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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
26.想像を超える力
しおりを挟む「あぁああ……」
こうなってはもう、なすすべはない。
俺の捕縛もダメで、幻術もダメだった。こうなるともう後は、後は……。
……いや、諦めてはいけない。こうなったら、無傷と言わずともどうにかして捕縛して、どっか人に迷惑が掛からない所にまで引っ張っていくんだ。
ネレウスさんの腕や足に傷を作る事になっても……。
「ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!!」
鼓膜をビリビリと震わせるような唸り声を上げて、巨人は頭を振る。
幻術から逃れたと言っても、まだうまく目覚められてないようだ。それに、何だか酷く疲れているような感じがした。ブラックの【幻術】が巨人に“なに”を見せたのかは解らないけど……とにかく、この機会を逃す事は出来ない。
なにか、どうにかしてネレウスさんを街から連れ出さないと。でもどうやって。
この状況で誰かを召喚するなんて事は出来ない。“俺の相棒”なら巨人を簡単に空へ釣り上げてくれるだろうけど、移動できる保証はないし……他の召喚モンスター達も、巨人に対しては力不足だ。己の過信で彼らを出して怪我をさせたくない。
でもだったらどうしよう。どうすればいい。
俺のバッグの中に他になんかないか。巨人を捕えられるような何か……。
「ああクソッ、結局殺すしかないか……っ」
「ま、待ってブラック!」
まだ時間がある、まだ助けられる。
自分にそう言い聞かせるように思いながら、バッグの中を慌てて探った。
――――と……ある物が、俺の指に当たる。なんだかひんやりしたモノが。
これは。この、バッグに紐で結びつけられた輪っかは……。
「――――っ……! そ、そうだ……!」
「え、なに。どうしたの?」
「見つけたんだよ、巨人をこの場から一瞬で消す方法!」
「えっ、えええ!?」
驚くブラックに、俺は“あるもの”を見せる。
それは、何の装飾も無い一見したら普通の金の腕輪だ。
だけどその腕輪に“大地の気”を込めながら軽く一度振って、俺はその金の腕輪の“輪”を一回り大きくしてみせた。その行動に、ブラックがハッとする。
「そうか、妖精王から貰った“リオート・リング”……! 巨人をその中に押し込む事が出来れば、一時的に巨人をこの世界から消す事が出来る!」
そう。この金の腕輪――――“リオート・リング”は、常冬の国オーデル皇国に存在する、幻の妖精の国を治める“妖精王”から貰った腕輪。
その輪の中に手を突っ込めば、別の空間に在る特殊な氷の部屋に繋がる、不思議な腕輪なのだ。この前はアイスを作るために出したけど、この腕輪は実を言うと「生物は入れられない」というワケじゃない。
腕輪を人が入れるくらいに大きく広げれば、その冷蔵冷凍が出来る氷の異空間の中に入る事が出来る。そこで作業を行う事も可能なのだ。
といっても、この腕輪は俺にしか使えず、出し入れも俺の意思なしには出来ない。
つまり、このリングの向こう側に――――生物を、閉じ込められるんだ。
だけどこれは賭けになる。早くしないと相手が正気を取り戻すし、捕まえられたとしても、長い間リングの中に入れておいたら生物は死んでしまう。コレを成功させるには、迅速な行動と、巨人になったネレウスさんを再び隔離する場所が必要だった。
隔離する場所。巨人の隔離場所。
「っ、あの地下遺跡、あそこに移動させよう! そう長く入れて置けないし……!」
一瞬で思い浮んだ俺に、ブラックは目を丸くして眉を上げる。
「ツカサ君たら、こういう時は凄く頭が回るねえ」
「だあもう、そう言うの良いから! ブラック頼む、巨人以外の人だけでいいから、【幻術】を掛け直して眠らせてくれ! それなら大丈夫だろう!?」
ブラックなら出来る。だって、アンタはこの世界で言う、S級クラス――限定解除級の曜術師なんだ。そうでなくとも、アンタが何度も失敗するような奴じゃないって事は俺が一番よく解ってるよ。
だって、これまで何度だってアンタは俺の事を助けてくれたんだから。
そんな思いを込めて見つめると……ブラックは、嬉しそうに笑って頷いた。
「う、うん……僕やる……やるよ……ツカサ君の期待に今度こそ応える……!」
おおよそ中年の発するセリフじゃない子供っぽい言い回しだけど、ブラックが持ち直してくれたのならそれで良い。
皆まで言わずとも、ブラックは俺がやりたいことを理解してくれる。
その繋がりが例えようも無く嬉しく、頼もしい物に思えて、俺は息を吸った。
――――巨人は、未だに唸ってその場で足踏みをしている。
これ以上の機会は無い。今、やるんだ。
俺は掌に精一杯力を込めて、木の曜気を漲らせた。瞬間、蔦のような緑色の光が無数に掌の周囲から現れて、再び俺の腕に絡み付きながら肩まで凄まじい勢いで上昇して来た。今度は、もう手加減なんてしない。
相手の足を、手を、締め付けて折る。痛々しい想像をあらゆる想定で想像しながら俺は手に力を込めた。もう二度と失敗しない。本気で、恨まれる覚悟でやる。
