異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

11.いや、ソレは違うだろ

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   ◆


「――――らば、目にも見よ。雄々しき君主たるズーゼンの勇敢ゆうかんなる戦いを。地上のちりにも等しい、ごくおびただしき悪意の群れを一刃、千刃、切り伏せ進む。悪魔の姦計かんけいを銀光の剣で打ち払い、ついには懐かしき城が見えた」
「…………」
「ツカサ君、セリフ。ここで台詞せりふだよ」
「アッ、ご、ごめん」

 あの異質な部屋から帰って来た後、俺達はその部屋に付いての話し合い……をするかと思いきや、台本の読み込みにはげんでいた。

 ……現実逃避かと言われそうだが、そうではない。

 正直、色々と不可解な部屋だったし、大いに議論したい所ではあったが……俺達は何も情報を持っていない。そもそも、この【ゾリオン城】に何があるのかすらいまだに把握はあくできていない有様だ。

 何も分からない今の状況では、外様の三人が話し合っても結論は出ない。なので、あの隠し部屋っぽい場所の事は一先ひとまず置いとくことにして、俺達は当初の目的である練習をしようと思ったのである。

 まあ、お芝居しばいまで時間が無いしな。やることはやっておかないと。
 ……ってことで、こうして三人で台本を確認しているのである。
 ぶっちゃけ国語の教科書読んでるみたいで、これで覚えられるのかと思わないでもないんだが……いや、しかし、こういうコトが覚えるのに効果的……なんだと思う! 確か、こういうのを演劇部の奴らが部室でやってた記憶があるから、覚えるのにはコレが一番に違いない!

 とは言え、ブラック達はやる気がなさそうなんだよな……はぁ。
 どうも、こういうコツコツした動きのない作業が二人は苦手なようだ。まあ、既に覚えた事の復習なんてタルい気持ちは分かるけども、あからさまに興味が無さそうな顔をするのはやめてほしい。

 そりゃあアンタらは能力が高いからぶっつけ本番でも平気かも知れないけど、俺は演劇なんて全然なので平気じゃないんだよ。マジで素人なんだぞ俺は。

 だから何とか演技だけでもマシになっておかないと、このままじゃローレンスさんの顔に泥を塗る事になってしまう。これは俺には必要な事なんだ。
 しかし、一応付き合ってくれてはいるが、二人はやっぱり退屈そうだ。

 そもそもなかば強制された「お願い」だったから、ブラックはやる気が無いんだろうけど。でも、まかされたのならば完璧にこなしてやんなきゃ男がすたるってもんだろう。
 何にせよ、重要な役をやる事になったのだから、練習して上手くなる他ないのだ。
 素人の俺も、やれるだけやって台本を覚えるしかないのである。

 ……とまあ、そんなこんなで、今俺らは三人でテーブルをかこんでいるのだ。

 しかし、いざ練習……と意気込んで、一通りの流れをつかもうと読み合わせをしても、俺というヤツは毎回こうなってしまう。
 比較的ひかくてきに台詞の少ないクロウに頼み、劇のほとんどの情景を説明する【語り手】のくだりを全部読んで貰っているのだが、声に合わせて真剣に文字を追っていると、つい自分の台詞を言うところを忘れてしまう。

 まあクロウの声がしぶくて心地が良い低音大人ボイスだから、つい聞き流してしまうと言うのも有るけど、正直……。

「や……やっぱり、読みにくいよぉ……」

 もう二回も三回も繰り返して難解な言い回しの「かたり」を読んだせいか、すっかり目が回るような気持ち悪さにさいなまれてしまった。
 我慢し切れずテーブルに突っ伏すと、ブラックがあきれたような溜息ためいきく。

「まあ、語り手の言い回しがすご勿体もったいぶった古い口調だからねえ……。まだツカサ君が覚えてない文字もあるし……いくら声で覚えても、コレはちょっと難しいか」
「しかも、薄い台本かと思ったらぎっちり文字がまってるしな……」

 そう、俺が気持ち悪くなってしまったのも、実を言うと台本の文字がぎゅうぎゅうにまっているからなのだ。こうなっているのは、台本を持ちやすくするためなのかも知れないが、ラノベやネットのように適度な隙間が有る文章に慣れ切っていた俺は、非常にコレが読みにくい。

 思えば教科書も適当に行間が開いていて、ふりがなも振ってあったりして、物凄く読みやすかったような気がする……。もしやアレは俺達生徒への配慮だったのか?
 だったら、今まで教科書を眠気をさそう本だなとしか思っていなかった俺は何だったんだ。めっちゃ読みやすいやんアレ……。

