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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
10.大樹に住まう者達1
しおりを挟む強風に煽られ、前髪がバサバサと動き視界を頻繁に覆い隠す。
しかし、俺はそれに対してなんの抵抗も出来ない。
それどころか……今は、圧倒的に不利な状況を強いられていた。
「おい、暴れるんじゃねえぞ。暴れたら落として殺すからな」
「ひ、ヒィイ……」
まるで俺を脅すかのような言葉に情けなく呻いてしまったが、それだって今の状況を見て貰えば誰もが仕方がないと同情してくれる思う。
少なくとも、俺は同情の目を向けるね。こんな状況に置かれた人を可哀想だなって思ってやれるね! ああきっとそうだ!
……そんな風に現実逃避をするが如く思考が変な方を向いてしまうが、それだって当然の事だ。なにせ、俺は今――――
手も足も出ない状態で拘束されて、鳥人の体にぶら下げられたまま“空の旅”を強制執行されているのだから……。
「う……うぅ……」
この寒さと風の強さから推測しても、現在の高度はかなりの物だ。
眼下には俺達が進んでいた森とは段違いに広大な森が広がっていて、行先にはまだまだ緑の大地が続いている。
道を外れ奥の方へ進めば進むほど広大になる森は、息を呑むほどの絶景だった。
街道の分かれ道が通っていたのは、森の端っこの方だったんだな。
五日もかからずに抜けられるだろうと思っていたのだが……こりゃあうっかり迷いでもしたら、一生出られなかったかも。“寄らずの森”とはよく言ったもんだ。
しかし、こんな風景ロクショウにでも頼まないと見られなかったよな。
この世界では空を飛ぶ方法なんて早々見つからないみたいだし、体を浮かせる事が出来る【ウィンド】も、移動は出来ないっぽいし。
鳥人に拉致されなければ、森の広大さもピンとこなかっただろうな。
まあ、そんなこと考えてる場合じゃないんだけど……でも、俺だけが鳥人達に反乱を起こしたって、出来る事はたかが知れている。
もし俺が完璧に鳥人達を退け、囚われている前後不覚状態のオッサン達とペコリア達を助けつつ着地できたとしても、俺には落ちた先がどの地点なのか分からない。
それに、あのピンクのモヤを喰らっただけで膝をついて前後不覚になってしまった二人を治せるかどうかも分からないのだ。
つーかそもそも、二人と三匹なんて大人数を俺が空中で捌き切れる保証も無い。
俺が完璧無双のチート能力者だったら絶対にヘマなんてしないだろうし、俺の中にアシストしてくれる賢者さん機能でもあれば話は別だったんだろうけど、現実の俺は貧弱だし曜術もロクに扱えない、ちょびっとデカすぎる力を発揮できちゃうだけの不死身が取柄なただの高校生だ。
しかも、その力も不死身の能力も、満足に使えた試しがない。
デカすぎる力なんて、この状況では宝の持ち腐れだ。
それにこんな俺が一か八かで暴れるなんて、結果が恐ろしくて実行できない。もしポカをやらかしたら、絶対に誰か死んじゃうんだぞ。俺の勝手な「やるっきゃないんだ!」な決意でブラック達を危険な目に遭わせるワケには行かないって。
それが許されるのは、絶対に失敗しない漫画の主人公だけだろうさ。
まあそもそも、この状況で動くこと自体が危険なんだけど、それは置いといて。
ともかく……何も分からない今は、鳥人族に運ばれるしかない。
ブラック達を助けるにしても、あのピンクのモヤがどんなモノなのかをそれとなく聞きださないと、治療も出来ないよ。道の毒物だったら、俺一人じゃお手上げだし。だから……色々不安要素はあるけど、今は大人しくしてないとな。
……まあ、その前に、この拘束をブチ破れそうにないんだけども。
「はぁ……」
溜息を吐くが、俺をぶら下げて飛んでいるタカっぽい姿の鳥人男は俺のことなんて一瞥もしない。汚らわしいと思っているのか、それとも興味など微塵も無いのか。
溜息一つでギャンギャン言われるよりはいいけど、これはこれで何か怖い。
ああ、それにしてもどこに連れて行かれるんだろう。
俺達を拘束しているこの蔓、すんごい硬いから、長時間ぶら下げられていると体がギュッと締まって変な所の血が止まりそう。
にしても……こんな枝に近い蔓でぐるぐる巻きに出来るなんて、この鳥人達の力はどうなっているんだろう。鳥って飛ぶために極限まで体重を減らしてるらしいけど、彼らの羽から伸びた指や体はしっかりとしているし、特に軽そうでもない。
両手を広げて飛んでいるのはいかにも鳥人っぽいけど……やっぱりこれも魔法の力ってヤツなんだろうか。ちょっと知りたい気もするが、そんな場合じゃないか。
