異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編

14.進めば進むほど厄介になるものなーんだ

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 俺の学校は共学で、古い伝統が残るそこそこ厳しい学校だった。

 今時ありえないくらいに古臭すぎる校則も結構あって、他校に行った友達が心底うらやましいと思っていたくらいの、お堅い学校なのである。
 ……ので、俺は家庭科で服を縫わされたり料理を作らされたりしていた。

 料理はガチで昔ながらの手順、裁縫さいほうもミシンじゃなくて手縫てぬいで。
 小学校までならナップザックだわぁいとかやってたんだが、まさか高校でまで裁縫さいほうや料理をやらされるなんて思っても見なかった。まあ余分にメシが食えたから家庭科は嫌いじゃ無かったが、それにしても今時いまどき針と糸でチマチマ布を縫わされるとは思っていなかったな。

 あの頃の俺は「ミシンでいいだろ……」とか「何故にミキサーやミルを使わずに、包丁で調理……?」なんて思っていたのだが。

「まさかこんな所で役に立つとはな……」

 ちまちまとレナータさんに教えて貰いながら縫っているのは、子供達の衣装だ。
 とは言っても、ワンピースのような形にした純白の服に、綺麗な模様のレースを縫い込むだけなんだが、これが結構面倒臭いし難しい。

「あ、そこはちょっと方向を変えて……そうそう、ツカサさん上手ですよ! 将来は立派なお嫁さんになれますねえ」
「やめて! そういうの止めて下さいレナータさん!」

 そう言えば婆ちゃんが「昔はお裁縫と家事が出来たら一人前のお嫁さんだった」とか言ってたなオイ!

「ウフフ、照れなくても平気ですよ。家庭に入る者としての心構えは、紳士淑女のたしなみですからね……フフフ、でもどちらの方なのかしら」

 そういえばこの世界は同性婚も普通だった……。
 となると、高校で家庭科を習いたての俺は、そう言う意味では一人前なのか……考えたくねえ……今まで俺は家庭科で習った程度の料理技術で生きて来たが、これが嫁入り前の作法だって言うんならかなぐり捨てたいほどだ。

 裁縫習った時に「これで貰ったプリントに載ってた【ちびくまマスコット】がこっそり作れるぞ!」とか喜んで一生懸命やるんじゃなかった。死にたい。

「それにしても……本当に子供達も参加させて頂いていいのでしょうか?」

 俺よりも華麗にレースを縫い付けて行くさすがの聖母レナータさんに対し、俺はちまちま堅実にレースを縫い付けて行く。
 さてこの子供服、なんの衣装かと言うと……それは勿論もちろん『妖精の過ぎ越し祭』で着るための衣装である。
 そう。俺は祭りをより盛り上げ、しかも子供達を楽しませるために、この教会の子達を引っ張り出そうとしていたのである。

 俺の大まかな作戦はこうだ。
 まず祝福の儀で俺達がハデにパフォーマンスをする。そんで、ギフトの儀の時に子供達と一緒にギフトを配って歩くのだ。勿論、ハデに。

 ……なんと中身の無い大ざっぱな作戦なんだと言わないで欲しい。
 色々考えてはいるんだけど、何せまだ準備段階で何も言えないのだ。
 でも最初から決めてる事はあるぞ。俺は、この教会の子供達や壁際の区域の人達にも、ちゃんとしたプレゼントをしたいと思っているのだ。もちろん自腹で。

 過ぎたほどこしは毒だけど、でも、クリスマスプレゼントにはそんな事は関係ない。
 頑張った子は、神様や妖精やサンタさんから一年に一度だけ好きなプレゼントを貰える。それが、皆が待ち望んでるクリスマスなんだ。
 なら、その日くらい良い事が在ったってバチは当たらないじゃないか。

 俺は、教会が独り立ちしてやっていけるように考えてるし、子供達も自立しようとしてる。それが成功して、この教会を立て直す事が出来れば、壁際の区域の人達全体に奉仕が行き渡るかも知れない。なら、このくらいの予想外のご褒美くらいはあってもいいと思うんだが……。

 なんにせよ、子供達がやろうとしている仕事のためにも、ギフトの儀には絶対に彼らを出したい。

 そんな事を考えながらせっせとレースを縫い付けていると、部屋の壁の向こう側から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
 アレはきっと、夕食を食べてギルベインさん達と歓談している声だろう。

