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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
9.弟子が生意気だと師匠は渋る
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今日の俺は、実に主人公チックだ。
与えられた試練をソツなくこなして「どぉーだ!」と言わんばかりに相手に成果を見せつける。とてもスマートに。そしてクールにだ。
フフフ、いつもはドジを踏んじまう俺だけど、回復薬を作るのだけは失敗しようが無いから自信を持って調合できるぞ。
診察室に材料を広げて、早速俺はカーデさんの前で回復薬を作り出した。
カーデさんから貰った材料は、乾燥させたモギとロエルに、ロコンのヒゲ。そんで聖水に……今まで俺が使った事のなかった材料……バメリという花の花粉だ。
荒めの粉薬のような感じで砂よりも粒が大きいが、コレがあると回復薬が更に良くなるって話だったよな。初めて使うけど、とりあえず混ぜよう。
いつものように丁寧に下拵えをして、材料をそれぞれ混ぜて行く。
カーデさんにジーッと見つめられながらの調合は緊張するが、すり鉢を動かす手は妥協してはいられない。しっかり丁寧に混ぜて、いつもみたいに「おいしくなあれ」の気持ちで回復薬を作るのだ。
そうしてゴリゴリ作っていると、いつものように全てを混ぜたすり鉢の中で材料の色が変化し――――透明で綺麗な青色の回復薬が出来上がった。
五本分の液体を漉して薬瓶に詰め込み、そうして俺は一時間もかけずにカーデさんの前に薬を差し出した……のだが、反応が薄い。
普通こういう時って「な、なんだと?!」とか「ま、まさか……!!」とか言われたりするよな。いや、それはチート小説の読みすぎか。
今まで俺の作業工程をずっと見ていたのもあるから、驚かなかったんだろうか。
ま……まさか、合格の基準に届かなかった……とか……?
思わず不安になってしまったが、カーデさんは俺達の見ている前で五本あるうちの一本を一気に飲み干した。
ど……どうだったんだろうか。
何とも言えない相手の反応にドキドキしていると――相手は、深い溜息を吐いた。
「ハァー……。いやじゃのう、認めんのヤじゃのう」
「……は?」
背後でブラックの冷えた声がするが、カーデさんは椅子に座ったまま、嫌じゃイヤじゃとガタガタ椅子ごと動き出す。まるで子供のようにダダをこねているが、何だか背後のオッサンを思い出すぞコレ。
クロウもそう思ったのか、無言で俺の前に出ると、カーデさんの頭をわっしと掴み無理矢理動きを止めた。
「それで、ツカサの薬は合格なのか不合格なのか。どうなんだ」
普段は目上の人に敬意を払う……はずのクロウなんだけど、何か敬語が無い。
メイド服のせいで余計に異様だ。
珍しいことも有るもんだなと思わず目を丸くしていると、カーデさんは不満げに口を尖らせてブーブーと言い始めた。
「なんじゃお前は! 獣人のクセに人族の年寄りになんたる無礼!」
「煩い人族だな。ツカサのために我慢していたが、これ以上ツカサを困らせるのなら喰うぞ。下等な人族が調子に乗るな」
何が気に食わないのか、クロウまで不機嫌そうな声でカーデさんを睨んでいる。
喉の奥から唸り声が聞こえてるのは、相当ヤバいのではないだろうか。
ってか、怒る要素あったか今の。むしろカーデさんの方が暴言吐かれてるのでは。
さすがに御老人に対してその言い草はヤバいのではないかと止めようとしたが、カーデさんは怯えるどころか赤ら顔で挑発するようにニヤリと笑い出した。
「おう、ワシとやろうってのか? クソ生意気な獣人め」
「人族風情が小賢しい術で勝てるつもりか。貧弱な老体なぞ、術を唱える前に簡単にへし折ってやる」
「良いぞ、やれやれー!」
おいブラックけしかけるな!
ああもうなんでオッサンのくせに二人とも喧嘩っぱやいんだよ!
つーかそれ普通俺でしょ、年齢的にも俺がイキる場面じゃないの! なんで俺より元気なのアンタらは!
