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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
バカとハサミは使いよう2
しおりを挟む肩を抱かれて船内に戻り、さっき登った階段を下る。
なんとも敗北感のある道のりだったが、今更足掻いても仕方がない。腹を括ってやる事をやらねば。とりあえず、今はガーランドのご機嫌を取りまくって、監禁されないようにしておかなきゃな。
「食堂には数人しかいねーが、首領船に戻れば倍以上いるからな。そこでも説明すっからここで度胸つけとけ」
「しゅ、首領船って……もしかして、この船だけじゃないんスか」
「へへっ、そんな畏まんなって! まあ、俺くらいになれば首領船一隻に、子分船が五隻ってのは普通になるよなァ。俺はまあ、偉大な海の男? だから?」
語尾上げんな殴りたくなる。
いや落ちつけ、ええと、って事はつまりこいつの戦力って相当なモンだよな。
この作戦の為かは知らないけど、そんな大人数が隠れてなくてよかった……もしガーランドが本隊まで引き連れて来ていたら、白煙壁を壊す時に砲撃の雨を浴びていたかもしれない。なにせ、霧の向こう側なんて島からは解らないんだ、うっかり攻撃したら恐ろしいしっぺ返しを食らってたかも……。
まあ、今回は撃たれたって砲撃二三度程度だったようだけど、島からじゃあ霧の中にガーランドの船が停泊してたのも解らなかったし……先に白煙壁を壊そうとしなくてよかったよ。
マジで俺ってば聡いなあと自分のカンの良さを自画自賛しつつ、俺はガーランドに急かされて階段を下りた。
ここは確か、ガーランド達の部下が喋りながら降りてきた場所だ。
って事はこの下が船倉か……。
逃げるのに苦労しそうだから、もう入れられないようにしないとな。
……いや別に、この船を“黒曜の使者の力”でぶっ壊してもいいんだけど、そんな事をしたらさすがに乗組員が死ぬかも知れないし、なによりあの力は「人のために使う力」みたいな事を書かれてたしなあ……。
小さな私欲ならオッケーみたいだけど、今回はでっかい私欲(多少船を破壊してもいいから無事に逃げたい)なので、暴走しちゃうかもしれんし……。
今更だけど、ブラックのグリモアもこの力も扱い難しくない?
なんなのこのチート、ちっともチートっぽくないんですけど!!
「おい、食堂ついたぞ」
「はえ!? は、はいぃ!」
「なにビビッってんだよ、行くぞ」
ううっ、緊張してたわけじゃないんだけど、緊張してきた。
こうなりゃやってやるしかないかと思いながら、俺は食堂の扉を開いた。
「うわ、せまっ」
第一声がこれとは失礼かもしれないが、本当に狭かったのだから仕方ない。
俺が想像していた船の食堂と言うのは、部屋二つ分程度の広さだと思っていたのだが……この船の食堂は、街の小さな食堂レベルの狭さだったのだ。
そこに長机が二つくらい置かれてて、みっしり男達が詰まって飯を食べている。
見ているだけで飯が不味くなると光景と言うのは、まさにこの事だろう。
「せ、狭いですね?」
「中型船でまともな調理場付いてたらこんなもんだ」
「調理場……あ、ほんとだ」
この船にはそれなりの調理設備が整っているらしく、食堂をカウンターみたいなもので区切った向こう側には、陸地のそれとほとんど同じ調理場が見えた。
なるほど、あの設備を作るために、イートインスペースが縮小されたのか。
この船はメシに関しての事を重要視してんのかな?
俺の世界のこういう船って見た事ないけど、どんな感じだったんだろう。
「なにボケっとしてんだ、ホレ行くぞ」
うおっ、お、押すんじゃない!
くっ、物珍しくて思わず考え込んでしまった。そんな場合じゃないのに。
ちょっとでもガーランドの船に対して興味持ってしまったとか言うのが悔しい。
「おっ?」
食事中の数人が気付いて、俺の方を向く。
肩を抱かれたまま俺は食事をしている部下達の前に立たされて、そこかしこからじいっと観察された。うぅう……俺こういうの苦手なんだよ。
俺の学校では三分スピーチとか言うのをやらされるんだが、その時に黒板の前に立つんですよ。その時の居た堪れなさと同じだよこれ。どう考えても晒し者だよ。
思わず顔を逸らす俺の背後に立ち、ガーランドは俺の両肩をしっかりと捕えて、実に嬉しそうな声でみんなの注目を集めた。
「おいてめぇら、全員こっち向け!」
「向いてますよ船長ー」
「うるせえ殺すぞ! 俺が向けっつったときに向くんだよバカ野郎が!」
理不尽だなおい!
