異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

15.霧中の影

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「単刀直入に言うが、これからもこの採掘場で働いて貰えないだろうか」
「えっ……あの、それって……刑期がびる的な……?」

 優しい口調で追加の罰を与えます宣言なんて、恐ろしいにもほどがある。
 思わず青ざめてしまった俺に、モルドールさんは「いやいやそうじゃないよ」と、手を振りながらあわてて否定した。なんだ違うのか。じゃあどういうことだ。

 今度は思いきり眉根を寄せた俺に、改めて相手は説明してくれた。

 ――――――つまり、まとめるとこういうことらしい。

 近年、ギオンバッハから来る囚人は増加していて人員はつねに足りており、採掘作業自体は順調なのだが……そのためか、金の曜術師達は持ち込まれる金属の識別に非常に手間を取られており、当初からおこなっていた彼らの作業がとどこおりがちになっていて、予想損失がバカにならない事になっているとの報告があったんだとか。
 俺にはよく解らないが、非常にまずい状態だったようだ。

 ――そもそも、この世界の鉱石は俺達の世界とはちょっと違う。
 金属をはじめとする鉱石は、言ってみれば空の恩恵――つまり、天空から降り来る流星によって生成される予測の出来ない宝物であり、そのため資源が豊富なもの凄い鉱山を見つけても、いつ枯渇こかつするかわからないと考えるのが常識なのだ。
 そんな不安定な状態なので、通常は細心の注意を払い、小さな鉱石や価値が低い物も見逃さず採取していくのが普通の事なんだけど、この採掘場は採掘量の増加によって、識別と“あぶれ鉱石”を探す作業の両立が難しくなってきた。

 そのせいで、俺が頻繁ひんぱんに見つけるくらい“あぶれ”が出てしまっていたんだそうな。

 ……だが、それを見つける適任者がいれば話は別だ。
 というワケで、俺を鉱石を見つける専属の職人としてやといたいのだそうな。

 つまり、スキマ産業の適任者が見つかったからスカウトしにきたってワケね。

「もちろん、高待遇でキミを迎えるつもりだよ。ギオンバッハの高級宿にも負けない部屋を用意するし、風呂もかわやもある個室を用意しよう。食事なども経費としてこちらが支払うし、何より君には自由が与えられる。ここで勤務して貰うが、好きな時に外に出て貰って構わない。稼働日は常に採掘場に居て貰わなければならないが……それ以外は自由だ。最寄りの街で楽しむのも良かろう。その時の金も私達が持つよ」
「えっ……あ、遊ぶ金も払って貰えるんですか……?」
「簡単に言えばそう言う事になるね」

 なんちゅう破格の待遇なんだ。
 そんないたれりくせりの職場で雇って貰えるのなら、行くての無い囚人はすぐにウンと頷いてしまうだろう。だけど、俺の場合そうはいかないんだよなぁ……。

 そもそもこの周辺に来たのはニセガネ造りの工場が無いか調べるためだし、それもシアンさんからの極秘の調査の依頼で絶対に遂行すいこうせねばならないのだ。
 ……だというのに、俺達はいままでその工場の手がかりすら見つけられていない。
 これは、アコール卿国きょうこくを揺るがす事になるかも知れない重要な調査なのに。

 それを忘れてウハウハの仕事に就職して旅を終えるなんて、もってのほかだ。
 まあその前に俺はブラック達と獣人の国に行く途中なので、就職してこの場所に骨を埋めるなんて出来るワケがないんだが……。

 うう、でもこんな高待遇を提示してくれたモルドールさんに「ごめんなさい」って言うのは少々気まずいなあ。相手は良かれと思って言ってくれてるんだし、ここまで物凄い待遇で迎えてくれるって事は、こっちの技量をそれだけ高く買ってくれてるという事なんだろうし。

