317 / 1,264
波乱の大祭、千差万別の恋模様編
17.バカとハサミは使いよう1
しおりを挟む「……ガー……ランド……」
「あの縄をどうやって抜けたんだ? 本当に油断ならねぇ子猫ちゃんだ」
肩を掴まれて、無理矢理ガーランドの方に向き直らせられる。
美形と言えども下卑た表情ではやはり嫌悪感しか湧かなくて、俺は思いっきり顔を顰めて相手を睨みあげた。
ここでビビッて舐められたら終いだ。負けてたまるかってんだよ。
「変な名前で呼ぶな。あと触んな。っつーかここどこだよ!」
「どこだっていいだろぉ? そうさな……ここは霧の海ってところだ。お前は海に飛び込んで逃げようと思ってたようだが、そんな事をしたらこわーい怪物に食われちまうからやめた方が良いぜ? クックック」
かーっ、この悪役っぽい笑い方。
わざとやってんのかと思ってイラッとしたが、まあ世の中には変な笑い方の奴もいるんだ、こんな事で感情を高ぶらせてポカをやらかすわけには行かない。
俺は改めて気合を入れながら、未だに警戒しているという風を装って、ガーランドから体を離そうと船の縁に体をつけた。
とにかく今はこいつから上手く情報を引き出さなきゃ。
捕まってしまったなら捕まってしまったで、色々とやる事はある。
怪物がクラーケンの事だとするなら、この船はまだクジラ島の近くにいるって事になるし、だとしたら逃げきる事も可能だ。
白煙壁は囲う範囲の広さに比べると霧の厚みはそうでもない。
方向さえ分かれば、なんとかして逃げられるんだが……。
いや、それを考えるのは後だ。とにかく、今は情報だな。
睨み付けたガーランドは、俺が何と返事をするのかを待っている。
その返事にどう答えるかと少し考えて、俺は眉間に皺を寄せて鼻を鳴らした。
「怪物? そんな脅しに乗るかよ。どうせここはまだクジラ島の近くなんだろ? なら、怪物はクラーケンだ。あいつは近付かない限り攻撃してこないじゃないか。海に飛び込んでも魚に突かれるだけで死にはしないよ」
そう言うと、ガーランドは実に嬉しそうに顔を歪めた。
「フフ……流石だな。そう、ここは霧の壁の中……間違いなくクジラ島近海だ」
おや、随分と素直に話してくれるじゃないか。
バカなのかどうかは知らんが、話が進みやすくて助かる。
内心ほくそ笑みながらも、俺は相変わらずの顔でガーランドに言葉を返した。
「つーか、正々堂々の勝負で俺を奪うんじゃなかったのか?」
「ハハハ、海賊が口約束なんて守るかよ! 血判状も無えんだ、笑って諦めるのが普通だぜ? まあ、陸の連中は知らなかったようだから仕方ねえけどな!」
「ぐぬぬ……」
確かに口約束なんて信用するもんじゃないが、こうも「破って当たり前」なんて言われるとムカムカするぞ。約束ってのは守られるって前提があるから約束として成り立つんだろーが! 全員が約束破ってりゃその言葉の意味自体が失われるっつーの! アウトロー言語使いは自重しろ!!
いや「しろ」っつっても無駄だけど、でも一応ね、怒っとかないとね。
「ま、何にせよお前はもう俺のモンだ」
「は?」
「後はあね……いや、用事が済んだら出航だからな。その間に俺がみっちりとお前に海賊の妻の仕事ってのを教えてやるぜ」
「…………」
この世界では、性別が男であっても娶られた方が「妻」になる。解ってる。それは解ってるんだが、普通鳥肌立つよね? どんなに好きな人であっても、相手が女じゃなけりゃ「妻にする」とか言われたらサブイボたつよね?
俺男だよ、どっからどう見ても男だよ。おっぱいないですよ。
妻って。妻ってなんだよ。そこらへん異世界なんだからもうちょっとマシな翻訳とかしてくれてもいいでしょぉおおおお。
なんでやねん! なんで俺が妻やねん!!
姉御の用事ってなんじゃいとか、何教える気だとか、色々思う所はあった。
もっと突っ込んで聞けばポロっと何か喋るんじゃないかとも思ったけど。
しかし、俺的にはもう、妻って言われたので限界だった。
「だ……」
「だ?」
「誰が妻じゃ――――――ッ!!」
叫んで、俺は思いっきりガーランドの鳩尾に拳を突き立てた。
「げふぅっ!!」
「こ、この下衆男め……」
人間、言っていい事と悪い事が有るぞ。
お前は俺の逆鱗に触れた!