思わず突っ込みそうになったがぐっと堪える。
しかし怒鳴っても上機嫌のガーランドは、俺の方に力を加えながら続けた。
「おいてめぇらよく聴けよ、今日から俺の妻になった、えーっと」
「つ……ツカサです……」
「ツカサだ。よろしくしてやってくれや。ちなみに無断で手ェ出したらぶっ殺す」
軽いトーンで物騒な事をさらっという船長だが、部下達は飯を啜りながらいつもの調子とばかりにヘラヘラ笑ってスプーンを振る。
「解ってますよ船長、本当色々手ぇ出すくせにそういう所はシブいんだから」
「後でちゃんと分け前下さいよねー」
「にしても可愛いなー、海の上じゃ滅多に出会えねえ顔だぁ」
う、ううう……ジロジロ見られるの苦手なんだってば……。
思わず顔を背けて身じろいでしまうが、その態度すら部下達には好ましかったらしく、気持ち悪い笑い声が方々から聞こえてきた。
ああもうこういうの何度目かなあもう。
俺がこんだけ男にモテるんなら、俺の世界の男子高校生はみんなこの世界の男にゃモテモテなんだろうなあチクショウ。
俺の悪友が男にモテモテな想像をしたらサブイボが出て来るが、あいつらも俺がここで男にモテモテだという話を聞いたらサブイボが立つだろうなあ……。
今考える事じゃないが、ここに知人が居なくて良かったと思う。心から思う。
「で、まあ姉御の作戦が完了したらサベージ島で挙式するんでよろしく」
「えーあそこ食い物マズいじゃないっすか、宴会とか勘弁してくださいよ」
「ツカサちゃんがメシ作ってくれるのならいいですよ」
「せめてプレインに入ってからやりませんー? 貧相な街で宴会は嫌っすよー」
挙式とかいう耳を疑う単語を平然と口にしたガーランドに、船員たちは別方向の文句をブーブー言いまくる。俺としては挙式と言う点に文句を言いたいんですが、君達はどうやら食い物に文句があるだけみたいですね。泣いていいかな。
「るっせえなあもう!! 初夜よか挙式が遅かったら問題あるだろ!」
「どうせその子は貫通済みなんだからいいじゃないっすかー。あのスケベそうなオッサンと一緒に居て犯されてない訳ないだろうし」
鋭い。っつーかそのスケベなオッサン俺の恋人なんで、あんまり貶さないで。
しかし君達、言葉遣い乱暴な割には上下関係緩くて仲良いね。
「処女じゃないのは知ってるが、俺らが儀式をないがしろにしてどうする。海神様に祟られるのだけはごめんだぜ」
「もういっそ船内娼姫でいいじゃないっすか」
「バカ! そんな簡単なアレだとこんな上玉すぐ取られちまうだろうが!!」
なんか良く解らんが、結婚した方がガーランドには都合がいいようだ。なんだ、妻からは離婚を言いだすのは難しいみたいな定めでもあるの。江戸時代なの。
この男、頭が回るんだか回らないんだか解らんが、少なくともお宝を囲いこむ事には長けているらしい。
「とにかく……姉御がもうすぐ到着すっから、どこで式を上げるかはその後だ!」
姉御……姉御がここに来るだって!?
じゃあ、正体が判るのか。とすると、俺達に仕掛けた事の数々もこれから明かされるって事なんだろうか。クロウが酔っぱらった所からの一連の珍事を考えると、どう考えてもクロウの酒瓶に流木藍を入れ込んだのはガーランドだし、姉御もその計画は知ってるはずだもんな。ちょっとくらいは教えてくれるかも。
……そうか、二人でクロウを酔わせる計画を練ってたのか。
なんか、そう考えると今までのあの人の行動に引っかかる所が……。
「どうしたツカサ、具合でも悪いのか」
そう言われて、俺はハッと我に返ると、ちょっとぎこちなく笑って頷く。
「い、いやちょっと船酔いしちゃって……オレ、船初めてなんで……」
上手い事切り抜けた俺の言葉に、船員たちは豪快に笑った。
「ハハハハ! これだから陸の連中はいけねえや」
「船酔いなんざ酒で酔ってごまかしゃいいんだよ、嫁さんほれコレでも飲めよ」
「待て待て、俺の妻になる奴に無体はするなよ。まあここは空気も悪いし臭いからな。よし、姉御の事も気になるし甲板に戻るか」
「その後は船長室ですかぁ」
「ベッドの中ですかぁ」
下卑た奴の部下らしく下卑た事を言う船員たちに、ガーランドは怒るかと思ったが、そこはこの男もそこそこの下郎なので、部下の失礼さなどは微塵も気にせずに嫌らしい笑みで思う存分笑った。
「ヘッヘッヘ。解ってんなら邪魔すんじゃねえぞ」
「アイアイサー」
「よし、ツカサ、甲板に出るぞ」
この世界でもアイアイサーって言うんですね! ってこれ前にどっかで同じ事を言ったような気が。いや、そんな場合じゃない。
ケツを掘られる事は無いと安心していたけど、この感じだとケツじゃない部分をしこたま犯されるんじゃないのか。ヤバくないか。
姉御の正体も気になるし、さっきの船員たちの笑い声で一つ気付いた事も有るんだけど、しかしそれを考えている暇はない。
下の口が駄目なら上の口、というのはエロ漫画の常套句だ。
アカン、これはブラックに絶対感付かれるし、感付かれたら血の雨が降る……。
つーか最悪俺の体すらどうなるか解らんぞこれ……。
「が、ガーランド、俺、暫く外の空気吸ってたいなあ」
「おう、いいぞ? ただし俺から離れるなよ。離れたら罰を与えるからな」
「は、はあい……」
ど、どうしたものか……。
いやでも諦めるのはまだ早いぞ。ガーランドは意外とバ……騙されやすいみたいだし、船員達から離れた状態なら逃げられる可能性は高くなる。
船長室に籠ると言ったんだから、そこでどうにかしてガーランドをふんじばっちまえば、後は俺の天下だ。
よーし、落ちつけ俺。逃げるチャンスはまだまだある。
寧ろ甲板に一番近い船長室に連れ込まれるのは幸運と思おう。
それよりも大事なのは、姉御の事だ。
もしここで上手く姉御の正体を掴むか、もしくは白煙壁やクラーケンの事が何か分かればブラック達に良い手土産が出来る。
色々と計画が狂っちまったが、今の状況が打破できるなら好都合だ。
よし、この船が出港する前に、なんとしてでも逃げてみせるぞ。
まずはガーランドをどんな手で離れさせるか考えなければ。
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