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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
26.撒く種は闇に根を張り
しおりを挟む足が縺れてつんのめりそうになりつつも、ゴーテルさんの部屋に突入する。
ドン、と、強引に開かれたドアの音に驚いたのか、部屋の中に居た人物がこちらを振り返った。だが、その人数が「一人」では無かった事に俺は息を呑む。
そう、そこには――――
床に座り込んでいるゴーテルさんと……今まさに彼女に襲い掛からんとしている、黒いローブの何者かが……って、おいアイツナイフ持ってるじゃねーか!
「ゴーテルさん!!」
「あっ、ツカサ君!?」
矢も楯も止まらず突進して相手を突き放そうと手を伸ばす。だが、その俺の剣幕に驚いたのか、黒いローブの何物かは慌てたように踵を返し、派手に割れて開いたままの窓から飛び降りた。
そのまま俺は窓枠に飛びついて外を見るが――もう、黒っぽい姿は見当たらない。
三階と言う高い場所であるにも関わらず、黒い人影はどこにもなかった。
「はぁっ、はぁ……はぁあ……」
一先ず安心ってことかな……などと息を吐いていると、背後で異様に慌てた様子のアイリックさんの声が聞こえてきた。
「大丈夫かゴーテル!」
「あぁ……アイリック……」
振り返ると、アイリックさんはゴーテルさんの体を支えて寄りかからせている。
怪我を確かめているような様子でもあったが、二人の感じからすると……これは、もしかしてもしかするのか? あれか、道ならぬ恋って奴なのか?
ぐうう……あんな超絶美女とイイ仲だなんて羨まし過ぎて嫉妬してしまうが、でもアイリックさんは物凄くイイ先輩だし性格も優しくて男前なので憎むに憎めない……イケメンならもっと悪い奴であれよぉお……。
でも「二人が無事で幸せなのは良い事だ」と青筋が浮かんできそうな顔を揉んで、俺は冷静さを保ちつつゴーテルさん達に近付いた。
「怪我はありませんか?」
「ええ……ツカサ君ありがとう、私を守ろうとしてくれたのね」
「ありがとう……」
「え? えへ……い、いやぁ……えへへ……」
ゴーテルさんに潤んだ目で感謝され、思わず照れてしまう。アイリックさんの彼氏的な感謝の仕方が気にはなったが……まあ、感謝されるのは嬉しいのでヨシ。
ともかく、俺達は二人を部屋から避難させ、警備兵が来る前に部屋を確認する事にした。もちろん、現場を荒らさずにな!
……しかし、これといって気になるモノもなく、俺達はスゴスゴと【湖の馬亭】へと引っ込む事にした。ただ、ブラックとクロウは何やら気が付いたようで、お互いに顔を見合わせて意地の悪そうな笑みを見せていたが……何が何やら。
まあ、二人とも俺より頭が良いもんな。
ブラックは今日何度か「何かに気が付いた」顔をしていたし、もしかしたら、一連の事件を解決する糸口を見つけたのかも知れない。
それならそうと早く教えて欲しいが、ブラックにも何か考えがあるんだろう。俺はオトナだから、そういう事を早く言えと詰め寄ったりはしないのだ。うん。
ともかく、今日は色々あって疲れた。
主に朝からのご無体のせいなんだけど、それもまあ……軽く疲れた程度だったし、文句は言うまい。ブラックだって、今すぐえっちをしたいのを我慢して俺を慣らそうとしてくれてるんだし。
…………なんかそう思うと、自惚れてるような気がしないでも無くて自分で自分が気持ち悪いが、好意を無にしないためにもそう振り返るのは必要だろう。
閑話休題。
とりあえず、まあ……まだ解決したワケじゃないけど、今日は一休みだ。
ジュリアさんの妹であるフェリシアさんだって、まだ心が落ち着かないだろうし、ブラックが失礼な物言いをして落ちこんでるかも知れない。それに頻繁に話を聞くのも辛いだろうし……ウィリットの様子も気になる。
今日は一日中あの部屋に居たみたいだけど、そこらへんの様子も聞きたい。
黒いローブの男が出たって聞けば、何か態度が変わるかも知れないよな。
でも、聞くばっかりじゃ相手も俺達も疲れてしまうので……――――
「……うーん、夜はちょっと肌寒いからミルクティーかな……」
薄暗くなり、寮や館から明かりが漏れる時間になった時分、俺は夜の中庭で井戸の水を汲みあげようと、ぎっこぎっこ縄を引いて水が入った桶を引き上げていた。
部屋に置いている水瓶に水が無くなったので、水汲み当番の俺が水を補充してるというワケだ。あのオッサンども、人を気遣うくせしてこう言う事はキッチリ休むので、俺がやらなきゃいかんのである。本当にあいつらはシビアな時はシビアだ。
