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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
17.思っている事も知らないで
しおりを挟む「ぁ……う……」
いつも不機嫌な顔で、眉間に皺を寄せていて、人の話を聞かない。
そんな相手だと分かっていたはずなのに、目付きが怖いなんて印象も分かり切った事のはずなのに、どうしてなのか今はそれが恐ろしい。
声も出せず、ただ立ち竦んでいると、相手が大股で近付いてきた。
俺よりも長い足のせいで、数秒も持たない。手を伸ばされたらすぐ腕を掴まれて、抵抗も出来ずに強引に引き寄せられた。
思わずよろけて相手に寄りかかりそうになるけど、必死に踏み止まる。
だけどそれが余計に怒りを刺激したのか、セレストのオッサンは俺の体を揺さぶるように乱暴に腕を引っ張り回した。
「おい、クソガキ。正直に答えろよ。今までどこに行ってた。なぜ急いで戻って来たんだ? 納得できる説明をしてみろよ。おい」
「っ、う……っ……!」
半ば脅されるかのように何度も何度も腕と一緒に体を揺さぶられて、段々混乱より怖さの方が勝って来る。いつも不機嫌な顔で、怖そうな相手だったけど、でも、あの時のオッサンは怖そうに見えても優しかった。不機嫌な顔に見えるだけで、ちゃんと俺にも優しくしてくれてるって解ったんだ。だから、怖くなかったのに。
なのに今のオッサンは、怖い。
どうしてか分からないけど、逃げ出したいのと恫喝に泣き出したい気持ちが湧いて来て、俺は年甲斐も無く今にも泣いてしまいそうだった。
こんなに人から怒られる事が久しぶりだからだろうか。
考えるけど、そうじゃないと心の中の何かが言う。
俺が怖いのは、そうじゃない。
泣きたいのだって、本当は、相手の態度が怖いからじゃないんだ。
薄らと心の中でそれが理解出来ているからこそ、俺は怯えるしかなかった。
だけど、ただ黙って「どうすればいいのか」を考えている俺の態度は、セレストのオッサンには「隠し通そうとしている」と誤解されてしまったようで。
「そうか、言えねえってのか。……ガキのくせに強情だな」
――なら、こっちにも考えがある。
怒りを含めた呟きに、思わずセレストのオッサンの顔を見たと同時。
俺の視界がいきなり大きく揺らいで体勢が崩れたと思ったら――――
いつの間にか俺は、セレストのオッサンのベッドに上体を乗り上げていた。
「ぇ……」
岩壁をくり抜かれた二段ベッドとはいっても、地面からくる寒さをしのぐためか、俺が腰掛ければ軽く爪先立ちになるぐらいには一段目の寝床も高い。
そもそも、上の寝床の天井があるので、普通なら俺の頭はそこにぶつかって、寝床に倒れ込む事も難しいはずなのだ。
なのに、そんな場所に偶然に倒れ込むなんて……普通、ありえない。
だがもっとありえないのは、俺の真正面に陰の掛かった顔で睨みつけるセレストのオッサンがいることだった。
「怖いか」
……怖いかって、なにが。
片腕を捕えられただけで、こうも簡単に押し倒されている現状が?
それとも、俺に覆い被さっているアンタに対して?