「降りるぞ! 罪人共を逃がさないようにしっかり蔓を掴んでおけ!」
背後からあのトサカを持った鳥人の声が聞こえて、他の人達がそれぞれクエーだのギャーだのと鳥の声で答える。これは雄叫びなのか、それとも彼らが人の言葉を喋れないのか。分からないが、何だか妙に得体が知れなくて背筋が寒くなった。
なんというか……言葉が通じない相手のように思えて、この後なにかの陰惨な目に遭わされるのではないかという気持ちが強くなってしまったのだ。
しかし、彼らは俺達の事など気にせず、ゆっくりと羽ばたいて下降し始める。
彼らの腹の辺りからぶら下げられた俺達は、ただ運ばれるしかない。ああっ、俺の可愛いペコリア達も、三匹でだんごのように連なって縛られているのが悲しい。
でもどんな姿でも可愛いぃっ。
……ってそんな場合じゃなかった。
どこに連れて行かれるのか分からないが、逃げるにしろ留まるにしろ、せめて全景だけでも確認しておかねばと思い、俺は真正面――つまり、眼下の光景を見やると。
「あ……」
そこには、周囲の木々など比べ物にならないほど大きく伸びた大木の群れが密集しており……そして、その大きな枝のそこかしこに、なにやら藁で出来た原始的な家のようなものが点在しているのが見えた。
アレが鳥人達の家なのか?
しかし、いくら太いとはいえ、枝の上なんて不安定だな。
ついそんな事を思ってしまったが、近付くにつれて大木の枝は俺達が普通に歩けるほどに太い事が分かり、そして枝から枝に橋が架けられているのも見えた。
なんというか……やけに文明的だ。
部族っぽい露出多めな服装をしてるけど、暮らしぶりは俺達と変わらないのかな。
「着地用意! ホークから降りろ!」
「クァーッ!」
うおお、俺を抱えてるタカっぽい鳥人が啼いたぞ。
ってことはこの人がホークって名前なのか……なんて思っていたら、急激に高度が下がり始めた。ぬおお、こ、怖いっ。そんなに速度が無くても、地面が近付いて来るのを見ているだけで背筋がゾクゾクするっ。
「っ……!」
ばさ、ばさ、と羽で気流を調節するような忙しない音が聞こえて、枝の先端にヘリポートのような平たい台が作られた場所に近付いて行く。
自分で降りるタイミングを計れないので、激突しやしないだろうかとヒヤヒヤしていたら、これは案外すんなりと着地する事が出来た。おお、この発着場は、木の板で出来ているんだな。
縛られたまま手でペタペタと触って感触を確かめていると、その地面がほんの少したわみ、グッタリとしたブラックとクロウを連れた屈強な鳥人男二人と、そんな彼らより二回りほど小さいウグイスのような鳥人が、ペコリアの三匹をつれて着地した。
「まず長老のところに連れて行くぞ」
何も持っていない、トサカのあるニワトリみたいな鳥人が先に歩き出す。
どうも彼がリーダーのようで、全員が文句も言わず付いて行く。俺を捕まえているタカの「ホーク」という鳥人も、早く歩けと言わんばかりに俺を引っ張った。
ぐうう、今は大人しくついて行くしかない。
ギシリとも鳴らない太い枝の道を歩き、大樹の周囲をぐるりと取り囲む、蜘蛛の巣のように掛けられた簡素な橋を渡って、俺達はどんどん上へあがって行く。
どうやら、大樹となった【セウの樹】の枝は螺旋状に上へと伸びているらしい。
鳥人族も人間と同じように「偉い人は高い所」という扱いなんだな……などと思いつつ、俺達の背丈ほども有る葉っぱをくぐりながら登って行くと――――頂点に近い太枝の先に、ぽつんと大きな藁造りの家がある場所に辿り着いた。
一見すると……他の鳥人の家と同じく、壁も屋根も藁のみの普通のつくりだな。
「あれが……長老の家?」
思わず呟くと、背後で「そうだ」とでも言おうとしたのか息を吸う音が聞こえたが……途中で「駄目だ」と思ったのか、息が飲み込まれる。
……このホークとかいう人、案外色々説明してくれる世話焼きな人なのかな。
もしかしたら、何か教えてくれるだろうか。
まあ、今は無理だろうけどな……。
「お前達はここで待っていろ」
先頭を歩いていたニワトリっぽいリーダー鳥人が言い、先に長老の家らしきところに入って行く。枝の先はまったくの青空で、時折大きな葉っぱを揺らすように涼しい風がそよそよと流れて来るけど……ここ、かなりの高さの場所なんだよな。
普通こんな快適な風が吹いて来る物だろうか。
これもまた【聖なる樹】の力なのかなと思っていると、家からニワトリ・リーダーが出て来て、こっちへ来いと言わんばかりに片方の翼をバサッと動かした。
「おい、進め」
「ぐぅっ」
ブラック達は大丈夫だろうか……もう歩くのもやっとなフラフラ具合だし、さっきから一言も話してないし、明らかにおかしいよな。
本当にヤバい薬を吸ってたらどうしよう。治療不可能とかないよな?
