異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編

23.何かあると伏線かと考えてしまう

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 御者ぎょしゃは……本当のところを言うと、藍鉄あいてつが天才的に頭が良いし格好良いし可愛くて最高なので手綱たづななど必要がないのだが、藍鉄だけのワンマン運転にしたら他の旅人達に不安がられてしまうので、ブラックに頼む事にした。

 俺が手綱をにぎってもいいんだが、ブラックが「ツカサ君は馬乗れないでしょ……」とじつに上から目線の嫌そうな顔をしたので、ゆずらざるをなかったのだ。
 こ、この野郎。お前一応俺と付き合ってるってのに、本当俺の事見下みくだすよな。
 まあ事実だから仕方ないんだけども……って、それは置いといて。

 ともかく、そういうワケで御者ぎょしゃの役はブラックにゆずったのだが、しかし俺も久々の馬車となれば、一番ながめの良い御者台ぎょしゃだいで風景を楽しみたい。
 ブラックが散々さんざん凄いぞー凄いぞーとあおって来たんだから、それくらいはやって良いだろう。そんな思いで隣に座ったのだが、何を勘違いしたのかブラックはさっきから「エヘ、エヘヘ」などと言いながら上機嫌になっている。

 どうも、俺が違う理由でとなりに座ったと思い込んでいるらしい。

 ……まあ、別にいいんだけど。べ、別にいいんだけどね!

 ゴホン。は、話がまたもやれてしまった。
 気を取り直して、俺達は門を出る列に並び、警備兵にキッチリお目通めどおり願ってから門の中に入った。【国境の砦】ってのは大体が城壁以上の分厚い壁で守られているので、外に出るにも中に入るにもその城壁の中の通路を通らねばならないのだ。
 まあ、普通にでっかい門が立っているだけの砦もあるんだが、敵の侵入を最低限にするためにこうしてワザとトンネルのようにしているんだろう。

 国境と言えば、いつの世も不安定な場所だもんな……。
 この先はもうアコール卿国きょうこくの領域だけど、こっからでも【ノルダン砦】の驚く光景は見えるんだろうか。そう思いながら、明かりが照らす薄暗い道を、馬車のれつしたがい大人しく歩いて行くと――――ついに、向こう側が見えてきた。

「門から出たら道が広くなるから、れつから抜けよう」
「おうっ」

 さて、どんな風景が見えて来るのやら。
 薄暗いトンネルを抜けて、しばし陽の光のまぶしさに目を細める。すぐ慣れて周囲が見えるようになり、そうして見た真正面には――――思っても見ない「すごい」光景が広がっていた。

「うわっ……! こ、これ……高速道路……いや、空中回廊!?」

 そう、俺達の目の前に広がっていた光景は、まさにその形容が似合う道だった。

「ふふ、ここは【ノルダン砦】じゃないけど凄いでしょ。天然の空中回廊じゃなく、完全人工の巨大な橋だよ。今からこの蛇行した坂道を登って行くんだ」

 ブラックの言葉に、ぽかんと口が開く。
 確かに、いま目の前に見えるのは長く蛇行だこうした坂道だ。まだその道の始点にも来ていないココから見ると、まるで棚田の輪郭りんかくだけをなぞったような美しい曲線がかさなる蛇腹状の道に見えるが、多分近付けばその道は上へ奥へと続いて行く登り道に見えてくるのだろう。
 ちょっとしただまし絵みたいだし、その道をたくさんの人が行きかっているのを見るのは、なんだか妙にワクワクする。歩くのは大変そうだけどなんだか楽しげだ。

 確かに、この道だと歩きでは大変そうだから馬を使うのが得策だろう。
 そもそも「坂道」なんだから高所になるんだし、それを考えたら余計よけいに体力を消耗しょうもうしない移動手段を選んだ方が良いよな。

 少なくとも、俺なら絶対にこの道を徒歩移動するなんて無理だな……。この世界の人は妙に体力があるから可能なんだろうが、こんなのけわしい山道みたいなもんだろ。普通に疲れるわこんなん。やだ。虚弱きょじゃく現代人なので登りとうない。

「にしても……なんだってこんな空中回廊が? 巨大な橋ってことは、人が作ったんだよな。こんな道を作る理由が何かあったのか?」
「まあ……ひとつは、人々を安全に運ぶためかな。アコール卿国きょうこくのこのあたりは、三つの山脈がぶつかる影響なのか妙に強いモンスターが棲息してるんだ」
「じゃあ、橋の下はかなり危ないんだ」

