異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

  光輝なる遺跡、縹渺たる遺跡3

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「ずいぶん薄暗い道だな」

 ブラックの背後を歩きながら呟く声は、低く可愛らしさの欠片かけらも無い。
 つい数分前までは、自分の隣に声まで吸い尽くしたくなるほど愛らしい恋人がいたと言うのに、今はその気配すらない。

 ただむさくるしく鬱陶うっとうしいだけの気配と、どうしても頭が上がらないおんな神族しんぞくの仲間の気配が背後に存在するだけだ。それがどうしようもなくむなしくて、ブラックは深い深い溜息ためいきいてしまった。

「ム。なんだその溜息は」

 背後から不機嫌そうな声が聞こえるが、この声音はだいたいいつもこんな感じだ。
 ツカサ以外と話す時は、この鬱陶しい駄熊の声はだいたい気怠けだるい。要するに、この図体ばかりがデカい熊男もツカサの事以外どうでも良いのだ。

 しかし、それはブラックも同じ事なので何も言えない。
 似た者同士ゆえの心の機微を理解してしまってさらに憂鬱ゆううつになりつつも、ブラックは「何でも無い」と手をひらひら振った。

「それより、この遺跡には本当に危険は無いのか?」

 最後尾にいるシアンに少し声を強めて問いかけると、相手は「ええ」と答えた。

「調査は隅々すみずみまで終わっているはずよ。残っている記録にも罠を解除した記憶があるのだから、少なくとも順路を歩くだけなら思いがけない危険は無いわ」
「そうかなぁ……。何度も入って調査し終えたぞと思えるような連中なんて、大概が考古学者でもなんでもない奴らじゃないか。そんな記録が信用出来るのかね」

 遺跡に侵入して何かを知ろうとするような物好きな学者は、どいつもそろって「まだまだ調査し終えていない!」などと言うのだから、その言葉を鵜呑うのみには出来まい。しかしシアンはと言うと、ブラックの背後でクスクスと笑う。

「あらあら、そんなにツカサ君が心配? 大丈夫よ。ラスター様がいるんですもの」
「それが心配なんだっ! ツカサ君はどんな酷い目に遭ったとしても大丈夫だけど、あのクソ貴族がいたらツカサ君に何するか分からないだろ!!」

 予想を喋るそばからムカムカして来て、思わず振り向いてしまう。
 ほとんど黒に近い暗紫色の壁に、キラキラと星のように光がまたたく不可解な空間は、その暗さとは裏腹に、白く溶けそうな老女の姿も、反対に闇にまぎれることも容易たやすそうな褐色肌の熊男の姿もくっきりと浮かび上がらせている。

 この程度ていどの光量ではシアンの姿も視認しにくくなるはずなのに、まったく不可解な空間である。まあ、光があふれて目が焼かれてしまうよりはマシだろうが。
 ……そんな事を考えつつ、駄熊が背負う無駄に大きなリュックの向こう側に隠れる相手を見やると、どこかからかうような笑みを浮かべた顔が横から出て来た。

「あら、やっぱり心配なのね。あんな風にツカサ君を送り出したのに」
「格好つけだ」
「う、うるさいなあ! どうせこうなるんだから仕方ないだろ!」
「そのワリにはツカサにまたヤらしい約束をさせたではないか。ずるいぞブラック」
「黙れっ、僕はツカサ君の恋人なんだから当然の権利なんだよ!」

 というか、シアンの前でそのようにはやし立てないでほしい。
 性的な物事についての発言をする事には、抵抗が無い。どんな時だって、言う事が必要だと思えば恥ずかしげもなく口に出来た。だが、それもシアンがいるなら別だ。

 これがどういう気持ちなのかは自分でもよく分からないのだが、どういう事か他人が居る状態でシアンが目の前にいると、己の性事情やら股間にまつわる何やらを明け透けに語りづらくなってしまうのだ。
 別にツカサとイチャイチャする姿を見せるのは平気なのに、自分でも何故そうなるのかが理解出来なかった。

(いや、まあ、そんな事を考えている場合じゃないんだけど)

 しかし、目の前の駄熊はブラックが弱ったのを勝機と見てか、痛い所をグサグサと遠慮なく突いて来る。

「お前の事だから、どうせ後でツカサと交尾しようと思っているのだろう。まったくお前と言う奴はどこにいてもツカサとこうムグッ」
「だーっ! だからそう言う事を言うなって!!」

 あわてて口をふさぐが、相手はモゴモゴと更に何かを言おうとしている。
 普段から仲間だ悪友だと豪語しているくせに、弱った時に遠慮なく攻撃して来るのは何のつもりなのだろうか。

 別に馴れ合うつもりもないし、機会が有ればブラックだって遠慮なく駄熊を殺す気でいるが、相手から友人だ何だと言われたのにこの仕打ちは頂けない。
 シアンに見えない所で絶対に仕返ししてやろうと決心しつつ、とにかくブラックはこの駄熊を一時的にでも大人しくさせるために、ボソリと呟いた。

「分かった、分かったって。お前にも多少融通してやるから黙れ!」
「ムグ、ムゴゴ?」
「ああ本当だ本当だ! ツカサ君の汗でも精液でも好きなだけすすれ!」
「ムグー」

 ええいクソ、分かりやすく耳を「嬉しい」などと動かしやがって。
 ツカサはいつもこの獣耳の動きに目を輝かせて嬉しげにほおを赤らめるが、ブラックには良さが微塵みじんも判らない。元々生き物が好きと言うワケでもないし、そもそもこの熊耳を装備しているのはむさ苦しく大柄な中年だ。ブラックと同類なのだ。

 そんな物を可愛いと思うなど、虫唾むしずというか怖気おぞけが走る。
 メスだろうがオスだろうが、男に有って嬉しい付属物かと言われると、ブラックには「絶対にいらない」としか言いようが無かった。
 まったくもってツカサの好みはよく分からない。

(いや、まあ、もしツカサ君に耳や尻尾があったら、それは嬉しいけど……)

 ツカサに熊耳や猫耳がついていたら、愛撫する場所が増える。
 獣人は尻尾の付け根や耳が弱いと言うから、元々敏感なツカサは余計に身悶える事になるだろう。それを思うと思わず股間がうずいてしまったが――いやそんな場合ではない。とにかく今は前進あるのみだ。

 うるさい熊を黙らせて、先ほどから妙にクスクスと笑う「母親代わり」にたまれなさを感じつつも、ブラックは不可思議な通路を進んだ。

(…………今のところ【索敵】に何かが引っかかった様子もないし……罠があるような感覚も無い。確かに解除されているみたいだが、なんだか変な感じだ)

 最初、扉になんらかの曜気を吸われたような感じからして、恐らくこの遺跡のどこかは既に起動して動いているだろう。
 この場所に落ちて来てすぐ通路に明かりがともったのも、ブラックから吸収した多量の曜気を利用しているに違いない。とすれば、他にも動いている場所が在るはずだ。それなのに、解除された罠が空振りするような音も、動く音もしない。

 駄熊の態度を見ても、耳は動かしているが「何かが動いた」と明確に言えるような音は聞き取っていないようだ。
 とすると、ブラックの曜気は別の部分に流れて行った事になるが――――

(まさか、明かりを灯すだけってワケじゃあるまい。……あの扉に吸われた陽気の量は、普通の曜術師なら立ちくらみを起こすほどの凄まじい量だった。それが、こんな明かり程度に使われるなんて思えないんだけどなぁ……)

 この遺跡は、ツカサ達が入っているもう片方の遺跡と全く同じ構造なのだと言う。
 とすれば、もしかするとあちらのキンピカ小僧も多量の曜気を奪われており、そのちからを両方使った「なにか」が先に待ち受けている可能性もある。

(僕は平気だけど、あのクソ貴族はどうだろうな……。もし“そういう”罠があって、ツカサ君達の方にも仕掛けられているとしたら……あの野郎、ツカサ君の足手まといにならないだろうな…………)

 ブラックは曜気を無尽蔵に蓄える宝玉のブローチをいつも装備しているため、大量の曜気を奪われてもさほど危険は無い。
 数十年分の炎と金の曜気が簡単に奪われる事は無いし……何より、最近はツカサがそばにいてくれるだけで、ブローチにも自分にも曜気が充填されているのだ。

 軽度の術を使う程度であれば、曜気の量なんて気にしなくても良かった。
 だからこそ、あちらの方が心配なのだ。
 あのクソ貴族も一応【黄陽のグリモア】だ。つまり、ブラックやシアンと同じで、【黒曜の使者】たるツカサから曜気を無意識にでも奪う事が出来る。もし相手が体内の曜気を大量に消費していたなら――――考えただけで、嫌な予感がする。

 もしかして、今頃あのクソ貴族がツカサから曜気を与えて貰っていたり――それか、グリモアの“特殊能力”が発動して、彼を不用意に支配したり発情させたりして想像もしたくない事になっていたりするかもしれない。
 考えたくないが、その可能性も充分にありえた。

 何故なら、ツカサは誰にでも優しく、そしてあの男はツカサにれているからだ。

(…………もしツカサ君に手ぇ出したら、今度こそぶっ殺してやる……)

 本当に、考えるだけでムカムカする。
 これは調査が終わってからじっくりツカサの体に話を聞かねばなるまい
 そう決心しつつ、黙々と一直線の通路を進んでいると――――先の方に、なにやら明るく白い部屋があるのが見えた。

 罠が無いかを確認して三人で入ってみると、そこは色鮮やかな壁画に囲まれた、小さな四角形の部屋だった。

「ここは……出口が見当たらんな」
「中央には石で作られたさかずきのような物があるわね」

 そう。この部屋は三方が壁で塞がれており、中央には白い石で作られたのだろう、つるりとした大きな石の杯が置かれていた。
 中を見ても何も無いように見えるが、これが仕掛けなのだろうか。

 仕掛けが無いかと調べていると、シアンが背後で「ええと」と呟いた。

「ここに“伝令穴”があるはずなんだけど……。ブラック、ツカサ君達は今同じ部屋に居るのかしら?」
「え? あ、ああ。分かった。ちょっと見てみる」

 左手の薬指にはまった指輪を見て、ブラックは曜気をそそぐ。
 すると、琥珀色の宝石が強く輝き、ツカサが居る方向を光で指差した。

「…………どうやら同じ場所にいるみたいだね」
「ムゥ……この壁画のどこかに伝令穴というものが隠されているのか?」

 そう言いながら壁画を見やる熊公に釣られて、ブラックも改めて鮮やかな色をたもつ絵画を見回した。

(……まるで、壁画を故意に見せようとしているみたいだな…………)

 この部屋の中に“伝令穴”という連絡装置があるのは理解出来るが、しかしそれを探すために壁画を探ると言うのは、どうもせない。
 何か意図的な物を感じてブラックは眉根を寄せたが……今はその違和感への答えを出す事も出来ず、ただ壁画を調べる事しか出来なかった。












 
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