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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編
6.牧師様は感動屋
しおりを挟む結局デートらしい事は何もせず、食材だけ見繕って俺達は教会に帰って来た。
ブラックは不満タラタラだったが、またデートをする事自体は否定しなかった俺の言葉を良いように取ったのか、それほど文句を言う事はしなかった。
……俺だってまあ、ブラックと色々話をしながら歩くのは楽しいし……。
こんな事を言ったら調子に乗るから秘密だけど、こ、恋人なんだし、普段からずっと一緒に居る仲だが、そう言う触れ合いは大事だとは思うしな。うん。
自分から手を繋ぐのにはちょっとだけ慣れたけど、それ以上はやっぱ難しい。
だからまあ、デートくらいは……。
しかし、普段から男が廃る男が廃るって言うんなら、俺からブラックをデートに誘ったり、恋人として喜ばせてやるべきなんだろうけどなあ。
あと、何かをプレゼントしたりとか。……色々終わったら探してみるかなあ。
そんな事を考えながら教会のドアを開けると、礼拝堂には見知らぬ人が居て、教壇に立ちなにやら本を捲っているのが目に入った。
頭の上はぴっかりとしているが、モコモコした白い長髪とヒゲを蓄えた、穏やかな顔立ちの老人。黒い服を着ていると言う事は……もしかして牧師様かな?
俺がそう見当をつけた所で、お爺さんはこちらに気付いたのか顔を上げた。
「ああ、お帰りなさい。貴方がたがツカサさんとブラックさんですね」
「あの……貴方はもしかして、この教会の牧師様ですか」
俺がそう言うと、相手は穏やかに笑って頷く。
「ええ。牧師のギルベイン・アントーシャと申します」
彼……ナトラ教の牧師であるギルベインさんは、レナータさんと共に壁際の区域の人達に奉仕活動をしているとレナータさんは言っていた。
もちろん方々を回って「寄付」を募ったり、時には数少ない信徒に教義を教えるために外に出たりするので、教会にいる時間は少ないらしい。今日帰って来たのだって三日ぶりだと言うのだから、流石に心配になる。
レナータさんがアレなんだから、牧師様だって相当ヤバいんだよな。
ゆったりとした牧師服の中の老体を想像すると、思わず涙が出そうになる。
だって、お爺ちゃんが老体にムチ打って質素な食事してんだよ……やだよ……。もし俺の婆ちゃんがこんな事になってたら、俺「もうやめてよぉ!」って号泣するよマジで。お年寄りは健やかでいてほしいよ。
だけどギルベインさんは、そんな苦しさなんて微塵も見せない笑みで俺達を迎えてくれる。彼が俺達に一番最初に伝えたのは、やっぱり子供達の食事を作った事への感謝の言葉だった。
「この度は子供達にお慈悲を下さり、本当にありがとうございます。……恥ずかしながら私どもの力では、子供達に楽な暮らしも美味しい食事も与えてやれず、難儀しておりましたもので……」
「いえ、俺達もそれほど凄い物は作ってませんし……あ、スープの作り方は書いて置いたんで、作れる時は作ってあげて下さい。ブイヨンは他の料理にも使えるし、作り方を覚えておけば応用できると思います」
「ああ……その博愛の施しに、神の信徒として感謝いたします」
や、やめてください。十字みたいなの切るのやめて下さい。
俺特別な事何もしてないんだってば。料理だって打算的に作った物だし。
本当なら、もっと美味しくて高級な料理は作れたよ。
俺のバッグやスクナビナッツにはまだ色んな食材が入っていたんだし。
だけど、それを豪華に振る舞って、その後どうする?
