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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編
20.王様が内緒話をしてくる時はだいたいフラグ
しおりを挟む「うう……まだ首にキスマークついてる…………脇ヒリヒリする……」
翌朝、俺はシクシク泣きながら出立の用意をしていた。
……なんで泣いてるかって? 察してくれよ。痛いんだよ脇が。
脇ってめっちゃ繊細な部分だと聞いてはいたけど、まさかクロウに舐められまくった挙句にこんな事になるとは思わなかった。
虐められて結果的に脇にダメージって、俺良い事が何一つなくない?
ブラックもブラックで自分でクロウに許可を出したくせして、嫉妬して首筋やら肩やらにちゅうちゅう吸い付いて来るし……タコかよ。ちょうど髪も赤いし、お前の前世はエロダコか何かだったのかよって言う。ああもうムカツク。
つーか俺イヤだって言ったんですけど!!
おっさんども俺の意思無視し過ぎなんですけど!!
今度の今度は本気で怒った方が良いんじゃないかと思うが……どうしたらあのオッサンどもにお灸を据えられるのかが解らない。
怒ってもあの二人は「可愛いなあ」で済ませるし、かといってスネてもウザいくらいに構ってくるし……大人ってあんなに鬱陶しい存在だったかな……。
「はぁあ……なんとかしてあいつらに一泡吹かせる方法はないもんかな……」
荷物をまとめて、寝ているロクをいつも通りにバッグの安全地帯にそっと移し、俺は部屋を出た。考えがまとまらないが、今日と言う日はもう来てしまったのだから、出発しなければしょうがない。ブラック達への復しゅ……いやいや、仕返しは全てが終わってからにしよう。
改めて決心してから部屋を出て、俺はウィリー爺ちゃんが待っているエントランスへと移動する。ブラックとクロウはもう準備を終えていたらしく、俺が一番最後の登場だったようだ。本当にこういう事は素早くこなすんだからなあもう。
でもチェチェノさんとピクシーマシルムがお見送りに来てくれたので、良しとしよう。可愛い物は正義だ。
俺の胸に飛び込んできたピクシーマシルムを撫でて癒されていると、ウィリー爺ちゃんが見計らったように話し出した。
「うむ、三人とも揃ったようだな。では、これを渡そう」
そう言いながら渡してきたのは、筒状に丸められた一枚の紙。
開いてみると、それは妖精の国の地図だった。
「その地図の中央に位置するのが聖都バルバラで、中心から真っ直ぐ上に行くと、森と洞窟の絵が描いてあるだろう? そこが神泉郷だ。昨日も言ったが三日ほどの日数がかかる。まあ、この国にはモンスターはおらぬから心配はいらんが」
「なるほど……で、この地図を作るのに一日かかった理由はなんだい」
さらっと聞いちゃいけなさそうな事を聞くブラックに、ウィリー爺ちゃんは大仰に肩を竦めて苦笑した。
「その地図には、国からの持ち出しを防止するための術と、お主達が神泉郷へ行くまでに迷わないようにする術を施しておいた。この国には“方角”がないゆえ、人族には旅がしにくいらしいからのう。しかし、どちらも高度な術だから、一つ半日で一日必要だった。だから今日が出立と言うわけだ」
「持ち出し防止、ねえ」
面白くなさそうに目を細めて眉を上げるブラックだったが、それに関しては納得したのか何も言わなかった。まあ、普通はそうだよね。
国の地図を人族の世界に持ち出されたら征服されかねないし、俺達がそんな事をしないって解っていても、万が一を考えるのは王様の役目だ。
いくら心を読んだからって、初対面の相手をすぐ信用するのも危険だし、それに関しては仕方のない事だよな。ウィリー爺ちゃんは王様としてやらなきゃいけない自衛策をやっただけで、俺達への悪感情からって訳じゃないし。
俺達の理解を感じたのか、ウィリー爺ちゃんはどこかホッとした様子で満足げに長い白髭を扱いた。
「すまんのう。我々はここ数千年、天敵の居ない生活をしておったがゆえ、王族の一族以外は全員が戦う術を忘れてしまったのだ。まあ、時期が来れば思い出すやも知れぬが……無闇に争いの種を生みたくはないのでな」
「御心労お察しする。こう言ってはなんだが、王一人が龍をも殺す武人でも、数万の民が木偶であればその国は成り立たない。閉じた国である以上、過剰なほどの自衛をするのも致し方ないかと」
まともな事を言うクロウにちょっと面食らったが、うん、まあ、そうだ。
俺の言いたい事をなんかビシッとした言葉で言ってくれた。
……お、俺もこのくらいは心の中で考えてたからな!
ご印籠お察しするって意味わかんねーけど!
「……我自身、武人かどうかは解らぬがな……。息子一人満足に育てられぬ親が、立派な武人を名乗ることが許されればの話だが」
「息子って……アドニスですか」
聞くと、ウィリー爺ちゃんは少し表情を曇らせて頷いた。
「…………我が息子は、お主らにとっては厄介者かも知れぬ。……しかし、あやつがここまで他人を助けるのは、少なからずともお主達になんらかの情を感じているからであろう。……我が言えた義理ではないが、仲良くしてやってくれ」
人様の家の事情に無闇に踏み込む事は出来ないが、そう言われると頷かないワケにはいかない。ブラックとクロウは動かなかったが、俺は頷いておいた。
……よく解らない奴だけど、本気で悪い奴って訳じゃないしな。
「ツカサ、感謝するぞ」
「いえ、まあ……とりあえず、行ってきます。で、ヨアニスは……」
「案ずるな。箱のままでは持って行くのに難儀だろうと思って、車輪が軽い台車に載せ替えておいたぞ。これならばツカサでも楽に曳けるだろう」
「あ、あはは、ありがとうございます……」
俺でも簡単にってなんだ、俺でもって。
そりゃコイツらと比べれば俺は非力ですけども……いやいい、これから鍛えればいいんだ。そうだ、どうせなら台車を引いて鍛えよう!
「神泉郷のある森には森を好む妖精がいる。彼らは街の妖精より人族に友好的だから、色々と教えて貰うと良い」
「ありがとうございます」
「うむ、気を付けてな」
よくよく考えたら、王様が一人だけでにお見送りしてくれるなんて、なんだか変な感じがしたけど……王城の妖精達は姿を見せてくれないから仕方ないよな。
俺はピクシーマシルムとの別れを惜しんでぎゅっと抱きしめると、彼を離した。
うう、少しの間離れ離れになるけど、寂しがるんじゃないぞ。
今一度お見送りをしてくれた全員に挨拶をして、さあ外へ出ようかとした所――……ウィリー爺ちゃんに肩を叩かれた。
「なんですか?」
ブラックとクロウは先に行っちゃったし、早く追いつかなきゃいかんのだが。
もしかして何か言い忘れていた事が有ったのかなと見上げると、相手は少し心配そうな顔をして俺を見ていた。
「所でお主……大丈夫なのか?」
「へ?」
「……そうか……まだか」
「まだ? まだってなんすか」
一人で納得して貰っても困るのですが……。
出来れば説明して欲しかったけど、相手は俺に説明する気はないようで、一人で小難しげな顔をして悩みながらも俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「帰ったら話そう。……これは恐らくツカサには重要な話だ」
「は、はぁ」
「それと……そのバッグの中の蛇のモンスターの事だが」
「えっ、ロクショウの事、解ってらしたんですか」
ロクはここに来てから一度も目覚めていないのに、まさか気付かれていたとは。
まあでも、妖精の王様なんだし気付いててもおかしくないか……。
でも、ロクの事がどうしたんだろう。
「その蛇は、神泉郷の根源には連れて行かぬ方が良いかも知れぬ」
「え……ど、どうしてですか!?」
「その蛇……ダハは、好きで眠っておるのではない。体内の力を“蓄えぬために”眠っておるのだ。それゆえ、これほどまでに長い間目を覚まさぬのだろう。すべてはお前と一緒にいるがゆえにな」
蓄えないように眠っているって……どういうことだ。
俺と一緒に居るから長く眠るようになったって、どういう事なんだ。
ロクの体は何ともないって水の曜術師のお医者さんが言ってたけど、俺と一緒にいる内にやっぱり体に変化が起こってしまったんだろうか。
そういえば、俺が彩宮で色々やっていた間、ロクが起きたとかいう話なんて全然聞かなかったし……それに、今だって…………。
「あの……やっぱ、ロクは病気なんですか……俺のせいなんですか?」
だとしたら、連れ回すわけにはいかない。
心配になってウィリー爺ちゃんを見上げる俺に、相手は軽く首を振った。
「そうではない。このダハは、お前と一緒に居たいから眠っておるのだ」
「一緒にいたいって……どうしてそんな事がわかるんですか」
そう言うと、ウィリー爺ちゃんはチェチェノさんを見てから俺に振り返った。
「我もチェチェノも、このダハと同じものだからな」
「……おなじ……もの……?」
どういう事だ。意味が解らない。
「ツカサ君? 早く行こうよー」
ウィリー爺ちゃんの言っている事が理解出来なくて固まっている俺に、少し離れた場所からブラックが声をかけて来た。
思わずそちらの方を向くと、ウィリー爺ちゃんは軽く笑って俺の背中を押す。
「そうだな、それも帰って来たら話してやろう。……今は行くが良い」
「あの……ちなみにその話って、俺だけが聞くべき事ですか」
