異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

1.空振り調査は疲弊を生む

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 【炎帝えんてい

 かつて豊穣ほうじょうの地に炎帝えんていというものありけり。

 その手、しき者を焼き尽くし、く者をはいす。
 人寄らず 寄せ付けず 焦土しょうどぬし恐れ敬われたり。

 やがて地に魔物満ち、荒野あれの 焦土しょうどにまでいたる。
 炎帝これを激怒し みずからを炎に変え荒れ狂い豊穣の地を紅蓮に染め果て
 人を魔物と共に排斥はいせきし なお狂った。

 聖女、これをうれい炎帝の焦土しょうどへ身をとうず。

 足裏焼かれ、れ、炎帝の怒りほおを焼き
 されど聖女、炎帝につい相対あいたいし そのちから鎮め奉る。

 大地割れ地を分かつとも、聖女、神に願い炎帝をついに打ち負かさん。

 炎帝、これを良しとし聖女にこうべれしもべとなる。

 豊穣の地、平定されみのよみがえり満ちあふれたり。

 これにて幸甚こうじん招来、安寧あんねい楽土らくど
 遠き、かつての豊穣の地の寝物語。








 ――――今俺達がいる【ベランデルン公国】は、お隣の【アコール卿国きょうこく】と、その下の南国【ハーモニック連合国】に隣接する小国である。

 領土は小さくて、北方全土を支配する大国である【オーデル皇国こうこく】の支配をいまだに色濃く残す国ではあるけど、この常秋とこあきの国は大陸の食糧庫とも言われ、大陸にとっては無くてはならない国だと言われている。

 実際、国土のほとんどが穀倉地帯だの果樹園だの、とにかく食べ物に事欠ことかかない国なので、ベランデルンは全体的に非常に豊かだ。
 ライクネス王国のようにポンポンと何でもえて楽ちん……てホドじゃないらしいけど、それでも全体的な幸福度は恐らく上位に入るだろう。

 現にいま、馬車で歩いている道の両脇にも、頭を垂れる稲穂が作る綺麗な黄金色の海が広がっている。少し遠くに森や山が見えるが、国土の割合からすれば微々たる森林だろう。……こんだけ畑ばっかりだったら、そりゃ食糧庫とも言われるよな。

 しかし、この国はそれだけじゃないぞ。他にも一目置かれる所があるんだ。
 例えばこの国の王様である【大公】は、シアンさんが最高権威の一員を務める特殊機関【世界協定】の【裁定員】でもあるし、北方支配の軍国【オーデル皇国】の弟分みたいなモノであるので、結構軍事力も有るらしい。

 ブラックの話では、色々な意味であなどれない国って事だが……こうやって馬車でパカポコ進む程度ていどだと、本当にのどかで良い国にしか見えないんだよなぁ。

 あと、宿で出てくる料理は素材だけのシンプルなものばかりなのだが、その素材が美味しいおかげで味が抜群ばつぐんなので、ソコが一番嬉しい。ここ数日は、宿に泊まったり野宿したりと寝床が安定しないが、それでも食べる物が大体美味いヤツばっかだもんなぁ。おかげで旅も快適で楽しいわ。

 ……とは言え、この国はずっと秋の気候なので、夜や朝方は寒いけど……ホントにそれ以外はすこぶる快適という感じだった。まあ、街道やその傍の集落は【障壁】の術や“モンスターけ”がほどこされているから、モンスターも滅多に出ないしな。
 正直モンスターの存在なんて、今まで忘れてたぐらいだ。

 てなワケで、俺達はここ数日凄く充実した旅を続けていた。

「充実してないんだけど。僕の股間は一向に充実しないんだけど」
「ムゥ……オレもツカサの精液が食いたいぞ……」
「だーっ聞こえない聞こえない聞こえないっ」

 またコイツら俺の心を読みやがって!
 プライバシーも何もあったもんじゃねえぞと軽く暴れ、俺は適度な速度で進む馬車から飛び降りて、藍鉄あいてつそばに駆け寄った。

 こうして藍鉄の横に入れば、オッサン達だってヘタな事は出来ないだろう。
 ちょうど街道を歩きたかったし、たまにはこういうのも良いよな。

「へへ……藍鉄ぅ。今日も元気か? ひづめつめは大丈夫?」

 そんな事を言いながら首筋を撫でると、藍鉄は嬉しそうに目を細めて俺の髪の中に鼻を突っ込んで鼻息でぶるぶるしてくる。

 うーん可愛いっ。ここ数日はロクと遊んだりペコリア達やザクロ(首に白い襟巻えりまきをまいた、大きくてぷにぷにの可愛いミツバチちゃん。モンスターではないが、俺の守護獣だ。 蜂蜜を定期的に持って来てくれるぞ!)とも遊んだり、実にのんびりした休日みたいな旅だったが、ここまで長く藍鉄と一緒にいる事などそう無いので、ついついこうやってかまってしまう。