ご馳走をすればする分だけ、日常の食事が「味気ない」と思うようになる。
一度幸福を知った人間は、それを再び求めてしまう。そしてその幸福に手が届かないと思い知れば知るほど、渇望は酷くなっていく。
そんな苦しみを子供に味わわせる事になるのは心苦しいじゃないか。
希望が持てない現状で、日々の生活がどれほど苦しい物かを再認識させるなんて、惨い以外に言いようがない。
だから、俺は今の状態でも作れるスープを作ったんだ。
さっきも思った事だけど、恒久的な支援が出来ないのなら、夢を見せるような施しをするのは彼らの為にならない。ご馳走なんてそれこそ毒だ。
彼らの為を思うなら、まず日常から幸せを感じられるようにしなければ。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、ギルベインさんは鋭い事を言う。
「施しと言うものは、相手を思えばこそ厳しい物になるという事も有ります。貴方は正しい事をなさった。私は、それが例えようもなく有り難いと思えるのです」
「……正しい……ですかね」
「重要なのは『ただ与える』という考えでは無いと言う事。ツカサさんは子供達の事を深く考えて下さった。それは正しい事だと私は思います」
「そ、そう……ですか……」
照れくさくなって頬を掻くと、ブラックが何だか嬉しそうに肩を抱いてきた。
良く解らないけど、機嫌がいいみたいだ。なんでだろ。
自分が褒められてるようで嬉しかったのかな。
「ところで……レナータから聞きましたが、食事だけではなく、他にも何か支援をして下さるとの事で……旅程に差し支えはしないでしょうか」
「ああ、いや、それは大丈夫です」
もう腹は決めたんで、いつもライクネスに送ってる手紙のついでに、シアンさんに「色々あって一週間くらい遅れるかも」って手紙は出しておいた。
速達で出したから、もし急ぎの用事があるならラフターシュカまで使いか手紙を寄越してくれるだろう。
それより今は子供達の事だ。
さっきギルベインさんは「寄付を募るために方々歩いてる」って言ってたよな。じゃあ、この街の人達の暮らしとか詳しいんじゃなかろうか。
だったら聞いてみる他ない。
「ギルベインさん、あの……お聞きしたい事が色々あるんですが」
「私で良ければ、なんなりと……ああ、昼食を作りながらに致しましょうか」
「そうですね。ブラック、手伝って」
「わかった」
と言う訳で、台所で子供達の昼食を作りながら、俺はギルベインさんから色々と話を聞いた。
もちろん街の様子がメインだったけど、その他には子供達の事とか教会の苦労話とか世間話っぽい事や……とにかく、聴けることは聴けるだけ、な!
ギルベインさんはこの廃れかけたナトラ教の牧師だけど、この街に古くから住む人達には一目置かれている存在らしく、その聡明と知識の深さはリン教の司祭も時に頼りに来る事があるほどなのだという。
そんな人物だからか、国からの援助資金がスズメの涙ほどでも、ギルベインさん個人への寄付によってなんとかこの教会は食い繋げている。
ちなみに彼は二級の木の曜術師らしい。
初めて知った事だが、聖水も木の曜術師でないと調合が出来ないんだって。
「聖水などを調合する宗教では、基本的に牧師や神父が木の曜術師ですね。ただ、ナトラ教では正確な薬の調合のために二級を求められます。そして大抵は修道女や遣いのものの中に必ず一人は水の曜術師を含める事が決められているのです」
「それは……どうしてですか?」
「簡単に言えば医者の真似事をするためですね。……とは言え、私どもは民間治療程度の事しか認められておりませんので、水の曜術師の等級に関しては定められておりませんが」
そう言えば、この世界は水の曜術師じゃないと医者になれないんだったな。
医療に関する技術の殆どが水の曜術由来になってるから、医術を学ぼうとしても水属性じゃないとムリなんだっけ。今更だけど凄い世界観だよな……。
俺が医者とかだったら良かったんだけど、俺はヨモギの葉っぱを揉んで貼る的な民間療法しか知らんので、世界を改革! な内政チートも無理なんだよなこれが。
ふーむ、それで台所に薬草だの香草だのが沢山あったのか……。
……いや、まてよ。
こういう類の材料だけは、総本山から絶え間なく送られてくるんだよな。
だったら、俺が薬を一気に調合して売り、当座をしのぐってのも良いな。
食材を栽培するって言ってもタネなんかが必要だし、使える物は何でも使おう。
子供達に昼食を配膳し終えた俺は、ギルベインさんとレナータさんに今日考えた案を相談するために、彼女達と牧師の執務室に籠った。
もちろん、子供から逃げてきたブラックとクロウも一緒に。
……どうやら子供達のパワーにオッサンは付いていけなかったようだ。
まあそれはともかく。
