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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
古い記録が残すもの2
しおりを挟む「えーと……なになに……?」
俺の肩に顎を乗せたまま、ブラックは机の上の本を開いて題を読む。
首筋に頬の髭がほんの少し当たってチクチクするし、髪が俺の頬に当たってくすぐったいし、なにより相手の動きや吐息がすぐ近くで感じられるのが、なんと言うか、こう……その……居た堪れないと言うか……。
いや恋人だし、今更なんだけど。今更なんだけどさ!
ああもう一々ドキドキしてらんないんだってば。ブラックとずっと一緒に居るんだって決めたのは俺なんだから、こう言うのにもいい加減慣れないと。
内心指輪が当たる胸の奥がドキドキしつつも、俺はブラックの無骨で大きな指がページをめくる様をじっと見つめて黙った。
暫し、ページをめくる音だけが部屋に響く。
その時間すら、俺にとってはちょっとした拷問だ。イチャイチャする時間でも無いのに、真面目な場所でこんな格好をしていると思うと余計に恥ずかしくなってくる。
だ、だって、俺、また膝抱っこなんかされて大人しくしてるとか……。
それに、ブラックは完全に無意識なんだろうけど、硬い太腿がもぞりと動くたびに尻が感じ取ってしまって仕方ないんだよ。いっそずり落ちたい所だったが、動こうとするとブラックは片腕を俺の腹に回して固定して来てしまう。
こうなるともう、そのまま膝に乗せられているしかない。……ブラックの顔は真剣に本を見つめているのに、それでも俺の動きは分かってしまうんだと思うと、何だか恥ずかしくて仕方なかった。
でもブラックは発情とかしてないし、恥ずかしがってるのは俺だけで……。
ぐ、ぐうう……これじゃ俺の方がスケベみたいじゃないか!
早く一通り読んでくれよ頼むから……もう首に吐息とチクチクが触るのも、俺的にキツいんですってば。
そもそも、何で良いトシして素直に膝抱っこなんかされちゃってるんだか俺は……あああ、考えるだけで恥ずかしさが増してきたああぁあ……。
「…………ふーむ……ツカサ君、この本アタリかも」
「えっ、あっ、あたり?」
耳のすぐ近くから低くて渋い声がダイレクトに飛び込んできて、思わず内腿にぎゅっと力が入ってしまったが、なんとか抑え込んで問い返す。
すると、真面目な顔をしたブラックは小さく頷いた。
「この本には、何代か前の領主の私事が記されてるみたいだ。いわゆる日記だね」
「日記? そんなモンがなんでここに」
「さてね……しかし、これ以外に日記らしいものが無かったって事は……これが、街を治める領主達にとっては大事な物って事になるだろうね」
日記か……正直言うと、他人の日記って良い思い出がないんだけどな。これも何かヤバい真実が書いてあるんじゃないんだろうか。
思わず及び腰になってしまったけど、ブラックは構わずに文面を読み始めた。
「最初の方は領主に就任する前の事で、特筆すべき物は無いけど……ああ、ここだ。ここからちょっと気になる記述がある」
「……?」
「就任前、成人と認められる直前の日記だね。書いてある事は、こうだ……『今日、父上が、私達にこの一族の“真実”と“結末”を教えて下さった。とても信じられない。我々が忌むべき一族であり、そしてまた未来永劫を“盾”として民を守らねばならない存在だったなんて。唐突に明かされたとて、どう受け止めればいいのだろう』……」
「何か……変な事を教えられたって事?」
「さてね。これ以降、この日記の主はコレに関係する事を記してないけど……これを切欠に、自分の息子や娘達には“真実”とか“結末”とやらを事前に知らせておこうって思ってるみたいだ。どうも、この一族にとってはかなり衝撃的な事らしい」
「うーん……」
衝撃的な事……それって、なんだろう。
あの病気になる事は、もう事前に知ってる事なんだよな。いや、でも、昔はそれを知らされていなかった可能性が有る。けど、あれだけ明確に症状が出る病気なのに、他の家族が知らないって事は無いよなあ……。
やっぱり、彼らが知らない一族の真実って奴が有ったんだろうか。
「続きには特にそれらしい記述が無いけど……ふーむ。どうやら最後の方に、それっぽいモノがあるみたい。どれどれ」
ブラックがかなり後半の方までページをめくり、とある所で手を止める。
そうして、指で古いインクの痕をなぞった。……何が、書かれているんだろうか。
ゴクリと唾を飲み込む俺に、ブラックは静かに語った。
「…………最後の日がやってきたようだ。だが、私は全うした。未来ある子孫の為、そして我々が守るべき愛しき者達の子孫の為に、救われた命に報いこの地を守る盾としてアーガスを守った。だから、例えこの身が人でなくなろうとも、我が祖先の如くたった一人地下に眠ろうとも、何も寂しくは無い。私の血肉が、愛しき領地を支える花となろう。我が子孫も、それを栄誉である事だと理解してくれるはずだ。何故ならそれこそが、かつて我々の一族を、その命を賭して救った英雄――――
【ヘルメ】に、報いることなのだから……――」
…………え……?
なに、それ……どういうこと……?
――――なにを聞かされたのか、一瞬まったく分からなかった。
だけど、段々と頭が理解し始める。最後のページとなったその意味深な文章を確認して、俺は言い知れぬ怖気に体を強張らせブラックの方を見た。
「ちょ、ちょっと待ってよ、これ変じゃないか。だって、ネレウスさん達は“巨神となった英雄の子孫”だろ!? つまり、巨人を倒した英雄【ヘルメ】の子孫だ! なのに、どうして『我々の一族を命を賭して救った』なんて言ってんの?!」
「そりゃまあ、言葉通りの意味だろうね。だけど……言葉通りなら、とんでもない事になっちゃうな、これ……はは……」
さすがのブラックも、唐突に出現した予測に付いていけないみたいで、ひくりと口の端を動かしながら笑っている。真剣な表情だった。
でも、それを笑い飛ばす事なんて今の俺には出来ない。
だってこの文章から推測される真実は――――
「まさか、ネレウスさん達の本当の先祖って…………」
そう、呟いたと同時。
「お父様! 誰かっ、誰か来て下さい! 誰か!!」
外からけたたましい悲鳴のような声が聞こえて、俺達は同時に窓の方を見やった。この声は、いつも大人ぶっていたネストルさんの声だ。
でもどうしてこんな。誰か来てって、どういう事だ?
まさか、ネレウスさんに何かあったんじゃ……。
考えるが、彼が助けを求めている事に変わりは無い。
俺は思わず立ち上がろうとしたが、その腰をブラックが捕えた。
「おっ、おい!」
「焦らない焦らない。……ツカサ君、助けに行きたいんでしょ」
その言葉に、俺はすぐに頷く。
俺の肩から顎を外したブラックは、そうだろうよと言わんばかりに頷いた。
「だったら、僕達には用意が必要でしょ。僕達が持って行くもの、あるよね?」
あっ、そ、そうだ。落ち着け俺。
そのまま窓から飛び出してしまいそうだったが、そうはいかない。
ネストルさんの悲鳴からすると、父親であるネレウスさんの容体が急変したに違いない。そうなると、俺達がやるべき事は慌てて駆け付ける事じゃ無いんだ。
俺に必要なのは、あのバッグだ。
ネレウスさんの容体を救うかも知れない回復薬はバッグに入ったままで、ここには持って来ていない。一旦部屋に戻らないと。
それを確認した俺に、ブラックは「そうでしょ?」と言わんばかりに微笑み、俺を抱えたまま椅子から立ち上がった。
「一旦アッチに行って、それから取りに戻ったんじゃ遅くなるかも知れないからね、それに……嫌な予感もするし」
「えっ……」
何だよ嫌な予感って。これ以上嫌な事が起きるのはイヤだぞ。
思わず問い返そうとしたが、ブラックは俺を抱えたまま書庫から出て、一気に廊下を駆け、階段を跳んで難なく一階へと降りた。
「この方が早いから」とブラックは言うが、俺が抵抗する間もなく抱いたまま移動するのはやめて欲しい。ツッコミの余地がなくなる。
いや、しかし、ツッコミをする間も惜しい。
俺達はすぐさま部屋に戻りバッグと剣を取ると、そのまま外に出てネストルさんの所へと向かった。確か、あれは裏庭の方だ。
正面玄関から建物の横に回り込んで、裏庭へと走る。
すると――――また、悲鳴が聞こえた。
「お父様! お父様!!」
何だ。何が起こっているんだ。
まだ見えない。辿り着かない。あと少しなのに、状況が変わっていく。
もうすぐ家の壁を抜けて、裏庭に出る。だが、その前に、また声が聞こえた。
「なんで、どうしてこんな事……!」
これは、ネストルさんの声だ。
そう気付いたと同時、彼の声の背後に、誰かが苦しむような呻き声が混ざっているのを聞いた。何だ、誰の声だこれは。もしかしてネストルさんなのか。
だとしたら相当ヤバいぞ。早く助けないと。
そう焦り、ついに家の角を回って、裏庭へと辿り着いた。と。
「――――え……!?」
広い、裏庭。
鮮やかな緑の最中に色とりどりの花が咲き誇り、小道の横には白い石の東屋が点々と建っている。まるで、お城の庭のような綺麗な庭園だった。
その庭園の小道の中ほどで、誰かが蹲っている。
蹲った誰かを、小さな人影が抱え込むようにして守っていた。
けれど、何から守っていると言うのか。
その人影――――ネストルさんが見上げる方向に目をやって――――
俺達は、硬直した。
「あれ、は……」
「そんな……う……嘘だろ……!?」
ネストルさんが見上げる、少し離れた場所の空中。
そこには、黒いローブを靡かせ、顔の覆いの隙間から銀髪を風に揺らしている……
俺達が、かつて対峙した存在と、非常に似た“誰か”が、浮かんでいた。
「どうして! 何故お父様を苦しめるんですか!!」
叫ぶ、ネストルさん。
泣いているような声だったが、しかし黒いローブの何物かは首を振る。
その口の形は笑みに歪んでいて、何かを喋っているようだった。
「ツカサ君、とにかくアイツを捕まえよう!」
「ッ……! あ、ああ……!」
ブラックが先に動く。
持っていた剣を抜いて駆け出したのに続き、俺はやっと冷静さを取り戻して、木の曜気を手に込めるイメージを作りながら心を必死に鎮めた。
落ち着け、今はとにかく相手を拘束するんだ。そうして、ネストルさんから詳しい話を聞いて、それで、それで。
駄目だ、心が落ち着かない。心臓がバクバク言っている。
どうしてこんな事になった。いや、理由は解る。だけど今は呑み込めないんだ。
どうしよう。そう思って再びネストルさん達を見た、瞬間。
「ぐぁっ、ァ゛……アァア゛ア゛ア゛ア゛ァア゛――!!」
「――――!?」
蹲って震えていたネレウスさんが叫ぶ。
何が起こったのかと目を見張った、その刹那。
ネレウスさんの体が、息子を弾き飛ばす勢いで異常に膨れ上がった。
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