 だって藍鉄ほど黒くてツヤツヤしてて格好いい馬もいないもんな!
 俺はこんな可愛くて格好いい子と出会えて幸せモンだよ。うん。

「にしてもさぁ……ここまでだいぶ進んで来たけど、怪しさの『あ』の字もないってのはどういう事なのかねえ……。やっぱりアコール卿国きょうこくまで行かないとダメなのかなぁ、はぁ……面倒臭めんどうくさいなぁ……」
「街が一つに村が六つほどだったか? 遠回りして軽くのぞいては見たが、それらしい建物も話も聞かなかったからな」

 幸せモードな俺に配慮してくれたのか、それともあきれて話題を変えようと思ったのか、ブラックが手綱たづなを適当ににぎったまま盛大せいだい溜息ためいきく。
 それに追随ついずいするようにクロウが言った言葉に、俺もそう言えばと思い返した。
 今までのダイジェストは、こうだ。

 ――――俺達は、ココに来るまでに地図にしるされている街や村を回って、不審な【ニセガネ工場】が無いかと何度か調査を行っていた。

 もちろん、街や村で「他に村は無いか。集落はないか?」などとさりげなく情報を集めたりしながら、取りこぼしなく村を見て回ったぞ。
 地図に載ってない村もあったから苦労したが……それでも、俺らはちゃんと調査を行ったうえでここまで来たのだ。

 ……だけど……そこには、ニセガネの影も形も無かった。

 どれだけ調査しても、怪しい事象など微塵みじんも無かったのである。

 まあ、大体がブラックの【索敵さくてき】で工場らしきものが無いかを確認したり、藍鉄あいてつ駿馬しゅんめの足で行ってざっと調査して来ただけだったので、ソコに滞在したわけじゃないんだが……それでも、人の気配を探る腕は超一流なブラックとクロウ、それにプラスして藍鉄も居て、それでも見つからないのだから結果に間違いはないはず。

 俺も記録を取って確認したけど、やっぱり怪しい所はなかったのだ。

 だからこそ、空振り続きでブラック達も鬱憤うっぷんが溜まっているんだろうけど……贋金にせがねづくりで働かされている人が居ないんだから、喜ぶべきだろうになぁ。
 まあ、きちんとやってるのに成果が無くてイライラするって気持ちは分かるから、俺も強くは言えないんだが……しかし、本当にどうしたもんかね。

「このままだと、次の国境越え出来る街に着いちゃうけど……どうする?」

 地図を広げながら確認する俺に、ブラックは不機嫌そうにまゆを寄せる。

「うーん……。ベランデルン側に工場があるとしても、国境付近は警備がきびしいって分かってるだろうし……かといって、国境から離れすぎた場所に工場を作るとは思えないし……。そうなると、やっぱりアコールに工場があるのかねえ」
「こちらになければそういう事だろうな。……また街めぐり村めぐりか……」

 酒が飲めるのは良いが人探しは面倒だ、などと言い熊耳くまみみをきゅうんとせたクロウに、思わずこっちもキュンとしてしまうが、オッサンにときめいている場合ではない。俺のケモミミ萌えよ治まれ治まれ。
 ともかく、手がかりも何も無かったんだから、こればかりは仕方ないよな……。

 頭を振ってよこしまな萌えを弾き飛ばすと、俺は再び地図を見やった。

 今回俺が使っているのは国境近くの地図だが、これも例によって例のごとく非常に「おおらか」な地図であり、村や街の名前と街道はしっかりとしるされているものの、土地の高低差とか縮尺は相変わらずメチャクチャで、本当に「いつもの地図」だ。

 まあ、俺の世界のヤツみたいなガチの地図もあるんだけど、人気にんきだし所によっては価格が高騰こうとうしていたりするから、そう簡単に購入も出来なくてな……。
 だから普通の地図を買ったのだが、そのせいで地図と実際の風景がだいぶん違う事になっており、ベランデルンに入ってからと言うもの俺は地図を見ては「あれ?」と頭をかしげない日は無かったのである。