 言葉を返すと、ブラックは「そのとおり」と言わんばかりに難しげな顔でうなづく。

「そう。……橋の下を見たら解るけど、このへんは丁度ちょうど三角形のかどのあたりみたいな地形になっててね、そのせいなのか樹海が広がっててそこにわんさかいるんだ。昔、アコール卿国がまだ存在しない時代には、せっかく国境をもうけられる場所がるのに近寄ちかよづらいってことで、ここらは前人未到の地だったぐらいさ」
「そ、そんな所によくこんなデカくて長い道を作れたな……」

 橋のようになっている道ってことは、どうしたって地面に何本も土台を作らなきゃならないワケで……それを思うと、作業員の人が気の毒になって来る。
 モンスターがワンサカいる場所で頑張がんばって空中回廊をつくっただなんて、俺の世界にいれば確実に英雄あつかいだぞ。

 ガタゴトとれる馬車の上で少し背を伸ばして周囲を見る俺に、何がおかしいのかブラックはクスクスと笑いやがる。

「まあ、これも国家事業の一つってトコだからね。それに、向こうの【ノルダン砦】は、かの【ナトラ教】の総本山に行く聖道があるんだ。教徒のためにもって事なんだろう。僕ら旅人にも恩恵は有るから、そこらへんはまあどうでも良いけどね」
「うーん、いろいろ複雑に絡んでるんですなぁ」
「……ツカサ、本当に理解しているのか」

 ギクッ。や、やだなあクロウ後ろからいぶかしげな顔で。
 俺だってもう高校生なんだから、そこらへんの何か……オトナのそういうヤツは、すごく分かってるつもりですよ!
 大人だからな、この世界でも俺は成人済みだからな!
 だからオッサン二人して俺の顔を凝視ぎょうしして来るなっ。

「はぁ~……まあともかく、藍鉄あいてつが居てくれて本当によかったってコトだな! へへ……ありがとうな藍鉄。馬車は重くないか? 疲れたらすぐに言うんだぞ」
「ヒンッ、ぶるるるるっ」

 俺の言葉に、機嫌が良さそうに短く声を上げて鼻を鳴らす藍鉄。
 はぁあっ、本当に格好良いし可愛いなぁ藍鉄は……!
 ここを登り切ったら、その先にあるという【ノルダン砦】で、体をいてやったりしてねぎらおうとウフウフしつつ、俺達はついに蛇行した坂道へと足を踏み入れた。

 多くの行交いきかう人や馬車をけながらなので、馬車の歩みはゆっくりだったが、それでも道は出来るだけ平坦へいたんに作ってあるのか急勾配きゅうこうばいという感じはしない。
 せいぜいカーブの部分でちょっと段が上がるかなって程度ていどで、長ったらしい道ではあるけど、歩きの人が出来るだけ急に息を切らせないようにという配慮があるような気がした。まあでも、延々えんえん続くときて来るってのもあるけどな……。

 そのせいなのか、二段目三段目にさしかかると、こまめに作られている休息場所のような出っ張りの部分で食事をとる人の姿が多くなってきた。
 まだまだ十段以上続く蛇腹の道は、やっぱり徒歩の人にとってもキツいようだ。
 それに、景色が変わらずゆったりした道なので、馬も少し疲れるらしい。

 さすがのディオメデである藍鉄あいてつは「まだまだやれますぞ」とばかりに鼻をフンフンしていたが、頑張り屋さんで心配なので俺達も一度五段目の蛇腹にある広い休憩場所で昼食をとりがてら休むことにした。

 所々にある休憩場所は、高速道路などの高架橋こうかきょうで見かける待避所たいひじょのように、道からはみ出て突っ張った展望台のようになっているので、ちょっとしたビュースポットとも言える。でも、ベランデルン公国側には国境の山脈がそびえているので、ほとんどの休息場所はライクネス王国を見られる側に作られているみたいだった。
 かなり広いけど、地面は石をめられていて俺の世界とは少し違うな。

 建材がコンクリートじゃないから何だか不安だが……まあこの世界って魔法の世界だし、これでも充分強度があるんだろうな……。高架橋なんてかなりハイテクなのにローテクな感じで作られているから何だか混乱してしまう。
 とはいえ、何十人も人がいて馬車が何十台も停車しているのにビクともしないんだから、心配するだけムダなんだろうけどさ。この蛇腹の道自体、ブラックが言うには数百年もたもたれているみたいだし。

