異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

3.闇を彷徨うはずだった

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 オーデル皇国当代皇帝、ヨアニス・リヒテル・シャガーロフ――彼は、この国の人々から『炎雷帝えんらいてい』と呼ばれ、恐れ敬われている。
 その名の由来は彼の功績と気性の激しさから来ていると言うのだが、馬車で彩宮さいぐうゼルグラムへと向かう途中に聞かされた逸話は、とんでもない物だった。

 パーヴェルきょういわく、彼は歴代皇帝の中でも最も優秀で有能であるらしいが、その有能さゆえか、不利益になる物は容赦なく切り捨てる冷酷な一面もある凄く恐ろしい人物らしい。晩餐会の時に、自分に従わなかった部下を毒殺した事もあるらしい。

 実力こそ絶対の国では、強者に従わぬ弱者は悪である……という風潮も有ってか声高に批判はされなかったものの、そういう話が後を絶たない事への恐怖も有って、その気性の激しさは炎、いや雷のごとしと恐れられたが故に“炎雷帝”――そう名付けられたのである。
 しかも、本人もそれを認めるもんだから始末が悪い。

「……まあ、それでも……皇后やお身内にはお優しい方でしたし、部下への温情も惜しみないので、この皇帝領の者達には慕われております」
「へえ……」

 日本で言う所の、昭和の頃の信長像みたいな感じなんだろうか。超絶強くて厳しい実力主義者だけど、有能な部下や身内には優しい……みたいな。
 でも、あの人って実はめちゃ優しいんだってな。「ビデオテープ」とか言うのに録画してあった信長のドラマを婆ちゃんに見せて貰った事があるけど、今の信長とかなり違ってて驚いたもんだよ。今じゃツンデレ女体化オンパレードで怖いと言うより萌えだもんな……。
 ……話がれたな。とにかく、皇帝は凄く怖い上司って事だ。

 そんな人でもやっぱ有能でカリスマがあるから、この国は平和なんだろうな。
 まあ色々と不満な点はあるけど、暴動が起きる程でもないわけだし。

「でも……どうしてそんな人が心の病とやらに?」

 炎雷帝と呼ばれるくらいの凄い傑物が、病んでしまう事などあるのだろうか。
 イマイチピンと来ず首を傾げる俺に、パーヴェル卿は微笑を困り顔に歪める。

「それが……実は、皇帝陛下は三年前に奥方をしまわれてね……」
「え……」

 相手の言葉に、俺は驚いて目を丸くする。
 奥方って……つまり、この国の皇后ってことだよな。

「その時から陛下のお心は病にむしばまれて……それで、黒髪の人間を捕えてあの彩宮へ連行し、自分の妻ではないかと確かめるようになってしまったんだ」
「そんな…………」
「皇后陛下は楽園へと旅立ちになられた……けれど皇帝陛下はその事実を受け入れ切れず、今も夢現になりながら苦しんでおられるのです。しかし、我々には陛下のお心を慰める術がない……それに、探せと言う命にそむくと、最悪の場合処刑されてしまいかねないのでね……。だから、君には酷な事だとは思うが、一度だけでいいから陛下と対面してくれないだろうか」
「…………」

 そんな事情を聞かされてしまうと、何も言えなくて俺は黙ってしまった。

 だって、そのヨアニス皇帝陛下ってのは、大好きだった奥さんをずっと探して、今も苦しんでいるんだよな。どこを探しても見つかる事のない、失われた存在を。
 人を無理矢理連れて来て首実検するのは悪い事だが、けれど心底愛した人を突然失ってしまった時の悲しみを考えると、言葉が出なかった。

 ……俺だったらどうなるだろう。
 もしブラックがいなくなったら、俺も狂うんだろうか。
 解らないけど、でも、絶対に苦しいことだけは間違いないだろう。

「ああ、到着したよ。さあ行こうか」

 馬車が停まり、着慣れない軍服のようなコートを着せられた俺は、肩を抱かれて外に追い出される。そんな俺の眼前には、視界を覆う程の巨大な建物が立ちはだかっていた。

「……これが……彩宮ゼルグラム」

 思わず息を呑んで、俺はその建物を見上げた。
 ――クーボルという玉葱型の屋根をした宮殿を中心として、左右に広がるのは金と鮮やかなアラベスク模様の線を引いた白亜の城。
 そんな白亜の城に、この世界の色を全て使ったのではないかと思うほどの鮮やかな装飾がほどこされている。

