異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編

3.他人の家を見て怖がってはいけません(戒め)

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 寒さと言うものは、みじめな人間を余計にみじめな思いにさせる。
 日照時間が落ちたり体感温度が下がったりすると自殺者が増えると言うが、今の俺にはその気持ちがほんの少しは解る気がしていた。

「まさか……宿屋が全滅だとは思わなかったねえ……」

 魂が抜けたような声で言うブラックに、俺はがっくりと頷く。
 そう。そうなのだ。あれから一時間ほど頑張って宿屋全てに当たってみたのだが、残念な事に宿は全て満室になっていたのだ。

 周囲は薄暗くなり、街灯には明かりが灯りはじめたと言うのに、俺達は未だに宿無しのままだ。これはヤバい。このままだと凍えながら外で夜を明かすハメになる。それはどう考えても死亡フラグの一歩手前だ。
 なんとか寝られる場所を探さなければとは思うのだが、初めて訪れたこの街では勝手がわからず、右往左往する事しか出来なかった。

「野宿でもするか?」

 クロウは呑気のんきにそう言い放つが、毛皮を持ってない俺とブラックとしてはちょっと遠慮したいんですが……って言うか、いくら暖かくしててもロクは変温動物なんだから、出来れば暖かいベッドに寝かせてあげたいんだけど……。

「うぅ……どうしよう……だんだん人通りも少なくなってきたし、夜になったら街全体が眠っちまうぞこれは……」

 冬の夜に外に出るなんて、現代の人間くらいしかやらないだろう。
 この世界には、二十四時間営業のコンビニも深夜までやってるファミレスもネカフェも存在しないのだ。日が落ちればゴーストタウン化するのは目に見えている。

 そうなると、俺達が苦肉の策として知らない人の家のドアを叩いて「一晩泊めてください」と言ったとて、入れてくれる確率は今よりもっと下がるだろう。まあ今もゼロに近いけど……。とにかく、どうにかして雨風をしのげる所を探さねば。

 そう考えて――俺はある事を思いだした。

「確か……困った時はケーリって所か教会に行けって言ってたよな」
「そういえば馬車屋がそんな事言ってたね。確かに公僕や教会は力になってくれるだろうけど……僕はどっちも好きじゃないなあ」
「教会はともかくケーリも嫌なのか」
「だってツカサ君、警吏けいりってのは警備隊と一緒だよ。この国では警備隊は『警察』で、警備兵でも特に犯罪を鎮圧する役目は『警吏』って呼ばれてるんだ。要するにお堅い公僕なんだよ? そんな物に世話になるなんて僕はごめんだね」

 あっ、なるほど、警察のケイで警吏!
 そりゃブラックは近付きたくない訳だ。こいつはすねに傷を持つ男だもんな。
 しかし、説教される教会も嫌で警察の世話にもなりたくないとは面倒な男だな。
 もうすぐ四十路に入りそうなオッサンが警察嫌いって、刑事か探偵でもなければただのこじらせてる人だけど大丈夫か。

「じゃあ消去法で教会にでも行ってみるか。オレやお前は野宿でもいいだろうが、考えてみればツカサは病み上がりだ。教会があるならそちらの方が良いだろう。寒空さむぞらの下で野宿をさせたらまた風邪を引く」

 そう言いながら俺を抱きこむクロウに、ブラックは眉をしかめて歯を剥く。

「おいおいコラコラ何ドサクサにまぎれてんだ熊!」
「お前より体が温かいオレがツカサを温めて何が悪い」
「はいはいはいホモの痴話喧嘩はやめようね! とにかく……警吏が嫌なら教会に行くっきゃないよ。もしかしたら軒先くらいは貸してくれるかもしれないし」
「うー……」