どちらなんだと問いかけたいが、剣呑な光をちらつかせる濃い空色の瞳は、こちらが一つでも間違えた事を言えば更に危険な色になりそうで、迂闊に答えられない。
それが相手を苛立たせると分かっていても、俺はただ間抜けな顔をして相手が何を言いたいのかを探る事しか出来なかった。
だって、何も思いつかない。頭が真っ白で、さっきまで、色んな事が有って。
それなのに今怒られて、押し倒されて、怖いかって言われて。
答えられない。どういう意味なのかも解らない。
俺がもっと頭が良かったら理解出来たんだろうか。もっと大人だったら、すぐさま対処できたんだろうか。ブラックみたいに強くて何でも出来たなら、相手が満足するような事を出来たんだろうか。だけど、俺は俺でしかない。
だから、わからない。
セレストのオッサンに応えたくても、怖いかと言われても、どうする事も出来ずにもういっぱいいっぱいで、動かせる部分なんて震える口ぐらいしかなかった。
「な、ん……で……」
もっと気の利いた言葉を言えるはずなのに、何も出てこない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、湧き出しそうになるものを堪えるので精一杯だった。
「何で、だぁ? ……こっちが先に訊いてんのに良い度胸だな。お前、そんなに俺の質問に答えたくねえのか」
違う、そうじゃない。
答えようとは思っているんだと首を振るけど、俺の態度は相手には不真面目な物にしか見えなかったようで、俺の肩をぐっと抑え込んできた。
痛い。薄い布が敷かれているが、そんなものなんて無いみたいに地面の硬さが肩に押し付けられてどんどん痛みが増していく。
それだけ相手が怒っているんだと思うと、その痛みは余計に強く感じた。
な、なにか。何か言わないと。
誤解されたままじゃ、この先もっと気まずくなる。
息を飲んで、俺は震えそうになる声を必死に抑えながら相手を見た。
「ち……ちが……」
「だったら何して来たか言ってみろよ。……返答しだいによっては……」
節くれだった大きい手が伸びて来る。
その手が首を軽く掴んで、五本の指にゆるく力をこめた。
喉の肉を押しやられる危機感に体が一瞬ビクついたが、相手はそんな俺の怯えを鬱陶しいと言わんばかりに僅かに顔を歪めたが、睨み顔にすぐ戻り俺を射竦めた。
これは……俺がヘタな事を言えば首を折る、ということなんだろうか。
不意に思って、身勝手だとは思いつつもショックを受けずにはいられなかった。
だって、今までのオッサンならこんな事までしなかったはずだ。
いつも不機嫌そうな顔だったけど、何だかんだ言って優しかった。俺に対して友好的になろうと歩み寄ってくれているのも充分に感じていた。
なのに、今は違う。
敵と認定した相手には、それほどまでに冷酷で苛烈な態度をとるというのか。
俺は、そこまでセレストのオッサンに信用されなくなってしまったのだろうか。
――――いや、そうじゃない。全部、俺がはっきりしないからだ。
オッサンを信じるのか、囚人達を信じるのか、まだ迷っているからこんな事に。
それは分かっている。痛いくらいに理解している。
だからもう、ここで「話すか、話さないか」を決めなきゃいけないんだ。
……でも俺は、迷っている。
どちらの肩を持つかを決めてしまえば、きっとどちらかとの縁が切れてしまう。
俺は、セレストのオッサンに感謝している。だけど、冤罪で働かされている囚人のベッジスさん達を裏切る事も出来ない。彼らの苦しみを知ってしまった今となっては、もう暢気にこの人の隣で働く事なんて出来なかった。
だったら、どうすれば良いか自分でも知っているはずだ。
自分の心に正直に生きるなら、嘘を吐きたくないのなら、この人に今日知った事の全てをぶつけなきゃいけないんだって。
だけど、嫌だった。
せっかく仲良くなった人を疑うのも、その人を傷つけることになるかも知れないと思う事すらも、相手の名誉を傷つけて、今まで受けた優しさをないがしろにしているような気がして……俺はどうしても、セレストのオッサンに決定的な疑問をぶつける光景を考えたくなかったんだ。
でも、もう限界だ。
俺はオッサンを怒らせてしまった。
嘘を吐いたってきっと相手は俺を余計に許さなくなるだけだろう。
……そう。セレストのオッサンは、きっとそう言う人だ。
数日働いただけでもそう思うからこそ、つらかった。
俺は、いつの間にかこの人に対して、憧れにも似た行為を抱いていたから。
…………憧れ。そう、その言葉のとおりだ。
今まで自分でもよく判らなかった馴れ馴れしい感情だが、言ってしまえばそういう感情だったんだろう。言葉としてハッキリ考えるとヤケに自分が薄っぺらく思えて、笑えてくる。でも、そう言うしかなかった。