 …………街道から道をれなければ別に問題は無いので、こんな適当な書き方でも良いっちゃぁ良いんだが、しかしホントこの世界の地図は適当すぎる。
 だって、再びアコールへ行く事の出来る次の街だって……地図の上では、なんだか変な位置に陣取っちゃってるんだもんな……。

「なあブラック……次の街は【ギオンバッハ】とか言う街らしいんだけど……でも、なんだか位置がちょっとおかしい気がするんだよ」
「ん? どれどれ」

 再び馬車に飛び乗って御者台ぎょしゃだいのブラックに地図を手渡すと、相手は目を細めて次の街の位置を確かめる。と、すぐにまゆを上げて「ああ、これね」と声をらした。

「知ってるのか」

 荷台から顔をのぞかせて来るクロウの言葉に、ブラックは得意げに笑う。

「まあね。伊達だてに大陸中旅してないよ。ここは、コレで正解。ちゃんと合ってるよ」
「えっ、でもこれなんか別の道……っていうか、川っぽいモノの上に街が在るような気がするんだけど……」

 ブラックの横にひっついて、相手が持っている地図の【ギオンバッハ】周辺を指でかこってみせるが、そこはやっぱり穀倉地帯と街道を大きく横切る川で、かの街ははしの上にあるみたいな部分に名前がしるされているのだ。

 こんなことってあるかなぁと何度目かの首をかしげてしまう俺だったが、ブラックは変な笑みで顔を歪めて俺の肩を……うわっ、い、いつの間にか近付き過ぎてた。
 離せっ。ええい離せと言ってるのに……くそう、だめだ。

「まあまあツカサ君っ。もう見えて来ると思うから……ああほら、見てごらん。畑の向こう側に大河が見えるだろう?」
「た、大河……?」

 そんなデカい川なのか。地図の上ではとても……いや、そんなハズはない。
 だって周囲は黄金の波ばかりで、まったく水っぽいものなんて見えないじゃないか。

 キョロキョロと見回す俺を気遣きづかってくれたのか、藍鉄あいてつが少し足を速めて街道の道を進んでくれる。すると、軽く登った付近にさしかかり、そこを登り切ると――――

「うわ……!?」

 思わず声が出たが、肩をつかまれて立つ事も出来ない。
 そのまま座って目を見張ったが、それでも……目の前には、バカでっかい水の道がある事に変わりなかった。

 そう、水の道。でっかい川だ。
 対岸がかすんで見えないほどの川幅を持つソレは、所々に中洲なかすのような物があるが、それすらも小島ほどあるんじゃないかと思えるほど広い。

 俺が知っている川の何倍も広い川だった。
 でも……それなら尚更なおさらこの川の上に街なんて作るのは難しいんじゃ……?

「ぶ、ブラック、これ広すぎない? この上に本当に街なんて在るの?」

 問いかけると、ブラックは横顔を俺に見せて、もう少し右側の方向を指差ゆびさす。
 そちらへつられて視線を動かすと……俺はまたもや驚いてしまった。

「う、うわ、でっか!!」

 穀倉地帯を道なりに進んだ川のふち
 そこから伸びる、これまた広くて大きな木製の橋が伸びる先には――――いくつもの太い柱によって支えられた円形の街がデンと居座いすわっているではないか。

 まるでお城かホールケーキかと言わんばかりに二段三段と段々になっている街は、ここから見るとなんだか綺麗なミニチュアみたいで、ちょっとときめいてしまう。
 だけど、アレってようするに橋の真ん中に居座ってるってことだよな……。

「…………アレって、通行のさまたげとかにならないの……?」
「あの街は国境のとりでの代わりもねてるから、アレで正解なんだよ。それに……川の向こう側には、あそこからじゃないと守れない場所もあるしね」
「……?」
「まあとにかく行ってみようよ。観光がてら街を探るってのも悪くないしね」

 そう言ってニコッと笑うブラックは、何だか上機嫌だが……一体どういう風の吹き回しだろう。何か美味しい名物料理でもあるのかな。意外とそういうの好きだもんなこいつ。でも、それだけでこんなに満面の笑みになるもんかなぁ……。

 やっぱりその笑顔の理由が分からず、俺とクロウは仲良く頭上に疑問符を浮かべてしまったが……まあ、とにかく、くだんの【ギオンバッハ】の街に行ってみよう。百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかずって言うしな!













 
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