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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
33.真相なき会議はただ踊るのみ
しおりを挟む「――――なるほどな、大体の経緯は分かった」
覚悟を決めて、ネレウスさんの事情からクレオプスが枯れた原因の大よその見解、そして“黒いローブの男”に加え、この土地の隠蔽された歴史まで全部話した。
とは言え、かいつまんで重要な点だけを相手に話したのだが、全てを言い終えると相手は考えるように目線を下に落とし、腕を組んで黙り込んでしまった。
何を考えているんだろうかと考えていると、ふっと顔を上げる。
プラチナブロンドに、銀光を散らした不可解な金の瞳。
一目見ただけで「普通の存在」ではないと判る相手の容姿に、思わず緊張して背筋を伸ばしたが、ルガール国王はそれに構わず小さく息を吐いた。
「……まあ、アーゲイアの成り立ちや伝承については、昔からそのような見解は出ておった。なので、ネレウスの変化については今更問いはすまい」
「えっ……ぜ、全部……知ってたんですか……?」
初耳だ。
じゃあ、少なくともここの国王達は、アーゲイアの領主達の正体を知ってて、そのうえでアーゲイアを任せていたって事だよな。……あれ、この王様って意外と良い人なの……か……?
微妙に顔を歪めてしまう俺に、相手はフムと吐息混じりに唸った。
「いや、確証が在った訳では無い。だが、余が閲覧した“記録”から推察すれば、この国の歴代の国王はアーゲイア一族が“百眼の巨人の子孫”だと知っていて、あの極北の土地を治めさせていたのだろうなと想像がつく。それだけの話だ」
「つまり、体の良い防波堤扱いってワケか?」
皮肉たっぷりにブラックが言うのに、ルガール国王は掌を見せ首を振る。
「まあ、そう見えても仕方のない話だが……単純に、能力や人柄の問題だろう。あの一族は、とても温厚で領地を愛している。それに、国家に対しても従順だ。腹の内の解らぬものより、得体は知れないが心根だけは理解出来る者のほうが余程良い」
「この国の貴族はそこまで腐ってるってコトかい」
「とんでもない。お前の故郷に比べたら、我が貴族は神の如き清廉さであろう。ただまあ、我々はほんの少し……古代の継承という点を疎かにしている気もするがな」
「…………」
ワケの分からない事を言いながら笑う国王に、ブラックが眉間の皺をさっきよりも深くする。なんだかよく解らないけど……ブラックにとっては「嫌な所」を突かれたんだろうな。さっきから俺の肩を抱いている手もめっちゃ強くなってるし……。
「それはともかく。アーゲイア一族については、悪いようにはせん。アレらは統治者としても優秀だ。体が化け物になっただけなら、いくらでも使いようが有ろう。それに……息子の方もお前がどうにかしてくれるのだろう?」
「ぅ……い……一応……試してみるだけですが……どうにかなるかは……」
……一応、ネレウスさんが俺の血液で呪いを解かれた事も、回復薬でクレオプスの呪いが解けた事も正直に話したんだけど……そこまでの効果かどうかは……。
あまり期待されても困る、と身を縮めると、国王は再びニタリと笑った。
「どうなるかだと? 随分と殊勝だな。お前は大地を緑に変え雪原に世界樹を生やした“黒曜の使者”だろう。血でどうこうできたとて今更驚く事もない」
「そ、そうですね……」
そういやこの王様、国に伝わる膨大な歴史の記録によって、黒曜の使者が異世界人だと言うことも、その能力で何が出来るのかも大体把握してるんだよな……。
ち、ちくしょう、ヤな奴に痛い所を握られてるってのは本当に嫌な気分だ。
でも……この感じだと、俺の血に関しては興味を持ってないっぽいし、シアンさんも特段焦ったりとかしてないから……大丈夫なのかな。それなら良いんだけど。