でもまあ、俺も気絶無効のアレが作用しているのか、不思議と疲れは軽いし。
……うん……本当に最近不思議なぐらい体力回復が早いんだよな……。
えっちで気絶できなくなったのが怖いとはいえ、こういう所だけは少しありがたいな。コレが本当に俺に体力が付いてるからってんだったら、俺だって素直に喜んでただろうし、えっちの時の気絶無効だって受け入れられたんだがなぁ……どう考えても俺にその兆候が無かったから、状態異常で間違いないもんなぁ……はぁ。
ま、それは置いとくとして。
「レモンティー……いやいや、酸っぱいの嫌いだと飲めなかったりするしな……」
ブツブツ言いながら、力いっぱい縄を引いて桶を近付ける。
一生懸命引いているつもりだが、これが何とも上手く行かない。考え事をしているせいかも知れないが、引き上がっても微々たるものだった。
でもしょうがないじゃないか、これは重要な事なんだから。
……今俺が何に悩んでいるかと言うと、それは差し入れのお茶のことだ。
ウィリットもフェリシアさんも未だに不安な時間を過ごしているだろうし、そんな状態で居続けたら疲れてしまうだろうから……あったかい飲み物でも差し入れして、気を落ち着けて貰おうというワケだ。
ホッとして気分が切り変わったら、何か思い出す事も有るかも知れないしな。
というワケで、さっきから薄暗い中でウィリットとフェリシアさんに何を持って行ったらいいのか考えていたのだが……やっぱミルクティーが良いかなぁ。
そろそろ仕入れなければいけないが、まだバロメッツのお乳があるし、数人分の乳くらいは賄えるだろう。それに栄養も有るし……やっぱミルクティーかなぁ。
美熟女娼姫・ルゥイさんの話では、フェリシアさんは俺達がいる平屋の真向かいの方に移ってるって話だったし、明かりがついているからまだ起きてるはず。
寝る前なら丁度いい。温かい飲み物でホッとして貰えたらそれで良いんだ。
しかしタイミングや持って行き方に迷う。
ちょっとでもズレると余計なお世話になっちまうしな~。うーん、悩ましい。
「目の前で淹れた方が良いかな。婆ちゃんは出来たてが良いって言ってたもんな」
水も一度ちゃんと煮沸して綺麗にして……などと考えていると――ふと、急に縄が軽くなったような気がした。
何が起こったのかと強く引かれる縄の方を見やると……見知った手と、そのゴツい指に巻き付く指輪が見えた。
「ブラック」
名前を呼ぶと、俺の視界の横からヒョイと顔が出てくる。
それだけでなく、背後から何かの熱が体を包んできた。
「ツカサ君、遅いから迎えに来ちゃった」
そう言いながら、ブラックはいとも簡単に縄を引っ張って桶を引き上げると、その水を当たり前のように手持ち桶に注いで再び井戸の中に釣瓶を下ろした。
……それを片手で行いながら、俺を抱き締めている。
お、俺は両手で引き上げてもえっちらおっちらだったと言うのに……。
「ああ、体が冷えちゃってるじゃないか……駄目だよ、風邪につけこまれちゃう」
「だ、大丈夫だってば。アンタだって体冷えるだろ、戻ってろよ」
片手でも、力強い。ぴったりと背中にくっついている体から熱がじわじわ伝わって来て、肩に乗っかっているブラックの顔の色が視界の端に見えて、妙にドキドキして居た堪れなくなってくる。でも、ブラックは軽く息だけで笑うと、チクチクする無精髭が痛い頬を俺の顔に摺り寄せて来た。
「あはは。僕、炎の曜術師だよ? 風邪なんかに負けるわけないじゃん。それより、僕はツカサ君が心配……」
「っ、わ……ば、ばか……」
わざとらしく「ちゅっ」と音を立てて、頬に吸い付いて来る。
外の空気で冷えていたせいか、やけに熱を感じて熱い。いや、違うぞ。こんな誰に見られるかも分からない場所でくっついてるから、ドキドキしてるんだ。
なんかこう、その……そ、そういうドキドキとは違うからな! 断じて!!
「ううん、ツカサ君……」
「わあっも、やめろってばっ。人が見てたらどうすんだよ!」
「見せつけてやればいいじゃないか」
「俺はお前みたいに見られても大丈夫な性格してねーんだってば!」
離せと躍起になってもがくが、ブラックは一ミリも離れてくれない。
それどころか深く抱き込んで来て、俺の体に覆い被さるように体重を掛けてくると、足を開いて俺の腰を硬い太腿でガッチリ固定し、その……股間を、ぎゅっと押し付けて来て……あぁああ……熱いっ、ケツになんか熱いもんが当たってる!