「よーし藍鉄あいてつ、ご飯たべような」

 馬車のれから少し離れたところに停めて、事前に購入していた馬車馬用のご飯を藍鉄に食べて貰いながら、俺達も馬車の中で少し早い昼食をとる。
 なんだかピクニックみたいだが、食べているモノはいつもの浅黒い雑穀ざっこくパンやら肉やらなので、どっちかってえとサバイバルな感じだな……。こんな場所に来るなら、ピクニックみたいにサンドイッチでも作ればよかった。

「ムゥ……ツカサの作ったメシが食いたいぞ」
「お前は昨日たらふくツカサ君を食っただろうが。……とはいえ味気ないのは解るがなぁ……。ねぇツカサ君、あっちの砦に着いたらご飯作って~」
「あーはいはい、お前らがスケベな事しなきゃ作ってやるよ」

 いくら元気なままとはいえ、精神的にはすごくキツいんだからな。心が体についてかなくて今えっちするのは俺的にしんどいんだからな。
 そう言う思いで睨むと、中年どもは目をらして口笛を吹き始めやがった。
 こ、このオッサンども、古典的でかりやすい逃避しやがって……っ。

「ったくもう……まあ作るけど、もうこの先は禁止だからな。きちんと仕事するためにも絶対にヤだからな!! 今度やったら俺は……」
「俺は?」
「い……えーと……家出……」
「家がないのに家出か」
「ぐうっ、と、とにかく怒るんだからなっ!」
「あはは、ツカサ君は可愛いなぁ。全然言葉が足りてないよ」

 チクショウこのオッサンども、人の事を丁寧ていねいにバカにしやがって。
 もう知るもんかとメシを口に放り込んで、俺は馬車からぴょんと跳び降りた。

藍鉄あいてつ、俺ちょっと展望台んとこ見て来るから馬車を頼むな」
「ヒン」

 強い藍鉄と、さらに強いオッサン二人の何を「頼む」と言う話だが、まあ俺にとっては二人をとどめておいてくれという所もあるので、まあいい。
 人のあいだって、黒く頑丈がんじょうな鉄柵の前まで辿たどく。
 そうすると、少し遠かった風景が目の前に広がって。

「おぉ……っ、すっごい景色けしき…!!」

 ここまで来ると、国境の山脈の向こうに広がるライクネス王国が見えるぞ。
 俺達が進んできた道がおだやかな草原をゆる蛇行だこうして突っ切っていて、所々に森や林がわっているのがなんだか牧歌的だ。
 道には時々枝分かれした小道が見えて、そこをぽつんと進む馬車も見えていた。

 ……こうして見ると、この世界も広いもんだよな。

 街道を脇目わきめも振らずに進むと案外早く進めるもんだから気にしてなかったが、遠景として振り返ってみると凄く広い感じがする。
 俺は自分の視界に広がる部分しか見えないから、こうやって高い場所から見ないと自分が居るところがどんなに広大だったのか解らない。自分でもそれなりに「広い世界にいるなぁ」と思っていたけど……それ以上にもっと広いところを、俺はいま旅してるんだなぁ……。

「そういえば……最近ずっと家と学校の往復だけだったっけ……」

 冷たい風が気持ち良い。
 だけど、不思議とこごえるような感じはしなくて、ただただ清々すがすがしかった。

「もう最近は変な人もいなくなったみたいだし……ちょっとくらい遊びに行ったって良いよな……? なんかゲーセン行きたいな……」

 もちろん尾井川とか親に相談しなきゃだけど、異世界だけを見て「世界は広い!」なんて言うのは勿体もったいないよな。今まで気にもしてなかったけど、俺の方の世界だって広いに決まってるし……なんか、見たくなってきたんだよな。うん。
 まさか異世界に来て俺の世界を気にする事があるなんて思っても見なかった。

 いや、でも、こういうのが良いんだよな。
 なんかこう……自分探しの旅みたいでイヤだが、しかし、他の物を見て自分のいる場所の良い所を知るってのは素晴らしい事だと漫画でも言ってたしな!

「ふぅー……よしっ、午後からも頑張るか」

 深呼吸をして、気合を入れ直す。
 ……まあ頑張るのは藍鉄あいてつなんだけど、その、何か有った時のために、な!