俺だけを呼び止めたと言う事は、そう言う事ではないのか。
戻ってくるブラック達に聞こえないように小さく問うと、相手は軽く頷いた。
「まあ、心が定まっていれば別段心配する事はあるまい」
なんだかよく解らないけど……今話せない話題なら仕方ない。
俺は改めてウィリー爺ちゃんとチェチェノさん達に挨拶をすると、ブラック達に合流して、アドニスが潜伏……って言い方おかしいな。滞在している街外れの小屋へと向かう事にした。
途中、街の妖精達にちょっかいを掛けられたりキラキラした目を向けられたりして焦りつつ、足早に人気のある場所を離れる。
地図によると妖精の国には他にもいくつか都市が有るらしいが、それらは離れており、首都扱いの聖都バルバラを離れてしまえば、もう周辺に妖精達の住処はないようだった。どうも街に固まって暮らしてるらしい。
まあ、ウィリー爺ちゃんの話では森にも妖精が住んでいるらしいので、実際は街から離れて暮らす妖精も沢山いるんだろうけど……とりあえず、もうあんなアイドル扱いにはならないだろう。うむ。
そんなこんなでひいこら言いながら、草原の途中にぽつんと立っている小屋へと歩を進める。アドニスはここで俺達が来るのを待っているのだ。
街外れの小屋はこの国の家としては珍しくログハウスになっており、古く大きな丸太が組まれている。人族の世界では見慣れた小屋で、ちょっとホッとするな。
戸を叩くと、ややあってアドニスがドアを開けた。
「やあ、お待ちしてました」
相変わらず銀の長髪に金目眼鏡でイケメン大盛り状態だなあもう。
憂鬱な気分になったが、押し殺して俺は朗らかに挨拶をする。
「長々待たせてごめん。王様が地図と、俺達が神泉郷に入る許可をくれたからもう大丈夫だ。もちろんアドニスも良いって言ってたから、一緒に行こうぜ」
そう伝えると、アドニスは少し驚いたような顔をして顎に手を当てた。
「私も……ですか…………まさか入れるとは思っていませんでしたがね」
「王様じきじきの許可だよ」
「……そうですか」
あ。少し嫌そうな顔した。
……やっぱアドニスはウィリー爺ちゃんの事あんまり好きじゃないのかな。
「支度をしますので、待っていて下さい。すぐに済みます」
そう言って、アドニスは部屋の奥へと入っていく。ドアの向こうの部屋は、古びた外見よりもずっと過ごしやすそうな内装になっていた。
……元々は誰かの別荘だったのかな?
二三分待っていると、アドニスはまたローブを被って出てきた。
「さ、行きましょう」
「ローブ被る必要ある?」
「一応私、この国では忌避されている存在ですので」
「……アンタ、ほんとに何やったの……」
「それは秘密です」
人差し指を立てて「しー」とかやっても可愛くねーから!
イケメンがやってもムカつくだけだから!!
「なんだぁ? お前……」
ほらーブラックもなんか格闘漫画のキャラみたいな威嚇の仕方するしー。もー。
そう言えば、ブラックとアドニスは「曜術師同士は仲が悪い」っていう定説以上に相性が最悪だったんだっけ……あ、でも、だったらクロウとはどうなんだろう。
早馬で移動してたし、クロウはアドニスとあまり喋らなかったから、相性がどうなのかはまだ解らないよな。もしかしたらこの旅で仲良く出来るかもしれない!
そしたら旅の途中の重苦しい雰囲気も軽減するよな!
と思って、クロウを振り返ってみると。
「…………」
クロウは、強烈な臭さを持ったオッサンの靴下を嗅いだ時の猫のような顔をして、思いっきり鼻の頭に皺を寄せて物凄い顔をしていた。
「…………く、クロウ……」
だめだこれ。クロウもアドニスみたいなタイプ嫌いなんだ。
あんな顔して思いっきり嫌がってるクロウは初めて見たよ……ええ……。
「なんかもういっそ俺はお前が可哀想になって来たよアドニス」
「あんな中年どもに好かれても悍ましいだけなので、私は一向に構いませんがね。というか、君はどうしてあんな社会不適合者の中年達とずっと一緒に旅が出来るんですかねえ」
普通なら耐え切れませんよ、と俺の首筋をじろじろ見ながら言うアドニスに、俺は慌てて首を隠しながら頭を高速でぶんぶん振った。
ち、違う違う。そういうんじゃないから。これエッチしたやつじゃないから!!
……とか言っても、もう俺がブラックと恋人なのはバレてるし、何も言い返せないんですけどね……ヘヘ…………。泣きたくなってきた……。
「ああ、たったの三日間なのに先が思いやられるなあ……」
「往復で約一週間ですよツカサ君。相変わらずうっかりしてますね」
うるさい、この几帳面なマッドサイエンティストめ!!
俺の心労を増大させるんじゃねー! ちくしょー!
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