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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編
10.ついに作れた定番のアレ
しおりを挟む海賊王祭り(長いので略した)まで、あと三日。
各チームの練習にも熱が入っているようで、港には船漕ぎ競争を練習する小舟が多くなってきた。みんな祭りで優勝するために、真剣に練習しているのだ。
だけど、それは何も港に限った話ではない。
ランティナの街の広場や格闘技の稽古場っぽい家でも、連日自分の技に磨きをかけて訓練している人達が沢山いるし、食材を扱う店でも俺と似たような恰好をした冒険者っぽい人や、いかにも「海賊の料理人」って人が食材を矯めつ眇めつ様々な食材を手に取っていた。
ランティナ全体が祭りに向けて浮き足立っていて、街を歩けば海賊の格好をした子供達が楽しそうに走り回っている。
そんな所は俺の世界の祭りと変わらなくて、俺は何だか心が温かくなった。
俺達にとっては重大な祭りだけど、この街の人達にとっては伝統行事でもあり、毎年楽しみにしているイベントでも有るんだろうなあ。
祭りっていうと、あの邪悪な村での偽物の祭りしか体験してなかったから、この世界の本当のお祭りに参加できて嬉しいよホント。
そうなんだよな……こういうさ、前日から自然と盛り上がって街が活気に包まれ始めるって所から祭りの楽しさは始まるんだよなぁ。
遠足や旅行の前日までのワクワク感って言うか、待ちに待ったイベントがついに来るって言う高揚感があって、当日の興奮が更に増すんだ。
「俺も、遊園地連れて行ってもらう前の日は眠れなかったっけ……」
もちろん今は自分で行けるしそんな事は無いが、まあとにかく子供の頃はホントそういう昂ぶりレベルが半端じゃ無かったわけで。
俺の横を通り過ぎて行った海賊コスプレしてた子供達も、そんな気分なんだろうかと思うと微笑ましくて、俺は無意識にニヤニヤしながら宿へと戻ってきた。
いや、一つ訂正。俺がニヤニヤしてるのは微笑ましい光景のせいだけじゃない。
この片手の紙袋いっぱいに詰め込まれたパンと食材のせいだ。
その程度なら普通のことだけど、今回はそうじゃ無い。
俺はついに、チート能力ラノベにありがちな展開に手を出そうとしているのだ。
それを考えると妙に楽しくて仕方なかったのである。その展開はと言うと。
「ふっふっふ……卵に油にレモンに塩と胡椒……これらが示すものはただ一つ! そう……マヨネ――ズ!!」
テンションが変な方向に吹っ切れてるけど許して。
だって、ここまで来るのに長かった、本当に長かったんだもの。
有能チート主人公なら、一発で作って現地民の人達にありがたがられる所だが、残念ながら俺は一般人。料理だって人並みの知識しかない男子高校生だ。
それに、サーチや鑑定も使えないから、マヨネーズの材料も探せず作ろうとすら思わなかったけど……今は別だ。マヨネーズが俺には必要なのだ。
料理は素人の俺だが、幸いネット小説で腐る程マヨネーズの作り方を見た。
だから俺にはそれを作る事が容易い。ナマモノだから持ち運びは出来ないけど、充分に今回の美食競争に役立ってくれるはずだ。
「やっぱ異世界に来た人間としては、一度は作っておきたいよな!」
早速作ってみようと思い、俺は宿に幾つか作られている台所の一つを借りて、買ってきた食材を広げた。
この時期、ランティナの宿には美食競争に挑む冒険者が台所を借りに来る。そのため、宿はあらかじめ簡易の台所を数部屋作っている所が多く、安い料金で冒険者が借りる事が出来るのだ。
俺は約六畳程度の狭い簡易台所に入り、まずは火を起こした。
不正防止の為か簡易台所は完全な個室になっていて、横の声は聞こえない。両隣にも俺と同じような冒険者が居たはずだが、料理をする音は微かに聞こえる程度で何をしているかまでは解らなかった。
「うーむ、意外と対策がしっかりしてあるな…。まあその方がありがたいけど……と。よし、白パンに小麦粉に卵に塩胡椒。そんでリモナの実。後は島で取って来たカンランの実の種と、クレハ蜜だな」
まずはやってみよう。
俺はエプロン代わりの布を付け半袖を更に捲り上げると、調理に取りかかった。
まあ実際、作り方を解っていればマヨネーズも簡単なものだ。
卵から卵黄を取り出して、塩胡椒と蜜とレモン……の代わりのリモナの実の汁と擦りおろした皮を混ぜて撹拌し、そこから更に油を少しずつ加えながら混ぜる。
本当はマスタードとか少し入れた方が良いんだろうけど、残念ながらカラシ系はまだ見つけられてないんだよな。まあとにかく、一生懸命かき混ぜだ。
これが結構手間がかかるし大変で、かなり腕を使う。
俺が普段食べていたしっかりとしたマヨネーズほどではないが、かき混ぜる棒を離した時に少しだけツノが立てばまあ完成で良いだろう。
「味見してみるか……」
少しだけスプーンで取って、口に含んでみる。
レモンの風味が強く、柔らかい味ではあるが……これはまさにマヨネーズだ!