俺に出来るかどうか解らないが、こうなったらなんとしてでも鳥人達から「何の薬を使ったのか」を聞いておかないと……。
そんな事を思いつつ、長老の家の入口を潜ると。
「長老様の御前だ。そいつらをソコに並ばせろ」
家の中は、土間と一段高くなった部屋に分かれていて、部屋の方には家具や独特な調度品が並べられている。中央には囲炉裏のような窪みが在り、その向こう側の壁には……口では言い表せないほど繊細な紋様の布が壁に掛けられていた。
これが、長老の家。
ゲームとかでしか見た事がない家の構造だが、確かにそんな感じがする。
強引に土間に座らされながらそんな事を思っていると、さきほど偉そうに命令したニワトリ・リーダーが、横に座っていたふっくらしている鳥人に手を向けた。
「こちらにおわすお方が、我らが長老だ。本来ならばお前ら如き下賤な【ケナシ】がお目通りを願えるような存在ではないが、今回は詮議を行うため特別にお前達の前に尊きお姿を表して下さったのだ。伏し拝み奉れ!」
ここにおわすお方って……その、目を閉じたフクロウのようなお方か……?
いや、あのでも、そんな色々言われましても。
この場で素直に頭を下げられるの俺しかいなくないか。ブラックとクロウはピンクのモヤのせいで、前後不覚状態でフラフラなんだぞ。
とりあえず俺は頭下げるけど、ブラック達にまで強要するなよな。
「ムッ、そこのグリモアども何故頭を下げない!」
ああ、やっぱり怒った……。いやだから無理なんだって。
ブラック達は、俺の方すら見れないぐらい前後不覚になっているんだぞ……って、コイツに言っても分かんないのか。ああ、どうすりゃ二人がヤバイって伝わるんだ?
思わず困ってしまうと、背後からウグイスっぽい鳥人の声らしき少年のような声が聞こえてきた。
「と、頭目、そりゃ無茶ですよぉ。コイツらは【ポヤポヤ】を吸い込んだんですよ。普通の【ケナシ】どもが正気でいられるわけありませんってぇ」
ポヤポヤ?
なんだその今の状態をピッタリ現したかのような擬音は。
凄く気になったが、頭目と呼ばれたニワトリ・リーダーは「そうだったな」と嘴を引き、ゴホンと咳払いを一つした。
「と、ともかく……頭を上げろ。今から長老様のありがたいお言葉を聞かせる!」
「ぐえ」
ホークという鳥人に髪の毛を掴まれ強引に顔を引き上げられる。
思わず呻いてしまった俺に、ニワトリ頭目は見下したように目を細めた。
「いいか、正直に全てを答えるんだぞ。もしも嘘を吐くような素振りを見せたら……その時は、我々の鉤爪で引き裂くからな!」
ヒェッ、そ、そんなのめっちゃ痛そうじゃないか。
別に嘘を吐くつもりはないけど、なんか緊張する……な、何を聞かれるんだろ。
にわかにドキドキしつつも、フクロウのような丸い姿に白いアゴヒゲを垂らしている【長老様】と呼ばれた相手は、今まで閉じていた目を薄らと開いて俺を見やった。
「ホウ……これはこれは……随分と珍しいのう」
しゃがれた、お爺さんの声。
優しそうにも思えるが、しかしその声はどこか冷たいようにも思える。
……なんにせよ、迂闊な事は答えない方が良さそうだ。
ともかく第一は……ブラックとクロウ、そしてペコリアを助ける事だ。
唯一動ける俺がしっかりして、みんなを安全に救出しないと。こんな時ぐらい役に立たなきゃ、俺だって男の面目が廃るってもんよ。なんとかやってみせるぞ。
そう決心して、俺は拳を握り気合を入れた。
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