異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

6.見えない力に突き動かされ1

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「……ツカサ君、その首筋からうなじにかけての鬱血痕はなんですか」

 今日も今日とて手術室のような謎の部屋で、俺は素っ裸にされて体を調べられている。その最中に声を掛けられて、俺は溜息を吐いた。
 毎度の事となればもう俺も抵抗する気など失せていて、アドニスのなすがままに体をぺたぺた触診されているが、その途中で嫌な所に注目されてしまうとは。

 俺は背後から感じる視線にうんざりしつつ、簡潔に答える。

「昨日言わなかったっけ? 抱き着かれて皇帝に吸われたんだよ。せっ……ヤッてないし、俺はいたって健康だから気にするな」
「そんな話しましたかね。……しかし、あの炎雷帝がこうも簡単に陥落するとは、思いもしませんでしたよ。本当に貴方は何者なんですかねえ」

 はい終わり、と背中を叩きながら呆れたように言うアドニスに、俺も何回目かの台詞を返す。

「だから俺は普通の人間だって」
「あんなに回復薬を作ってピンピンしてる人が言う事ですか」
「そんなの俺が知った事かよ。その真相を解き明かすために、アンタは俺をここに連れて来たんだろ? 凄腕の薬師なんだから、人に訊かずに確かめてみろよ」

 下着を穿きつつ辛辣しんらつな言葉をぶつけるが……相手はそれの何が嬉しいのか、またもやニタァと微笑んでずれている眼鏡を直す。

 ……数日一緒に居て分かった事だけど、アドニスって奴は嬉しい時ほど凄く変な笑みをしてしまうらしい。いつもはさすが美男子って感じの穏やかな微笑みを浮かべているくせに、いざ本性がバレると、喜んでいる時に限ってこんな変な笑みしかしなくなるのだ。

 俺は興奮が限界に達すると変な笑い方になる奴を一人知っているので、それほどキモいとは思わなかったが……しかし、これは問題だと思う。
 人を品定めするようなニタァ~って感じの笑い方って……これじゃあ本当にドS男みたいじゃないかこの人。最初は俺もドSなのではと青ざめたが、よくよく考えると他人にさほど興味もなく性欲も感じない相手なんだし、ドSって言うよりかは“無神経”ぽいんだよなあ。
 こんな笑顔ばっかりしてるとほんとに勘違いされるんじゃないのか。
 それでいいのか。でもドSと変人ならどっちがマシなんだろう。変人かな。

 まあ研究者って変人多いし、変人だからこそ俺の事を拉致しちゃおうなんていう頭のおかしい発想が出来たんだし、やっぱ何も言わない方がいいかなあ。
 ああなんか思い出したらムカついてきた。

「ツカサ君なんですかその顔は」
「誘拐犯に心底幻滅してる所ですけどなにか」
「おや、貴方の中にはまだ私を良い人物だと思う幻想があったのですか。意外ですねえ。てっきり一から十まで嫌われていると思ったのに」
「俺だってびっくりですよあははーっと」

 ちくしょうめ、やっぱりマッドサイエンティストなんか大嫌いだ。
 内心思いっきり舌を出しながらぶすくれる俺に、アドニスはニヤニヤ笑いながら、ポンと肩を叩いてきた。

「まあまあ、ねないで。交尾をしていないのなら、今回はもう裸にならなくても構いませんよ。貴方の体内の曜気の動きは把握したので」
「え……」
「ツカサ君が素直に裸になってくれたお蔭で、他の曜気に邪魔されずきちんと観察する事が出来たのですよ。身体測定は今後も続けますが、それ以外では全裸になる必要はないので安心して下さい」

