異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編

21.夜闇に紛れて現れる

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「……ほ……ホントに夜に出かけるかな……?」

 空に星がまたたき始めた時刻。
 普段なら俺は【湖の馬亭】に帰っている頃だが、今日はそうでは無い。

 執事さんに一度【一般街】まで送って貰ったあと、俺はブラックと合流してすぐに引き返し、それからずっとウィリットの別荘の様子をうかがっているのだ。

 とは言え、分かりやすい場所でってるワケじゃないぞ。
 俺達は今、少し離れた場所……というか、申し訳なくも人の家の屋根の上に居るのである。でもまあ、薄暗くなった今となっては誰も俺達を気にしないし、もってこいの場所だよな。しかし、その、ちょっと怖くも有るんだけど。

 ……だって、ブラックに【ラピッド】で軽々屋根の上に連れて来られたけど、この国の家って屋根の傾斜がきゅっとなってるから凄く不安定と言うか……。てっぺんで屋根の左右をつなぐわずかな平たい所につんいでつかまってないと、俺じゃあすぐにころげ落ちそうでホントつらいんだって。
 なのに、俺の前にいるオッサンは余裕よゆうの直立で別荘を見下ろしている。

 ぐ、ぐぬぬ……くそぉ……なんだその格好いい感じは……。
 ちくしょうっ、夜風に髪をなびかせやがって。格好いいと思わないんだからな、絶対に格好いいなんて褒めないんだからなー!

 思わずぎゃあぎゃあ心の中でわめくが、ブラックは気にせずに俺に言葉を返した。

「さてね……。だけど、ここ数日騒ぎが起こって無かった事を考えると……そろそろ我慢の限界だろう。まあ、一度帰って来たのは把握しているから、これからかな。……っと、そんなこと言ってたら馬車が出て来たね」
「えっ、どこどこ?」

 四つん這いでニジニジとブラックの足元に近付くと、相手は「あはは」と馬鹿にしたような声で笑いやがったが、ひらりとジャンプして俺の背後に軽々と降り立って、そのまま俺の体をすくい上げ座った。
 ぎゃあっ、きゅ、急に姿勢を変えるんじゃねえっ落ちたらどうすんだ。

「まあまあそんなに緊張しないで。ほら、扉が開いた」

 こちらを抱き締めたままウィリットの別荘を指さすブラックに、俺は首を伸ばす。
 と、確かに別荘から誰かが出て来るのが見えた。
 けど……ローブで誰かわからないな。

「あの男だろ。ローブに金糸の刺繍ししゅうがある」
「……あ、ほんとだ……でも、じゃあ、普通に出かけるつもりなのかな?」
「さぁて、それは付いて行ってみないとね」
「わっわわわ」

 そう言いながら、ブラックは再び立ち上がって俺の腕を首に巻かせる。
 不安定な場所で急に動かれたもんで思わず胸にしがみつくと、ブラックは嬉しそうに笑いながら俺の腰を持ち上げて足の間に体を進めて来た。

「ツカサ君は足が短いから組めないかも知れないけど、僕の腰につかまっててね」
「だあれが短足だあ!! 殴るぞこのっ」
「イテテテテ。ともかく追いかけるよ」

 そう言われて、くるりとブラックが進行方向を変えた瞬間。
 一気に景色が後ろに流れて行ったと同時に頭や背中に強い風がぶち当たって来て、俺は思わずブラックにしがみついてしまった。

「あばばばば寒いぃい」
「我慢してっ、屋根伝いに馬車に付いて行くんなら……おっと、飛び越えるよ」
「うえぇっ!? えっ、うえええええっ」

 浮遊感が襲う。
 何が起こっているのか解らないまま、とにかくブラックの肩までずり上がり肩越しに下を見やると――――屋根の群れと、その下に街灯が照らす石畳の道が見えた。
 瞬間、髪の毛も服も一気に上に引っ張られて衝撃に内臓が揺れる。
 あ゛、あ゛がん゛……自分で走るならまだしも、人に捕まって屋根の上を忍者走りとか、どう考えても内臓が持たないぃい。