俺は、セレストのオッサンみたいな……何でも一人で出来る、実直で頼れる大人になりたいと思いながら修行して来たんだから。
囚人に何を言うかって感じだけど、それでも俺はそう思ってしまったんだ。
この人は、いつも不機嫌そうだけど……それでも、真面目に仕事をしていた。
俺が何をすればいいか迷っている時も、怒りながらやるべき事を教えてくれたし、俺に対して正直に「不機嫌」や「気を使っている」ことをを隠さずにいてくれた。
それだけで、この人が本当は実直で不器用なだけなんだと知る事が出来たんだ。
まるで昔気質の頑固おやじ。不器用で言いたい事の一つも伝えられない、ドラマで見るような、人に好かれなくて損ばっかりしているようなおじさん。
だけど、それを我慢して胸を張っている。誇り高く居ようとしている。
現実じゃ滅多に見かけないような人だけど……いや、だからこそ俺は……そういう人が、大人の男なんだってガキの頃から無意識に考えていた。
自分も、いつかはそうやって……例え「好きだ」という気持ちを言葉に出来なくても、好きな人を立派に守れるような、格好いい大人になりたい。
今だってそう思って、バカなりに修行して、せめてブラックの背中を守れるような男になりたくて頑張ってたんだ。
……だから、この人と話すようになってから、ここでの生活が心地良かったのかも知れない。俺が勝手に、セレストのオッサンと「いつかなりたい自分」をほんの少しだけ重ねて、勝手に仲良くなったつもりでいたのかも知れない。
本当のこの人がどういう人かなんて、俺には解るはずも無いのに。
でも、そう思うと、もう俺はこの人を敵だと思う事が出来なかった。
例え相手が悪人に組しているとしても、一度触れ合えばこの気持ちはどうしようもない。その心根が好ましいと思ってしまえば、どうしても相手との繋がりを断つ事が難しくなってしまう。甘いと言われても、俺はそうなってしまった。
黙ったり、怒られてばっかりだったけど。
それでも、俺は……セレストのオッサンと、一緒に働けて楽しかったんだ。
この人のことが、人として好きだと思えていたから。
――――けれどもう、そうやって快適な日々を過ごすのも終わりだ。
本当に虐げられている人達の事を思うなら――――
俺の首を掴んでいるこの人との対話は、避けられなかった。
「なあ、おっさん……。オッサン、は……ここの、奴らの……冤罪を作ってる奴らの仲間なんかじゃ、ない……よな……?」
声が、震えている。顔が歪んでるけど、自分がどんな情けない顔をしているかなど考えたくはない。どれほど滑稽に見えて悔しさを覚えようが、どうしようもない。
ただ真実を問うているだけなのに、苦しい。
泣いたってどうにもならないのに、自分勝手に傷付いているだけなのに、それでもどうしようもないくらいにガキでしかない俺は、それを我慢出来なかった。
そんなことしたって、セレストのオッサンの神経を逆撫でするだけなのに。
「…………なんだ。何が言いたい」
声が低い。ブラックやクロウが怒る時の声に似てるけど、まったく違う声。
俺を他人だと排除している、何の遠慮も無い怒りの声だ。
ラスターの時もそうだったが、心が痛い。好きな人の心が自分から離れて行くのがハッキリと解る態度は、何度味わっても慣れようもなかった。
だけど、もう、どうしようもない。
「アンタと会った時……アンタ、首輪してなかった……。それに、い、いま、集会で、いなくなってて……だから……」
「…………頭の悪いクソガキ一人で考えられる言い訳じゃねえな。……おいテメェ、誰に入れ知恵された? 言え。返答によっちゃ……」
「ぅ、ぐ……っ」
首を捕えている手に、ゆっくりと力が入る。そのたびに指が肉に食い込んで来て、このまま絞められると窒息するかもしれないという恐怖に体が硬直した。
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こんな時に名前を読んでほしくなんてなかった。
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だけどもう後には引けない。
なんとか堪えて、俺はセレストのオッサンに言い返した。
「し、知って、どうする」
「……ああ、そうだな。知ったら何かをするって思うのが普通だ。ただのバカなガキかと思ったら、案外頭使ってるじゃねえか。だがな、脅してるヤツにそういう煽りはバカの極みだってのは覚えておけよ」
「ひぐっ……ッ」
大人の大きな手が、苦も無く俺の首の前半分を掴みきって、親指と人差し指の間の部分だけで俺の首をぎゅっと押し付ける。