 灰色と白と銀のみの世界でこんな建物を見たら、誰だって彩宮だと言ってしまうだろう。しかし……こんなに目の覚めるような色の量なのに、下品な感じがしないのも凄いよな。これが皇帝のおわす所の実力か。

「陛下は寝所でお待ちです。さ、お早く」
「……しんじょ……?」

 なに。しんじょってなに?
 聞きたいけど、パーヴェルきょうは暗黒騎士みたいな鎧を着た門番さんに軽く会釈えしゃくをして、ずんずん先に歩いて行ってしまう。
 そのまま立ち止まっている訳にもいかないので付いて行くが、宮殿の中は本当に恐ろしいほど豪奢で目が潰れそうになった。ほんと見てるだけでクラクラする。
 そういえばリン教の教会もこんな感じだったなと思いながら、俺は宮殿の奥の扉を抜けてプライベート空間らしきエリアへと案内される。

 どうやらこの宮殿は、皇帝の住居と公務を行うための仕事場が一体になっているらしく、二つのエリアは巨大な両開きの扉に仕切られているようだった。
 普通の城ではあんまり見ない感じだな。

 しかし、プライベート空間って……なんか嫌な予感がする。
 そんな事を考えていると、突き当りにあるやけに豪華な扉の前でパーヴェル卿の足が止まった。

「……ここです。この部屋の中に陛下がいらっしゃいます」
「ひぇ……」
「いいですか、ツカサ君。終わるまで、決して喋らずに黙っていて下さい。それが早く終わる近道です。いいですね、喋ってはいけませんよ?」

 言いながら俺のコートを脱がし、パーヴェル卿は立ち姿を確認する。
 俺はあの古代ギリシャ風の服を着たままだが、相手はそれで良しと思ったのか、軽く頷いて俺の肩を叩いた。
 えっと、あの、これ不敬罪とかになりませんか。大丈夫ですか。

「あの、パーヴェルさん……俺、本当にこの服のままで大丈夫なんですか?」
「陛下にとっては服装は重要ではありませんからね……では、行きますよ」

 俺の質問に変な答えを返して、パーヴェル卿は扉をノックする。
 ややあって、中から「入れ」という低い声が聞こえた。

「…………」

 緊張しながら、俺は中に入る。
 どうやら陛下のとやらに入れるのは俺一人らしく、パーヴェル卿は扉の外に立ったまま動かなかった。
 その事に余計に不安を覚えたが、しかしここまでやって来たらもう覚悟を決めるしかない。深く息を吸って足を進めると、背後の扉が閉まった。それと同時に、奥から椅子を動かす音がして、俺は部屋の奥を目を細めて中止する。
 広く豪奢な部屋の奥……そこには薄いヴェールで隠された場所があり、背の高い影が椅子に座っているのが見えた。もしかして、あれがヨアニス皇帝陛下か?

 しかしどうして良いのか解らず、パーヴェル卿の言った通りに黙って立っていると、相手はゆっくりと立ち上がってこちらへやって来た。
 ……いよいよ皇帝陛下とのご対面か……。

 緊張する俺に近付いてきた相手は、皇帝と言う称号を持つには少し若いのではと思うような相手だった。

「……黒髪…………」

 呟く相手の声は低いが、ブラックのように渋く大人のように掠れた声ではない。
 歳は、恐らく二十代。稲穂色の短い髪と、武人としては申し分ないほどの勇ましい顔立ちは、皇帝と言うよりも物語に出てくるような姫を守る騎士のようだ。
 一言で言えば、誠実そうな雰囲気を纏っている好青年といった感じか。

 だけど……目が……なんか、変だ。
 綺麗なブルーグレイの目は、俺を見つめているようで見つめていない。
 まるで、何の感情も無いような……――

「…………来い」
「ぇ……」

 そう呟いたと同時、皇帝は俺の服を強く掴んだ。
 何事かと構えようとしたが、相手は俺を引き摺るようにして移動し、いきなり生暖かい場所へと俺を放り出す。
 空気が凄く濡れていて、熱い。どこなんだと周囲を見て、俺は瞠目した。