 だから機嫌を直してと微笑むアドニスに、俺は目を丸くして聞いた。

「それ……ほんとか? どんな感じだったんだ?」

 この世界の人間の体内を巡る曜気……それがもし俺の中にも存在して巡っているとすれば、俺の力がどこから発生しているのか解るかも知れない。
 それをアドニスにも知られるのは危険な気もしたけど……この際、仕方がない。黒曜の使者の力の根源や性質が分かれば、俺はもっとこの力を使えるようになる。そうしたら、人の為に出来る事の幅が広がるのだ。
 ここは、聴いておいて損はない。
 真剣な顔でアドニスを見上げる俺に、相手は口を笑ませたまま告げた。

「結論からいいますと……理解不能です」
「……は?」
「こっちが『は?』と言いたいんですけどねえ。ま、歩きながら説明しましょう」

 言いながらスタスタと歩き出した相手に急いで付いて行く。
 この部屋からいつもの実験室までは、少し距離がある。今までいた部屋と木々が生えている実験室は用途が違うらしい。この屋敷は鍵がかかっている場所も有るので全ての場所を把握できている訳ではないが、でもわざと離れてるのは何か理由があるんだろうな。

「話、聴いてますか?」
「あ、す、すんません。もう一回お願いします」

 やべえ、余計な事を考えてて聞いてなかったよ。
 素直に謝ると、アドニスは溜息を吐きながらも再び説明してくれた。

「良いですか。最初に確認しますが……同属性の曜術が使える存在なら、相手が術を発動したり曜気を体内へと取り込む際に、その属性を象徴する光を見る事が出来る……と言うのは理解していますね?」
「は、はい」

 俺は全ての属性の曜気を見る事が出来るけど、普通はそうじゃ無いもんな。
 理解してますと頷くと、アドニスは続けた。

「私も木の曜術師ですから、貴方の曜気の流れを見るために色々とやってみましたが……不思議な事に、貴方の曜気は肘から先……調子が良くて肩らへんですかね。そこまでしか見る事が出来なかったんですよ」
「あの……普通はそんな事ないんですよね……?」
「そうですね。基本、曜気が想像によって活性化する時は、身体の中央から全体へ光が伝わるように見える。それは曜気を使った薬の調合でも同じです。でも、君の場合はそれが見えなかった。気配は感じるのに、体の中央の部分がどうしても私には見えなかったんです」

 ……なんでだろう?
 まさか黒曜の使者で色んな属性が使えるから、体の部分はブラックボックス化してるって事なんだろうか。それか四次元? 四次元ポケット的なアレか?
 じゃあ、俺がもし水の術を使ったとしてもそうなるんだろうか。
 でもどうせ見えないんだろうな……そうなると、どうしたら良いのやら……。

「なあ、俺、日の曜術師で水の術も使えるんだけど……それやっても同じかな」
「その可能性は高いと思いますが……裏付けと言うのはとても大事です。やってみましょうか。……しかし驚きですね、貴方が積極的になってくれるなんて」
「こうなったら毒を食らわば皿までだ。……俺も、自分の力の事を知りたいし……何より、アンタは変人だけど真面目だし、凄い術師だからな。……まあ、この国の緑化計画ってのは悪い事じゃないし……」

 この数日耳にタコが出来るほど聞かされていた大義名分。
 正直本当にこの人がその計画を進めたいのかどうかは疑問だけど……でも、この国に住む人達の為になる事なら、少しは協力しても良いかも知れない。
 ……まあ、拉致ってやり方は最悪だけど……紳士的に俺を扱ってくれる相手ではあるんだし、このまま協力すれば軟禁も解除してくれるかもしれない。

 だったらもう、素直に従って相手の信頼を勝ち取る方が早いよな。 
 考えてみれば相手はロサードと友達なんだし、もう少し懐柔してロサードと会う事が出来ればブラック達にも連絡が取れる。
 そうすりゃ一気に解決じゃないか。

 アドニスが俺をここに閉じ込めているのは、俺が逃げ出したり、ブラック達に「研究なんかさせるか」と拒否されたら困るからに他ならない。
 今までマッドサイエンティスト眼鏡だと思ってイライラしてたけど、そう考えればアドニスとの付き合い方も変えられるかも。