あまりにも、体格差がある。相手の力には敵わないのだと思い知らされて、何にも声が出なくなってしまいそうになるが、ここで黙るわけにもいかなかった。
「で? 誰か教えてくれるのか?」
空色の瞳が、怒りを含んだような光を灯している。
暗い中、相手の影と瞳しか見えなくて、逃げ道が無いような気がして来るが、ハナからもう逃げようも無いのだと振り切って、俺は喉に何とか力をこめた。
「あ……」
「……あ? あって何だよ」
「アンタ、が……なにも話してくれない、なら……言わない……っ」
「あ゛ぁ?」
「俺ばっか話してて……あ、あんた、何も教えてくれないじゃないか……っ! 俺っ、だって……え、冤罪って……話したのに……っ」
「んなのここじゃ関係ねえっつったろうが」
「関係ないけど! でも俺がイヤなんだよ、不公平なんだよ! お、俺ばっかりっ、俺ばっかりアンタのこと……っ」
アンタの事を「憧れの姿」の一つだと思って見ていた自分が、情けない。
そう思うと、せっかく今まで我慢していたのにボロボロと涙が零れて来て、止まらなくなってしまった。止めようとしても、手が動かない。震えてどうしようもない。
こんなんじゃ更に相手を怒らせてしまう。そう思ったの、だが。
「っ……な……なんだよ、それ……。そんなの、今、関係……ねえだろ」
理不尽でわがままな言葉のはずなのに、何故か相手は動揺している。
怒りだけしか見えなかった表情が困っているような歪みを見せて、空色の瞳は俺を真っ直ぐ見るよりも視線を彷徨わせて小刻みに動き回っていた。
暗いから、相手の表情がよく解らない。だけど、さっきとはまるで違っていた。
「セレスト、の、おっさ……」
「…………チッ……ああくそっ……あ゛ぁっ…………仕方ねえなぁ!」
表情を崩して、悪態をつきながら何か迷ったように視線を逸らしていたが、相手は何か吹っ切れたのか思いきり大きな声を出して――――俺の首から、手を離した。
え……これって……。
「ゲホッ、っ、ぉ……オッサン……」
何がどうなったのか解らないけど……もしかして、許してくれたのか。
ベッドから退いた相手を上体を起こして見上げると、いつもの不機嫌そうな表情に少し動揺を含めたような顔をしたセレストのオッサンは、俺をチラリと見下ろした。
「……わかったよ。話してやるよ……」
「え……」
思っても見ない言葉に目を丸くすると、相手は深い溜息を吐いて頭を掻く。
片膝を軽く曲げて、伊達男が良くするような格好をとった相手は、むかつくけどその姿が様になっていた。
「俺は……正直、囚人でも無ければ冤罪でここに来たわけでもない。雇われたんだ」
「じゃあ、その首輪も……」
「ああ、ダミー……いや、ニセモンだ。だが仲間なんて言い方はするんじゃねえぞ。俺はただ“あるもの”を見つけるまでの協力者で、それ以上でもそれ以下でもねえよ。こんな水も満足にねえクソダセェ場所で働けっかよ」
協力者。そうか。そうだったのか。
だったらああまで監督に突っかかったことも、俺に対して優しくしてくれたことも全部説明がつく。やっぱりオッサンは、悪い人じゃなかったんだ。
“どちらでもない存在”だからこそ、両方に牙を剥いていたんだな。
だから俺の事も周囲を気にせずに助けてくれてたんだ。
「…………なんだその嬉しそうな顔は」
「えっ、お、おぁ……いや、あの……」
これは違……っ、いや、顔触ったらなんか濡れてるしニヤついてる。恥ずかしい。
あの、これは緊張が緩んでつい感情がヘタクソになっただけで、そんなあからさまに喜んでる表情とかじゃなくてですね。
違う、そういうんじゃないんです、と顔を覆いながら必死に否定して頭を振ると、セレストのオッサンは共感性羞恥の心が刺激されたのか、ほんのり赤面しつつ「お、おう……」と言って目を逸らしてくれた。
う、うぅ……情けない……。
でも、これでオッサンの事が一つ知れたぞ。これは大きな進歩だ。
「ゴホン……まあ、その、なんだ。……別に俺はモルドールの部下でもねえし、掘る物を掘ったらそれまでだ。そもそもあのクソ金ピカ野郎の仲間扱いなんざ、まっぴら御免だっての。部下になるなんざ寒気がする」
「な、なるほど……。それでその、あるものってなんなんですか」
問いかけると、セレストのオッサンは少し考えるそぶりを見せたが、それでも俺には喋っても良いだろうと思ってくれたのか、質問に答えてくれた。
「……とある特殊な鉱石だ。といっても、もう誰も知らねえ鉱石だがな」
「鉱石?」
「昔、どっかの水妖……あー……水の魔族か妖精だかが封印したって言う、炎帝の力を水の力で封じ込めたまま水晶になったとかいうでっけえ鉱石だ」
炎帝。それって、このギオンバッハ大叫釜を作ってしまったってあの伝説の?