「やめーって二人とも!! ほらクロウも手ぇ放して!」
「グルルルルル……」
「あとでアイスあげるから、な?」
「ぐぅ」
俺が服を引っ張って手を離すように言うと、アイスが欲しかったのかクロウは耳をしゅんと伏せて不承不承と言った様子で背後の位置に戻った。
「ねーツカサ君僕はー? 僕のぶんはー?」
「お前のも有るから安心せい!! もちろんロクのもあるからなーっ」
「キュゥ~」
今まで大人しく俺の肩に乗っていたロクは、その言葉に嬉しそうに啼いて俺の頬に頭を摺り寄せてくれる。はぁ、ロクはこんなに大人しいのに、どうしてオッサンの方が狂犬なんだろうか……いや、男としては負けん気が強い方がいいんだろうけどさ。
でも俺争いごと嫌いなんだよ。絶対勝てないし。草食系だし。
事なかれ主義が一番楽だ、としみじみ思いつつ、俺はカーデさんに頭を下げた。
「ホントすみませんでした」
「まったくじゃわい! あーあーやる気失くすわぁ」
「でも……それと試験の結果は別……ですよね? 高名な“薬神老師”様なら、私情に流される事も無く公明正大な判断をして下さいます……よね?」
「ぐっ…………ま、まあの……」
こんちくしょー、ちょっと意地悪してやろうと思ってやがったな。
お年寄りを大事にしろっては言うけど、内心ちょっとムッとしたぞ。
でも釘を刺したからな。絶対に正当な評価をして貰うぞ。気合を入れてカーデさんを凝視すると、相手は居心地悪そうに眉を歪めたものの……再び溜息を吐いて、肩をがっくりと落とした。
「はー……。解った解った。じゃあまあ、結果を言うてやる」
つ、ついにか。
ドキドキして、思わず膝を手でぎゅっと握ってしまう。
唾を呑み込みその結果を待つ俺に、カーデさんは面白くなさそうな目を向けて――嫌々と言った様子で、告げた。
「……合格じゃ。この薬、一級どころか特級とも言うべき出来じゃよ。お蔭でワシの中の酒気が全部散ってシラフに戻ってしもうたわい」
「じゃあ……!」
晴れて弟子に……!?
思わず嬉しさが顔に出てしまったが、カーデさんは掌で俺をガードして来た。
「だ、が! なんじゃこのべらぼうな曜気の入れ方は! こんな“効きすぎる”モンを、流通に流せると思っとるのかバカモンが!」
「えっ、ええ!?」
「一等級は“骨に達する傷”までを修復する薬、等級は絶対でありそれを守る事こそが薬師としての掟でもあるというのに、何を軽く超えとる!」
「いてっ、いででっ、すんませんすんません」
べしべしと頭をチョップされて体が下へ曲がって行く。
ふええごめんなさい、だって俺等級とか詳しく知らなかったんだもん。冒険者の店や薬屋で回復薬を買う時とかそんなこと全然言われなかったしぃいい。
「冒険者風情の木の曜術師じゃあ粗っぽい知識も無理もないが、しかし基本がなっちょらんにもホドがある! 等級を無視した薬を作って迷惑するのは患者と医師なんじゃぞ! わかっとるのかこの空瓜頭!」
「おっしゃるとおりですうう」
あっあっもうやめて下さい、背後の気配がどんどん冷たくなってくるし、ロクの眉間にどんどんシワが寄って来て牙が見えるので本当勘弁して。
しかし合格と言われた手前もう「てやんでぃ!」とカーデさんの手を振り払う事も出来ず、俺はどうしたもんかと弱り顔で顔を上げた。
すると、相手はその動きに手を止め、手を引っ込める。
どうしたんだろうかとカーデさんの顔を見やると、相手は再び不満を示すように口を尖らせながら目を細めた。
「まあ……色々と常識が足らんのを差し引いても……お前の調合の手際はワシが見て来た誰よりも丁寧であるし、何よりお前は薬師としての心得を知らぬうちに体得しておるようだ。色々解せん所はあるが……そこは、褒めてやってもいい」
「カーデさん……!」
そうだ、カーデさんはただの意地悪をしているんじゃない。
やってる事は意地悪爺さんではあるけど、カーデさんの言っている事は至極真っ当な事だし、それに俺の丁寧さも素直に認めてくれているじゃないか。
結果が気に入らなくたって、認めてくれる公平さはあるんだ。
この人は、やっぱり薬神老師と言われるだけの力量を持った人なんだよ。
さっきの事でつい「意地悪爺さん」だと思ってしまった自分が恥ずかしいな。
相手の人となりを改めて感じ取って思わず感嘆すると、相手は照れ臭そうに高い鼻を指で擦って乱暴に言葉を吐いた。