 全てを知られるのは困るけど、俺の力の根源が判らないのならやりようはある。
 それに、俺の力がこの国の気候を和らげる事に少しでも貢献できるのなら、黒曜の使者の本懐ってやつじゃないだろうか。

 うん、そうだな。この世界はそもそも俺の世界と常識が違って、ブラックみたいな変な奴が沢山いるんだし……上手く相手に乗らなきゃやってらんねーよな。
 現状脱出が難しいのなら、やり方を変えるまでだ。

「……協力、してくれるんですか」

 どこか驚いたようなアドニスに、俺は自分なりにキリッとした顔で頷く。

「俺を拉致った事は許してないけど、俺だって自分の能力は知りたいし……考えてみれば、人助けにもなる事なら協力したほうがいいしな」

 ここにきて俺がコロッと心を入れ替えたのが不思議だったのか、アドニスは目を丸くして俺を見下ろしている。
 まあ確かにびっくりするよな……俺は今までぶすくれた顔で協力してたんだし。
 でもまあ悪い事じゃないだろう。そう思ってアドニスを見返すと……

「貴方も、おかしな人ですね」

 アドニスは、今までに見た事も無いような人間臭い微苦笑を浮かべていた。

「…………アンタもそんな顔を出来るんだな」

 そう言うと、相手はすぐにいつもの微笑み顔に戻ってしまう。

「おや、そうですか? 私は自分では表情豊かだと思っていたのですが」
「笑顔の仮面張り付けた奴が何言ってんだか」
「ふふ……それ、ロサードにも言われましたねえ」

 あ、また笑顔がちょっと柔らかくなった。
 やっぱりロサードはアドニスにとって大切な友人なんだ。

 ……うーむ……皇帝の事も有るし、やっぱここで交渉しておいた方が良いよな。
 俺としてもそろそろブラック達の事が心配でたまらないし……とにかく、今は「逃げない」っていう意思を見せておかねば。

 決心して、俺はアドニスの袖を引いた。

「あのさ、アドニス。頼みがあるんだ」
「なんです? そろそろ別の洋服が欲しくなりましたか」
「いや、そうじゃなくて……。俺、研究には協力するからさ、その……ブラック達に一度会わせてほしいんだ。あいつらも心配してるだろうし……一回会って、安心させてやりたいんだよ。だから頼む」

 この雰囲気ならば、会わせて貰えるだろうか。
 そう、思ったが。

「それだけは、駄目です」

 相手の顔から笑みが消えたのを見て、俺は言葉を失ってしまった。
 そんな俺に向き直って、アドニスは目を細めて続ける。

「貴方は、あの男達のどちらかと恋仲なのでしょう? だったら、余計に許可できません。会えば何を吹き込まれるか解らないし……第一、貴方が協力するつもりでも、あの二人がそうとは限りませんからね」
「それは……」
「どうしても連絡が取りたいのなら、ロサードを寄越します。その時に『当分帰れないけど元気だ』と書いた手紙を渡せばいいでしょう。とにかく、許しませんよ」

 冷酷に言い放つと、アドニスは俺の手を取って実験室へと向かう。
 手首を握るその手に力が入っているのが分かって、俺は顔を歪めたが……ここで激昂してはいけないとぐっと堪えた。
 ブラック達にはやはり会えない。だけど、希望はある。怒るな俺。

「だ、だったらそうする。そうするから……ロサードをここに呼んでくれよ」

 アドニスは俺を返す気はないようだが、でも、ロサードなら。
 あの人なら、俺の意志を汲んでくれるかもしれない。
 そう思って必死で訴えると、アドニスは嫌そうな顔をしながら「明日来るように連絡を取りましょう」とだけ言ってくれた。

 ……よし、やっぱりコイツはそこまで人でなしじゃない。
 ちゃんと、俺に何をしたら俺が大人しくするかを考えている。だったら、こっちもそれを読んで行動してやるんだ。










※次はやっとやっとです(´;ω;`)
 
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