 そういや婆ちゃんの家とか父さんの本棚とかに、こんな感じでギッチギチに文字がまっている専門書っぽい本が並んでいた気がする……大人になるとスラスラ読めるようになるのかなぁ、こういう本……。

 …………。
 なんか、そう考えると、ブラックとクロウってやっぱ大人なんだな。
 異世界人には当たり前の異世界文字だとしても、こういうのをスラスラ読んじゃうのは、頭が良かったりれてたりする熟練者ってヤツだろうし。

 そもそも、こういう感じの世界って識字率しきじりつが低めなんだよな?
 誰もが文字を知っていて、ソレを読めるワケじゃないんだ。難しい言葉づかいの文章をスラスラ読めるのだって、そう簡単な事ではない。この世界だと、多分かなり頭が良い奴ってことになるはずだ。

 となると、ブラックとクロウは頭の良い大人って事になるわけで。
 む……むむ……く、くやしいけど、なんかちょっと……カッコよ……いや……。

「ん? どしたのツカサ君」
「べ……別に……」
「ほらほら、早く台詞言って! ねっ」

 他人事ひとごとだと思って急かしてくるブラックにイラッとしたが、しかし本番ではビシッと決めなきゃいけないんだ。台本の内容は【普通の乙女が実は聖女だったと発覚してからの恋愛と悲劇のシンデレラストーリー】に改変された中々にアレなものだけど、俺が準主役級の役目だと言う事には変わりがない。
 そのうえ、演劇をやってる間に人を探さないといけないのだ。
 これを両方やるってんだから、こんな段階でつまづいてはいられないだろう。

 なんとかやりとげなきゃ……と思いつつ、俺は出来るだけ演劇っぽく読み上げた。

「えと……『おおー、わ、わがなつかしきしろぉ。い……いとしーがおとめのために、うら……え? 怨敵おんてき? お、怨敵おんてきアマイアをいざうちとらーん』……!」
「駄目だこりゃ」
すさまじい棒読みだな」
「ええっ!?」

 横と真正面から思いっきり俺の頑張りは否定されてしまった。
 いやいや俺めっちゃ頑張りましたよ!? 心をこめて読んだんですよ!?
 なのにどうしてそんな最低ランクの評価を受けなきゃ行けないんだ。心外すぎるとばかりに二人の顔を見やると、ブラック達は小難しい顔をしていた。

 なに。何でそんな眉間のしわを指でモニモニしてるの。何で腕組んでるの。
 もしかして俺の演技って……そんなにヤバいの……?

「…………マジで、だめ……?」

 下から目線でうかがうと、ブラックはこまったようなあきれたような変な表情になりつつ、モゴモゴと口をゆがめた。

「うぅん……ちょっと……数日でコレを治すってのは難しいかもねえ……」
「やっぱそんなにヘタだったのか……」
「ぬっ、い、いや、でも頑張がんばりはわかったぞツカサ。そう落ち込まなくてもいい」

 あわててクロウがフォローしてくれるが、二人ともそういう所は正直だからなぁ。
 ……まあ、贔屓ひいきで見てめまくられてもこまるし、能力をいつわらずに評価してくれる所は本当にありがたいから良いんだけどさ。でも真正面から言われるとへこむぜ。
 感謝してるけど、俺はナイーブなので、やっぱり少しは落ちこんでしまうのだ。

 まあでも、今までこんなに台詞のある役をやったことが無かったから、力量不足だと言われても仕方がないよな。
 まだまだ練習が足りないってことか……色んな練習が足りないな。
 腹式呼吸だってまだ始めたばかりだしな。

「なあブラック、腹から声を出せるようになったら、もうちょっとマシになるかな」
「うーん、まあ気合は入ってるから声量で誤魔化ごまかすって手もあるけど……まあオス役だし、多少空回からまわりしても大声を出せれば味になるかもねえ」
「ウム、オス役の役者は大概ヘタクソだからな」

 オス役って基本的にヘタクソなんだ……。
 この世界の演劇というと一度しか見た事が無いが(第一部『裏世界ジャハナム編』参照)、アレは普通に凄いお芝居しばいだったよな。
 あんまり見た事が無いから分からないけど、芝居しばいにもグレードがあるのかな?

 まあでもそう言って貰えて少し楽になった。
 とにかく、俺は腹式呼吸をマスターするのが先だな。
 いや、呼吸を続けながら台本を読み込めば完璧じゃないか?