覚悟が鈍って誰かを危険にさらすなんて事は、もう絶対にしたくないから。
――と、背後から紫の光が背中越しに差し込んできて、俺は息を呑んだ。
ブラックが、詠唱している。
俺が信じたから、ブラックも俺を信じて力を貸してくれているんだ。
その信頼を裏切るまいと、呼吸を止めて胸の内に力を込めると――口を開いた。
「我が前に立ちはだかる者を、再び地に縫い付け縛めよ――」
「――【紫月】を頂く我が真名に於いて、その力を発動する――……」
背筋をぞわぞわさせるような光が、背中から俺に触れている。
体が総毛立つ感覚と、暖かい感覚が同時に流れ込んできて、力が湧いてくる。
この光が自分を補佐してくれている物だと思えば、もう何も怖くなかった。
「その四肢を獣の如き爪で引き倒せ、出でよ【グロウ・レイン】――――!!」
「地にひれ伏す愚者どもに安寧の眠りを齎せ――――!!」
同時に強い声で発した、瞬間。
俺を中心にして巨大な“円と線で作られた緑の魔法陣”が生まれ、回路図のように枝分かれした線が巨人の下へと到達する。そこで、新たな魔法陣が展開した。
「グアァアアア!!」
叫ぶ巨人が踏み鳴らす魔法陣から、数えきれないほどの巨大な蔓が伸びる。
瞬間、その最中を薄紫の光が駆け抜けて散った。
「ツカサ君、跳ぶよ!!」
背後から叫ばれて、思いきり腰を掴まれ引き寄せられる。
まだ術を発動している状態で、俺は動けない。それを、ブラックが【ラピッド】で脚力を強化して助けてくれたのだ。
そのままブラックは高く跳んで、軒先に足を着くと、素早く屋根へと上る。
「良いかいツカサ君、機会は一度きりだよ。限界まで飛んでツカサ君を投げるから、君は巨人の上からリングを掛けるんだ」
「っ、うん……っ!」
ギシギシと腕が軋む。痛い。巨人の力を何重にも考えたと言うのに、俺の術は今にも打ち破られそうだ。色んな想像をしたのに、想像以上の力で破られそうだ。
もう、あまりもたない。どっちにしろチャンスは一度きりだ。
俺は頷くと、巨人の方を向いた。
「僕がちゃんと、ツカサ君を届けてあげるからね……!」
背後から力を込めるような声がして、風が上から降りかかってくる。
いや、俺達が一気に上へ押し出されたんだ。
「ッ……く……!」
瞬く間に景色が下へ流れて、巨人が小さくなっていく。
耳のすぐ傍で凄まじい風の轟音が聞こえるけど、まだ塞げない。ギリギリまで術を保たなければ。歯を喰いしばって耐えた俺の足を、ブラックの手が強く掴んだ。
「いっ……けえええ!」
ブラックの声が聞こえて、俺の体が宙に放たれる。
瞬間、再び下から一気に押し上げられた。俺の体が空へと飛び上がる。
「ッ、ぐぅう……!!」
もう、持たない。
遥か下に見える巨大な背を見て、俺は術を解除する。
意識を解き放ったと同時に消える蔓に、その体が揺らいだ。
もう、今しかない。
「――――――ッ!」
落下する体を空気に揉まれながら、バッグの中にある腕輪を取り出す。
巨人の背中に宿る無数の目が、ぎょろりとこちらを見た。俺が何かしようとしてる事に気付いたんだ。
だけど、もう遅い。
「すこしの、辛抱だからな……!!」
ありったけの“大地の気”を込めて、風圧の中で俺は腕輪を振った。
刹那。
俺の手の中に納まっていた腕輪が急激に広がり――その場を覆わん程の大きな円になって巨人の真上から落下した。
「うわぁああ!!」
腕輪を持ったままの俺は、その重さに釣られて落下速度を速める。
だが、ここで手放すわけにはいかない。その輪が巨人の頭に差し掛かったと同時、俺は髪どころか顔の肉すら風に打たれながら腕輪の能力を発動させた。
「グァッ!? ガッ、ア゛、アァアアアアア!!」
巨人の顔が、消える。
咄嗟に輪から逃れようとした巨人だったが、一気に肩から腕まで輪の中に囚われたことでそれも叶わない。足が動いたが、それも――――
「ちょっ、うわっ、うわああああ!!」
足っておいっ、もう地面、地面に着いちゃう!
落ちるっ、このままじゃ俺が落ちる俺が死ぬうううう!!
もう死ぬ、このままだとまた落下死しちゃう!
駄目駄目だもう駄目だあああああ!!
「おっと!」
ガラン、と、音がする。
目の前で大きな輪が地面にぶつかり一気に縮小されたと同時、俺の体は強い衝撃に体を持って行かれながら、がくんとその場で止まった。
ぐ、ぐええっ、ぐるじい締まってる……っ!
なんだこれ、ど、どうなったんだ……。
「なんとか……おさまったようだね」
背後から声が聞こえて、体が再び浮き上がる。
何が起こったのかと思ったら、俺は……再び腰を誰かに掴まれていた。
いや、これ、ブラックか。ブラックが俺を助けてくれたんだな……はは……。
「あ、ありがと、ブラック……」
なんだかどっと疲れてしまい、思わず力が抜ける。
そんな俺を抱き締めながら、ブラックは笑った。
「ほんと、ツカサ君といると飽きないよ」
それはどんな意味で言っているんだと思ったが、今は急転直下の事に思考が付いて行かず、俺は荒い息で頭が正常に戻るのを待つしかなかった。
→
※ちょっと遅れて申し訳ないです…(;´Д`)
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