ってそんな場合じゃない。こうなってしまっては逃げるしかないぞコレ。
その場に崩れ落ちるガーランドから咄嗟に離れると、俺はどこかに落水しやすい場所がないかと探した。や、やっぱ落ちるの怖いじゃん、出来れば海に落ちやすい所があればいいんだが……船首は絶対ダメだよな。
そうなると、やはり船の中央部か。
顔を上げて甲板をみやると、帆を上げる柱の近くに縄が積まれているのが見えた。しめたぞ、アレを使えば楽に逃げられるかもしれない。
慌てて駆け寄り、早く縄をどこかに掛けようと腰を屈めたが。
「うわっ!?」
急に襟首が引っ張られて、そのまま甲板へと思いっきり叩きつけられる。
何が起こったのか解らず目を回す俺の視界に、ゆっくりと大きな影がかかった。
「ククク……本当に体力はからっきしなんだな? せっかくの急所だったってのに、こんなよわっちい拳じゃ襲われたって相手を倒せないぜ」
「っ……ぅ……」
受身すら取れなくて、痛みが引かない。
ただ床に転がる俺に、ガーランドはニヤニヤと笑いながら圧し掛かって来た。
「それにしても、猫って言うよりじゃじゃ馬だな……。これはちーっと教育してやった方がいいかな……?」
「離せっ……」
クロウに襲われたばっかりだってのに、また襲われてたまるかこんちくしょう。
しかし、気合だけあってもどうにもならない事はある訳で……。
体力のない俺には、やっぱりガーランドを突き放す事は出来なかった。
「さて、どうしたら大人しくなってくれるのかな~っと」
今度は不意打ちも駄目だろうし、どうしたら良いんだろう……。
とにかく、変な事される前に逃げなきゃいかん。このままだと間違いなく性欲処理イベントだろうし、なにか、何かもうちょっと……。
「とりあえず……服を脱がしてつるすか」
「…………は?」
え? ちょっとまって、予想外なんですけど。
服を脱がすのは解るよ、解るけどつるすって何。拷問? 拷問なの?
そう言えば、海賊ってよく罪を犯した者を叩きまくって縛り付けるよな……潮風の中で、ボコった傷に海水を当てて痛がらせ反省させるって……。
え、アレ? アレを俺にやらせるの?
「いやいやいやちょ、ちょっと待って、待ってって! 素っ裸って!」
「そのくらいすりゃ子猫ちゃんも反省するだろ?」
「いやしたしたスゲーした今した物凄くしたから反省!! ごめんね鳩尾!!」
流石に素っ裸を晒しものは嫌ですぅ!
どう考えてもいじめじゃん、俺何も悪い事してないのにいじめじゃんこれ!!
冗談じゃないよとばかりに反省しましたと言いまくると。
「お? 反省したならまあいいや」
軽くそう言いながら、ガーランドはあっけなく俺から離れた。
……よ、良かったぁ~。ガーランドがわりとおバカで……!
「じゃあ俺の妻って事でかまわんな?」
「は、はい……」
ううう……男なのに妻ってなんなんだよもうぅ……。
でも仕方ない、ここは変な事をされて心が折れる前に自分の身を守らねば。
俺は気を取り直してガーランドのご機嫌取りに注力する事にして、とりあえず身を守る作戦に移る事にした。こ、こうなったら夜更けにこっそり脱出してやる。
とにかく今は身の安全が第一だ……。
そんな俺の思惑を知らないガーランドは、俺が素直になったことに満足して頷きつつ、改めて俺を舐めまわすような視線で爪先から頭の先までを観察した。
「よしよし、じゃあまずは俺のベッ……」
「あーっと! 俺、腹減っちゃったなー! ご飯とか食べさせて貰えますか、体力ないんでご飯食べないと何もできなくって俺ー!!」
言わせねぇ、言わせねえぞ!
必死の思いで腹が減った事をアピールしつつガーランドに詰め寄ると、相手は俺の勢いに気圧されたのか、少し後退りながらも片眉を上げた。
「は、ハラ? まあそうだな……俺も呼び出しのせいで朝飯がまだだったしな……よし、一緒に食堂に行くぞ。丁度いいからそこでお前の事も部下に説明しよう」
そう言いながら俺の肩を抱くガーランドに、俺はぎこちない笑みを浮かべた。
「あ、アハハ……ど、どんな説明されるのか楽しみですねー……」
「そりゃお前決まってんだろ、俺のモンって報告だよ、アッハッハッハ!」
報告だよ、じゃねぇえええよ!
ちくしょう、絶対隙を見て逃げてやるんだからな……!!
→
11
お気に入りに追加
3,626
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
媚薬使ってオナってたら絶倫彼氏に見つかって初めてなのに抱き潰される話♡
🍑ハンバーグ・ウワテナゲ🍑
BL
西村つばさ 21歳(攻め)
めちゃくちゃモテる。が、高校時代から千尋に片思いしていたため過去に恋人を作ったことがない。
千尋を大切にしすぎて手を出すタイミングを見失った。
175cm
大原千尋 21歳(受け)
筋トレマニア。
童顔で白くてもちもちしてる。
絵に描いたかのようなツンデレ。
つばさが大好きだけど恥ずかしくて言えない。
160cm
何故かめちゃくちゃ長くなりました。
最初、千尋くんしか出てきません…🍑
淫紋付けたら逆襲!!巨根絶倫種付けでメス奴隷に堕とされる悪魔ちゃん♂
朝井染両
BL
お久しぶりです!
ご飯を二日食べずに寝ていたら、身体が生きようとしてエロ小説が書き終わりました。人間って不思議ですね。
こういう間抜けな受けが好きなんだと思います。可愛いね~ばかだね~可愛いね~と大切にしてあげたいですね。
合意のようで合意ではないのでお気をつけ下さい。幸せラブラブエンドなのでご安心下さい。
ご飯食べます。
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜
7ズ
BL
異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。
攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。
そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。
しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。
彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。
どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。
ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。
異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。
果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──?
ーーーーーーーーーーーー
狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる