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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
23.高みを望めば心は沈む
しおりを挟む巨人を取り囲むようにして集まっている冒険者達を横目に、ひたすらに走る。
そのさなかに、色んな人達の怒声が聞こえた。
「第二陣行け!」
「無理ですよ死角が無いんですって!」
「バカども騒ぐなッ、術が使えねえだろ!!」
「ええいもう行きますよ、行っていいですよね!?」
冒険者達は苛立っているようだ。
聞くだけなら喧嘩腰で嫌な会話だろうとは思うけど、でも、現状を考えるとムリも無かった。だって、巨人の体表に無数にある弱点の無意味さに誰もが気付いていて、攻めあぐねていたんだから。
……様々な場所に目があると言う事は、多くの弱点があると言う事でもある。
目は、物の位置を捉えるためには、無くてはならない器官だからな。
そこを攻撃してしまえば……とは思うが、いかんせん、相手の目は多過ぎる。突き刺せば痛いと思うだろうが、全ての目を潰す事は現状不可能だった。
それでも、攻撃すればそれなりのダメージは与えられるかも知れない。
だけど、そんなの人間の皮膚を切り裂くのと一緒だろう。紫の巨人の肌が目に覆い尽くされていようが、生きている限りどこを攻撃されたって痛いのに変わりは無い。
相手の視覚を奪う事は出来ないし、明確なダメージは与えられないのだ。
最早、巨人の目は急所とは言えない。
むしろ、他の生物の方が死角が存在する分、ただ痛いだけでタチが悪い。そう考えたら、二つしか目が無いよりも、替えが効く無数の目が有る方が強いに決まってる。
目が弱点、というのは、二つしか目が無い俺達だけの思い込みなのだ。
多くの目が表皮に剥き出しになっていても、それは明確な弱点にならない。それに気付いたら、誰も闇雲に突進するなんて事は誰も出来まい。
だから、歴戦の冒険者達も巨人を取り囲んで、攻めあぐねているんだろうけど……突然の正体不明なモンスターの出現に、思ったより混乱してしまっているようだ。
今まで見た事も無い相手だからか、彼らの統制も取れていないようだった。
……俺よりずっと強い、経験がある人達でもこうなってしまうんだな。
未曽有の事態ってのは、考える暇すら与えてくれないんだ。
いや、経験豊富だからこそ、死角が存在しない相手を攻めあぐねているのか。
どちらにしろこのままじゃジリ貧だ。ここにいる全員がいずれ倒れてしまう。
自分にまともな戦闘能力が無いのは悔しいが、今はとにかく犠牲者を出さない事が最優先だろう。俺に出来る確かな事はそれしかない。
気持ちを切り替え、俺は何とか倒れている人達のところに向かおうと走った。
背の高いオッサンやお姉さんたちの背後を回って、邪魔だと言わんばかりに輪の外へと押し出されている人達を見つける。
巨人は、様々な方向から撃ち当てられている火炎弾などに目をぎょろぎょろさせて様子を窺っているが、顔がどの方向を見ようが恐らく全てが見えているだろう。
隠れているのもバカバカしい。
俺はとにかく倒れている人達を回復させようと、一番近い人に走った。
「大丈夫ですか!」
厳つい鎧を着込んでいる青髪のお兄さんに近付き、バッグから回復薬を取り出す。
幸いお兄さんは酷い怪我も無かったようで、俺が問いかけると唸りながら薄らと目を開けた。良かった、これなら自分で回復薬を飲めるな。
「あのこれ、回復薬です。とにかく飲んで下さい。飲んだら安全な所に避難を」
「あ、あぁ……すまない……」
鎧が衝撃を和らげてくれたんだろうか。喋れるようなら安心だ。
彼に回復薬の瓶を渡して、俺は次々に倒れた人に近付いて行った。
重傷そうな人達を優先して薬を飲ませたり掛けたり、時にはこっそりと“大地の気”を体内に送って自己治癒能力を高めて離れた場所に連れていく。
脚力強化の付加術【ラピッド】を事前に掛けていたから、俺よりもガタイの良いオッサンやお姉さんばっかりだったけど、これは難なくやれた。
軽傷の人は女性と怪我が酷そうな人を優先して、野郎どもには薬だけ渡す。
俺はイケメンと美形には忖度しないのだ。
でも俺が助ける側からどんどこ倒れる人が出て来て、最早これじゃ追いつかない。
ブラックに「時間を稼いで」とは言ったけど、これじゃ共倒れにならないか。
たくさん回復薬は作ったと言っても、俺が持てる量には限界がある。
もうすぐ薬も尽きちまうぞ。ど、どうしよう。作ってる暇なんてないし、これ以上酷い事になったら、死人まで出てしまいかねない。
「っ……やっぱり、どうにかするしかないのか……」
今やっと倒れていた人達を少し離れた場所へと運び終えて、俺は巨人を仰ぎ見る。
数百メートルほど離れてしまったその場所では、未だに冒険者達が巨人を斃そうと縦横無尽に駆けて飛び回り、必死に戦っていた。
そこにはきっと、ブラックもいるだろう。
俺が「倒れている人を助けたい」と言ったから、殺さずに足止めをしてくれているんだ。でも、それだって永遠にとはいかないだろう。
