
大人の余裕を見せたつもりなのだろうか。控え目に言っても死んでほしい。
強くそう思いつつ目が虚ろになるブラックだったが、そんなこちらの様子も知らずに、ツカサは困ったような顔をしてブラック達の顔を見た。
「それが……なんか、今から貴族の人と一緒に食事する事になったんだって……」
「貴族?」
聞き返すと、ツカサはブラックを見上げて頷く。
困っていますと分かり易く眉間に寄った眉が可愛らしくて、思わず顔中にキスの雨をふらせたくなったが、やると怒られるのでグッと堪えて真面目に聞く。
すると、ツカサは敬意を簡単に説明してくれた。
あまり要領を得ないが、追いついてきた国主卿が言うには「数人の貴族が早く到着してしまったので、もてなしと演劇の紹介の為に一度会っておいて欲しい」という事で――――まあ簡単に言えば、役者に不審者は居ないと相手に見せておきたいという事だろう。貴族であれば納得は出来る。
それか、役者の中から手ごろな「慰み役」でも見繕うのかもしれない。
よくある事ではあるが、そんな場所にツカサを連れて行きたくは無かった。
しかし王命であれば断る事も出来ないだろう。そう考えて、ブラックは根本的な事を思い出し、暴れるツカサを腕に抱き込みながら国主卿に問うた。
「しかし、僕達の姿を見られると“本当の目的”に支障が出るのでは? もしかしたらソイツらが【デジレ・モルドール】の息のかかった者かも知れませんよ」
一応、城の廊下なので丁寧な言葉を使う。
そんなブラックに、国主卿は「尤もな言葉だ」と頷いて腕を組んで見せた。
「そうなんだ。そこが問題で……とはいえ、これは一応貴族連中への『この劇は安全です』というお披露目でもあるからねえ。君達を彼らに会わせないワケにもいかない。そこで……君達には、変装して貰いたいんだ」
「…………へ、変装……?」
「なに、別に特別な事じゃない。少し化粧をして貰うだけだよ。君達も、髪を染めたり肌を塗って変装したりするだろう? それをやるだけさ」
朗らかな顔をして、予めもう決まっているかのような強制的な事を言う。
こういう所は権威ある王族あだなと呆れつつ聞いていたが、何故か話を聞いていた陰険眼鏡が嫌そうに眉間に皺を寄せているのに気付いた。
(…………なに。なんだその顔……なんかイヤな予感がするんだけど……)
だがしかし、問いかけたとて帰って来るのは意地の悪い発言だけだろう。
こういう時だけは、素直に相手に聞いて答えを貰えるツカサが羨ましくなる。
「さあ、時間もないしさっさとやってしまおうか。一階の美粧室に行くよ」
美粧……化粧の事だろうか。
ということは、演劇に使う化粧道具を使われるのかも知れない。
(……どっかのババアみたいな、バケモノっぽい化粧にならなければいいな……)
嫌な記憶を薄ら思い出してしまったが、余計に気が落ちこむ事を考えたくはない。頭を振ってその記憶を散らすと、ブラックは観念してツカサの元気な黒髪に顔を埋めたのだった。
→
※ツイッターで先に遅れると言って下りました通りで…(;´Д`)
修正は順次続けておりますです!終わったらこの一文は消えます
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