「はぁ……肌寒くても、ツカサ君と一緒に居たらすぐに興奮して熱くなっちゃうよぉ……。ねぇツカサ君、今日は挿れないからお尻で僕のこと慰めて……?」
「や……だ、って……」
縄を持っていた手が、俺の胸に触れた。
防御力の無いベストの中に潜り込んで、シャツ越しに胸を掌で触って来る。
それだけで心臓がぎゅうっとなって足が勝手に緊張する。そんな俺の動きに笑い、ブラックは手をゆっくりと下へ動かしてきた。
「ツカサ君……」
「っ……ぁ、っあ……や、ぁ……!」
「はぁっ……ツカサ君……。好きだよ……愛してる……」
「んっ、ぅ……うぅう……」
頬や首筋、目元を何度も何度もキスで触れられ、恥ずかしげも無く股間を尻に押し付けられる。逃れようと思っても逃れられなくて、井戸に手をかけて体を曲げるが、ブラックはそんな俺に更に覆い被さり、自由な方の手をお腹へとゆっくり降ろし臍を押し込んできた。
「あっ、ぁ゛……」
「ツカサ君……ね……やらしいことしよ……? ねえ、ツカサ君……」
いつも、二人きりの時にされている行為。おへそを弄られて体が反応するなんて、今まで知らなかった。だけど、ブラックは好き勝手に俺を弄るために、拘束していたもう片方の腕を降ろして、俺の股間をズボン越しに緩く触って来て。
「可愛い……好き、好きだよツカサ君……」
「ば、か……っ、も、やだ……っ、ブラックダメだって……っ!」
「えぇ~? ツカサ君だって、ココをこんなに熱くしてるのに……?」
そう言われると、恥ずかしくなってくる。
でも、そんなの仕方ないじゃないか。えっちなことされて、外だし恥ずかしくて、そのうえ急所を他人の手で覆われ触られてるんだから。
男の股間なんて素直な存在なんだぞ、そりゃ嫌でもそうなるだろう。
何より……恋人に……――――ブラックに、こんなことされてる、から。
「でも、だめ……っ、も、ばかっ、ばか……! 怒るからな!?」
さすがにこんな場所でヤバい事をされるわけにはいかない。
娼姫のお姉さまやフェリシアさんに見られる危険も有るけど、何よりイヤなのが、この中庭が娼館側の窓からも見えちまうところだ。
こんなことしてて、お客に見られたら何を思われるか分かったもんじゃない……。
ていうかもしフェリシアさんが見てたらどうすんだよ!
お前に憧れてんだぞあの人っ、絶対幻滅するんだからなー!
「んもー、ツカサ君たらホント恥ずかしがり屋さんなんだから……。じゃあ、我慢したらお尻で僕のペニス慰めてくれる?」
「お、お前……ああもう分かった分かった……でも疲れてる時はイヤだからな!?」
「えへっ、うへへへ……ほ、ホントだよ? 約束だからねぇ……?」
おおよそイケメンが発する事などない不気味な笑い声を漏らしながら、ニタァッと効果音が出そうな顔でブラックは口を緩めて笑った。
そりゃもう、下卑た笑みという形容がぴったりなほどに。
…………こんな山賊みたいにニヤついた笑い顔を見たら、フェリシアさんの憧れも吹っ飛んじゃうんだろうな……。
それを思うと、何故俺はこんな下卑たオッサンを好きになってしまったんだろうかと暗澹たる気持ちになってしまったが。
「ツカサくぅん」
大人げなく、子供みたいに甘えてくる情けなくてどうしようもない姿ですら、好きになってしまったから……こんな風になってしまったんじゃないか。
「…………」
自分で自分を非難するようにそう結論を出してしまうと、妙に恥ずかしくて。
「ツカサ君、どしたの?」
「な、なんでもない……」
こんなカッカした顔じゃ、フェリシアさんどころかウィリットの前にも出られないじゃないか。絶対こんなの……顔とか、赤くなってるし……。
ああもう、何でこうややこしい事になっちまうんだか。
そんな事を思いながら、俺は涼しい夜の空気を手で扇いで頬にぶつけた。
→
※特に重要な設定でもないんですが
この世界では「風邪」は邪悪な妖精的な存在と考えられており
擬人化っぽい表現であらわされる事が一般的です。
風邪を引く、と言っても別に間違いじゃないんですが…
まあフレーバー的なものと考えて頂ければ:嬉しいです(;^ω^):
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