 そうと決まれば早速ブラックにご教授願おうではないか。

「ブラック!」
「わあびっくりした! なに急に大声だして」
「俺、台本読みながら腹式呼吸の練習するから付き合って! クロウも!」
「ムゥ、ベッドの横でさっきと同じように読めばいいのだな?」
「さっすが~話が早いっ」

 グッと親指を立てクロウのさっしの良さをたたえると、クロウも「ウム、任せておけ」と言わんばかりに同じように指を立ててみせる。
 あとはブラックの了承だけだと顔を見やると、相手は「仕方ないなぁ」とでも言うような顔で息を吐くと、椅子いすから立ち上がってくれた。
 へへ、なんだかんだ二人とも人情にんじょうあつい奴だよな。

 二人が協力してくれるのが嬉しくてついニヤニヤしてしまったが、そんな場合ではない。時間がしいとすぐさまベッドに倒れ込み、ブラックには横に付いて貰った。
 クロウは俺の足元に椅子を持って来て、台本を開いている。

 なんか変な格好だが、これも俺が早く呼吸を習得すれば済む事だ。
 気合を入れつつ、俺は胸の上に台本を開いて置くと、さっそく練習を始めた。

「すぅーっ……えーっと……さぁー、いざゆかーん!」
「そうそう、お腹をへこませて空気を吐き出すように声を出す。いいよぉツカサ君」

 お腹の上にブラックのでっかい手が乗っている。ちょっとあたたかい。
 空気でふくれるたびに軽い圧迫感を感じ、自分の体が動いているのが分かる。
 少々恥ずかしさがないでもないが、そんな事を言ってる場合じゃないよな。

 そう思いながら、台本の読み返しが三週目くらいに突入した頃。
 またやってきた黒髪の乙女……この台本では、に「好きだ」という思いを気障キザったらしく言う台詞が俺に回って来た。
 何回読んでもサブイボが立つが、これは演技なので言わねばならない。

 しかし三回目ともなると俺も慣れて来て、腹式呼吸で息を吸い込んでから、多少は大きくなった声で天井に向かって台詞を吐きだした。

「おおー、麗しき乙女ー! そなたの手は白く、はるか北にきょらかな淡雪あわゆきのようだー。こうしてー、手に触れただけで、溶けてしまいそうで胸がたかなるー」

 はー、イケメンはこう言う事を言っても女子にドンビキされないんだよなぁ。
 あらためて顔面格差に殺意が芽生めばえそうになるが、もしこれがモテないヤツが言ってる台詞だとしても、ソイツを女子が好いてくれているという前提があると、もはや美醜関係なく台詞の主をどつき回したくなる。女の子にモテてるだけで敵だ。
 俺はモテてる敵ならどんなヤツだろうが平等に拳を振るうんだ。

 そんな事を思いつつも、歯が浮くような言葉を続けようと再び息を吸う。と。

「はっ…………」

 腹を思いっきり空気でふくらませた所で、違和感に体が止まる。
 …………なんか、手の位置が……ちょっとヘンな気が……。
 いやでもブラックの事だから「おなかが全部しっかりふくらんでるか」と確かめているのかもしれないし、下の方にちょっと寄ってたって変じゃないはず……。

 ぶ、ブラックだって真面目に練習に付き合ってくれてるんだから、そうやって簡単にうたがうのは悪いよな。気を散らしてないで俺も集中しないと。
 そうは思うのだが……。

「ぅ……」

 俺の横腹に台本を立てかけて内容を読んでいるブラック。……の、手が、どんどん下へ降りて来てしまっているような気がする。
 だってもう、今は……腹とは言っても下腹部って言うか、ヘソの下の何もない所に手がずり落ちてるような気がするし……。

 いやでも、ブラックの手はデカいから、おなかが動いてるのを確認出来ればどこでも良いのかも知れない。手はともかく真剣に台本を読んでるみたいだし、ここで俺が変に意識して騒いだら、逆にからかわれそうでイヤだしな。
 き、気のせい気のせい。

「ツカサ、台詞せりふ
「あっ、う、うん」

 クロウは気が付いてないんだろうか。
 やっぱ俺が自意識過剰なのかな。そうなると余計よけい言い出せない……こういうコトを指摘すると、俺の方がスケベだなんだって二人とも騒ぎたてるしなぁ。
 しかもそのまま本当にえっちな事をされたりするし……や、やっぱ気のせいだ。
 この回が終わったら「休憩しようぜ」とか言って、普通に離れればいい。
 それまで気にしないようにしないと。

 気にしない、気にしな……っ

「っぁ……!」
「……ん? どうしたツカサ」
「い、いや……なんでも……ごめん、続きお願い……」

 台本から顔を離してこちらを見るクロウに、あわてて頭を振って続きをうながす。
 だけど、今度こそ俺はもう心臓がバクバクして止まらなくなってしまっていた。
 ……その……だ、だって……ブラックの手がついに……ね、根元のとこに……。