 ここ数日は俺がご飯を食べさせているからか、彼らの顔色も良くなってきた。
 ついでに沸かしたお湯で体も拭いてあげたので、服以外はピッカピカだ。
 クロウは相変わらず子供達に揉まれているだろうが、ブラックはどうしただろう。そう思っていると、不意に部屋のドアをノックされた。

「はい、どうぞ」

 レナータさんが声をかけると、扉が開いてくだんのオッサンが現れた。
 ぶ、ブラック。またお前はタイミングよく……。

「ヒマだからここに居てもいい?」
「子供達と遊んで来ればいいじゃないか」
「僕子供苦手なんだってば。子供よりツカサ君のそばに居たいよ」
「う……うぅ……」
「まあまあよろしいじゃないですか。さ、ブラックさんツカサさんの隣に」

 レナータさん気を効かせすぎです、お気遣いの聖母は自重して下さい。

 しかしブラックは招かれた事で調子に乗ったのか、椅子をガタガタ言わせながら俺の隣に陣取って来やがった。くそう、やり辛いじゃないか……。
 至近距離でじいっと見られると、手元が狂う。だけど作業を遅れさせるわけには行かず、俺は視線を感じながらも無心で手を動かし続けた。

「ふふふっ。ツカサ君、ほんとそう言うの上手だよね」
「俺んトコでは裁縫は義務だったんだよ」
「その手さばきなら、僕の普通のシャツも作ってくれそうだなあ~」
「っつ……!!」

 しゃ、しゃつだと。しゃ、シャツってあれか。服屋で選んだ奴の事か!!
 思わず目を剥いてブラックの方を向くと、相手はニコニコと笑って首を傾げた。

 ち、ちくしょう、こいつ事有るごとに俺に服の事ばっかり聞いてきやがって。
 服屋での一件から上機嫌なのはいいけど、こんな事言うからたまらないよ。

 そりゃ、一々反応しちゃった俺も悪かったけど、でもだってその……お、俺だってブラックがワイシャツみたいな服とカーキ色のスラックス穿いただけで、顔の熱で死ぬとは思わなかったんだよ。まさかの予想外だったんだよ!!
 普通に俺の世界に居る親父ファッションじゃねーかアレ!
 なんで俺もアレで死ぬかなあもう!!

 いやだってアレ、だってホントにブラックがシブい外人俳優みたいで、な、何か急にファンタジーから引き離されたみたいで恥ずかしくなったっていうか、あの。
 と……とにかく! それの服は「世界協定ノーヴェポーチカ支部のシアンさん宛で送っておいて下さい!!」って言ったので、今ここにはない。
 これで安心だ。もう死なない。

 そうじゃなく……。話を戻そう。
 このような一連の過去があって、それでブラックは調子に乗り俺にこういう事を一々言ってくるようになってしまった。
 不満だ。俺は大いに不満だ。なのに。

「あら、ブラックさんツカサさんにシャツを縫って頂くんですか? 素敵ですね」
「先の話になりそうですけどね、ははは」

 ぐうううもう夫ですみたいなツラして笑いやがってこの中年~~~っ。
 レナータさんもブラックの事を少なからず「俺の大事な人」と認識しているのか、そういう話題をちょくちょく投げかけては笑ってくる。
 女の子ってそう言う話好きですよねぇ~~微笑むレナータさんは可愛いけど俺は微笑めないんで辛いで~す!

 はあ……これから一週間くらいは絶対この話題で弄られるんだろうな……。
 憂鬱ゆううつだけど仕方ない。今は準備に専念して耳を塞いでおかねば。

 俺は極力二人の会話を聴かないようにしつつ、子供達の服を作っていった。
 ……そう言えば、子供達の服はかなりのお古だったなあ。
 この衣装は無論この教会に置いて行くつもりだが、今はそこそこ金に余裕があるんだし、十人程度の人数なんだから服を買ってやれないかなあ。

 クリスマスプレゼントにしてそっと置いて行ったら、喜んでくれるだろうか。
 ああ、そうなると女の子達にはアクセサリーもあげたい。
 ミレーヌちゃん達にはまだ早いけど、年長組の三つ編み美少女アイシャちゃんには可愛い髪飾りをプレゼントしたい。彼女は洗濯物や家事も笑顔で手伝ってくれる、本当にいい子だもんな……子供達のお姉さん役として大変そうだし、なんとか労をねぎらってやりたい。