 色々と納得いかないのか唸るブラックに、クロウは俺を抱き締めつつ片手でぐっと親指を立てた。

「心配するなブラック、教会に着いたらツカサを存分に抱け」
「よし分かった行こう」
「許すの早いなおい!!」

 いやまあ、喧嘩しないで済むならいいですけどねもう!
 っていうか俺を受け渡す事で仲直りするのやめてほんと。あと教会では姦淫とか禁止ですよオッサンども。まだ教会に泊まれるかは解んないから言いませんけど。

 とにかく、ここでぐだぐだしてても仕方ないし行くしかない。

 夕日が落ちる前にどうにかして寝られる場所を探さないとな。ってな訳で、俺達はまずラフターシュカで一番大きな教会……『リン教』の教会を訪れた。

 ブラックが言うには、リン教はオーデル皇国では国教とされていて、かなり優遇されているらしい。なので、リン教の教会は広場を抜ける大通りの終点に造られていた。今日俺達が広場の向こうに見た大きな建物は、リン教の教会だったようだ。

 大きな教会だから、ここなら泊まれるだろうと思ったが……残念ながら、というか少し予想はしていたが、この教会も宿にあぶれた旅人で満杯になっていた。
 しかし俺達を可哀想に思ったのか、やけに鮮やかな修道服を身にまとった綺麗な修道女のお姉さんは、俺達に別の教会を紹介してくれた。

 それは、街の奥まった所に有るという小さな教会だったが、その周辺には旅人は近付かないので、恐らく泊めてくれるのではないかとのこと。

「ただ……あの辺りは貧しい人が多い地域だから……スリには気を付けてね」

 そう心配そうに言うお姉さんの憂いある表情に一瞬で心を持って行かれそうになったが、ブラックとクロウが睨むのでぐっと我慢して俺達は教会を後にした。
 そういえば……俺達は今までラフターシュカの街を案内板を頼りに歩いていたのだが、円形の街の左端にある場所には特に何も書かれて無かった気がする。

 もしかしたら、そこは庶民派な人達の住居があるのかもしれない。
 だってほら、観光都市と言っても人が住む場所は必要な訳だから、そういう所もないとおかしいもんな。

 だから、その……スラム街とかではない、とは、思うんだが。

 ……少々不安になりつつ、夕暮れに染まり人通りが少なくなっていく街を歩いて行く。すると、目的の場所に近付くにつれて人の様子が違って来るのが判って、俺は何とも言えない気持ちになった。
 なんというか……言いたくないんだが、貧しくなってきてるっていうか。

 とは言え、ライクネスの蛮人街に比べたら随分と裕福だけど……うーん、やっぱ進んだ都市でもこういう格差が生まれるのはまぬがれないのかな。

「ずいぶん外壁の近くに来たね……ああ、あそこかな」

 巨大な壁のすぐ近く。
 他の家よりかは少し広い敷地に、小さな白い教会は肩身が狭そうに建っていた。

 だが、白いとは言っても壁は薄汚れて本来の色が失われており、所々にヒビが入っている。ステンドグラスの飾り窓は亀裂が入り、教会の前にあるわずかな土の大地も一目でせているのが分かってしまうほど色が悪い。
 一言で言えば……まるで、荒れ寺ような有様だった。

「…………確かに、人が来なさそうな教会ではあるね」

 ブラックの言葉に、俺とクロウは言葉もなく頷いてしまう。
 先程巨大で豪華な教会を見てしまったせいか、この教会を褒めちぎる事が出来ない。というか、どこを褒めていいのかすら解らない。それほど目の前の教会は荒れ果てていた。
 人が居ると教えて貰わなければ廃墟かと思うほどだぞこれ。

「街の案内板には、ここに教会が在るって書いてなかったけど……ここ、本当に人がいるんだろうか……」
「確かめてみようか。まあ、廃墟でもそれはそれで構わないし」
「そうだな」
「えぇええええ」