「ぶ、ぶらっく、は、はぐぅう」
「吐いていいよぉ。その代わりツカサ君がマント弁償ね」
「ごん゛ぢぐじょぉおお」

 ああああ星空が揺れる。視界が安定しない。
 前にも【ラピッド】でブラックに抱えられて屋根の上を移動したことがあるけど、こ、こんなに長時間っ、しかも足場が不安定な場所を走らなかったもんだから、ガクガク揺れてあばばばば。

 お、おちっ、落ちるっ。
 このままだと俺の貧弱な腕と足が衝撃で外れちまう、つーかお前図体デカ過ぎるんだよ、俺の両足が背中でくっつかないってどんだけ分厚いんだお前は!
 く、くそう、だから長身の男は嫌いなんだぁ、決して俺が短足なわけであわわわ。

「ああああブラック落ちるっ、お、おちちゃうぅうう」
「そのセリフいいね! ツカサ君こんどセックスの時言ってよ。ねっ」
「ばああかああああ」

 この非常時に何を言ってやがるんだお前はっ。
 もういい加減リタイアするぞ俺は、と自殺めいたなげきを吐き出そうとすると――――ブラックの手が俺の背中をグッと押して、体に密着させてきた。
 途端とたんに速度が落ち、ブラックは薄暗い色のマントをなびかせながら止まる。

 怖さで騒ぎまくったせいで熱くなった体に、ひゅうと冷たい夜の風が触れて来る。
 どうしたのかとブラックの顔を見上げると、相手は俺の体を密着させたまま、下を指さした。安全装置が有るので少し安心しつつ、俺はその方向を見る。
 と、そこにはウィリットの馬車が有って――――その先に、黒いローブの何某なにがしかが歩く姿が見えた。

 ……あれっ。……あれって、ウィリット……?

 答えを求めるようにブラックの顔をすぐに見返すと、相手は真剣な表情でうなづいて、俺をかかえたままひらりと屋根の上から飛び降りて着地する。
 さっきの衝撃は何だったのかと思うぐらいすんなり着地できて驚いてしまったが、ブラックのデカい図体にしがみついていた俺の可哀想な足は、力を入れ過ぎたせいでガクガクと震えていてとてもじゃないが普通に歩けなかった。

 そんな俺を見てか、ブラックは肩当てを大きく動かしながらマントを広げて、フラフラの俺の体を抱き寄せて来た。

「いざとなったら【隠蔽いんぺい】をもう一回使うから、くっついててね」
「う、ぅう……わかった……」

 どのみちうまく歩けないし、グズグズしてたらウィリットを見失っちゃうだろうし、今はブラックにしたがう他ない。情けないが寄りかかってって貰おう。
 そんな俺を満足げに見て、ブラックは大股で歩きだした。

 俺と言えばもう、腰をつかまれてマントの内部で軽く浮いている状態なので、下から見ると足がぶらついて地面に擦れているのが見えるかもしれない。
 正直、自分のザマが恥ずかし過ぎて、肩も顔も出さずにマントの中に隠れていたい気分だったが、そんな事を言っても居られまい。
 せめて目ぐらいは動かさないとと改めて気合を入れ、少し遠くにいる黒いローブをしばらくブラックと追いかけていると――――不意に、相手が隠れた。

「……?」

 どうしたんだろうかと二人で顔を見合わせたが、少し近付いて俺達もかげに隠れる。
 すると、黒いローブがまた動き出した。
 俺達の気配に気付いたワケじゃないみたいだが、一体どうしたんだろう。そう思いながら直線の通りの少し先を見ると、そこにまた一つの影を見つけて息をんだ。

「ブラック、あれ……」
「うん、間違いないね。一般街の娼姫だ」

 そっか、俺達【一般街】まで戻って来てたのか。
 じゃあもしかして、ウィリットは今から犯行を行うのか……? などと考えていると、俺達が追っている娼姫が不意に横顔を見せた刹那、黒いローブの足が止まった。

 どうしたんだろうと思っていると、相手は彼女を追わず、また歩き始める。

「……ちがう、のかな……?」
「どうだろうね。まだ追ってみようか」

 足の震えがやっと収まって普通に歩けるようになったが、今更ひっついての行動をやめられるハズもなく、そのまま固まって移動する。
 黒いローブの相手は人を物色しているようだが……しかし、本当にウィリット(仮)が一連の事件の犯人だったとして、人を選ぶのはどうしてなんだろう。

 なにか基準があるのかな。ああ、不運にも殺されたお姉さん達の似顔絵か顔写真でもあれば、特定も簡単な気がするんだけど……確認して来たブラック達がなにも言わなかったって事は、たぶん……それぞれ似てないんだよな?

 娼姫の館には基本的に娼姫を選んで貰うための似顔絵本とかが用意されているし、それを見せられなかったワケでもないだろう。
 目敏めざといブラックなら、そういう所もチェックしているはずだ。
 とすれば……選ぶ基準に容姿は関係ないのかな?

 でも、今まさに黒ローブは娼姫のお姉さんの顔を見て興味を失くしたしな……。
 うーん……いったいどういうことなんだろう……。

 首をかしげながらも、黒ローブの何某なにがしかが人気の少ない中でも出歩く人々を見定めているのを暫し観察していると――――また、相手が何かに釣られるように動いた。
 今度も距離を取って石畳を靴で鳴らす事のないように慎重に追尾して行くと……。

「あっ!」

 不意に、目の前の黒いローブが走り出した。

「ツカサ君走れる?」
「ご、ごめん無理かも。ブラック先に行って!」
「りょーかいっ」

 それだけ言うと、ブラックは俺を解放して足音も無く走り出す。
 早い、と思う間もなく大股で相手を追い掛けて行ったブラックに目を丸くしながらも、俺も出来るだけ音を消して駆け出した。

 よっぽどの健脚だと追いつけないけど、でもブラックが追いかけてくれるのなら、見失う心配は無い。元々デタラメな身体能力してるけど、今のアイツには脚力強化の【ラピッド】の術がかかってんだから。
 ……一応俺も自分で掛けてるハズなんだけど、なんでこうダメなのかね。

 心が弱くなると効き目も弱くなるのが曜術や付加ふか術の悪いトコだよなぁ。

「はぁっ、は……し、しかも、別に体力が増えるわけじゃ、な、ないしぃ……っ」

 うええ、ずいぶん遠くまで追いかけて行っちゃったな……。
 ど、どこまで行ったんだろう。もう二人の姿が見えないよ。こんな暗い町でポツンと一人きりなんて冗談じゃないぞ。こんな事ならクロウに「待っててね」と連絡するより「一緒に来て」と言っておけばよかった。

 こ、こんな、寒々しい人のいない街中で一人とか、お……おば……おばけ……。
 いやいやいや、落ち着け俺、こういう時こそ指輪じゃないか。

「えっと、い、居場所居場所……」

 シャツを引っ張って、しっかりとチェーンで吊り下げられた指輪を取り出し、俺はブラックの居場所を知ろうと“大地の気”を指輪にめた。
 すると、指輪にはまっている菫色すみれいろの綺麗な石に光がともり――――ガスバーナーの炎のように、ある一点へと光を向けた。
 ……よしっ、これでブラックの所へ行けるぞ。

 そう思うと元気が出て来て、俺は指輪を前にしながら光の差す方向へ走った。
 どんどん道が入り組んでくる。大通りから外れて路地に入ったぞ。こんな所、地元の人しか使わないんじゃなかろうか。そう思うほどせまい家々の隙間をって、古くてガタガタの短い階段を上ったり下りたりしながらとにかく進んでいくと――――

「なっ、何をする貴様!!」
「あ……あぁあああ……っ」

 聞き覚えのある不機嫌そうな怒鳴り声と、泣き崩れたような女の人の声。
 路地を横に入った場所から聞こえてきたその音に、思わず心臓がドキリと脈打ったが、俺は構わずそこに突入した。
 すると。

「あ、ツカサく~ん! もぉ、来るのが遅いよぉ~」
「う……えぇ……」

 すると、そこには――――

 行き止まりの路地で、黒いローブの男を地面に倒し、ひざを乗せたまま固定しているノホホンとしたブラックと……その…………。
 …………ブラックの背中に抱き着いて泣いている、綺麗なお姉さんが……いた。

