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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編
16.言われなければ知らないままな事はよくある
しおりを挟む「ツカサ……ブラックの臭いがこびりついてる……」
「ちょっ、や、やだってにおい嗅ぐなってばクロウ!」
「んんんん……髪、首、肩、ずるい……ブラックの臭いが付くとツカサの美味しさが尽く下がる……っ」
「おいこら殺すぞクソ熊」
とりあえず夢の話はクロウも交えて後で話そうと思い、俺達は身支度を整え朝食を取ろうと食堂にやって来たのだが……部屋に入るなり俺はクロウに捕まり、首筋や髪やうなじをフンスフンス言われながらめっちゃ嗅がれているわけで……。
「ツカサ、昨日は何回交尾をしたんだ、こんなに臭いが残るなんて……」
「だああぁ頼むから嗅がないでぇええ……」
ほらもうお爺ちゃん二人物凄い顔してんじゃん、珍獣見てるみたいな顔してんじゃんかああああ!!
「っ、も……クロウ! 駄目だってば……っ」
「ブラックに協力したから、今日はオレもこのくらいは許されている」
「出来るからって人前でやるなぁ!!」
つーか俺の居ない所でまた変な取引してんじゃねえよ!!
ブラックも額に青筋立ててるくせに、余裕ぶって笑顔で腕組みやがって。
完全に調子に乗ってやがる。ちくしょう、勢いに任せてあんな事言ってやるんじゃなかった。返す返すも口惜しい……。
四面楚歌再びかよと絶望しつつも、俺はウィリー爺ちゃん達と朝食を済ませた。
今日こそは人となりとやらを見極めて頂かなければ、今度はクロウにもへろへろになるまで搾り取られてしまう。どうにかしてウィリー爺ちゃんを信用させる手はない物かと考えていると、意外にも相手が話を切り出した。
「さて、一日観察させて貰ったが……お主らの内情はなんとなく解った。この大人二人は、性格はともかくツカサへの忠誠心は絶対のようだし、ツカサ自身も悪事は働けそうにない性格だ。……オーデル皇国が皇帝崩御で荒れるのも困るゆえ、今回は力を貸そう」
食後の酒を嗜みつつさらっと言うお爺ちゃんに、俺は眉間に皺を寄せる。
力を貸そうって……そんな簡単でいいんスか。
つーか忠誠心ってなんですか忠誠心って。
「あの……なんか凄く誤解してる気がするんですけど良いんスか」
「良い良い。国益になる事だし、お主達はこの妖精の国を暴こうなどと言う不届き者ではないからのう。そこの中年どもも、お主にしか興味が無いようだし」
「うぅう……」
出来れば俺、女の子にそんな感じで好かれたかったんですけどねえ。
改めて言われると物凄い気分になるなあもう。
「で、皇帝陛下を復活させる方法だが……お主達には我が息子と一緒に、この妖精の国の南方にある【神泉郷】へと行って貰う」
「しんせんきょう?」
「神の降り立った場所でな、我々に力を与え続ける【大地の気】が湧き出続ける、不可思議な泉のある水晶洞窟のことだ。このリングロンドヤード・ヴァシリカは、その泉から流れ出る気によって全てが機能している。その泉の膨大な気を使えば、アドニスの氷縛術を掛けながらにして彼の体を完全に修復出来るはずだ」
そう言うと、どこかからやけにキリッとした格好いい声が聞こえてきた。
「陛下、お言葉ですが神泉郷へご子息を向かわせるのは危険です。心を入れ替えて帰ってきたとはいえ、彼の内心まではどうか解りませぬ」
これは……臣下の人の声かな?
相変わらず姿が見えないけど、やっぱりどこかに居るんだろうな。
だけどご子息我が息子って……まさかアドニス……。
「危険危険とは言うが、よく考えてみろ。今のアドニスは、あの禁忌の力を封じておるのだぞ? あの銀の髪がその証拠ではないか。それに、この者達の手助けまでしおった。……であれば、やりなおす機会を与える事も必要ではないか? 元々、我々はそういう存在だ。『己が悪戯を成すならば、他が悪戯を怒るなかれ』という古い教えは絶対であろう」
流れる水の如く話すウィリー爺ちゃんに、声が口ごもる。
「……それは……仰る通りでございますが……」
「…………我は、我が子に厳し過ぎた。……相容れぬ存在としても、相手の全てを知らぬ限りは頭ごなしに否定してはならぬ。仮にこの考え方で破滅が起こったとしても、それは最早避けられぬ事であろう」
「………………御意」
何だかよく解らないが……アドニスとこの王城の人達って、仲悪いのかな。
話の流れからしてどう考えてもアドニスってウィリー爺ちゃんの息子だよな……だったら、どうしてこんなに危険視されてるんだろう。
アドニスがあの黒に近い緑色の髪になったのと何か関係が有るのか?
あいつも「この城には入れない」って言ってたから、何かをやった自覚はあるんだろうけど……でもウィリー爺ちゃんの態度を考えると、凄く酷い事をしたようには見えないし……ううむ、一体何が有ったのか。
ヤジウマする気はないけど、同行者の事だし、やっぱ気になる。
聞くべきか聞かざるべきか悩んでいると、不意にクロウが手を上げた。
「陛下、先程から息子と言っているが、もしやアドニスは陛下のご子息なのか」
わーおストレートに訊いちゃうね! でも正直ありがたい。
クロウの言葉に、ウィリー爺ちゃんは頷いた。
「左様。アドニスは我の息子だ」
「しかしあまり似ていないような……」
「……ああ、耳のことか。そうだな、あやつの耳は尖ってはおらぬ。だがそれは、奴に人族の血が濃く出たせいであろう」
「人族ってことは……アドニスは人族の人との子供なんですか」
俺達の世界で言うハーフって事か。
俺の言葉に、爺ちゃんは軽く首を動かして肯定した。
「もうかなり前の事になるな。我は悪心に支配されたモンスターの大群から、このオーデルを守るために妖精軍を組織した。その後、凱旋を行った時に皇国側より歓待を受けてな。その時に、我は一人の女と出会ったのだ」
「それが……アドニスのお母さん」
「うむ。彼女の一族の名はパブロワと言ったか……今も有るかどうかは解らぬが、ゲルトと言う名前だけは覚えておるよ。我が一族の名に含まれる名前を持っておったが故にな。……結果的に我は彼女に惹かれ、婚姻を結んでこの国へ連れ帰った。そして生まれたのがアドニスだ」
「ゲルトさんはもう……いらっしゃらないんですよね」
そう言うと、少し懐かしそうに遠い目をして、ウィリー爺ちゃんは笑った。
「彼女も妖精に成る手段はあった。だが、彼女の中の誇り高い貴族の血が、人族の体を捨てる事を拒否したのだ。今となっては、あの愚か者の息子の為にも説得しておくべきだったと思うが……」
そうか。アドニスの偽名は全てお母さんから取った物だったのか。
アドニス・ゲルト・パブロワ……この国では自分の名前の後に父親の名前が入るらしいけど、アドニスはそれを入れる事は無かった。ジェドマロズの本名なんて誰も知らないのに、頑なに母親の方の名前だけを使ってたんだ。
だとすれば、アドニスって相当ウィリー爺ちゃんに思う所があるのでは……。
「その部分に何か確執が有るのか」
「まあ、そう言う事もあるが……今は関係なかろう。王族とて、公に出来ぬ話は有るのでな」
まあ確かに、それ以上はご家庭の事情って奴だよね。
でも、少しだけでもアドニスの事が理解出来て良かった。
嫌な所もある奴だけど、根っからの悪人って訳でもないし……なにより、曇り空を見ていたあの時のアドニスは……なんだか放っておけない感じがしたから。
俺にアイツをどうこう出来るって訳じゃないけど、でも相手の事を知って気遣う事が出来るのなら、少しは距離が縮まるかも知れないもんな。
「それで……その神泉郷にはどう行けばいいんですか? 何か注意する事があるなら、聞いておきたいんですが。手早く済ませたいのでね」