 即決したブラックとクロウの言葉に、俺は思わず青ざめた。

 ちょっちょっと待て。
 こ、これで人いなかったらダメじゃん! 完全に出るじゃんここ!!
 待て待て待て、こんな場所で一晩過ごすなんて俺は嫌だぞ絶対に嫌だ……ってオッサン達もうドア叩いてるしいいいい。

「あぁああああ人が居ますようにいますようにぃいい」
「んもー、ツカサ君たら相変わらずお化けが嫌いなんだから。大丈夫だって。人がいなくても僕が一晩中ツカサ君のベッドになってあげるから……」
「いやぁあああ別の意味で怖いぃいいい」

 そう言いながら覆い被さって来ようとするブラックに、俺は怖がればいいのか怒ればいいのか判らなくなって、変な顔になりつつ必死に避ける。
 クロウはそんな俺達を見ながらあらぬ方向に声を放った。

「警吏の人ー、ここに変態がいますー。可及的かきゅうてき速やかに逮捕して下さーい」
「てめコラ駄熊僕を変質者扱いするな!」
「少年に卑猥ひわいな言葉をかけて追いかけ回しているのは立派に変態だと思うが」
「物の言い方を考えろよこの脳みそ蜂蜜漬けがぁああ」

 うえーんまた始まっちゃったよぉ。
 でも今は流石に仲裁したくない。怖いのより喧嘩しててうるさいのがマシだ。
 そんな事を、思っていると。

「――――――っ」

 ギイッと音を立てて、扉が微かに開くような音がした。

「……え?」

 う、動いた? 今扉動いた?
 違うよね、最初からちょっと開いてただけだよね?

 そうだ。きっとそうだ。風か何かで扉がちょっと動いただけだろう。廃墟なんだから扉の立てつけだって悪くなってるだろうし。
 と思って、何気なく扉の隙間をみやると……

 扉の下の方に、何か……白い、ものが……。

「あ……ああぁ…………」

 扉からその白い物、いや、白い手が這いずり出てくる。
 そして、その手の先には、黒い服の、白い、肌の、女が…………。

「うわああああああ!! おおおおおお化けぇええ!!」
「えっ!? な、なになにマジモン!?」
「馬鹿な、お化けなんている訳が……うお、これはむごい」

 飛びのいて凄い勢いでブラックの背後に隠れる俺にびっくりしたオッサン二人が、ようやく扉の異変に気付いてそれぞれに驚いた声を出す。
 しかしお化けは俺達の態度に一向に退く様子もなく、這いずって出て来て、ゆらゆらと体を揺らしながらゆっくりと立ち上がった。その姿は黒く、まるで……。
 ……あれ?
 まるで、修道女のような、真っ黒な服とケープを……してる、けど……。
 これ、もしかして……。

「あ、あの……いきてる、ひとですか」

 自分でも情けないほど泣きそうになっている声で問いかけると、青いボサボサの髪を伸ばしたシスター姿の女性は、ゆっくりと頷いた。

「は……はぃい…………お、お……驚か、せて……すみま、せん……わ、わが……ナトラ教会へ……よう、こそ……」

 そう言いながら、女性はげっそりとこけた頬でにっこりと笑う。
 しかし、非常に失礼な事だが俺にはその表情が幽霊の微笑みにしか見えない。
 涙目になりながら思わずブラックの服をぎゅっと掴むと、ブラックのこんちくしょうは先程の怒りもどこへやらで、上機嫌な顔でおばけ……げっそりシスターに営業スマイルで話しかけた。

「いえ、こちらこそ玄関の前で騒いでしまい、すみませんでした」
「ああ、お、お気になさらず……それで……ご用事は……なにかしら……」
「実は私達、宿がとれませんで……リン教会の修道女様から、こちらなら私達旅人でも迎えて下さると聞いたので伺ったのですが……」

 ええっ、や、やっぱ泊まるの。
 思わずすがるようにクロウを見ると、クロウはクロウで「大丈夫だ」みたいな感じの小さなガッツポーズをオレに披露してくる。うん、いや、凄く頼もしいけどね、あのね俺正直ダメなんですって、お化け無理なんですってば。
 いやあのシスターさんはお化けじゃないですけどね! そう願いたいけどね!

