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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編
4.小さな祈りの家にて1
しおりを挟む台所に案内されがてら、幽霊のようなげっそりシスター……レナータさんが説明してくれた事には、このナトラ教・ラフターシュカ教会は国教であるリン教の教会と同じく古くから街に存在する教会で、ナトラ教の教義である博愛と献身を教える尊い場所なのだと言う。
ならば何故こんな有様なのだと聞くと、それはリン教のせいだった。
でも、「せい」とは言っても、別にリン教が悪い訳ではない。
建国当時は様々な宗教が存在したこのオーデル皇国は、教会が並び立ち、それぞれが信徒に尽くしていた。しかし、宗教が細分化すればその分争いが起こる訳で。信徒の勧誘はやがて人の奪い合いに発展し、対立した信徒も暴徒化、内戦一歩手前まで行った時代も有ったらしい。
それを憂えた当時の皇帝は、己の掲げるの思想と一番近かったリン教を国教として奨励し、特に手厚く保護したのだ。
その結果、他の宗教の信徒は国教に流れてしまい、ナトラ教以外の教会は殆どがこの国を去ってしまった。
リン教が裏で工作したんじゃないのかとか言うのは置いといて、そんな訳でこの国の教会は国教以外ここまで廃れ果ててしまったと言う事らしい。
「でも、なんでここの教会は残ってるんですか?」
ふらふらのレナータさんを見かねた俺達が、台所に置かれた古びた木製の椅子に座らせると、彼女はこけた頬ながらも慈愛のある笑みで笑った。
「な、ナトラ教は……博愛が……教義ですので……わゎわたくしは、こ、この街のまず貧しい方々の……お、お世話をと……だだ代々牧師様とこの街で施しをを」
「施しって、自分がフラフラになってちゃ意味ないでしょ。その姿を相手に見せつけながら奉仕するのって、相手を傷つけるし凄く滑稽なんだけどそれ解ってる?」
「持たざる者が持たざる者に施しても貧しさが交代するだけだぞ」
「うぐぅう……お、おっしゃるとおりですぅう……」
レナータさんはオッサン二人の辛辣な評価にがっくり項垂れる。
ああ、しなくても良いツッコミとか本当この中年どもは……。でもフラフラするのは良くないぞ本当に。女の子がガリガリとか俺的には許せん。ふくよかとは言わないが、やっぱ女性は適度に肉付きが良くなきゃな。
モデルの美女とか触れたら折れそで怖いもん実際。いや、触れた事ないけど。
「と、とにかく料理するんで……台所の食材使わせて貰っていいですか?」
「はっ、はい、ど、どうぞ」
レナータさんの了承を貰ったので、俺は台所に何があるか調べる事にした。
しかし、質素ここに極まれりと言った様子の台所には驚くほど物が無い。
何故か骨は吊るされてるけど、見なかった事にしておこう。
ええと……後は、木製の食器に使い古されてすり減った金属の調理器具。包丁はいくつかあったけど、さびたり刃こぼれしていたりまるで使い物にならない。
べこべこにへこんだ鍋は大鍋も小鍋もまだ使えそうだったが、とにかく手で扱う系の器具は全滅だ……調理器具セット持っといて良かった……。
「あの…………調理器具が凄く劣化してますね……」
「お、お恥ずかしい限りです……こ、国教以外の教会は、く、国から頂ける『援助物資』も、す、少なくて……」
「なるほど……」
かまどもずいぶん煤けてるし、こりゃほんと料理する前に掃除したい所なんだが、レナータさんの空腹は限界っぽいし掃除は後にしよう。
食料はどうなっているのかと鍵付きの棚を見ると、貧しい教会だと言うのに香草やら薬草の類がずらりと並んでいるのが分かった。
レナータさんによると、聖水や各種の薬を作るのに必要な物らしく、これだけは総本山から絶え間なく送られてくるとの事だった。俺が知っている香草もあるからこれなら何とかそれなりの料理が作れそうだ。
しかし問題はメインの食材だよなあ。
食料が入っていると言う、床の扉の向こうの地下食料庫を覗いてみると。
「…………おう……」
大きさのわりに、すげえガラガラ……。
中には野生で伸びていたであろうタマグサがぽつぽつと転がり、その向こうにコッペパン程度の大きさの灰色の石がゴロゴロ転がっていた。
何故に食料庫に岩がと思って取り出してみると、意外と軽い。
「あのー、これなんですか?」
「ああ、そ、それはバターテです……」
「バターテって……ええ!?」
これがあのサツマイモに似た味のイモ!?