しかし、本当に俺が呪いを解けるのだとしても、油断は禁物だよな。
ネストルさんの体に何が起こるかもよく解らないし、そもそも女神の加護が解ける前の相手に俺の血を与えて呪いが解けるのかどうか……。
思わず考え込んでしまった俺に、国王は妙に優しい声を掛けて来た。
「思慮深いのは良いが、あまり謙遜するな。意志が弱まればお前の力も機能せん」
「…………」
確かに、言われてみるとそうだな。
この世界では、意志の力が物を言う。曜術だって、術者本人の想像力と気力が一番重要なんだ。それを考えたら、俺が弱気になってたら治るモンも治らないよな。
とにかく、やってみよう。
素直に気を取り直して頷くと、相手はさっきの嫌味な笑みではなく、苦笑したように微笑んでみせた。……なんだ、そんな顔も出来るんだなこの人。
「お前達の力を見誤ってはおらぬ。……そんな事より……問題はその“黒いローブの男”とやらだな……」
深刻そうに言うルガール国王に、隣で静かに座っていたシアンさんが頷く。
「国王陛下もご存じのとおり、この世界を覆っていた暗雲は一度は取り除かれましたが……今回の“黒いローブの男”に関しては、恐らくその件の首謀者とは別だと思われます。ですので……何か、我々の知らぬ場所で起こっているのやも……」
「ほう、何故違うと断言できる?」
「その首謀者を討伐したのは、目の前にいるこの子達だからです」
とは言え、その根拠をシアンさんは話さない。
こうなると根掘り葉掘り聞かれるのでは……と、俺とブラックは固唾を飲んでいたのだが、意外な事に国王はその事に関しては何も言わず鵜呑みにしたようだった。
「なるほど。では……模倣犯か、別の一件というわけだな」
「はい。仰る通りかと」
軽く頭を下げるシアンさんに、国王はそれ以上何も言わなかった。
もしかして、何かを知ってるとか……いや、それならピルグリムの事を聞こうとはしないよな。
一体どういう事だろうかと首を傾げたくなったが、国王は話を続けた。
「しかし……こうも異変が重なると、いささか妙な事になってくるな」
「と、言いますと……」
俺が言葉を掛けると、国王は「ううむ」と唸りながら腕を組んだ。
「数日前にお前達が遭遇した“死人が生き返って災厄を引き起こした”事件と、今回の“巨人への呪いが急激に凶暴化した”件……どこか、繋がると思わぬか」
えっ、ギルナダのお姉さんが生き返った事件と、今回のネレウスさんの件?
つながりって言っても……何が何だか。
思わず首を傾げる俺の隣で、ブラックが冷静に答えた。
「意識を操る何者かがいたって所か?」
なにそれ。どういうこと?
思わずブラックの顔を見てしまったが、国王もブラックも俺の驚きなどどこ吹く風で、話を淡々と続ける。
「そこは断定できん。材料がたらぬ。しかし……お前達が死人の遺言で聞いた
『邪悪は解き放たれた』という言葉……――――何かあると、思わんか?」
「…………だとしても、繋がりが解せないんだが」
「だから“断定は出来ん”と言ったはずだ。まだ、断定できる材料が足らんが……お前達庶民の知らぬところで、不穏な事など何百も起こっておる。ただ、それの“幾つかを結ぶ線”が見つかるやもしれん……そう言ったまでのこと。焦って期待をするな」
「チッ……なら僕達を巻き込まずに、お偉方だけで解決してろよ」
「ぶっ、ブラック……!」
そういう事言っちゃだめだってば!
慌てて相手の肩をゆするが、ブラックは不機嫌さを隠しもしない。
そんな俺達に、国王はフッと息を吐くと体を反らせてソファに背を預けた。
「まあ、お前達に伝えるには確証がまだ持てん。……どうせいずれは協力して貰う事になるだろうが、今は駄犬のように牙をむいて吠えておれば良い」
「だれが駄犬だァ!!」
わーっ、ブラック立つなっ怒るなどうどう!!