 というわけできびすを返し、それぞれに休息をとる旅人達の間をって馬車に戻ろうとした――――と。

「……ん?」

 その人達の中で、さくにもたれて体を丸めこんでいるおばさんが妙に気になった。

 白い髪を頭の上でお団子にした、いかにも“古いアニメで見た事がある、ふくよかなおばさん”なんだけど、丸まってるその肩が妙にせわしなく動いている気がして、お節介せっかいかと思いながらも、気が付けば俺は彼女に近付いていた。

「あの……大丈夫ですか。どこか怪我けがでも……?」

 地面にひざをついて顔を覗き込むと、おばさんはわずかに顔を上げる。
 はぁはぁと息を切らせながら人のよさそうな顔でぎこちなく微笑ほほえんでみせた。

「あ、ああ……ごめん、なさいね、大丈夫よ……はぁっ、は……ちょ、ちょっと……ここに来るまでに……疲れて、しまって…………」
「お水とか……」
「あ、ああ……ええと……あるわ、あるから……」

 その「今思い付いた」という言葉に、俺は眉根を寄せる。
 この態度は俺にだってわかる。恐らく、おばさんは水を持ってないんだ。荷物が凄く少なし、それに……ボロボロになった質素なドレスのどこをみても、とても「旅人」とは思えなかった。

 体はふくよかに見えるけど、だからって飢餓きががないというワケではないだろう。
 この姿から見て、彼女には水を買うお金すらないんだ。
 一人旅なようだし、こんなに苦しんでいる女の人を放っておけないよ。
 オスだろうがメスだろうが、一般人にしか見えない女性の一人旅は危険だろうし。

「あの、これ飲んで下さい」

 俺は迷わず自家製の回復薬を取り出して、おばさんに渡した。
 最初は「こんな高いものを……」と拒否していたけど、俺が「お金は要らない」と説き伏せて、なんとかぐびっと飲んで貰う。と、俺特製の回復薬はすぐに効力を発揮はっきし、おばさんの体を金の光の粒子りゅうしつつんですっかり動悸どうきを治めてしまった。

 ふ、ふふ……やっぱりすげえな俺の回復薬。
 師匠に「無暗むやみに高等級のヤツを作るな見せるな飲ませるな」と言われたが、相手は本当に困ってるんだからこれくらいは良いはずだ。
 水分はもう少しとった方が良いから、お水も飲んで貰おう。
 そうやって干した果物や食料も分けていると、おばさんはようやく体が楽になったのか、深く息を吐いてこちらに笑ってくれた。

「ありがとうねえ……本当の事を言うと、ここまでずっと歩き通しで急いでたから、ロクな食べ物もなくてね……アタシが悪いんだけど、本当に死ぬかと思ったよ」
「へへ、落ち着いたみたいで良かったです。……お……お姉さんは、これからどこに向かうんですか?」
「やだねえ、おばさんで良いわよ。……アタシはベランデルンに帰るところなのさ。とは言っても、村までまだまだ遠いし……そのまま帰るつもりはないんだけどね」

 そっか、おばさんはこれからも山を……。
 ううむ……そんな心配なお話を聞いてしまったら、とても「ハイ、そうですか!」なんてすんなりと行かせる事なんて出来ないぞ。

「あのっ、良かったら俺達の馬車に乗りませんか!」
「えっ!?」

 驚かれてしまったが、ここからの俺の行動は早かった。
 なんとかおばさんを説き伏せ、藍鉄にもう一人増えても大丈夫かと確認を取って、わずか数分で俺は馬車におばさんを乗せることに成功した。

 オッサン二人は不満げだったけど、流石さすがに自分より年上そうな……というか、ほぼ自分の親の年齢と同い年だろうおばさんの事は無視が出来なかったのか、何も言わず同行を許してくれた。……と言っても、おばさんも本当に気を使う性格なのか、砦の所までと言う約束になってしまったが……。

 まあ、それは良い。
 ブラックとおばさんの話では、坂道はこの空中回廊で終わるそうだしな。ココから先は下り坂ってんなら、彼女の足でも何とか大丈夫だろう。

 そんなこんなで四人で空中回廊を登って行くと、その間におばさんがぽつりぽつりと自分の身の上を話してくれた。

 ――――おばさんの名前はサルビアさんと言うらしいのだが、数年前までの彼女は普通の村人で、ベランデルン公国の小さな村で暮らしていたという。
 彼女は息子と二人暮らしで、その息子さんは大層たいそう優しく働き者だったそうだ。

 けれど、ある時息子さんは「良い出稼でかせぎ先があるんだって。これで、もっと母さんに楽をさせてあげられるよ」と言い、村を出て行ってしまったのだという。だけど、最初の頃は手紙も送って来ていて、お金もヤケに多い金額が届いていたので、彼女も少しは心配したが、不安になる事など無かったそうだ。