慌てて携帯百科辞典で調べてみると次のような事が分かった。
【バターテ】
寒い地域、または高地で栽培されている根菜の一種。
東方の島国では「石芋」と呼ばれることもある、オーデル皇国の主食。
地下茎に水分と栄養を蓄える性質があり、地下で根を伸ばし増える。
茎も葉も一切が土の上に出る事は無く、栄養を蓄えて石のような見た目になった
塊茎が地上にほんの少しだけ露出し、それらが収穫される。
何故完全な食材になったバターテが地上に顔を出すのかはいまだに
解明されておらず、その露出する瞬間は誰も見た事がない。
見た目は石のようだが中は黄色の芋であり、かなりの甘味を含んでおり、
栄養分も高い。モンスターも好む根菜であるため食害に遭う事があるが
地下茎を全て失わない限りは枯れるまで再生し続ける。
基本的に一年で地下茎は枯れるが、栄養を蓄えたバターテを植えれば
そのバターテが地下茎へと変化し再び芋を作る事が出来る。
地下茎は一年に四度塊茎を実らせ、一度に二十個程度が収穫されるという。
しかし見た目の悪さや育つ場所が限定されているからか、オーデルや
島国以外ではバターテを食用とする地域は存在しないようだ。
……はあ、なるほど……。
サツマイモと似てるけど、やっぱこういうのも異世界なんだな……。
「バターテは安価なので、わ、わたくしたちでも買えるのですが……後は、お肉が少しだけこびりついた骨などを分けて貰ったりして飢えをしのいでいます……」
「ああそれで台所に骨が……っていうか悲しいからそれ以上もう……」
どんだけ酷い食生活なんだよ!!
やめてもう話さないで、美味しいもの作るから! 作るから!
ええと、でもこれで何となく作れそうなものの見当がついたぞ。
甘い芋だって立派なご飯になるし、食材が足りなければ俺達が持って来たものを使えばいい。とはいえ普通の男子高校生な俺がどれだけやれるかは判らんが、とにかくやってみよう。
レナータさんのお世話はクロウにお願いして、ブラックにはかまどの火力調節役をお願いする。俺は腕をまくって調理開始だ。
動物の骨があるならダシ……ブイヨンが作れる。少しでも旨味が加われば、例え肉が干し肉だろうが、少しは豊かな気分になるはずだ。二口しかないかまどと鍋をフル活用して大鍋にダシをたっぷりと作って置きつつ、俺は自前の半生干し肉を塩抜きして薄く切り、バターテにも調味料と香草で下味をつけた。
そうして、二種類の食材を、大事に取って置いたカンランの種の油で炒める。
タマグサも少し大きく切って軽く火を通しておく事も忘れない。
「あ……ああぁあ……良い匂いがしますううぅ」
ぐうう、と背後で大きく唸る音をなるべく無視してやりながら、俺はブラックに聞いた。
「そっちはどう?」
ブラックには、火力調節のついでにブイヨンのアク取りを頼んでいる。
今まで熱心にアクを掬っていたブラックは、中の水の色がダシの色になった事に気付くと木製のスプーンで少し掬ってダシに口をつけた。
「ふむ、これ初めて飲むけど結構いいね」
「魚のダシとはちょっと違うだろ? それがブイヨンってんだよ」
「ぶいおん……しかし、骨から美味しいスープが作れるとは思わなかったなあ」
まあ、適当に作ってるから実際はちょっと違うんですけどね!
