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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編
6.知れば知るほど1
しおりを挟む鉱主さんに用意して貰った部屋は、鉱山のまっただなかとは思えないほどの設備が整っており、ベッドもふかふかで調度品も普通の街の宿といい勝負だ。
惜しむらくは水回りの設備が無いことだが、ここは山の上だし色々と事情が有って個室には取り付けられなかったのかも知れない。この世界じゃ個室に水道を引くだけでも大変だもんな。山じゃ尚更だ。
だが、鉱主さんが言うには大浴場が有るらしいし、いつでもお湯に入れると言うんだから、これ以上を求めるのは贅沢と言うモンだ。風呂が有ると言うだけでもう感謝すべきだろう。なんたってこの世界では風呂に入っている人の方が少ないのだから。
ライクネスは常春の国だし、ハーモニックは常夏の国なので、基本的に井戸や小川から水を汲んでの行水だったりするし、常に温水で体を清めると言うのは常冬の国であるオーデル皇国ぐらいしかない。
毎日風呂に入る習慣が有る人は確実にいるだろうけど、一般的かと言うとそうではないな。商人とか金持ちの人なら風呂桶ぐらいは持ってるって程度だ。まあ、旅から旅への休まる暇がない冒険者の俺達からすれば、家なんて夢のまた夢だけど……。
ああでも、ブラックの野郎は何か廃墟の別荘辺りに別荘だけは持ってたな。
思い出すと恥ずかしいのでアレだけど、そういえばあそこの畑に植えてたお野菜は元気だろうか。時間が有れば見ておきたいが……それはともかく。
素晴らしい風呂が有ると言うのなら、毎日入浴するのが当たり前の世界に住む俺が入らぬ道理はない。温泉、大浴場、どっちも大好きな日本人だからな!
てなワケで、さっそくロクショウと一緒に一階の風呂場に向かおうと部屋を出たのだが。
「……ん?」
階段に差し掛かったところ、階下に何だかついさっき見ていたような服を見止めて、俺はゆっくりと段を下りて一階の様子を窺った。
「キュ?」
「しーっ、静かにね」
何かの大事な話をしているのなら、見つかると気まずい。なので、今は隠密を徹底しよう。そんな事を思いながら、腰を屈めて見やると――――そこには、宿の主人となにやら話しをしているラスターがいた。
えらく真面目そうな顔だけど、何を話してるんだろう。気になってそっともう一段降りると、二人の会話がボソボソと聞こえてきた。
「では、特に変わった客はいなかったのだな」
「はい……少なくともこの半年は、ご新規様のお名前は頂戴しておりません。ただ、日帰りでいらっしゃる方や、山の周辺の事となると、我々も分かりかねますので……もしかすると、我々が気付いていないだけで見かけぬ方はいらしたかもしれません」
「なるほど……うむ、仕事中に引き留めてすまなかった」
「いえいえ! 騎士団長様に話しかけて頂いて、しかもわたくしが捜査に協力できるなんて、こんな名誉な事は有りません! 何かありましたら、また是非」
そう言いながら、宿の主らしきおじさんは頭を下げてどこかに行ってしまった。
話は終わったのかな。しかし、これって……ラスターは真面目に聞き取りとかしてたんだよな。何の事かは分からないけど、俺達のと関係あるんだろうか。
しかし、さっきのアホみたいな喧嘩とは打って変わって本当に真面目だなぁ。
こういう所が王国騎士団の団長に選ばれた所以なんだろうか。
いや、そもそも世界中に尊敬される【勇者】の称号を持ってるんだから、ちゃんとした部分もあって当然の事なんだよな。いつもは傲慢ナルシストだから、全然そんな風には見えないんだけども……。
とかなんとか思っていると、俺とロクの気配に気付いてしまったのか、ラスターが不意にこちらを向いた。
うわ、バレてしまった。チクショウこの世界の奴らはどうしてこんなに気配に聡いんだろう。いや、モンスターと戦うのが当然なんだし聡くて当然なのか。
「なんだツカサ、そこにいたのか。どうした。降りて来ないのか?」
「あ、うん……」
「キュ~」
言われるがままに階段を下りると、ラスターが近付いてきた。
む……やっぱり背ぇ高いなチクショウ……まあ、ブラックよりはちょっとだけ低いから別に良いけど……。いや何言ってんだ俺は。
とにかく見上げると、ラスターはフッと笑った。
「さては、俺の仕事ぶりに惚れ直したか」
「バーッ!!」
何を勘違いしてるんだお前はと眉を吊り上げるが、しかしラスターの野郎は俺の事など取るに足らないと言った様子でハッハッハと笑いやがる。
しかも自分の背丈を鼻に掛けて頭をポンポン叩いて来た。だああチクショウ!