アドニスには毛ほども興味のないブラックが、さらっと話題を変える。
今日は上機嫌だからいいけど、機嫌が悪い時にこの話だったらめちゃくちゃ顔を顰めてたんだろうなあ、このオッサン……。
「おお、そうであったな。神泉郷への地図は今から用意させよう。この城から三日かかる場所にあるがゆえ、食料などが必要なら遠慮なく言うが良い。だが、地図に少し術式を施す必要が有るので一日時間をくれ。その間は、街を散策するが良い」
「それだけですか?」
「神泉郷は我が配下が守っておるので、入る際の注意はそちらに聞いた方が良い。ああそれと……チェチェノとその子供はこの城に置いて行け。あの場所は穏やかなモンスターには少々刺激が強すぎるゆえな」
「そう、ですか……」
チェチェノさん達とはいったんお別れか……寂しい。
でも危ない場所だったら連れていけないよな。索敵能力があるロクはともかく、ピクシーマシルムは物凄くか弱いモンスターだし仕方ない。
「この聖都バルバラには妖精の国のありとあらゆるものが揃えられている。どうせなら、この機会に探索して土産話の一つでも持って帰ると良い」
「土産物はないのか」
「売ってくれるかどうか、妖精はきまぐれでな。だが、土産を貰えるとすれば……それはきっと一生物の道具になるであろう」
一生モノのお土産。
……そうだな、せっかく妖精の国に来たんだし、どうせなら色々見て回るか。
妖精だけが作れる薬とか有るなら物凄く知りたいし、今後調合する時の参考にもなるよな。うむ、ただ待っているよりもそっちの方が良さそうだ!
何より城にずっと居ると、腰が痛いってのにまた餌食になりそうだし……。
「じゃあ、さっそく行ってきます。ブラックとクロウは、城で待っててもい……」
「行く」
「行くに決まっているだろう」
…………お前さん達、即答はどうかと思うな俺は。
まあ、一人で行くと困った事になっても対応できないしな。
悔しいけど、大人が居た方が助かるし、外に出ていれば変な事はしないだろう。
……と言う訳で、俺達は朝食を済ませるとさっそく街へと繰り出した。
人族の貨幣を受け付けて貰えるのかちょっと不安だったが、まあバッグには色々入っているし、最悪物々交換でも出来ればなんとかなるだろう。
そんな事を考えながら街への道を歩きつつ、俺はその途中で今朝見た夢での事を二人に話した。もちろん、ダークマター野郎の暴言は除外して。
最初は俺の話に目を点にしていた二人だったが、ダークなんちゃらの話が俺の事を詳細に語ったという時点から真面目な顔になり、俺とブラックの事に話が及ぶと、二人とも深刻そうに俯いてしまった。
俺はブラックがそんな事する訳無いと思っていたが、ブラックも自分の危うさは解っているのか、どうも不安が無いわけではないらしい。
だけど、現状ブラックがそんな事をするなんて事は有り得ない訳だし、第一あの声の話が「本当の言葉」だったとしても「真実」であるとは限らないよな。
確定的だと言われた事が覆る展開だってあるんだ。その予兆がない以上、今は気にしていても仕方ないだろう。だけど、なぜ俺達がそうなるのかを聞いておく必要はあるかもしれない。
今優先すべきことはヨアニスを助ける事だが、俺達にはクロウの父親探しと言う目的もある。だから、そればかりに気を取られている訳にはいかないが……どの道クロウの父親の足跡が消えたアランベール帝国まで行くにはプレイン共和国を通らなければならない訳だから、いずれは行く事も有るだろう。
とにかく、今は考えておくだけで保留すると言う結論で落ち着く事にした。
猶予が無いかも知れない事を考えるのも大事だが、今やるべき仕事が有るなら、そちらを優先すべきだしな。
街が見えてきたので、話を変えようかとブラックの顔を見上げると……何故か、ブラックはずっと不安げな顔のままで、じっと地面を見つめていた。
「ブラック?」
「あ……うん、なんでもないよ。さあ行こうか」
なんだか元気がない。
今日は朝からずっとニコニコしていたのに……どうかしたんだろうか。
心配になったけど、相手が隠す事を無理には聞けなかった。
→
※次はもってもてです(´∀`)
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