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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
17.とりあえず、いつもどおりが良い
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上空から、ばっさばっさと羽ばたく音が聞こえる。
生憎と上を見ても鳥人の体が在るだけで空を拝めそうには無かったが、しかし眼下の風景は語るのもおこがましいほどの絶景だった。
うーん、やっぱり空から見た世界って物凄く綺麗で雄大って感じがする。
見張りの塔のように聳え立った【セウの樹】から出立する時も、思わず「ここからどうやってデリシア街道に戻るんだろ?」と思うくらい広大な森が四方八方に伸びていて驚いたものだったが、やっぱり何度見ても世界は広いなと目を丸くしてしまう。この世界の地図は縮尺が適当なものが多いとは言え、二次元で見るとやはり無意識に小さく思ってしまうから、実際の風景を見ると改めて感動せずにはいられない。
遠くに見える薄い青に染まった険しげな山々も、近くにある若々しい色に満ちた山や荒々しい岩山も、空から見るとまるでミニチュアのようでワクワクする。
普段は見慣れている草原だって、まるで緑のカーペットのようで、地上から見るのとは趣が違う。なにより、空中の強い風とは違う、柔らかな地上の風が一斉に草原を撫でて行く光景は、緑の海の波間を見ているようで妙に心が騒いだ。
“寄らずの森”も凄かったけど、やっぱり草原も凄い。
この世界じゃ「遊覧飛行」なんてまず出来っこないから、余計に貴重だ。
しかもココは剣と魔法のファンタジー世界なんだ。もうそれだけで最高だよな!
「コ、コケッ、クワァッ! おいっ頼むからあまり動くな! いくら飛ぶのが上手い俺とは言えど、うっかり落とすぞ!」
「わあっ、ご、ごめん」
い、いかんいかん。あまりにも素晴らしい光景に興奮してしまっていたようだ。
慌てて姿勢を戻し、しっかりブランコの蔓を掴むと、それをぶら下げて飛んでいるクックは安心したように「フゥ」と息を漏らした。
どうも人を乗せて……というか吊るして飛ぶのは初めてみたいで、クックと同様に他の鳥人達も悪戦苦闘しているようだ。
まあ、いくら村人と交流があると言っても物々交換をする程度だろうしな。こんな風に人を乗せて飛ぶなんてこと、クック達も初めてなのかも知れない。
慌てさせてしまった事を反省しつつ、俺は自分が乗るブランコを支える二本の蔓を改めて強く掴み、改めて前方を見やった。
……しかし、まさかこんな風に運ばれるとはなぁ……。てっきり、クック達の上に乗るか、それとも抱えられるかって考えてたんだけど、まさかのブランコとは。
傍目から見るとファンシー過ぎて、空中ブランコに乗ったオッサン達の姿を見ると思わず吹いてしまうが、しかし内心こういうのは嬉しい。俺はブランコがあるとすぐ乗りたくなってしまう系人類なので、願ったりかなったりなのだ。
漕ぎ出せない事はちょっと残念だが、でもこういうのってまさに「ファンタジー」な感じでスッゴク良いよな……! ブラック達を見ると笑いが込み上げて来るから、見るに見られないが!
……ゴホン。まあとにかく、抱えられて移動するような、安定性に不安があるような方法でなくて良かった。
しかもこのブランコ、結構頑丈そうなんだよなぁ。やけに耐久性のある【セウの樹】のデカい葉っぱと、何かの植物の蔓で作られているだけの凄く簡単なブランコなんだけど、俺やブラック達が乗っても全然ビクともしないし、それどころか暴れても大丈夫だ。
そんなものを昨日喰ったのかと思うと、妙な気持ちになるな。
さすがに【リッシュおじさんの植物メモ】でも味は表現されていなかったけど、彼は葉を食べたんだろうか。今更気になって来たな。
そういえば、鳥人の里を探そうとは思ってたけど、本当に若芽が手に入れられるとは思わなかった。リッシュおじさんに会った時に話せたら、喜んでくれるだろうか。
リッシュおじさんは、メモによると若芽を欲しがっていたみたいだし……いや、ちょっと待てよ。そう言えば、肝心な事を俺は聞いてなかった。
メモの事を思い出して記憶がよみがえったが、まだあのことが解決してないぞ。
鳥人達の誤解を解く事は出来たけど、結局ペコリア達が出会った「緑の何者か」の正体は全然つかめてないじゃないか。
いつの間にか消えていたって話だけど……コイツらは何か知らないかな。
「なあクック、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「ヌ? なんだ」
俯いて俺の顔を見て来る相手に、俺は反対に見上げながら問いかける。
「アンタ達、俺が話した“緑の何者か”について本当に心当たりないか?」
「と言われてもな……我らが【祭壇】に朝向かった時は既に種は消えていたし、ここに種があることを知っていて盗むのは災厄……いや、炎のグリモアだろうと激昂していたので、誰が盗んだかなど気にもしていなかった」
「他に知っているような人とか心当たりないの?」
「うーむ……」
少し考えて、クックは再び俺を見た。
「そういえば、人族の里に物々交換をする時に、たまにガクシャという連中が居て、話をしつこく聞いて来る事が何度かあったな。詳しくは覚えておらんが、美味い蜜を勧められて酔った時に、そう言う事を話していたかも知れん」