「ハハハ、そんなに照れなくてもお前の心は解っているぞツカサ。まったく口と心が共に動かん奴だな」
「だからそのカンチガイやめーっつーに!」
ギャンギャン反論するが、しかしラスターは俺の叫びなど気にもせず、何かを思いついたように「ああそうだ」と言わんばかりに掌をポンと叩いた。
「ああ、そう言えばお前に鉱石の事を説明するのを忘れていたな」
「ウガッ、えっ、なんて?」
「鉱石。この山で採れる、さっき見た光るアレだ。なんだ、知りたくないのか」
「えっ、いや、知りたいですけども……」
急に言われたからびっくりしてしまったが、そりゃ気になってたんだから知りたいのは当然だろう。だって、見た事も無い鉱石なんだからファンタジー好きなら詳しく知りたいと思うモンだ。しかも、クロウに「自ら光る鉱石はそう多くない」とか事前説明もされたんだし。
珍しいならそりゃ余計に教えて下さいって言いたくなるのが人情よ。
……でも、良く考えたらラスターじゃなくてブラックでも良かったんじゃないか。
ブラックだってめちゃくちゃ物知りだし、別にラスターに教えて貰わなくても良いんだよな。もしかしたらシアンさんやクロウだって知ってるかも知れないんだし。
そうだよ、ラスターじゃなくても全然大丈夫じゃんか。俺の周りには俺よりずっと頭の良い人ばっかりなんだから!
……いやそれ良いのか。俺ビミョーに自分自身を貶してない?
………………ぐぬぬ……こう考えるのもラスターのせいだな。
この野郎がこれ見よがしに才色兼備を見せつけようとして来るから悪いんだ。才色兼備って男にも使えるのかどうか知らんが、とにかくドヤッてくるから悪いんだ!
よし、なんかムカつくから断ろう。そう思って再びラスターを見たのだが。
「これから、鉱石の加工場にも聞き取り調査をしに行こうと思っていたんだ。もののついでだ、何が出来るのか見学させてやろう」
「行きますっ!!」
「キュッ!?」
俺の肩でロクが「なんですと!?」とばかりに二度見して来るが、許しておくれ。俺は工場やお菓子工場や食べ物工場の見学が大好きなんだ。
食べ物の工場は何か食わせてくれるから、行けるなら喜んで行くぐらい好きだ。
まあそれはともかく、現物が加工されるのを見学できるなら行かない手は無い。
ブラック達に頼めば知識は教えてくれるけど、加工する過程なんかは直接見る事も出来ないだろう。だけど、ラスターに付いて行けば恐らく間近でその現場を見られるんだから、そりゃあ頷いちゃいますって。
やっぱこういうのは自分の目で確かめないとな!
アレだ、百聞は一見にしかずってヤツだ!
「ではこれから連れて行ってやろう。行くぞ」
「うわっ」
そう言われたと思ったら、肩を掴まれて宿から連れ出される。
行きたいは行きたいけどこういうエスコートのされ方は望んでないんですが!