いや、この世界じゃどんな昔の伝承だって現実に起こった事である可能性があるんだっけ。今までも結構そういう事があったし、炎帝と聖女の伝説も現実に起こった事の可能性は充分にあるよな。なら、その鉱石も本当に有るのかも。
けど……そんな話、聞いた事が無いな。どこの誰がどうやって知ったんだろう。
モルドールさ……いや、モルドールが知ってたのかな。
「それ、モルドールが知ってたんですか?」
「さてな……そこは知らねえが、いままで見当をつけた所は全て掘って……最後は、今掘っているあの穴だけだ」
そう言うと、セレストのオッサンはちらりと俺を見て――――目を逸らした。
「……?」
どうしたのかと首をかしげた俺に、相手は妙に照れ臭そうに言葉を零した。
「まあ……それが見つかれば、ここも用済みだ。実際、鉱石の量も全盛期に比べて減っているし、お前の鉱石拾いが活発になったって事は、クズ鉱石しか出て来なくなってるってことでもあるだろう。……それなら、もうここを動かす意味もねえ」
「ってことは……みんな解放されるんですか!?」
思わずベッドから跳び立ってオッサンの服にしがみ付くと、相手は「うぐっ!?」とか言ってビックリしていたが、俺は興奮を抑えきれずにそのまま引っ張りつつ相手の顔を見上げて軽く飛び跳ねた。
「おっ、お前っ、近っ」
「いや、そうですよね、みんな助かるんですよね! 冤罪かけられた奴もみんな!」
「お前…………いや、まあ……そうだな……。ああ、解放されるだろうさ」
「えへっ……へへ……よ、よかったぁ……」
なんだか、また涙が出そうになる。
もう色々考えて頭がパンクしそうだったけど、俺やオッサンが頑張りさえすれば、冤罪で働かされている人達も解放されるんだ。役目が終われば、みんな助かる。
オッサンも雇われているだけだったし、なんの心配も無かった。
ああ、そうだ。ビリーさんの事だって、きっと何かの誤解だ。俺にはまだよく解らないけど、何か事情があったに違いない。そうでもなければ、俺をこうも簡単に逃すような行動なんて起こさないだろう。
だからきっと、どうにかなる。
そう思って堪え切れない衝動に震えていた俺に、セレストのオッサンは再びバツが悪そうな顔をすると……なんと、頬をポリポリと指で掻きながら急に謝り始めた。
「……さっきのことは……悪かった。お前が何か悪巧みしてるんじゃねえかと思って厳しく問い詰めすぎたな……。暴動やらなんやらで作業が中断されでもしたら、俺も余計にこの場所に拘束されっちまうからよ。……すまん」
「いえ、そんな……あの……俺こそ、色々すみませんでした……俺、実は……」
「みなまで言うな、解ってる。お前は冤罪を吹っかけられた仲間に誘われたんだろ」
「えっ……」
嘘……知ってたの……?
じゃあ、さっきの俺ってとんだピエロじゃん。オッサンが色々把握してるのも知らないで、勝手に悩んだり苦しんだりしちゃって……なっ、なんか、そんなの……そんな……恥ず……う、うぅう……穴が有ったら入りたいぃい……。
「う……だ、だから悪かったっつってんだろ! 一々反応すんなよ!」
「だ、だって俺、オッサン悪者にしそうになったし、俺……ご、ごめんなさい……」
「っ……ぅ……あ、ああもう……っ、このクソガキ……っ!」
うわっ、また罵倒された。
また殴られるのかと思わず肩を竦めて目を閉じる、と。
「ぅ……え……?」
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…………でも、それは不器用な優しさだ。
たとえそれが叶ったとしても、誰かが知らなければ感謝される事も無い。
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不器用で……こんな極端な事でしか優しさを伝えられない人だから。
「……ありがとう」
不意に、そう言いたくなった。
その言葉に、相手は暗がりで息を呑んだような音を発したが――――何か言う事も無く、ただ俺を囲い込む腕に力を籠めるだけだった。
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