異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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波乱の大祭、千差万別の恋模様編

2.誰がための力

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『さあ依然いぜんとしてぶっちぎりの一位は、疾風はやて勇魚いさな・ファスタイン海賊団! これを追うのが新進気鋭の熊さんチームだが、さて冒険者ギルド長ファラン率いるこのパーティーは果たして彼らに追いつけるのか!? 間もなくクジラ島に五そうの船が到達します!』

 今更ながらに実況されるのが恥ずかしくなってきた。だってこれさ、ブラック達が純粋に力を出しての結果だったら良いけど、パワーアップの原因が俺のキスってどう考えても恥ずかしすぎる……っていうか情けない……。

 違うんです違うんです、オッサン達は普通に凄いんです俺のご褒美(笑)が原因じゃないんです。こんなベタな展開嫌だよ、実際やらされると恥ずかしくて死にそうだよぉおお。

「お前はっ、ひっこんでろっ、このっ、駄熊っ」
「なにをっ、オレにもっ、口付けされる権利はっ、あるっ」

 ギコギコギコギコ言わせる途中で喧嘩する声まで聞こえてくる。
 やだもうこのオッサン達。

 普通さ、大人の男って「ははは、そんな事で興奮する訳ないじゃないか、可愛い勘違いをするなあツカサ君」なんて遠まわしに拒否するじゃん?
 仮に本心が「キスしてほしい」とかだったとしても、大人の矜持きょうじがあるから抑えてくれたりするじゃん? それが大人の男だよな?

 なのに、なんでコイツらはこう……。

「ツカサ君、島を回る海流に乗るアルヨ! 周囲に障害物がないかどうか、確認を頼むアル!」
「わっ、は、はいぃ!」

 いつの間にそんな所まで来ていたのか。
 ざばざばと勢いよく上がる水飛沫の先には、確かに大きくなったクジラ島が確認出来た。この競争はクジラ島を一週回ってから、改めて海岸へと船をつける。一見難しくない事のように思えるが、実はそう簡単な事でもない。このクジラ島の周辺には岩礁が有って、一つ間違えば座礁も有り得るのだ。

 しかも、祭りの当日には潮の流れが変化しているので、どれほど気を付けていても運悪く岩礁にぶつかって転覆てんぷくし、失格になる事も多いと来てる。
 何度練習していても、ぶっつけ本番には変わりない。
 この日に舟を漕いで岩礁を抜けるには運も必要だった。
 ファラン師匠に聞いた話では、この第一競技で三分の一が失格になるらしいから、思ってたより大変だよねホント。

 俺は水飛沫の合間から周囲を見渡し、何も障害物がない事を確認する。
 その間にも船は舳先へさきの向きを変えて、一位の船を追うように右から回り込もうとしていた。船が傾き、俺は思わず縁を掴む。

 その旋回の最中にガーランドが二艘の船を追い抜いているのが見えた。
 ま、まさかあいつらもスピードアップしたのか。

『おおっと、ここで熊さんチームに猛追を掛けて来るのはガーランドォ! 初参加の二組が一気に東風馴らしの騎士と海底の長老を抜き去ったー!! 間もなく島の裏側に入ってしまうが、いち早く抜けたファスタイン海賊団をこの勇気ある二組は抜き去ることが出来るのかぁ~~~~!』

「抜く気はさらさらありませんー!」

 何度も言うけど俺は五位以内だったらいいんだってばー!

 と叫んでも、オッサン達は賞品に目がくらんでいるのか聞いちゃくれない。師匠の指示に驚くほど正確な櫂さばきを見せ、岩礁地帯も恐ろしいほどの速さで突き進んでいく。怖い。人とはこれほど欲望に素直な物なのか。

「もうすぐ島の裏側アル、ツカサ君、後ろのガーランドに気を付けるアルヨ!」
「えっ、な、なんでですか!?」
「裏側は術師の人数が足りなくて、毎年観客に映像が送れない所アル! そこで何かされたら転覆やむなしアルヨ!」

 き、気の付加術が使える皆さんのご苦労お察しします……っていうか、今ここでそんな世知辛い裏事情は知りとうなかった。
 師匠がここまで警戒するって事は、もしや毎年があるんだろうか。
 妨害はダメってルールブックに書いてあったけど、今考えたら品行方正な冒険者や海賊なんて、存在する方が珍しかったですよねー!