「おたくらの秘宝なのに酔って教えちゃうの……」
「し、仕方ないだろう。今まで【セウの樹】の頂点にまで到達できるケナ……いや、人族など、グリモアのようなデタラメな存在しかいないと思ってたんだから」
あっこの野郎、また人族をケナシと呼んで見下そうとしやがったな。
しかし、ちょっとヌケてる所がある鳥人族ならそう言う事もありそうだよな。
もしかしたら村に来た「学者」のうちの誰かが勝手に【種】を盗んで、それで逃げ切れないと悟ったのか俺のペコリアに責任転嫁したって可能性も……いや、それも唐突過ぎるか。
というか、そもそも普通の人間が【セウの樹】に登れるはずもないよな。
しかもそれで学者ってなると……いや、リッシュさんは絶対に違うだろうけど。
でも何だかモヤモヤするよな。もし植物を調査する人間なら、ペコリア達が犯人のニオイを嗅いで「緑の人」……つまり、植物を指して「こういう人だ」と表現した理由も分かる。ペコリア達が誰かの守護獣だと分かったのも、学者先生なら他の場所で守護獣を見た事があるからって事でスンナリ納得できるが……。
…………うーん……でもなぁ、そんな偉い先生に罪をなすりつけられるような事、俺達なにかしたかな……。学術院の人と知り合った事は何度かあるけど、その人達の心が良かれ悪しかれみんなこんな事はしそうにない気がするんだが……。
でもまあ、今は考えても仕方ないか。
相手の意図も正体も分からなさすぎて不安な所もあるが、このまま国境の砦の近くに一気にワープできるんなら願ったりかなったりだ。
ナトラ教の総本山の麓にあると言う国境の砦には、シアンさんの伝令係である金髪巨乳毒舌美女エルフのエネさんが先回りしてくれているはずだ。
彼女の特殊能力なら、おそらく数日と経たずに砦に到着しているだろう。
何か余計な用事が発生していなければ合流できるはずだが……しかし、俺達が先に到着してたらどうしよう。砦とか人が多くて不安なんだが、まさか「緑の何者か」が潜んで居たりしないだろうか……うーん……。
「おお、国境の山脈が見えてきたぞ」
「えっ」
「少し離れた森に降りるぞ。あまりケ……人族の目に触れたくないからな」
「あ、はい」
考え事をしている間に到着してしまったようで、クックが言う。
その言葉に頭をあげて前方を見やると、少し離れた場所だというのにそれでも天に届くかと思うぐらいの鈍色をした山脈が視界の端から端まで広がっていた。
向こう側も全く見えない、ただただ険しさを感じさせる山の連なり。
まるで「世界の果て」のようだ。いつみても国境の山脈は妙に「異世界だ」と感じさせる雰囲気が有って、何だかゾクッとしてしまう。
あんな山に、凄腕の冒険者も撤退せざるを得ない程の凶暴なモンスターが生息しているのだと考えたら、本当に【ナトラ教】は恐ろしいな。
神様の御威光が現実に存在する世界だからってのもあるだろうが、こんなの悪い奴が滅多に入って来られない天然の牙城そのものじゃないか。
この世界の国々の揉め事を平定する【世界協定】という組織も、国境の山に本拠地を据えているのだが……やっぱりデカい組織は高レベルじゃないと来られない場所に拠点を置きたいものなんだろうか……。
じゃあ、よくゲームとかで魔王が周りをヤバイ土地で囲んでいるのも意外と普通の事だったのかな。まあ確かに草原とかに置いて襲われ放題とかヤだよな。
「降りるぞ、しっかり蔓を握っておけ」
「は、はい」
言われるがままに手に力を籠めて、徐々に近づいてくる街道から少し外れた小さな森を凝視する。と、上の方でゴホンと声がした。
何だか誤魔化すような感じの咳払いだ。
なんだろうかと上を見上げようと思ったが、鳥人達はスムーズに両翼で風を捉えて操り速度を落とし、ゆっくりと森の中に着地してしまった。
な、なんか思ったより全然簡単だったな着陸……。
「はぁ~、やっと地上だ……」
「意外と速かったな。半日もかかってないぞ」
苦も無くブランコから降りて背伸びをするブラックと、腕が鈍っていたのか即座にストレッチを行うクロウ。相変わらず元気なオッサン達だ。
しかし俺はと言うと、意外と高所が寒かったせいで、ぶらつかせていた足がかなり冷え冷えになってしまっていて、降りるのにもちょっと苦労してしまった。
だ、だって筋肉がもうカチンコチンで、ちょっと痺れてると言うか結構エコノミー症候群と言いますか。
いやでも、思ったよりもかなり旅程が短縮できて良かった。本当はあと一週間ほど歩く事を覚悟していたから、今回ばかりは怪我の功名だったな。
それを考えると、罪滅ぼしとは言えお礼は言っておくべきだろう。
そう思いながら鳥人達に礼を言った俺に、ニワトリ頭目のクックをはじめ四人は妙にモジモジして、またもや首の周りの羽毛を膨らませていたが……クックが俺の方に一歩踏み出して、何かを手渡してきた。
「これは……?」
「俺達を呼ぶための【風笛】というものだ。この国の中でしか使えんが、今後もし、お前達がその……例えば【緑のナントヤラ】に難儀した時などに、俺達の力が必要になれば、この笛を力の限り吹け。そうすれば俺達はその音を聞いて必ずやって来る」
指羽で掌を強引に開かれて置かれたのは、口を付けるところ以外は穴が一つしかない小さなオカリナのような物だった。
大きさは果物のビワくらいだが、首に引っ掛けるヒモがついている。
でも、こんなもの貰っていいんだろうか。さすがに貰い過ぎでは?