慌てて肩に乗っかる手を外そうとするが、ラスターの野郎も鍛えているからなのか全く手が離れない。ロクが小さな手でぺちぺちとラスターの手を叩いたけれど、それも効果が無いようだ。いや、ロクの可愛いお手手じゃ無理も無いけども。
ブラックには噛みつくのに、やっぱりロクショウも遠慮してるんだろうか。まあ、ロクにとっては殆ど赤の他人みたいなもんだもんなあ、ラスター……。
それを思うと少々ラスターの好感度にもの悲しさを覚えてしまったが、そんな事を思っている内に俺は大通りへと連れ出されてしまった。
ああ、いつの間に……っていうか人目の付く所で肩を抱くなお前ー!!
「やめろっ、人前でこういう事すんなっ!」
「そう照れるな。世界一と誉れ高い美貌の俺の隣で気後れするからと言って、お前が恥ずかしがる必要はないぞ。今後は頻繁に俺と共に歩むことになるのだから、今から慣れておいた方が良い。貴族の正妻は常に堂々としているものだからな」
「だーからそういう傲慢さどうにかしろって! つーか正妻ってなんだ!?」
だあもうお前って奴はなんでそう自信満々なんだよ。
つーかアンタ、俺がブラックの恋人だってこと忘れてない!?
俺指輪貰ってるんだけど、こ、婚約者なんですけどお!!
ああもうほら住民の人達が変な顔で見てるじゃねーかチクショー!!
「ああ、ここが良いな。ちょうど休みの最中らしくてヒマそうだ」
「えっ、え?」
急に肩を抱かれて方向転換させられたと思ったら、目の前に他の家よりも少し古い感じの建物がいつのまにか現れていた。
いや、俺達が歩いた末にここに来たんだな……つーかここどこ。
自分が今いる位置を確かめようとしたが、その前に建物の中に強引に連れ込まれてしまった。ええいもう、本当に自分勝手な奴だなもう!
「すまない、店主はおられるか」
薄暗い、黄土色の石で作られた質素なカウンターだけが置いてある酷く狭い部屋の中で、ラスターが声を掛ける。すると、カウンターの向こうにある通路から、誰かがゆらりとこちらに出て来た。
「なんだ。オラの店になんか用か?」
言いながら出てきたのは、結構なお年を召したお爺さんだ。けれど、ねじり鉢巻きでずんぐりむっくりしていて、ひ弱そうな感じはしない。
何かの職人であろうという事はひしひしと感じるような、栗色のもっさりしたヒゲと剛毛な短髪が若々しくも見える、団子っ鼻が特徴的なおじいさんだった。
そんな相手に、ラスターは胸ポケットに刺繍された紋章を見せながら、自分の事をキリッとした声で説明した。
「俺は、ライクネス騎士団の団長であるラスター・オレオールと言う。大事な仕事の最中に申し訳ないが、少し協力して頂けないだろうか」
そう言うと、お爺さんはラスターの胸ポケットの刺繍を見て、それからラスターの顔を見ると――――ほっぺを紅潮させて慌てながらビシッと背筋を伸ばした。
「はっ、はいぃ! あああ貴方がかの【勇者】ラスター・オレオール様でしたか! 失礼をいたしましたですっ、ま、まさか、貴方様のような方がここにお越しになるとは露とも思わず……!」
おお、なんだこの態度の豹変具合は。
ここはライクネス王国内だから、こういう頑固そうなお爺さんもこうなるのか?
国内での知名度は凄いんだなラスター……。
「うむ、良い。楽にしてくれ。……それで、協力してくれるか?」
「はっ、はい喜んで!」
勿体ぶった拒否することもなく、すぐに了承したお爺さんは、なんだか子供のように目をキラキラさせている。
……前にもこういうやりとりを見たような気がするけど、やっぱりラスターはこの国で尊敬される存在なんだろうか。マジか。イマイチわかんないな……。
近すぎると見えなくなる事もあると言うが、まあ、そんな事はどうでも良いか。
とにかく今は謎の鉱石の正体が先だ。
ここはラスターの威光に甘えまくって、どんな風に加工するのか見せて貰おう!
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