異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

34.誰もが誰かを想っている

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「……どうした、ソーニャ。食欲がないみたいだが……」

 朝食の折り、今日も今日とて完璧に「俺をソーニャさんだと思い込んでいる」と言う演技をこなしているヨアニスは、俺を見て心配そうに聞いて来る。
 恐らくこの場でヨアニスが演技をしていると知らないのは、くだんの人だけだろう。
 しかし長いテーブルを囲む俺以外の大人達は、よっぽど演技派なのかクスリとも笑わず、ただただ静かに食事を続けていた。

 ぐ……こ、これはこれで息がまる……。

 色々な沸点ふってんが低い俺には耐え切れん。しかし返事をしないわけには行かず、俺はへらっと笑ってヨアニスに大丈夫だと示した。

「大丈夫です。……ええと、それより、陛下の今日のご予定は……?」

 話を逸らすのに最適な事を聞くと、ヨアニスは少し視線を泳がせて考えるような素振そぶりを見せると、すぐに質問に答えた。

「うん……? そうだな、今日は特には何もなかったと思うが……パーヴェル卿、何か聞いているか」
「っ!」
「いえ、本日は休息日になっておりますので……。特にはございません」
「そうか……休息日だったか……」

 不意に件の人物に話を振った事に、何故か俺がドキッとして軽く飛び上がってしまうが、二人とも驚いた様子も無く平然と言葉をわしていた。

 ……ヨアニスは、俺達がボーレニカさんから聞いて推測した事を知らないし、パーヴェル卿もヨアニスが正気に戻っている事を知らない。
 が、それを両方とも知っている俺からすれば、この場はめちゃくちゃ危うい所にしか思えなくて、掌にじわじわと脂汗が浮いてくるような感じがした。

 テーブルの下でブラックが俺の足をさわさわしていなければ、俺は平常心をたもてなかっただろう……って何やってんだゴルァ!!

「なら、折角だから今日は遊戯室で久しぶりに勝負でもしようか、ソーニャ」
「えっ」

 唐突に俺の方を見て笑うヨアニスに、俺はフォークを口に入れたまま目を丸くする。ひ、久しぶりって俺遊戯室は覗いただけで何も……て、ああ、ソーニャさんがヨアニスと勝負した事が有るのか。ううんややこしい。

 ここ数日はブラックやロサード達が俺を「ツカサ」と呼んでくれるから、なんかまたソーニャさんの名前で呼ばれるのに慣れなくなってきてんだよなあ。ヨアニスだって、俺の事をもうツカサと呼んでくれている訳だし……。

 でも今はソーニャさんを押し通さねばならない。俺は軽く頷こうとした……が、隣でまた怒りのオーラを漏らしている暗黒騎士のせいで言葉がつかえる。
 ヨアニスもブラックのオーラに気付いたのか苦笑いで付け加えた。

「そ、そうだ、あとで気晴らしに美術館でも行こうか。もちろん護衛は付けよう。丁度ちょうど良い、ロサードの連れて来たその兵士を借りようか」
「あっ、は、はい。そりゃもちろんどーぞ……アハハ……」

 ヨアニスの言葉に乗って、ロサードもぎこちない笑みで笑う。
 そうしてやっとブラックの周囲から怒りのオーラが掻き消えた。……ああもう、ほんっと面倒臭いオッサンだなあコイツ。
 どうでもいいけど兜とれよなもう。兜を取らずに口の部分だけを開いて食べるって物凄い絵面だぞおい。いつもはアンタの方がマナーがどうこう言うクセに……。

「ロサード達はどうだ?」
「俺は当分この街で事務処理しなきゃいけないんで、別に構いませんが」
「私は少々込み入った用事が出来たので……申し訳ありません」
「そうか……ボリスラフとパーヴェル卿はどうだ」

 少ししょんぼりしながらボーレニカさん達に聞くヨアニスに、ボーレニカさんは一瞬パーヴェル卿を見ると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、私も少々用事が……しかし、終わり次第ご一緒させて頂きたく」
「私も、生憎あいにくと仕事が少し立て込んでおりまして」