「……なっ……え……!?」

 ここって、風呂場……!?
 なんかすげえ豪華で猫足バスタブとかあるけど、いや、そんな所見ている場合じゃない。何をするのかと体を起こそうとした俺に、皇帝は何を思ったのか……髪を引っ掴んで、思いきり俺の顔を湯船へと突っ込んだ。

「がっ、ぐばっ……!?」

 くっ……苦しい、息が出来ない……っ!
 いや、落ちつけ、落ち着くんだ。慌てればその分だけ肺から空気が逃げる。
 こんなの何でもない、殴られるよりはマシだ。耐えろ、俺。

 バスタブの中のお湯に首まで沈められ、頭を痛い程にがしがしと手で掻き回される。息が続かなくなってきたと思ったと同時、俺は髪の毛を掴まれてお湯から引き出された。しかし、俺を成すがままにしている皇帝は、訳の分からない事をわめきながら再び俺の頭をお湯の中に突っ込んだ。
 そうして、何度も何度も引き上げて沈める行為を繰り返す。

「何故だ、何故だ、何故だ何故だ何故だ何故何故何故落ちない!! ソーニャお前はそれほど私を嫌うのか、それほど私から逃げるのかあぁああ!!」

 そー、にゃ……? 誰なんだ、それは。
 もしかして皇帝が探していると言う奥さんの名前なのか?
 だけど、落ちないってなんだ。何が落ちないと言っている。解らない。どれほど落ち着いてても、覚悟を決めていても、何度も何度も水面に顔を打ちつけられると、段々意識が霞んでくる。

 なすがままになって必死に耐えていたが、これ以上はもう無理かもしれない。
 殴打されるのとは別の苦痛に、身体の強張りが解けて行く。

 もうこれ以上は、苦しくて正気を保っていられない。最早全てがぼやけて来て、自分が呼吸を出来ているのかどうかすら解らない状態で、意識が途切れそうだった。もう、何かの煩い叫び声と、水音しか聞こえない。
 ああ……もう、駄目だ。

 そう思ったと同時。湯の中から顔を引き上げられて、俺はそのまま風呂場の床に引き倒された。固い床に体が勢いよく叩きつけられたが、今はその痛みにうめく気力すらない。ただ浅い息を繰り返す俺に、皇帝は狂気に染まった目を向けながら、またぶつぶつと呟いていた。

「な、ぜだ。なぜ、何故だ……それほど私を嫌っているのか……」

 嫌っているって、何の事だよ。そのソーニャって人と皇帝はどんな関係なんだ。視界も意識もぼんやりとしてままならない中で考えていると、皇帝はお湯でびしゃびしゃになった俺の服を掴み、乱暴に引き摺りながら風呂場を出る。
 俺はどうする事も出来ずに、ごつごつと体を地面にぶつけて力なくなすがままになっていた。やがて、部屋まで連れて来られると、俺は急に引き上げられてベッドの上に落とされる。

「っ、げほっ……がはっ……」

 のどに詰まっていた湯の残りをシーツの上に零してしまうが、皇帝はそんな事など構わずに俺に馬乗りになって、簡素な服に手を掛ける。
 そして、軽々と引き裂いた。

「ぅ……あ゛っ……」
「ソーニャ……何故だ、嫌いか、私が嫌いになったのか」

 ひっ……い、やだ……体を触られている……。
 胸なんてないのに、大きくて滑らかな手が何度も何度も平らな部分を擦る。
 だけど相手はそれだけじゃ満足出来なくなったのか、ふくらみなんてない俺の胸をもぎ取るかのように強く掴み揉みしだいてきた。

「あ゛っ、うあぁあ……! いだっ、ぃ、いたい……!」
「何故拒む、なぜだ、どうして、どうして……!!」

 酸素が脳に行き渡り段々意識がはっきりしてきて、俺は逃れようと無意識に身をよじる。しかしそれが感情を逆なでしたのか、皇帝は俺の肩を思いきり掴んで、首筋に噛みつくように口付けて来た。

「ひぁあぁっ!? やっ、やだ、やめろっ……!」
「ソーニャ……っ、ああ、ソーニャ……!」
「やだっ、や、吸うなっ、痕つけないでっ……!」

 必死に拒むが、けれど俺よりガタイの良い皇帝はビクともしない。
 それどころか俺の抵抗に余計に興奮したのか、相手は首から胸へと唇を移動させて、俺の乳首にちろりと舌を這わせる。