「あの、そもそも俺達も多少迷惑を掛けたっていうか、お互い様なのに……こんなに色々貰っていいのか?」
「貰っておきなよツカサ君。慰謝料だよ」
「ム。石屋料?」
ええい話の腰を折るんじゃないオッサンども。俺は今も怒ってるんだからな。
黙れと目を吊り上げて一瞥しながらも、再びクックを見た俺に、相手は何か視線を左右に彷徨わせつつ、首回りの羽毛をぶわっと膨らませながら特徴的な赤いトサカをピンと立てた。
「その、なんだ。その……べ、勉強に、なったし……」
「は?」
「と、とにかくだ! その、俺達は義理を重んじお前らに味方する、鳥人はケナ……人族よりも誠実で義理堅い種族だからな! だから、今後も困った事が有れば呼べということだ! さらばっ」
「あっちょっとそんな急に!」
バサバサと慌ただしく飛んで行ってしまったクックにポカンとしていると、ホークさんとブーブックさんが俺達に挨拶をしてその後を追う。
ウグイス系鳥人のウォブラーも、俺達に荷物を渡して飛ぼうと羽を広げて見せたが――――その前に、俺に近付いて来てコソッと耳打ちをした。
「頭目はですね、案外人族のメスも興味があるみたいっすよ」
「そ……そうなんです?」
「えぇえぇ、なのでその……もし良かったら検討して頂けたら……」
「…………んん? 検討?」
一体何を言ってるんだこの人は。
ウグイスという可愛い顔つきをして、なにかすごくヤバい事を言っているようなと思ったが、相手はチュピチュピと小鳥の声で笑った。
「やー、なんか、噂ではケナシのメスって色んな種族のオスの子供生めるらしいじゃないっすか。だからウチの何百年も独身の有望株を……」
「おいクソ鳥ツカサ君に何言ってんだ」
「ピッ! あ、あのじゃあさいなら~っ!」
あっあっ、ポカンとしている間にウォブラーが行ってしまった……。
……ええと、今なにを言われたっけな。どうも聞きたくない単語のオンパレードだったような気がするんだが……。
「ったくもう、本当ツカサ君って面倒な奴に好かれちゃうよね! あのクソ鳥ども、今度遭ったら絶対に羽をむしって丸焼きにしてやる」
おいおい、俺のすぐ横で物騒な事を言わんでくださいよ。
でもブラックなら本当にやりかねないのが怖い。この世界って、人族同士だろうと当然のようにサックリ刺しちゃうのが普通の世界だしな……そ、そうなったら、俺が身を挺してでも止めなきゃ……。
改めてコイツもヤバい奴だなと思っていると、クロウが近付いて来て腰を曲げつつブラックの顔を下から窺うように見やった。
「面倒な奴とは自分を含んでいるのか」
ナイスツッコミ、クロウ。
だがブラックは片眉を大いに吊り上げて、ふざけんなよと目を細めた。
「はぁ?! 僕のどこが面倒なんだ、僕のは可愛いワガママっていうんだよ」
「言い換えるだけ自覚している証拠じゃないのか」
「うるさいなっ、お前も充分に面倒臭いクソ熊のくせに!」
「ムゥ、他人も同類だと言っている時点で認めているも同じだぞブラック」
「だーっ今すぐここで八つ裂きにしてやるー!」
すぐに剣を抜くブラックだったが、それを予見していたのかクロウはすぐ俺の背後に回って、デカい図体が隠れていないのを気にもせず俺の顔の横からチラリと覗き、まるで逃げ回っている子供のように耳を伏せた。
「ツカサ、本当の事を言ったらブラックが虐めて来るぞ」
「どいてツカサ君そいつ殺せないっ」
「またお前どっかのネットスラングみたいな事を……」
鳥人の集落から脱出した途端にいつものノリでギャーギャー騒ぎ出すなんて、このオッサン二人は本当に俺より元気だ……。
だけど、薬で眠らされていた時の事を振り返れば、こっちの二人の方が余程良い。
まあ今日は俺が大人になって窘めてやろうじゃないか。……いつものことだが。
そんな事を思いつつも、俺は苦笑しながら二人の間に入ってやったのだった。
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