頼むからこんな所で反逆罪とか起こさないでくれよと抱き着いて宥めていると、話を変えようとしてくれたのか、シアンさんが美しい笑みを見せながら両手を叩いた。
「まあ、それはともかくっ! ツカサ君とブラックには今回も助けて貰ってしまったから、お礼をしないとね! ツカサ君、なにか欲しい物は有る?」
「えっ、そっ、そんな」
「良いのよ、何でも言って。お婆ちゃんなんでも買ってあげるわ」
ニコニコしながら孫に激甘なお婆ちゃんっぽい事を言うシアンさんに、俺は言うか言うまいか迷ったけど……シアンさんの人脈を頼る事にして、一つお願いをした。
「だったら、その……薬師のことや、木と水の曜術を教えてくれる先生を、紹介してくれませんか」
「え……お小遣いとかは良いの? たくさんあげるわよ、本当にいいの?」
目を瞬かせるシアンさんに、俺は頷く。
だって、数日前からずっと考えていたから。
…………今回の事で、俺がいかに役立たずか痛感したんだよ。
ブラックを守ってやれなかったし、俺に知識が無いばっかりにドジばっかり踏んで散々回り道をして、ネレウスさんもネストルさんも苦しめてしまった。
俺が自分の武器や術をうまく使えたら、巨人になったネレウスさんを足止めしたり出来たはずだ。それに……もっと、もっと精神力が有ったら、俺がブラックの服装に気を付けていたら……あんな風に、ブラックに我慢させる事だってなかった。
全部、俺が未熟なせいなんだ。
使える道具は沢山あったはずなのに、俺は何も適切に使いこなせなかった。
アッチの世界から逃げて来たような軟弱な俺に、何かが成せるはずも無いんだ。
だから、せめてこっちで精神も体力も鍛えたい。
そうしたら今度こそ……両方の世界で胸を張って歩けると思うから。
――そんな俺の決意に、シアンさんは嬉しそうに笑って頷いてくれた。
「だったら、この領地の西方の街に薬学を嗜む術師がいるから、そこに紹介を取りましょう。きちんとした薬師に学べば、きっと貴方の力になるはずよ」
「ありがとうございます……!!」
ちょっとだけ、肩を掴むブラックの手が緩んだ気がする。
なんだか、優しくなった。もしかして、ブラックにも気持ちが伝わってしまったんだろうか。だとすると、なんだか恥ずかしいな。
思わず口を噤んでしまう俺に、国王は再びニヤリと笑んだ。
「まあ、お前達は約束を果たしたからな。しばらくは休養を楽しむと良い」
「おいしばらくはってなんだ、しばらくはって!!」
「オホホ、ブラックそう怒らないで。あっ、そろそろ水晶の曜気が――――」
と、シアンさんが言いかけた瞬間、ブツリと音がして二人の姿が消える。
「切りやがったな――!!」
絶対に曜気切れのせいじゃない、と憤るブラックだったが、時すでに遅し。
今までずっと黙って立っていたエネさんは、そんなブラックに冷たい侮蔑の視線を向けつつ水晶を懐にしまうと、明確に音を立ててフンと呆れの鼻息を吐いた。
「ギャーギャーと煩いヒゲですね。頭の中身は幼児なのですか? 理性のない性欲のバケモノとはよく言った物です。ああギルドに依頼して討伐して貰いたい」
「あぁん!? うるせえぞこの乳袋女!!」
「ああああ二人とも落ち着いて……」
もう終わった途端に喧嘩しないで……。
再びブラックを抑えながらゲンナリする俺に、エネさんは目を向ける。
俺には敬意を持って接してくれる彼女だが、ブラック絡みとなると毒舌で口撃してきて助けてくれない。それどころか、ブラックを更に怒らせるから困るのだ。
頼むから少しだけで良いから仲良くしてよお……。
ブラックを抑えたまま溜息を吐く俺に、ブラックはギュッと抱き着いて来た。
「はーもー疲れた。ツカサ君補給しよっ! まあ、でも……これで一通り終わったんだし、これからは自由気ままに旅が出来るよね、ツカサ君!」
気を取り直したのか上機嫌になるブラックに、俺は頷く。……っておいやめろ、無精髭だらけの頬でスリスリしてくんな、痛いっ、髭が頬に刺さってジョリジョリして痛いっての! しかもエネさんの前でっ、やめんか!!
ううむ、でも、やっと気分が良くなったんだから、少しくらいさせておいた方が……いややっぱり痛い、やめろ、せめて髭を剃れ!!
しかし、そんな気を持ち直し始めたオッサンに、エネさんがボソリと呟いた。
「そう悠長にしていて良いんですか。こちらへの報告では、もうすぐだそうですよ」
「え?」
「何がだよ」
オッサンの頬擦りを手で阻止している俺と俺を捕えたままのブラックが、同時にエネさんの方を向く。二人に注目されていても、エネさんはクールな表情のままだ。
しかし、どこか面白げな雰囲気を纏いながら、彼女は続けた。
「貴方達の“群れ”とやらの大事な一員が、数日後に帰って来る、と」
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