 人に自分の能力を認められるのは物凄く嬉しいが……残念ながら、俺には働く力を認められる事よりも大事な事があるのだ。
 そもそも約束を果たせないようじゃ一人前の男とは言えないしな。

 モルドールさんに恥をかかせることになるが、俺にだって事情と言うモノがある。申し訳ないけど、そこを解って貰わないとな……。
 いや、しかし、なんかこう言う事を考えていること自体、俺の方が立場が上とか言ってるみたいで、妙にたまれないんだけども。

 だって相手年上だし、経営者だし、普通なら俺が向かい合って喋れるような人じゃないんだし。な、なんか、ガキが調子に乗ってすみません……セレストのオッサンがココに居たら間違いなくゲンコツされてるだろうなぁ、はぁ。

 溜息が出そうになるが、それを飲み込んで俺はモルドールさんに切り出した。

「俺の力を認めて下さってありがとうございます。とっても嬉しいです」
「じゃあ……!」
「でも、申し訳ないんですが……俺、外に待っている仲間がいて……一月ひとつきの労働刑が終わったら、そいつらと旅を続けるつもりなんです。だから、あの、その……ご……ごめんなさい! せっかくの良い働き口を紹介して下さったのに……!」

 精一杯の誠意をこめて、テーブルに額がくっつくぐらいに深く頭を下げる。
 すると、意外な事にモルドールさんは「そうですか……」と、すんなり俺の言葉を理解してくれた。とはいえ、残念そうな声音ではあったが。

「そう言う事ならば仕方ありませんねぇ。ああ、気に病まないで下さい。本来なら、キミの刑期は大幅に短縮されて、明日にでも出られるくらいでしたから……。模範囚を引き留めるのはこちらの都合でしかありません。キミが謝る必要はないのですよ」
「えっ、そうなんですか」
「はいそれはもう……。とはいえ、一月ひとつきの労働刑は軽犯罪に科せられるものなので、短縮の温情はありませんがね。ですが、恩赦があったとしても、我々はこうして満了まで働く事をお願いしていたでしょう」
「そんなに俺の事を買ってくれてるなんて……」

 そう言われると、なんだか感動しちゃうぞ。
 俺、こんなに人に能力を認められた事あったかな。
 いや、コツコツ努力して修行してっていう所は認められた事は有ったけど、それもやっぱり曜術とかの「不思議な力」のたぐいだし、それって別に勤務態度的なものとかじゃないしな。でも、今回は俺の働きっぷりを評価されているんだ。

 それを思うと、素直に嬉しいというか誇らしい気持ちになる。
 自分の動いた成果が出たり他人に認められるのって、ホント嬉しいもんだよな。

 なのにここを離れなきゃ行けないというのも悲しい。
 ああ、俺が本当の意味で根無し草だったら、ここに骨をうずめていたかも知れないなぁ……コツコツ働いて家族を養うお父さんっていうのも悪くなかったかも。
 まあ俺、この世界じゃメスなんですけどね……おかあさんなんですけどね……。

「いや、わざわざ呼び出してしまって悪かったね」
「あ、いえ、とんでもないです! こちらこそ折角のお誘い断わってしまって……」
「まあ、それは言いっこなしってことで……ああそうだ、この【絶望の水底みなそこ】では、刑期を終えると働きに応じて報奨金……つまり、今後暮らすための資金を囚人に贈る事になっているのですが、キミには実によく働いて貰いましたから……このくらいでどうかと考えているのですが」
「えっ?」

 そう言いながらモルドールさんがテーブルに乗せて来たのは、なんかでかい袋だ。
 ドンと置いた瞬間にジャリッと金属がこすれ合う音が聞こえたが、なんだろう。
 目をしばたたかせて見ていると、相手は紐を解いて中身をこちらに見せて来た。
 と、そこには、ビックリするような量の金貨がぎっしりと……ってなにこれ!