「………っ……」

 小指だけだし、別にそれ以上の事も無いけど。
 でも、その小指は俺からすればデカい。服の上からでも動きを感じてしまい、普段他人が触れない場所だからこそ余計よけいに気になってしまう。

 でも、ブラックは俺の方見てないし……台本真面目に読んでるし……。
 たぶん、俺が意識しているだけな、はず。
 そう思って、気にしないように頑張ろうと思ったん……だけど。

「っ……! ぁっ……っ……!?」

 小指が、大きな手が動いて、ずり下がって行く。
 股間がすっぽりおおわれてしまったと思ったら、その手は閉じた両足の間にゆっくり指をんで来ようとして、俺は太腿ふとももちからめた。

 や、やっぱこれ、えっちな事しようとしてるんじゃ!?
 これもう動いていいよな、怒って良いよな!?

 そう思ってブラックに怒鳴ろうとすると。

「ああ、ツカサ君だめだよぉ。ほら何があっても腹式呼吸。僕の補助が無くなっても腹式呼吸は続けなくちゃ」
「えっ……えぇ……!?」

 どういうことだと目を丸くするが、ブラックはいつも通りの顔をしていて。クロウを見ても、そっちも別に変な事をしている時のような感じじゃ無かった。
 な、なにこれ。どういうこと。
 えっと……ええと……あの…………。

「んも~、ツカサ君たら一々驚きすぎ。そんなんだからすぐ呼吸を忘れちゃうんだよ? 僕がツカサ君を驚かせようとしても、無意識に続けられるようにしなくちゃ。さあ続けて」
「ぅ……え、えと…………」
「ほーら」
「う、うん……」

 いや、うんじゃないが。
 何コレどういう事。

 押し切られて思わずうなづいてしまったが、これセクハラでは。
 俺は素直に怒っていいのでは?

 ……でも、ブラックの事だからマジで真面目にやってるのかも知れないし……今のところスケベな顔はしてないんだから、俺の股間に手を入れたのも「わざと驚かせるためだよ」とか言いそう……。
 そうなると、スケベな事をしようとしているのかと勘繰かんぐった俺がヤブヘビだ。

 二人が真面目な顔をしている以上、俺は何も言い返せない。
 もしかしたら何か凄い練習方法なのかも知れないし。
 ………………そ、そうだよな。これはブラック式のスパルタ練習法なんだ。多分。

 だから、俺が一番意識が向いちゃいそうな場所を触ったに違いない。
 仮に勃起ぼっきしちまったら、もう呼吸も何もあったもんじゃないからな。
 でも、そうなっても呼吸が続けられるようにブラックは俺の股間を触ったんだ。
 ぶっちゃけ……つねられるより、こっちのほうが凄くびっくりするし……。

 そ、そういう事なら納得できるぞ。別に他意はないんだな。そうだなきっと!

「さ、ツカサ君。呼吸を忘れずにね」
「続きを読むぞ、ツカサ」
「う、うん。腹式呼吸な。無意識にやれるように頑張る……」

 こんなヘンな方法で大丈夫なのかと不安になってしまうが……どのみち、ブラックとクロウに手伝って貰うしかないのだ。
 まあ、いつもスケベなコトをしてるからって、今日もそうだとは言えないよな。
 二人がすぐに性欲をむき出しにするなんて思うのは、俺の悪いくせだ。そもそも俺は普通の男なんだから、落ち着いている時に俺を見て二人が興奮するワケはない。

 ブラックとクロウが俺をメスだとして見ていても、俺には色気が無いんだし、修行に関しては真面目に取り組む方なんだから、今回は多分真面目……なはず。

 股間を掴んだのだって、俺は痛みにもわりと耐性がある方だから、こういう敏感な場所を責めて注意をうながす方法にしたのだろう。そうだ、きっとそうに違いない。
 俺の体をいっつも触ってる二人だから、こういう方法を思いついたんだ。

 そういうことなら、うたがって申し訳なかったな。
 よし、俺もここから気合を入れて頑張らなきゃ。

 敏感な所を触られても、びっくりして腹式呼吸をやめなきゃいいんだよな。
 それなら簡単だ。そもそも、俺はブラックみたいに性欲至上主義じゃない。この俺の理性なら、適当に触られたってビクともしないはず……!

 最近流されっぱなしだったし、ここらで俺が性欲になびかないオトコだってのを二人に見せつけて、啓蒙けいもうするのも良いかも知れないな。
 よーし、そっちがその気なら受けて立とうじゃないか。

 いくら敏感な所を触られても、絶対に俺は勃起したりしないんだからな!









 
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