「師匠と呼べ、師匠と!」
「はい、お師匠様!」
躊躇いなくそう言うと、ちょっと気持ち良かったのかカーデさんは片眉を上げる。
「まあ、悪くない……。じゃあ早速弟子としてお前に命ずるかの」
「も、もうですか」
驚く俺に、カーデさんは当然だろうと言わんばかりに息を吐いた。
「当然じゃろう。弟子に教えを与えるのが師匠、こき使うのが師匠じゃ」
「こき使うのは違うんじゃ……」
思わずツッコミを入れてしまったが、カーデさ……いや、カーデ師匠はカーッと喉を鳴らして指をビシッと俺に差した。
「ええいうるさい! とにかく第一の講義じゃ、今すぐこの家を綺麗に掃除せい!」
「うえーっ!? 俺、今到着したばっかり……っ」
「掃除せんと今夜お前らが寝る場所が無いぞ。出張所の二階は、三人も入れる余裕がないからの~、なんせ狭いからのぉ~。野宿でも良いなら良いが、ここは海廊ダンジョンからモンスターが出かねんからのぉ~~」
「ぐ、ぐぅう……っ」
それを言われると、もう逃げ道が無くなるじゃないか。
口を噤んで唸った俺に、カーデ師匠はニヤニヤと笑った。
「まっ、初日はそれで勘弁してやろう。長旅で疲れたじゃろうから、ゆっくり眠ると良い。とは言っても、敷物も無い古いベッドしか無いがのう! 明日からはビシビシ鍛えるから覚悟するんじゃぞ~? ほっほっほ、後で夕メシ持って来てやるわい」
んじゃあの、と軽く言うと、カーデ師匠は椅子から立ってホイホイ外に出て行ってしまった。……後に残るのは、俺達三人と一匹だけで。
……ただ、割れていたらしい窓から風が吹いて来たのを感じるだけだった。
「…………ツカサ君、本当にあのクソジジイから何か学ぶの……?」
「オレは好かんぞ、あのまずそうな老人は」
「でも、あの人に教えて貰うって決めて、シムロまで来たし……」
そう自分で言って、俺は息を呑み込んだ。
……うん、そうだよな。
俺は、そのために……ちゃんとした薬師になって、この右腕に装着している“術式機械弓”をちゃんと打てるようになるために、このシムロの街に来たんだ。
別に修行なんて必要ない、ブラックとクロウまで巻き込んでまで。
その覚悟をしてここまで来たのに……掃除でヘタれてなんていられない。
「……よし! とにかく掃除だ、やれるだけやってやる!」
拳を握って力を入れた俺に、ロクが「そうこなくちゃ!」と言わんばかりにキュウと鳴く。
そんな俺に対して、ブラックとクロウは呆れたように眉を上げていたが……仕方がないなあと言わんばかりに肩を竦めた。
「はぁ……。まあでも、ツカサ君の修行のために来たんだしね」
「……ツカサがそう言うなら、オレは従う」
二人とも、嫌だとは思っていても俺のために我慢してくれている。
こういう所は、仲間思いだ。……というか、俺とブラックとクロウは、仲間である以上の絆で繋がっている。勿論ロクショウも、言葉で伝えきれないほどの存在だ。
だからこそ、俺は自分の手で守ってやりたいと思っている。
でも、今の俺ではそんな大層な事なんて言えない。頭も力もからっきしだ。なんの知識も無く武器も操れない俺では、大言壮語も良い所だった。
――――それじゃ、駄目なんだ。
早く一人前になって、大人みたいになんでも一人でやれるようになりたい。
ブラックやクロウみたいに、格好良く立ち回りたいんだよ。
今度こそ、ブラックやクロウ達に悲しい思いをさせないためにも。
その思いが叶うと言うのなら、グチグチ言っているヒマなんてないだろう。
とにかく修行、師匠に課されたことをやりとげなければ。
そもそも寝床が必要なのは確かだし、掃除をさせるのだってカーデ師匠にも考えがあっての事なんだろう。だってほら、漫画での修行パートでは、絶対に掃除とか家事をさせられてたしな。体力づくりの一環とか何とかで。
現実でも掃除が基本中の基本だなんて奇遇なことだ。でも、掃除をやりとげたら、何か強くなれそうな気がするし……やって損は無いだろう。うむ!
そうと決まったらまずは……必要な掃除道具を持ってこないとな!
「とりあえず、ホコリを掃うところから始めるか」
そう呟いた俺に、オッサン二人はこれからの惨状を想像してか溜息を吐いた。
→
※遅れて申し訳ないです…(´;ω;`)
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