「ええええ!? な、なんスかこの大量の金貨!!」
「もちろんキミに差し上げる報奨金ですよ。キミの眼には随分ずいぶん助けて貰いましたからね……これはその事に対するお礼です」
「で、でもこんな……」
「我々ももうかっているのでいいんですよ。ねっ」

 是非ぜひ貰って下さい、と熱心に言われて、俺はついうなづいてしまう。
 しかしラクシズでの仕事でも貰った事が無かった大量の金貨を見てしまうと、俺のような小市民では逆に怖くなってしまって、それ以上何も言えなくなってしまった。

「では十六番くん、満了までしっかりと働いて下さいね。ああ、またこちらから呼ぶ事が有るかも知れませんが、その時はよろしくお願いしますね」
「あっ、はい! 喜んで!」

 まあそのくらいだったらお安い御用ごようだ。
 せっかく評価して貰ったんだから、こっちも全力でやらないとな。
 ……まあその、結局ここで働くと刑期満了になってしまいそうだが、採掘場の人達を助けていると思えば……ぶ、ブラック達も許してくれるだろう。
 でも、一か月真面目に働いてましたって言ったら怒るだろうなぁ……。
 はぁ……迷惑を掛けている状態なので、終わった後の事を考えると気が重い。

 これはアレだな。デキる男はつらいってやつだな。
 ふふ……まったく困ったことになっちまったぜ。

 …………とまあ、ちょっと自惚うぬぼれてしまいつつ、俺はモルドールさんに改めて出所後の事を聞いて自分の寝床ねどこに再び戻ったのだった。
 が……――――

「…………あれ?」

 もう終業時間は過ぎて、みんな部屋に戻っている。
 夕食も済んだから後は寝るだけのはずなのに……なぜか、壁をくり抜いて作られている二段ベッドには、上にも下にもセレストのオッサンの姿が無かった。
 あれっ、なんで。勝手に外に出たら怒られるんじゃ無いっけ。
 なのにどうしてセレストのオッサンの姿が無いんだ。

 あわててせまい部屋の中を探すけど、当然ながらオッサンの姿は無い。ついでに言うと、隠し通路も無かったし何か手がかりになるような物も無かった。
 だけど、確かにオッサンはいなくなっている……これはどういうことなんだ。

 監督達の一瞬のスキをついて再び外に出たのか?
 でも今やる意味がないよな。オッサンの動きから考えると、特別室で一人になってから外に脱出していたようなのに、こんな場所で危険を冒して消えるだろうか。
 もしかして何か大変な事になってるんじゃないのか。

 でも、その大変なことって何だろう。ここの囚人達からするとセレストのオッサンは怖い存在みたいだし、誰も近寄って来ないみたいだったし……だとすると、何らかの問題を起こして懲罰房行きになっちゃった的なこと……だったら一号監督が教えてくれるか。じゃあ本当になんでいなくなっちゃったの。

「オッサン……マジでどこいっちゃったんだ……?」

 何か……なんだか、変な感じがする。
 それを言ったら最初から不可解な事が多くて何だかモヤモヤしてるんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないよな。今はオッサンの行方ゆくえを捜さないと。
 でも、部屋から出たら怒られるしな……ああ、この前スキンヘッドのオッチャンが俺に教えてくれた「監督達がいなくなる時」が分かれば、俺も探しに行けるのに。

 どうしたらいいんだろう。
 騒ぎ立てないように待っていたほうがいいのかな……。

「う、うぅ……放っておいた方がいいんだろうけど……」

 でも、あの気難しくて意外と真面目なオッサンが急に居なくなるなんて。
 どうしても異常事態としか思えなくて、寝る事も出来ずにオロオロしていると。

「っ……!?」

 ちか、ちか、と、背後が暗くなって、俺は何事かと振り返る。
 常にともされているはずの水琅石すいろうせきあかりだったが、俺が振り返ったと同時に、パッと明確にその灯りが消えた。
 いや、正確に言えば、このエリアへの入口の方から徐々に吊り下げられたランタンの灯りが消えて行っているのだ。これはもしかして「合図」なのだろうか。
 だとしたら、彼らは食堂に集まって来ているのか。