反対されるか難色を示されるか、何にせよ意見を聞きたいと思って、俺の考えを説明したのだが――――彼らの反応は、俺が思っても見ない所に集中した。
「つ、ツカサさん……日の曜術師だったのですか!?」
「しかも二級とは……っ。ああ、なんたる神のお導きか!」
「え……そ、そこっスか……?」
あれー。
俺的には「その見通しは甘い」とか「神に仕える身として子供を働かせるのは」と言うような大人な意見が来ると思ってたんだが……。
「何故喜ぶ?」
クロウが不思議そうに首を傾げるのに、レナータさんは笑顔で答える。
「はい、それはですね、実はウチの牧師様は薬作りが物凄くヘタ……」
「あっいっ、いや、作れない訳ではないのですっ! で、ですがあの、その……私、非常に不器用でして……聖水以外の物を作れないのです……」
しょぼんと肩を落とすお爺ちゃんに、レナータさんは困ったように腕を組む。
「実を言いますと……我がナトラ教会は、木の曜術師を牧師様として据える事で、回復薬などの調合を行い、それを国の許可の下に格安で提供するなどして諸費用を賄っている所もあったのですが……その……このような他の宗教が強い所ですと、最低限の能力しかない牧師様が派遣される事も有りまして……」
要するに「あそこは信者が少ないし、他の宗教のでっかい教会があるからこっちは頑張らなくていいだろ」的な人事によって、ギルベインさんはこのラフターシュカに赴任させられてしまったと言う事なのか。
困惑してギルベインさんの方を向くと、彼は毛の無い頭頂部を撫でながら、ほとほと困ったようにがっくりと項垂れた。
「お恥ずかしい限りです……」
「い、いえ、でもギルベインさんはその分、街の人に慕われてるじゃないですか! ほらあの、今からでも練習すればいいんだし……俺と一緒に頑張りましょう!」
薬作りがヘタなのだって、何か原因があるのかも知れない。
俺としても他の木の曜術師の人がどんな風に薬を作っているのかを知りたいし、ここはひと肌脱ぐっきゃないでしょう!
負けないで、と両腕で軽くガッツポーズを取る俺に、ギルベインさんは感極まったのか両手を組んでふるふると震えだした。
「おお……ありがたい……まっこと貴方はナトラ様の御使いじゃ……」
お爺ちゃん泣かないで! 鼻水! 鼻水でてるから!!
どんだけ感動してるのやめて下さい! これだから信心深い人はもう!!
しかし、同じく神に仕えているはずのレナータさんは、ギルベインさんに倣って神に感謝するでもなく、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていて。
「牧師様、水は大切にしましょうね~」
そう言いながら、咽び泣くギルベインさんの鼻水を拭きとっていた。
彼女の態度を見ていると、どうもこれは日常茶飯事らしい。ああ、もしや感動屋さんなんですね、ギルベインさん……これ多分しょっちゅう泣いてんだな。
そらレナータさんも慣れるわ……。
立場が逆転したような二人を何とも言えない心地で見ていたら、不意に背後で突っ立っていたブラックが肩を叩いてきた。
「どうした?」
質問でもあるのかとブラックとクロウを見上げると、二人は俺を見返して、軽く首を傾げた。
「それでツカサ君、僕達は何をすればいいの?」
「オレにも役目をくれ、ツカサ」
実行するとなっては仕方ないと思って諦めてくれたのか、ブラックとクロウは俺に積極的に協力する気になってくれたらしい。いやーやっぱり持つ者は仲間だね!
嬉しい事を言ってくれるなあと笑顔で向き直ると、二人は――――
「もちろん……巻き込んだ分のお礼は、してくれるよねえ?」
「褒美の一つくらいは、当然だな」
俺をじいっと見つめて、これ以上ないくらいにゲスな笑みでニヤリと笑った。
「………………」
ソウダネ……こいつらが普通に協力してくれるわけないヨネ……。
でも今回は完全に俺のワガママだし、本当は急ぐ旅だったんだし……。
物凄く、物凄く嫌な予感がするが、仕方ない。
実際迷惑をかけているんだし、二人が俺に付き合う義理なんてないのだ。それを考えれば、男として、いや人としてけじめを付けねばならないだろう。
「……わ、分かった……。でも、変な事は嫌だからな……」
そう言うと、オッサン二人は“形容するのは勘弁してくれ”というレベルの笑みを浮かべたのだが……今回ばかりは、俺には何も言えなかった。
ああ……俺ってば、何で毎度毎度こうなるんだろう……。
美少女と恋愛するフラグは全然立たなかったのに、こういうフラグだけ立ちまくりって、どう考えてもおかしいよなあ……うぅ……。
→
※次は久しぶりの調合&チート能力無双です( ^)o(^ )ワーイ!
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