 服なら御下がりとして下の子達も使えるから、無駄にはならんよな。着れなくなったらタオルとかにすればいいんだし。
 畑の拡大とか子供達の仕事の為のお勉強も大事だが、彼らが胸を張って街に出られる服を用意するのも必要な事かも知れない。
 うむ、その辺も明日ギルベインさんとレナータさんに相談してみよう。

 そんな事を考えながら一着作り終えて、次の服に手を伸ばそうとすると……
 ふと、ドアが小さく開いているのが見えた。

 そこから、じっと俺を見つめている目がある。
 お化けじゃない。あれは……。

「えーと……カイン?」

 そう呼ぶと、ドアが開いて少し遠慮がちに藍色の髪の少年が入って来た。

「あら、どうしたのですか? 子供達に何か問題でも……?」

 ブラックと盛り上がっていたレナータさんもカインに気付き、手を止め近寄ろうとする。だけどカインは首を振り、それから俺の方へと歩いてきた。

「あの……俺も手伝います」
「え……でも、カイン達は朝から色々と手伝ってくれてるし、勉強もしてるだろ? これ以上働かせちゃ悪いよ」

 子供達と休んでていいんだよ、と言うと、カインは首を振って俺をじっと見た。
 その綺麗な藍色の瞳は、強い意志に輝いている。彼も子供達のリーダーとして、譲れない矜持きょうじと言う物があるのだろう。
 良いお兄ちゃんだな……というか、良い男だなあ……カイン君。
 顔立ちは将来イケメン間違いなしの可愛さだし、有望株すぎる。そのイケメン度お兄ちゃんに少しで良いんで分けて下さい。

「ツカサさん?」
「あ、ごめんごめん。そうだな……じゃあ……」

 レナータさんの方に何か手伝えることは無いかなと彼女に顔を向けると、相手はクスリと笑って俺に言葉を返して来た。

「ツカサさん、残ったレースが垂れてズレないように、持っていて貰ったらどうかしら。私の方は何とか一人で出来ますので、大丈夫ですよ」

 む、確かにそうだな。レナータさんは修道女だけあって、流石のお裁縫技術だ。
 スキルレベルは恐らく俺より何倍も上だろう。だったら、俺が手伝って貰う方が作業効率も上がっていいよな。

「じゃあ、俺の方を手伝ってくれるかな、カイン」

 そう言うと、なんだか居心地悪そうにしていたカインはパァッと顔を輝かせると、小さな椅子を持って来て俺の隣にすぐに座った。

「頑張ります、ツカサさん」
「うん。よろしくな」

 おお、このあどけない笑顔……何か慕われている気がする!
 俺、実を言うと弟欲しかったんだよなあ。カインはしっかりした子だから、あんまりこういう子供っぽい笑顔は見せてくれないけど……実際に間近で見せて貰えると何だか嬉しい。俺の事兄貴とか思ってくれてたら良いなあ。

 布を縫いながら、上機嫌でカインをチラチラ見ていると……俺の肩をトントンと叩く感触がした。ブラックかな? 考えていると俺をいさめるような声が聞こえた。

「ツカサ君、あんまり子供に夜更かしさせちゃだめだから……ほどほどにね」
「!?」

 ど、どうしたお前、子供嫌いなのになんてまともな発言を!!
 まさかレナータさんの聖女属性に浄化されたのかと咄嗟に振り向くと――――
 そこには、思いっきり不機嫌になったブラックの顔が。

「…………」
「夜更かし、子供には悪いんだよね?」
「あ、ああ。ソウダネ……。じゃあ、鐘がなったら終わりにするよ……」

 ……そっかー……アレかー、また嫉妬かぁ……。
 いや、さすがに子供相手に嫉妬って酷くないかブラックさん。

 相手は可愛くて純粋な少年ですよ。俺を手伝ってくれてるだけなんですよ。
 でもこのオッサンがそんな事で納得する訳ないか……納得してたら、あんな事やこんな事なんてしてこないもんね……はは……。

「そう言う事だから、子供は早く寝ようね」

 牽制けんせいするようにそう言ってニッコリと笑う意地の悪いオッサンに、俺はでっかい溜息を吐いた。
 まったくもう、大人げないんだから……。













 
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