だから、「どうにかしないと」――……その言葉がどんな意味なのかは、自分でも考えたくない。
けれどもう、今の俺達には「斃す」以外の手段が無かった。
不甲斐ない。俺は彼の命を奪う手段は持っていても、救う手段は持ってないんだ。
ネレウスさんをどうにか救いたいとブラックに願ったばかりだったのに、こんな事を考えてしまうなんて、自分の弱さが嫌になる。
力も心も弱い。もっと強ければ、ここにいる歴戦の冒険者みたいに足止めをして、別の手段を考える事が出来たかもしれないのに。
俺にもっと想像力が有れば、あの場所でネレウスさんを押し留めて、こんな事態を引き起こさずに済んだのに。
チート能力が使えたって、無力だ。
俺自身に力も知恵も無ければ、巨大な術すらも使いこなせない。
それを今になって理解してしまった事があまりにも愚かで、情けなさにどうしようもなく腹が立って来る。そんな場合じゃないのに恥じて動けなくなる自分が余計に滑稽で、ムカついて、悔しくて、足が震えてしまっていた。
チクショウ、何でこう俺って奴は一々打ちのめされちまうんだ。
そんな場合じゃないのに。今すべきことは、傷ついた人達を助けて、誰も死なないようにする事や、ネレウスさんを元に戻すために尽力する事なのに。
ええい、ボーっと突っ立って考えてたって仕方がない。
今の俺に出来る事は、人が死なないように薬を渡し、こっそりと“気”を送る事だ。
それだって、他人に出来る事じゃ無い。薬は俺特製の特別なモンだし、それに……他の人に曜気や大地の気を送るという行為は、神様か【黒曜の使者】である俺にしか出来ない事なんだ。
人を死なせない術が分からないのであれば、自分が自信を持って出来る事を全力でやってやるしかない。
その間に、考えるんだ。その時間を俺はブラックに貰ったんだから。
「ブラック……」
でも、やっぱり心配だ。
さっきブラックが「酷い術を使っても嫌いにならないで」と言ったけど、何をするつもりなんだろう。というかそもそも「酷い術」って何だ?
ブラックの曜術はそもそも強力なモノが多いけど、それこそ周囲を焼き尽くす禁術みたいなモノなんだろうか。でも、そういう話はさっきやったし……。
人を危険に曝す制御不能の術以上に「酷い」術なんて、あるんだろうか。
何だか今更不安になって来て、巨人を取り囲む人の輪の方を見やると――
「…………え……?」
人の輪の向こう。
俺達が最初に立っていただろう場所で、何かが揺らめいているのが見えた。
大きな炎のような光……強烈に輝く、紫の光だ。
人込みで良く見えないけど、その不可思議な炎の穂先が、囲いの隙間からちらちらと見える。でも、あんなに大きな炎なのに誰も気付いてはいないようだった。
……なんで?
どうして誰も驚いたり怖がったりしてないんだろう。
そう考えたと、同時。
紫の炎が一気に天へと伸びて周囲に広がった。
「ッ……!?」
思わず俺が腕で顔に陰を作った瞬間、巨人だけには光が見えたのか、思いきり身を捩り光に目が眩んだかのような動きを見せた。
その様子に、初めて冒険者達がどよめく。
「巨人と俺にしかあの光は見えてないのか……!?」
信じられない。青かったはずの空を紫に染めて、まるでオーロラのようにゆらゆらと蠢いているのに。なんでこの光景が誰にも見えてないんだ。
その異常さに、思わず背筋に寒気が走る。
しかし俺の驚きとは余所に、巨人は光に目が眩んだ事に恐怖を感じたのか、多くの目をぎゅっと固く瞑りながら、腕を振り上げたではないか。
「あっ……!!」
ヤバい。初めてそう思って、俺は息を呑んだ。
そこでやっと巨人が「今まで暴れていなかった」事に気付き、血の気が引く。
――そうだ。今まで、巨人は暴れていなかった。街を壊すような暴走は見せていなかったじゃないか。もしかして、巨人になったネレウスさんの中には「人間としての理性」が今も残っていたのか?
だから、いままで律儀に冒険者達の囲いを取り壊さず、相手をしていたんじゃないのか。あの腕で薙ぎ払われたらひとたまりもない事は誰もが分かっているのに、そうしなかったのは、巨人なりに何か目的が在ったんじゃないんだろうか。
でも、何で。なんの目的が有って。
もしかして、あの黒ローブが何か吹き込んだ事と関係があるのか?
考えても解らない。とにかく、今までは本気じゃ無かったんだ。
このままじゃヤバい。あのデカい腕を遠慮なく振り回されでもしたら、いま以上の被害になっちまう。ただでさえ相手はピンピンしてんのに……!
そう思って思わず巨人の方へと駆け出そうとした、瞬間。
「――――――ッ!?」
空から轟音が聞こえて、一瞬視界が紫の強烈な光に包まれる。
眩し過ぎて顔を手で覆うものの、それでも目が焼かれてしまうようで、必死に目を閉じ耐えていたが――――急に、その刺すほどの眩しさが消え去った。
何が起こったのか。
そう思い腕を外そうとした途端、周囲から悲鳴が上がった。
「えっ、え!?」
何が起こったのか。
慌てて目を開けて、掌の覆いを取り去った俺の目の前に現れたのは――――
想像すらしていない、地獄のような光景だった。
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