「え、ええ、こ、このナトラ教会は……は、は、はっくあい……博愛の……精神に、のっとり……ど、ど、どなたでも……歓迎しますわわわわゎ……」

 そう言いながらガクガク震えまくり、精一杯の笑顔であろう表情でニタリと笑うシスターに、俺は一瞬気が遠くなる。相手は女性なのにお化けとなるとどうしても震えてしまって、俺の股間センサーも全く機能しない。何故だ、何故興奮出来ない。俺の馬鹿馬鹿、こんなんじゃ悪友たちに顔向けできないじゃないか。

「なにもだえてるのツカサ君、ほらほら行くよ。もう日も暮れて寒くなって来たし」
「えっ。え?」

 悶えてって、あれ、なに。何でブラック俺の肩を抱いてんの。歩き出してんの。
 なに、いつの間にか話がまとまった的な感じになっちゃったの?

 えっ。
 じゃああの、こ、ここに……この廃き……いやあの、この古い歴史が感じられる教会で、あの怖……実に涼やかなお姉さんと一緒に寝るの!?

 まさかそんな、とブラックを見上げると……相手は俺の表情から言いたい言葉を読み取ったようで、力強くコクリと頷いた。
 ってことは、マジで、今日のお宿はここ……。

「やっ、やだー!!」
「ふ、フフフ……怖がるツカサ君もかわ……いや、ツカサ君駄目だよ、人を見た目で判断しちゃ! 泊めて下さるって言ってる良い人を怖がるなんていけないよ! 僕達も行く所なんてないんだから、有り難く泊めて貰おうよ!」

 途中でキリッとしてんじゃねーよハゲ!!

 やだもうこうなったら俺だけでも外で寝るう……と俺が言おうと口を開いたと同時、扉の方からどたんと何かが倒れるような音がした。

「えっ!?」

 何が起こったのかと俺達は咄嗟にそちらを振り向く。
 するとそこには、先程のシスターがまたもや地面に突っ伏している光景が。

「う、うう…………」

 うめくシスターが、もぞりと動く。その瞬間……彼女のお腹から、とても女性とは思えないほどの「ぐうぅう」と言うでっかい音が飛び出してきた。

 ……間違えようがない。これは、腹の音だ。

 怖さすらも忘れるほどの豪快な音に俺が唖然あぜんとしていると、クロウは相変わらずの動じない無表情で、倒れたシスターに近付いた。
 そうして彼女の顔を覗き込み、ふんふんと鼻を動かすと俺達の方を向く。

「どうやら腹が減っているらしい。フラフラしてたのも空腹のせいだろうな」

 ええと……。ようするに、腹が減ってたからあんな幽霊みたいな感じになってしまっていたって事……?

 そう言われてみれば、この教会の状態を考えるとシスターさんがゲッソリしてるのも頷ける。って事は彼女は本当に幽霊じゃ無かったんだな。ああ良かった。
 ってそんな事言ってる場合じゃないか。

「えーっと……良かったら、台所貸して貰えますか……? お邪魔じゃ無ければ、お礼も兼ねて俺達が持って来た食料で何か料理を作りますけど……」

 相手が人間なら、一宿一飯いっしゅくいっぱんの恩も返さにゃならんだろう。
 俺がそう言うと、ぐったりと倒れていた彼女は急に起き上がり、ギラギラした目を俺に向けて来た。

「いっ、い、いいんですか!?」

 ああ怖い。目が、目が怖い。
 でも、もしかしたらめしを食べれば彼女も生気が戻って、外見が怖くなくなるかも知れないし……残ってる食料で、なんとかやってみるしかないか……。












※と言う訳で次回は異世界式貧乏料理の回です( ^)o(^ )
 
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