「あっ、やだっ、や……いやだ……!!」

 ブラックともクロウとも違う舌の動きに、思わず体が反応する。
 快楽ではなく緊張によって体が震えるが、相手はそれを勘違いしたのか荒い息を吐いて、音を立てながら俺の乳首を吸う。

「やだっ、や、も、やめてっ……!」
「ソーニャ……やはり体は私の事を覚えているようだな……安心したぞ……」

 嬉しそうにそう言いながら、目のわった皇帝は、上半身が剥き出しになった俺のボロボロの服に手を掛けて、勢いよくグッと下へ引いた。

「ひっ、だめっ、もう服破かないで……っ、や、あぁあっ……!」

 勢いよく布を裂く音がして、とうとう俺の服は下着一枚になってしまう。
 このままではきっと、皇帝に犯されてしまう。
 ブラックじゃない、名前しか知らない……この、目の前の、男に。
 恋人じゃない、好きじゃない奴に……――!

「――――~~~~ッ!!」

 そう思った瞬間。
 俺は――――相手の頬を、叩いてしまっていた。

「……っ」
「ぁ…………」

 ぱしん、と音が響いて、皇帝の顔が思いきり横を向く。
 それを見てようやく自分がした事に気付いた俺は、思わず青ざめた。
 ……や、やべえ……やっちゃった…………。

 襲われていた事への恐怖も忘れて、動きを止めた相手を目を瞬かせながらじっと見ていると、やがて相手は――

「ぅ……う…………」

 なんと、俺に横顔を向けたまま、ぽろぽろと涙を流し始めた。

「え、あ、あの……陛下……」

 思わず心配になって呼びかけると、相手は素直に俺の方を向き、心底悲しそうに顔を歪めながら涙を頬に伝わせる。
 その姿はまるで叱られた子供のようで、先程の怖い雰囲気は微塵も無い。ただ、何かが悲しいのか、シーツを見つめて肩を震わせている。
 ……その姿は、何故か……俺が知っている奴にとても似ていた。
 そう、俺がいつも一緒に居た――――誰かさんに。

「陛下…………」

 気付けば俺は襲われていた事も忘れて、相手の顔を覗き込んでしまっていた。
 そんな俺に、皇帝は悲しそうな顔を見せる。
 何も言わずただ泣きじゃくる相手がどうしようもなく可哀想で、俺は自分も顔を歪めながら、涙が伝う相手の頬にそっと手を添えた。

「ソーニャ……」
「……泣かないで下さい陛下。あの、叩いてしまってごめんなさい。痛かったですよね……」

 赤くなっている頬を撫でて、それから破れた服の布で優しく目元をぬぐう。
 皇帝はその感触に目を細めていたが、俺をじっと見つめると、叱られた犬のように目をうるませて首を振った。

「ソーニャ……ソーニャ……! ああ、ごめん、ごめんよ。私も悪かった……お前はこんな事は嫌いだったのを忘れていた、本当に、無理をさせて済まない……」
「え……」

 俺の事を見て、ソーニャって…………どういうことだ?
 混乱して思わず手が止まってしまったが、しかし皇帝はそんな俺に構わず、泣きながら微笑みかけてきて。

「帰って来てくれたのに、性急に求めて悪かった……」

 そう言って、俺を強く抱き締めて来た。

「へ、へいか……!?」
「今度こそ、お前を愛するよ。お前が嫌な事はしない、だからもう私を置いて行かないでくれ……捨てないでくれ……っ」

 ま、待って。待ってよ。ちょっと理解出来ないんだけど。
 俺さっき乱暴されて襲われかけて、ビンタしましたよね。完全にコレ処分されるパターンでしたよね! なのに、なんでソーニャって人に間違われてるの!?
 つーか俺とその人って絶対似てないよね、確信を持っていうけど絶対に俺ってソーニャって人には似てませんよねえ!

「陛下、あの、俺……」
「オレ……? ソーニャ、言葉遣いが変わったのだな……街に出ていたせいか? しかし、そんな粗野な口調も愛しいぞ、ソーニャ」
「え……えぇええ…………」

 なに、これ……。
 一体どうなってんの……!?











 
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