そんな言葉を飲み込みつつ、俺はブイヨンと今まで下準備した食材を合わせると、また鍋で少し煮込んだ。
ここに牛乳とかが有れば、チャウダーとかそう言う料理になると思うんだが……ウシの乳どころかヤギ……バロ乳すらないこの教会では望むべくもない。
乳ともう少し材料が有れば、栄養満点のシチューだって作れたんだけどなあ。
個人的には画竜点睛を欠いたようでちょっと不満だったが、仕方がない。
ちょいと味見をして確認してから、俺はスープを木製の器によそった。
「よしっ、完成! サツマイモと干し肉のブイヨンスープだ」
時間も食材もないので今回もコンソメはパス。
まあそれなりに上手く出来ただろうと思いレナータさんに差し出すと、彼女は皿をぶんどる勢いで掴むとガツガツと食べ始めた。
お、おう、とても修道女とは思えない食べっぷり……。
「おっ、お、おかわり下さい!」
「は、はいはい、たんとおあがり」
昔話のばあちゃんみたいな事を言いつつ二杯目をすぐによそって渡す。
ついでにクロウとブラックにも渡し、俺は自分の皿にも一杯……よそう前に三杯目のスープを渡して、改めてスープを頂いた。
うーむ、ブイヨンって言ってもやっぱり急拵えじゃあんまりダシっぽくならんかったな。でも、時間をかければ多分骨からダシがでるから、鍋に残ったブイヨンはそのままにしておくように言っておこう。
サツマイモは蒸かすのではなく香草などで炒めたおかげか、甘さやホクホクした感じは出ていない。干し肉もカッチカチのじゃなくて砦で買った半生で燻製した奴だったから、ベーコンっぽさがあって美味いな。
でも、薬草やら香草はやっぱもうちょっと勉強した方がいいかもなあ……。
「今日のスープも美味しいね、ツカサ君! ブイヨンがいい味出してるよ」
「バターテが甘くないのが残念だが、これはこれで上手いな」
二人とも勢いよく食べてくれてるみたいなので、どうやら本当に美味いらしい。
ブラックはガツンと濃い味の付いた料理が好きだけど、クロウはやっぱり甘い味付けの方が好きみたいだ。
照り焼きとか作れたら二人とも喜ばせる事が出来そうなんだが……アレ確か醤油とか居るんじゃなかったっけ……ああ、ままならないなあ。
そんな事を考えながら食事をしていると、レナータさんはようやく満ち足りたのか、五杯目のスープを飲み干してようやくスプーンを置いた。
「あぁ……こんなにお腹が温かくなったのは何年ぶりでしょうか……本当にありがとうございます……!」
胸に手を当てるレナータさんは、先程とはまるで違う姿になっていた。
こけていた頬は膨らみ、肌色も艶やかで白い本来の綺麗な肌に戻っている。やつれた感じなのはまだ治っていないけど、もう震える事は無くなっていた。
こ、これが本来のレナータさん……清楚系の美女じゃないか。
いかにもシスターな感じの穏やか美女……いいですよ、これはいいですよ!!
ブラックとクロウの冷ややかな目にも負けずに興奮する俺に、レナータさんは少し困ったような顔をすると、申し訳なさそうに俺達に切り出した。
「あ、あの……もしよろしければ……この美味しいスープ、残して置いて頂けないでしょうか……」
「別に構いませんけど……朝食にするんですか?」
「いえ、その……牧師様や子供達にも食べさせてあげたくて……」
そう呟くレナータさんの顔は、悲しそうに歪んでいた。
子供達と牧師様……なんだかワケがありそうだな。
→
※ちょっと展開遅いですね、すみません(;´Д`)
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