「………………」

 それなら、もういっそ彼らの話を聞いた方が良いかも知れない。
 もしかするとオッサンの事をもう少し詳しく聞けるかも知れないし、どこへ消えたのかも分かるかも知れない。オロオロしてても仕方ないんだし……これはもう食堂に行ってみるっきゃないよな。

「……よし、行ってみるか……!」

 ちょうど自分の部屋の前で揺れていたランタンの光が消えるのを合図にして、俺は消えて行く光を追うようにして食堂に走り始めた。
 と、確かに向こうの方から少し声が聞こえる。

 その声につられるようにして、ついに食堂に辿たどくと――――

「おお、来たか。さあ入ってくれ」

 薄暗く寒々しいほどに広い食堂。並ぶテーブルの一つに、頼りなげな蝋燭ろうそくの明かりを見つけてそこを見やると、細長いその卓を数人の囚人がかこっているのが見える。
 その中の一人が手を上げてこちらを呼んだのを見て、俺は顔を明るくした。

 アレはスキンヘッドのオッサンだ。
 よかった、やっぱり秘密の集会をやっていたのか。
 心細さが消えて近寄ると、オッサン以外の囚人達は俺の姿を見てどよめいた。

「あっ……やっぱ子供だな……」
「子供か……こんな子まで…………」
「いったい何をするつもりなんだあいつら……」

 どうも、俺を見て困惑しているらしい。
 でも、俺の事で困ってるワケじゃないみたい。

 どうしたんだろうかとこちらも困惑していると、スキンヘッドのオッサンが自分の隣に座るようにうながしてきた。素直に座ると、相手は自分の子供にするように俺の頭をポンポンと軽く叩くと、テーブルのほうへ姿勢を戻す。

「…………見ての通り、十六番は子供だ。つまりは……あいつらも、もう手段を選ばなくなってきてるって事じゃないのか」

 静かに言うオッサンに、他の囚人達は黙り込む。
 なんだか話が進んでいるみたいだけど、一体何の話なんだろうか。

「あの、おじさん……俺なにがなんだか……」

 相手を見上げると、コワモテながらも気は優しいらしいスキンヘッドのオッサンは俺に「大丈夫だ」と笑ってみせると、また少し困ったような顔をして口を開いた。

「ああ、すまん。まだ説明してなかったな。……今夜、ここに来て貰ったのは、お前から事情を聴いて今後に役立てたかったからなんだ」
「今後?」
「ああ……俺達、冤罪でここに送られてきた奴らの……な」
「……!」

 冤罪でここに来た。
 ということは……このテーブルを囲んでいる人たち全員が……。

「って、あの……めっちゃ多くないっすか……」

 驚いて改めて見渡した人達は、どう見ても三十人くらいは居る。
 ここに居る囚人達が百五十人くらいだと考えると、かなりの割合じゃないか。
 こんなにも冤罪で捕らわれた人がいるのかと目を丸くした俺に、彼らは可哀想な物を見るような目で俺を見てそれぞれに眉根を寄せると、溜息を吐いた。

「もう五年くらい働いているヤツもいるんだ」
「それもこれも……みんな、この採掘場で働かせるためなのさ」
「働かせるため……?」

 問い返した俺に、スキンヘッドのオッサンは頷く。

「みんな、この子に今までのを全部話してやろう。……いいな?」

 そう言うと、彼らはそれぞれにうなづく。

「彼からも話を聞きたい。……俺達が知った事を、共有しよう」

 壮年の細い男の人が言うのに、スキンヘッドのオッサンは再び頷いた。

 …………彼らが知った事って……一体何だろう。
 何だか嫌な予感がしたけど、知らなければ真実を知る事も出来ない。
 そう思い、俺は真面目に話を聞くために姿勢を正した。











 
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