「ねえねえツカサ君見て、やっぱりコイツだったよ」

 何故かのどと心臓がぎゅうっと痛くなってこぶしにぎってしまう俺に構わず、ブラックは黒ローブのフードを取る。ワカメみたいな髪が流れ出し、その間にあった顔は間違いなくウィリットだった。ああ、やっぱり。

 そうは思ったけど、嫌なドキドキで心臓が気持ち悪くて、胸を抑えてしまう。
 でもそんな事を言えるはずがなくて、俺はつばを飲み込んでムリヤリ自分ののどを正常に戻すと、その状況に近付いた。

「ご主人……いや、ウィリットさん……どうして……」
「………………」

 俺の事に気付いたのか、相手は目を泳がせて視線を逸らすだけで、こちらの質問に応えてくれない。ただ押し黙るだけの相手に、どう切り出せばいいだろうかと思っていると……不意に、ブラックの背中にしがみついていた女の人が声を漏らした。

「あ……あなた……ウィリットさんって……そんな、どうして……!?」

 可憐で美しい声。そういえば、思わず胸が痛くなったから視線をそらしてしまっていたが、彼女は薄暗い場所で見てもかなりの美女とわかるような人だった。
 そんな彼女が、ブラックの背中に隠れたまま驚いたような顔をして続ける。

「も、もしかして……貴方が姉を殺したのですか……!?」

 「信じられない」とでもいうような高くて混乱したような声を上げて、彼女は一層いっそう今の状況が恐ろしくなったのか、再びブラックの背中に抱き着く。
 だが、その声にウィリットは目を丸くして、初めて「違う」と叫んだ。

「ち、違う! フェリシア違うんだ、私は……っ」
「ひ……酷い……ジュリア姉さまだけでなく私まで……っ」

 え……。ジュリア姉さまって……じゃあ、この女の人が「ジュリアさんの自慢の妹」さんなのか。確かに、そう言われたら物凄く綺麗で可愛い美少女だけど――――でも、どうしてここに?

 問いかけようかと思うが、しかし二人は酷く混乱しているのか、意味のない問答を繰り返している。これでは割って入るのも難しい。

 そう思っていた俺の前で、ブラックは何を思ったのか……拳を地面にぶつけた。
 途端、ドンッとか言う大よそ拳で殴ったとは思えない轟音が響いて、俺のみならずウィリット達もビクリと震えて硬直してしまった。それを良しと見たのか、ブラックが問いかける。

「…………何故こんな夜道を女一人で歩いてたんだ?」

 ブラックも、そこに引っかかったのか。
 少し胸のつかえがとれたような不思議な感覚を味わい、何故だろうか首をかしげていると、フェリシアと呼ばれた彼女は涙目で青ざめたままぎこちなく口を開いた。

「あ……あぁ……あの……わ、私……ねえさまが、いなくなったのに、だ、誰も……誰も探してくれないから、だから私、自分で……っ、~~~~~……っ!」

 言い終わる前に顔が涙に歪んで、彼女は再びブラックの背中に顔を押し付ける。
 さすがのブラックも女性を乱暴に引き剥がす事が出来ないのか、酷く疲れたような顔をして溜息を吐いたが、ウィリットを拘束する手はゆるめずにこちらを見た。

「とりあえず……こいつら引き連れて【湖の馬亭】に帰ろうか、ツカサ君」
「う、うん……」

 そうだよな。フェリシアさんも混乱しているだろうし、ウィリットからも話が聞きたい。でも、彼の別荘に連れて行くには危険すぎる。
 信用が出来ない今は、とにかく逃がさないことが肝心だ。
 フェリシアさんには少し居心地が悪いかも知れないけど……とにかく、安全な所に二人を連れて行かないと。こんな場所で話を聞く訳にもいかないし。

 そうは思ったけど……ブラックの背中にしがみついたまま離れない彼女を見ていると、何故か心にグサーっと何か刺さったような感じでしんどい。
 どうしてだろう。彼女に何か思う所は無いし、むしろドキッとしてしまうぐらいに綺麗で可愛い美少女なのに、何故俺は今の状況で疲れてしまったんだろうか。

 気付きたくないのか、気付けないのか。
 ……ともかく色々あり過ぎて、今はなんとも言えない。
 何故自分がこう思うのかも解らないまま、俺は無意識に溜息を吐いていた。










 
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