 けれど、それから二年ったある日から、急に手紙が途絶とだえた。
 お金にも変化があり、かなり量の減った金額になったそうだ。しかし、最近はそれすらも無くなり、完全に彼の消息が不明になってしまった。
 だから、サルビアさんは心配になって息子の行方を探す旅に出たのだという。

 …………しかしてはなく、手紙に書いてある内容も「案外近い」という情報だけで、彼がどこにいるのかわからない。
 だから、サルビアさんは一年ずっとこの周辺を探し回っていたらしい。
 しかしそうしているとお金はき、段々と追い詰められていって。

 やはり、一度帰った方が良い。
 そう思った矢先にこの状態で、そこに俺が出くわしたというワケだ。

 ――――この話を聞いて、一瞬ニセガネ事件の話が頭をよぎったが、サルビアさんの話では数年前からの失踪だから、決めつけるのは早いよな。
 彼女の話を聞いていたブラックの表情からすると、失踪自体は珍しくない事みたいだし……でも、だからって悲しくないなんて事は無いよな……。

 俺の母さんより年上だろうに、それでも何年も歩き回って息子を探すなんて、並の決心じゃ出来ない事だ。そうまでして必死に探してくれるお母さんがいるってのに、サルビアさんの息子は本当にどこに行ってしまったんだろうか。
 なんだかモヤモヤしてしまったが、部外者である俺達が何を言ったって、彼女にはなぐさめにもならないだろう。

 そんな彼女の身の上話を聞いているうちに、とうとう坂を登り切ってしまった。

「ああ、もうこのあたりで……」
「……本当にいいのか。オレ達は別に気にせんぞ」

 女性にも紳士的なクロウがサルビアさんを引きとめるが、彼女はふくよかで優しい顔をして微笑んだ。

「いえいえ、食料も分けて貰って運んで頂いたのに、これ以上お世話になってはバチが当たりますよ。それに……夫婦三人水入らずの旅に、アタシのような部外者が立ち入るのも気が引けますから」
「ふっ……!?」

 夫婦って! 夫婦ってちょっとまってサルビアさんあの色々おかしい所が!
 つーか「フフン、分かってるじゃん」みたいな顔してんじゃねーよブラック!
 クロウも「そう言うなら」みたいな顔してんじゃねえっ!!

 何でお前達は当たり前みたいな顔してんだよ!

「あのサルビアさん! 俺達も山を下りて大きな街に行くまで街道を通って行くんで、何か困った事があったら連絡してください。俺達冒険者なんで!」
「あら、そうだったの? アタシてっきり……あらあらごめんなさいねぇ……。それと、ありがとうねえ。また助けて貰うのは気が引けるけど……そうだね、街道を進むんなら、アタシの村にも来てくれるかもしれないねえ。その時はめいっぱい歓迎するから、是非よっとくれよ」
「分かりました!」

 何だか酷い誤解をされたが、なんとか俺達が冒険者だと分かって貰えたようだ。
 サルビアさんはニコニコと笑いながら、俺達に手を振って大きな門の方へと一人で歩いて行ってしまった。……って、村の名前を聞くのを忘れてしまったな。
 まあでも、街道沿いならいつかは会えるだろう。

「はぁー、これから四人旅ってことにならなくてよかったぁ」
「オスならともかくメスのご婦人がいると、夜のいとなみもしにくいからな」
「こらーお前らばかー!」

 本当にロクなことばっかし考える野郎どもだ。
 サルビアさんが一緒にいる時に変な事を言われなくて本当に良かった……。もし、明け透けにえっちな事とか言われてたら、勘違い夫婦どころか何か変な関係なんじゃないかと思われていたぞ。きっと。いや多分。

 人助けは良い事だけど、このオッサン達と居るとヘンな誤解を与えてしまいそうだな……出来れば、俺のように広い世界も有るもんだなぁと思って欲しいものだが……それにしたって、二人夫婦ならまだしも三人ておかしいでしょ。
 なに、ベランデルンって重婚オッケーなの。こわい。
 どうかオッサン達が変な事を言い出しませんように……。

「さて、ツカサ君。僕達も門の中に入ろうか。【ノルダン砦】の例の風景は向こう側だから、今日中に通っちゃおう」
「えっ!? う、うん……」

 それならサルビアさんもやっぱり一緒に乗せて行った方が良かったんじゃ……と思ってしまったが、それを言うとまたこじれるので、俺は言葉を飲んで可愛い藍鉄あいてつに再び歩くようにお願いしたのだった。









 
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