 岩礁エリアを抜けて、小舟がついに島の裏側……観客達には把握できない場所へと到達する。前方のファスタインの船はまだ遠く、相手はもう島の裏側の半分の所まで差し掛かっていた。流石何度も優勝しているパーティーだ。
 あの人達には追いつけないだろうけど、とにかく何とかして転覆だけは避けなければなるまい。そう思って、俺は再び後方を見やった。

「うっ……やっぱりガーランドがつけてきてる……」

 俺達の後ろには三艘の船がいるはずだが、ガーランド以外の船は見えてこない。ファスタインの船がもうすぐ裏側を抜けるとなると、しばらく俺達とガーランドの二艘だけがこの島の裏側に存在する事になってしまう。
 こ、これは非常にヤバい。

 俺は相手が一気に距離を詰めて来るものだと思い、俺はガーランドの船をキッと睨み付けていたのだが、相手はこちらとつかず離れずの距離を保っていた。
 相変わらずガーランドは船の舳先に足をのっけて格好つけてるが、ニヤニヤと笑っているだけで少しも近付いて来ない。

 なにか、嫌な予感がする。
 そう思って師匠に相手の様子を伝えようとした、その時。

「……? なんだ、これは……?!」
「霧アルか……!?」

 目の前に白い煙のようなものがすうっと漂ってきたかと思えば、周囲が唐突に真っ白な霧に閉ざされていく。何事かとガーランドを見るが――――

「え……?」

 視界が見えなくなり、俺達の事も見失ってしまうというのに……ガーランドは、俺を下卑た笑みで見つめながら霧の中へと消えて行った。

「がっ……ガーランドが見えなくなった!」
「こっちも霧で何も見えないアル! おかしい、この時期に霧なんて発生するはずが無いのに……何がどうなってるアル?!」

 視界が完全にホワイトアウトだ。
 これ以上進むのは危険だと判断したのか、ブラックとクロウはやっと暴走状態を解いて船を停めた。よ、良かった。まだ理性は残ってたみたいだな……。

 でも、悠長にもしていられない。
 潮の流れは止まったわけじゃないから、きっとこうしている間にも船は流されていくだろう。早く解決策を見つけないと、これじゃ転覆だ。

「これ、あいつらの仕業なのかな……?」

 ガーランドは消える前に余裕アリアリで笑ってたし、関係が無いとは思えないんだが。しかし、ブラックは頭を振って俺の言葉を否定する。

「いや、ありえないよ。曜術師なら霧を発生させられない事もないけど、こんなに広範囲を覆うのは無理だよ。僕みたいな能力を持ってるとか、シアンの力なら人為的じんいてきに霧を起こせるだろうけどね」
「じゃあ、完全に自然の仕業ってことか……」

 でもなあ、あのガーランドのニヤけた笑みがすげー気になるんだけど……まあ、気にしても仕方ないか。とにかく今はこの霧をどうにかしないと。
 霧って言ったら、水蒸気がふわふわーっと空気中を漂ってるようなモンだよな。
 こいつが空の上にあれば色々作用してあの真っ白な雲になるんだけど……これを消すって言うと……。

「ブラック、炎の輪でこの霧を蹴散らせないか?」

 水蒸気を一気に散らす方法で今一番簡単なのは、周囲の気温を一気に上げて蒸発させて消し去る方法だ。本当は強風で押し流す方が確実なんだけども、この世界では風属性の魔法なんて存在しない。
 人間が操れるのは、精々自分の周囲の空気だけだ。

 そうなると、後は強烈な炎で周囲の気温を一瞬だけでも上げて霧を消し去るしか方法が無い訳で……それをブラックも理解しているのか頷いていたが、しかしすぐに困ったように顔を歪めた。

「出来ない事は無いけど……この広範囲の濃い霧の中で、しかも水上を走らせる炎となると……僕でも成功するかどうか解らないよ。失敗したら、海水を蒸発させて余計に霧を濃くしちゃうかも……」
「ええっ!? お、お前でもダメなのか……!?」

 限定解除級とかいう、検定一級よりも凄いランクの人間なんだから、街の一つも簡単に焼き尽くせる曜術が使えると思ってたのに。
 いや、それが出来るならグリモアなんていらないか……でも、出来ないならどうしよう。このままだとゴールどころか遭難しちまうかも……。

 困ってしまって思わず顔を歪めた俺だったが、しかし、ブラックは何を思ったのか深刻そうな顔をいきなり近付けて来た。

「ツカサ君……でもね、僕、ちょっとある事を思いついたんだ」
「な、なに」
「アタラクシアでの時の事、覚えてる?」
「ん……? というと……」

 一瞬何のことかと思ったが、すぐに相手が何を考えているのかに思い当たって、俺は「ああ」と大きく口を開けた。
 恐らく、ブラックはレッドと戦った時の事を言っているのだ。
 あの時、俺はブラックとくっついて「力」を与えた。

 それは無意識だったが、もしあの絵本を見て考えた推測が正しくてあの時の事がまぐれではないのなら、俺は再びブラックに力を与えられるはずだ。
 しかし、そう上手く行くだろうか……。
 眉根を寄せた俺に、ブラックは薄く微笑んで手を伸ばした。

「大丈夫。失敗したってこれ以上悪くなりようがないし、なにより……ツカサ君の力が確かな物だっていうのは、僕が一番よく知ってるから」
「ブラック……」

 櫂を持っていた武骨な手が、俺の手をそっと包んで持ち上げる。
 その大きな手は慣れない道具をずっと使っていたせいで少しタコが出来ていた。
 ……そうだよな。ブラックとクロウは、この日の為に手をこんなにして頑張ってくれたんだ。俺が出来ない出来ないとダダをこねてたら、全てが無駄になる。

 師匠の為にも、ブラックとクロウの為にも、出来るって信じるんだ。
 俺の「黒曜の使者の力」は……
 災厄の力ではなく、誰かを助けられる力なのだと。

「ツカサ君」
「…………解った。やってみる。お前もちゃんと頼むぞ」

 カサついた手を握り返すと、ブラックは嬉しそうに笑って大きく頷いた。

「ツカサ、何をする気だ?」

 そんな俺達に、今までずっと見守っていたクロウと師匠が困惑顔で聞いて来る。
 説明してやりたかったけど、色々と面倒な事になり層だったので、後で聞かせると約束して、俺はじっと握り締めたブラックの手を見つめた。

「…………」

 正直、どうやって相手の力を増幅させていたのか俺にもよく解らない。
 だけど意思の力で自在に曜気を“創造”出来るのなら、助けたい、力を貸したいと思えばどうにかなるはずだ。

 俺は自分の中から湧きあがる力のイメージを作り、それが手を伝ってブラックへと伝わるような流れを作る。ブラックへ渡すのは、炎の曜気だ。凄まじい熱を放つ炎の威力を想い描いていると――俺の体が、淡い赤に包まれ始めた。
 その光は、ブラックへと急速に流れ込んでいく。

 この光は見えているのだろうかと相手の顔を見上げると、相手は光こそ解らないようだが力があふれて来るのは感じるらしく、菫色すみれいろの瞳を光に輝かせて、俺をじっと見つめていた。

「ブラック、感じるか……?」
「……うん。凄いよ、ツカサ君。……あの時よりも大きな力が流れてくる」

 そう言って、ブラックは俺の手を離し立ち上がる。
 俺達が見上げるブラックの体の周りには、紅蓮の炎のような光がまとわりつき、今にも周囲に燃え広がりそうなほど強く揺らめいていた。

 師匠とクロウは、光が見えずともブラックのただならぬ気配を察したのか、ただ黙ってブラックが詠唱を始めるのを見守っている。
 
 そんな二人の様子を流し見て、ブラックは船の舳先まで移動すると、真正面を見据えながら片手を差し出した。
 黙って目をつぶり、そうして小さく呪文を呟き始める。

 俺達にはその声は小さな音にしか聞こえなかったが、しかし、俺の目には確かにブラックの体を包んでいる膨大な煌めく炎が見えていた。
 その輝く炎が渦を巻き、一気に天へと噴きあがる。

 その刹那――――この船を中心にして、空中に黄金の炎が広がった。

「――――!!」

 一瞬の事だったが、その光景は俺達を驚愕させるには十分だった。
 赤よりも濃密な黄金の炎。恐らく、人の形など消えてしまう程の熱の金の炎は、それでも人の技として周囲を滅する事無く霧を霧散させていた。

「あんな、炎が……」

 クロウと師匠も驚いているようで、ただ青が広がる海原を呆然と眺めている。
 さもありなん。俺だって、明らかに熱量が違う炎が霧を焼き尽くしたのを見て、驚かずにはいられなかったのだから。
 だって、確か黄色の炎って赤よりも熱いんだよな……?

 今までのブラックの炎は紅蓮と言っていいほどの真っ赤な炎だったけど、今のはまるで……太陽の光を思わせるほどの、輝く金色だった。
 いや、でもこれ魔法みたいなものだし、霧以外は焼けてないし、ただのパワーアップした炎ってだけだよな? ほら、あの、ほんのちょっと段階上がった的な。
 だけど、周囲の霧を一掃ってのはちょっと……。

「ブラック、今の……」
「す、凄いね……僕もこれはちょっと予想してなかったな……」

 ブラック自身も驚いてるのか、ちょっと上擦った声になっている。
 そ、そりゃそうだろうな。

「限定解除級の曜術師になると、こんな事も出来るアルか……」

 多分違います師匠。
 しかし、相手が天才的な術師で俺も気合入れて力を与えたら、こんな事になってしまうのか。あの黄金の炎が人間に向けられたとなれば、あまりにも恐ろしすぎて結果を想像したくない。

 調子に乗ってブラックに精神力を全部与えそうな勢いでやっちゃったけど、もし今度やるんなら、絶対にセーブしなきゃ……人死にはやだよマジで。

「と、とにかく急ごう。いつの間にかガーランドが僕達を追い抜いてるよ」
「うわっ、マジだ」

 あの霧の中をどうやって動いたのか知らないけど、ガーランドは俺達の二倍ほど先を進んでいた。俺達もどうやら上手い事潮流に乗っかって少し距離を稼いでいたみたいだけど、それでも結構追い抜かれている。

 後ろには追い抜いた二艘の船が迫って来ているし、これはまたヤバいぞ。

「ブラック、クロウ、頼む」
「まかせろ」
「よし、ガーランドをもう一度追い抜いてやろう!」

 術を使ってすぐに舟を漕がせるってのはちょっと気が引けたが、ここまで来たのなら後れを取る訳には行かない。ブラック達も同じ気持ちなのか、打倒ガーランドとばかりに力強く舟を漕ぎ始めた。

 ……ほっ、キスの事は忘れたみたいだな……。

 それにしても、マジでどうやってガーランドはあの霧の中を進めたんだろう。
 何か指針があったのか? 某海賊漫画みたいに、絶対狂わないコンパスを持ってたとか……まあ、コンパス自体は多分持ち込んでも違反じゃないだろうけど……。

 あ、言い忘れていたが、祭りでは美食競争で使う食材や調理器具以外は所持できないルールになっている。
 なので、俺達は今は武器もアイテムも持っていないし、ロクはギルドのお姉さんに預かって貰っているのだ。だけど、コンパスなんて便利な道具が在るんなら俺も所持しておきたかったなあ……。

 そう思いつつ、俺は再び後方の監視を行おうと後ろを振り返った。
 すると。

「…………え?」

 霧が散り、薄い霞が残った遠方の海。
 そこに、一瞬……なにか黒い影が見えたような気がしたのだが……。

「…………き、気のせい……だよな?」

 小舟は、島の裏側をもうすぐ越える。
 とにかくもうすぐゴールなのだ。変な幻覚に気を取られてないで、俺も気を引き締めなければ。俺の戦いはもうすぐなんだから。










 
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