 ああ、そうか。ボーレニカさんは朝食が終わった後に、パーヴェル卿と話し合うつもりなんだ。そして、彼を何としてでも自首させる気なのだろう。
 そんな一大事に俺達は遊んでいていいのかとも思うが……しかし、こればかりは俺達にはどうしようも出来ない。けれどまあ、恐らく話し合いはこの彩宮で行われるはずだし、何か有ったら俺達もすぐに駆けつけよう。

「仕方ないな……では、朝食が終わったら遊戯室に行こうか」

 ヨアニスの言葉を聞きながら、パーヴェル卿は無心でナイフを動かしていた。



   ◆



 遊戯っていうから、お貴族様らしくビリヤードか何かをするのかと思っていたのだが……蓋を開けてみれば何とびっくり、貴族のお遊びはトランプ一強だった。
 しかもこれ……。

「ババ抜き……?」
「あああっ、陛下やめてくださいよ俺に二枚も俺にババ持たせるとか!」
「はははは、運が悪いなロサード。やはりジョーカーとやらがついているトランプの方が面白いな。分かりやすいし絵柄も良い」

 目の前でロサードがババを引いて頭をわさわさかき乱している。
 ババ抜き一つでここまで熱中できるのも凄いと思うが、それより前にこの世界にもトランプが有った事にまず驚きだ。

 言語は違うし、絵柄もトランプと言うかタロットカードに近い。もちろん文字もこの世界の文字だけど、ジョーカーだけはムカつく笑みの道化師のままだ。
 まあダイヤハートクローバースペードの記号は一緒だけど、それが逆になんか妙な感じがする。何故かこの四つは名称も一緒だし。なんで英語?
 前にこの世界に来た異世界人が持ち込んだのかな?

「どうしたソ……いや、ここではもうツカサで良いか。どうしたツカサ」
「あ、いや、なんでも……俺の番? えーっと、どれどれ……あ、揃った。ほい、次はお前の番」

 ちゃっかり俺の隣に座っているフルフェイス兜の兵士にトランプの背を見せると、相手は少し悩んだ後にすっと一枚とって、札を捨てた。
 むむ、ブラックめ……さてはまた俺の心を読んで札を取ったな……って純粋に楽しんでる場合じゃない。今頃、ボーレニカさんはパーヴェル卿に辛い話をしているというのに、俺達はこんな事をしていていいんだろうか。

 いや、そりゃヨアニスには黙っていようって話にはなったけどさ、でもやっぱり気になっちゃって素直に楽しめないよ。 
 ブラックが「刺し違えてでも」なんて言っちゃったし、本当にそうなってないか心配だなあ……二人が解り合って感動的な抱擁をした後で自首! とかなら、誰も傷付かなくてそこそこいい結末になりそうなんだけど……。

「ほらほらツカサ君、元気出して」
「え? う、うん……」

 当然のように俺の隣に座っているブラックは、鎧フル装備でガシャガシャ言わせながら俺の肩を抱いて来る。ええい、手の内が見えるだろうがやめんか。
 兜で覆われた頭を両手で突っぱねるが、相手は満足げに息を吐きつつ肩を寄せて来る。本当にウザったいなあと思ってふっと周囲を見ると。

「旦那、今日は邪魔者が居ないから全開っすね」
「…………仲が、良さそうだね……」

 平然とそう言いながら手札をシャッフルするロサードと、なんだかめっちゃ落ち込んでいるヨアニスが……ってあああそうだった、ヨアニスはまだ色んな事を引き摺ってるんだったああああ。

「こらっ、ばか! ヨアニスの前で!!」

 お前なにさらしとんじゃいと札を手放して両手で拒否しようとするが、ブラックは俺の牽制けんせいなんて何のそので更に距離を詰めて来る。
 ああもう目の前に傷心の人間がいるってのにお前って奴はぁああ!

「ええと、君……ブラックと言ったかな」
「……そうですが、何でしょう?」

 これだけ皇帝をコケにしているわりには口調はへりくだっているブラックに、相手は怒る事も無くなんだか気弱そうな表情で笑うと、緩く瞬きをした。

「君は……どのくらい、ツカサが好きなんだい?」

 思っても見ないその問いに、ブラックは一瞬動きを止めたが……けれども、俺をまた強く引き寄せて自分にくっつけると、ふっと息を吐いた。

「それを聞いて、どうするんです? 自分の思いを長々と語っても、他人に伝わる情報なんてちっぽけなものでしょう」
「……そうだな。いや、すまなかった。……だが、羨ましいなと……思ってな」
「ヨアニス……」

 ああ、やっぱりヨアニスは寂しかったんだ。
 愛しい人を失って、俺にも突き離されて。……だけど、ヨアニスは一人じゃないはずだ。ヨアニスは、やっと正気に戻る事が出来たんだ。そして今は、ショックな事が有ってもちゃんと平静を保っている。ヨアニス自身気付いていないだろうけど……彼の心の弱さから来る病は、もうすっかり消え去っているのだ。

 だから、俺はもうソーニャさんの代わりから脱却しなければならない。
 本当に彼の事を思うのなら、永遠に戻ってこない存在から解放してやらなければならないのだ。……俺は代役だけど、でも……彼を愛していたソーニャさんなら、きっとそうするだろうから。

 いつまでも失ったものを嘆いていても、先には進めない。
 それよりも、今ヨアニスの周囲に居る、心配して支えてくれる人達や……彼女が残してくれた命に、目を向けさせなければ。

 ソーニャさんがお守りの指輪に刻むほどに願っていた事――アレクをヨアニスの息子として育て、慈しむ事――それを、叶える。
 きっとそれが代役として選ばれた俺の最後の役目だろうから。

「ヨアニス、お前は一人じゃないはずだよ」
「……ツカサ」

 ブラックの腕から逃れて、俺は座り直してからしっかりとヨアニスを見る。
 不思議そうに俺を見返すヨアニスに、俺は軽く息を吸って少し口角を上げた。

「自分が父親って事、忘れてたのか?」
「……あ……」
「それに、アンタには心底心配してくれる使用人の人達も、この国で生きてお前を信じてくれている大事な国民もいるだろう? ……アレクだって、最初はまあ……ギクシャクするかもしれないけど……。でもさ、あの子はきっとアンタを父親だと認めてくれるはずだ。ソーニャさんが残してくれた子供が、これからはずっと一緒に居てくれるんだよ、ヨアニス」
「ツカサ……」
「どんな事が有っても、これからどんなに辛い事が起こっても、アレクはきっとソーニャさんのようにヨアニスを支えてくれる。……だって、アレクは本当にいい子だし……それに……アレクは、アンタの子でもあるんだから」

 俺の言葉に、ヨアニスはハッとしたような顔をした。
 その表情が何を物語っているのかは俺には解らなかったけど、でも、俺がいなくなってもヨアニスは一人じゃないって事を教えたくて、俺は続けた。

「ソーニャさんは、アレクの指輪にヨアニスが父親だって刻んでいた。ヨアニスの事を決して悪く言わなかった。それは……アレクに、父親を好きでいてほしかったからだ。……今はまだ誤解されているかも知れないけど……ソーニャさんの気持ちはきっと、アレクの中に残ってる。だから……」
「……そう、か…………ソーニャは……大切な存在を、私に残してくれていたのだったな……。こんな、私に……」

 そう呟くと、ヨアニスは暫し黙っていたが……指で目頭を拭って、笑った。

「ありがとう、ツカサ……。私はもう、大丈夫だ」

 その笑顔には、一つの憂いも無い。
 しっかりとした意志を持って笑っている、確かな大人の笑顔だった。

 ああ、本当に……俺の役目は、もう終わったんだな。
 そう思うと少し寂しい気がしたが、だけど……何故かとても嬉しかった。

 そんな雰囲気に浸っていると、不意に扉がノックされて、ゆっくりと開く。
 誰かと思ったら、そこには初老の執事が手紙のような物を持って立っていた。

「ロサード様にお手紙が来ております」
「お、そうか。ありがとよ」

 執事から手紙を受け取ると、ロサードは彼が部屋を出る前から封蝋を切って早速手紙を取り出す。そうして数秒文面を確かめると……ぱっと明るい顔をして俺達に向き直った。

「おい、朗報だ! 今日の夕方辺りにはアレクセイ様が到着するってよ」
「えっ、ほんと!?」

 思わず立ち上がった俺に、ロサードはぴっと親指を立てて笑う。

「おうよ! この手紙は三日前のモンだが、けど世界協定の人間はきっちりしてっからな。ちゃんと先読みして夕方か夜辺りに到着するって書いてあんだよ。ホレ、見てみな」

 そう言われて手紙を受け取り、ブラックと一緒に文面を読んでみると……確かに綺麗な文字で今日の日付と共に「夕方、もしくは夜に到着します」と記されていた。うーん、やっぱ巨大な組織は色々しっかりしてんなあ。
 でも、今日か……なんだかいきなりだな。

 そう思ってヨアニスを見てみると……彼も驚いているようで、目を丸くしながら何故かうろうろと歩き回っていた。

「きょっ、きょう、今日なのか!? あ、あ、ど、どうしよう、私は初めて子供に会うんだ、ど、どうしたら良いと思うツカサ」
「落ち着いて、落ち着いて! とりあえず……迎えに行く、とかかな? それならアレクも悪い気はしないだろうし……ヨアニスも早く会いたいだろ?」
「あ、ああ、そうだな、そうだ……よし、こ、こちらからも会いに行こう……!」

 早速馬車を用意させる、と、いそいそと呼び鈴を鳴らすヨアニスに、俺は何だか微笑ましくて笑ってしまった。
 ……うん、ヨアニスはもう大丈夫そうだな。
 アレクが居てくれるなら、もしパーヴェル卿が犯人だったとしても……ヨアニスの事を支えてくれるだろう。彼らが再会できれば、俺の役目は終わる。

 ブラックもそれを感じていたのか、俺の肩をまた抱いて来るとぼそりと呟いた。

「はあ、やっとこれで何もかもが解決しそうだね」

 本当に迷惑そうな声を出すのが上手いなあお前は……。
 でもまあ、俺もちょっとそう思ってしまったので、否定も肯定もしないでおく。

 ここに拉致されて、ひょんな事からヨアニスに気に入られて、それから色々とあったけど……でも、ヨアニスの心は救う事が出来て本当に良かった。
 後は、ボーレニカさんがパーヴェル卿を説得できていればいいんだけど……と、思っていたまさにその時。

 ばん、と、強い音を立てて勢いよく扉が開いた。

「――――!?」

 その場の全員が、扉の方を見る。
 強く開かれた扉の向こう側には、まさに今俺が考えていた人物が立っていた。
 ただし……

 頭から血を流して、今にも気絶しそうなほどに息を切らせた……酷い姿で。

「ぼ、ボリスラフ!? どうしたんだその姿は!」

 驚くヨアニスに、ボーレニカさんは肩で息をしながら、顔に垂れてくる血を腕でぬぐい必死の形相で声を吐き出した。

「へ……いか……大変です、い、今すぐ……今すぐに、馬車を……!!」
「大変って、なにが……!」

 駆け寄る俺達に、ボーレニカさんは痛みに耐えきれなくなったのか膝をつく。
 そうして、俺達の誰もが予想していなかった言葉を、吐き出した。


「はやく……早くしなければ……アレクセイ様が、殺されてしまう!!」


 ――――その言葉は、最悪の事態が起こってしまった事を物語っていた。










 
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