「ぃよっしゃ! 自家製だから作ったら長持ちしないけど、これからは持ち運べるカンラン油を使えるから、これでいつでもマヨが食べられるな……!」
卵の入手や胡椒の価格の問題はあるが、まあ今の俺にしては微々たる問題だ。
街であれば卵は入手できるんだし、この世界の卵は常温でも三週間くらいはもつらしいから、旅の途中でもマヨが作れるだろう。
しかし……この卵、マジで何の卵なんだろう。
楕円形っていうよりなんか長細いし、殻は柔らかくて分厚い膜みたいだし……殻って言うよりも繭玉っぽい感じに近いような……。
う、うむ、深く考えない事にしよう。
繭玉っていうより綿菓子。うむ、これは綿菓子の形だ。
「しかし繭玉……綿菓子かあ……。そうだよなあ、お祭りって言ったら綿菓子とかだよなあ……あー、今年の花火大会どうなったんだろう。あいつらまさか、彼女作ったりしてんのかな。そうだったらぶっ殺してやる……」
この世界に来る前の話だが、俺は女子からリンチに遭ってからと言うもの、もう学校では恋愛が出来ないと塞ぎ込んでいたので、悪友達が気晴らしに夏の花火大会に連れ出してくれると言う約束をしていた。
スケベと言うだけでボコられた俺に対しての精一杯の優しさだったのだろうが、花火大会で浴衣美少女をナンパ出来るような勇気が有れば、俺だってボコられずに済んでいた訳でなあ。
いやでも、その気持ちは嬉しかったし……ダチと一緒に花火は見たかったから、楽しみにしてたんだけどなあ。
「そっか……俺って、夏休みどころか花火大会もすっぽかしちまったのか……。今あっちじゃ何ヶ月経ってるんだろう。元気にしてんのかな、みんな……」
やだなあ、マヨネーズ作ってたら思い出さなくても良い事思い出しちまったよ。
婆ちゃんから教えて貰った事を考える時は、こんな事なかったのにな。
……あれかな、普段使ってた物だから、余計に思い出しちゃったんだろうか。
異世界に来てもう数か月経ってるってのに、俺も諦めきれないんだな。
ブラックと離れたくない気持ちはあるのに……自分の「故郷」のことを考えると、色々思い出してしんみりしちまうなんて。
「…………せめて、向こうがどうなってるのか知る事が出来たらなあ」
母さんや父さんは、心配してないだろうか。
誰か一人でも俺のことを捜してくれてたら嬉しいけど……でも、今となっては、誰も気にせずに普通に過ごしてくれていた方が良いような気もする。
ブラックと離れたくないと考えはじめた今は、はっきり「帰りたい」と言えなくなって来ちゃってるしな……。
「はぁ……なんであんなのに惚れちゃったのかなあ……俺……」
本来恋なんてするはずない相手だし、元の世界に帰りたいって思ってるんなら、絶対にこんな風になっちゃいけなかったのに……こうなっちゃったんだよなあ。
今更な事だけど、そこを考えるとなんだか憂鬱になって俺は項垂れる。
ここはファンタジーな世界だし同性恋愛も年の差もとやかく言われないけどさ、俺の世界のじょーしきで考えると、かなりとんでもないんだよなあ……。
ブラックの正確なトシは解らないけど、どう考えても三十代後半だし俺の父さんとあんまり変わらない年齢だ。その上オトコで俺が女役だ。
それに、ブラックの過去とかを色々知っちゃった今となってはどうでもいい話だけど、最初の出会いは強姦まがいのえっちだったしなー。
一から十まで話したら絶対ブラック殺されそう。母さんに。
父さんはまあ、俺と同じような能天気な性格だし、なれそめさえ隠せばどうにか……ってかまあ物理的に会わせられないんだから、そんな心配は無用か。
でも、現実的に考えるとエグい現状だよなあ……。
「…………俺が男と付き合ってるって知ったら、尾井川とかなんて言うかな」
俺と双璧を成すエロ魔神だったあいつは、今も元気にエロ画像を収集しているのだろうか。出来れば俺の部屋のHDDは壊しておいてほしい物だが。
いや、父さんが勝手に自分の物にしてそうだな。悲しい。
「ってそれはどうでも良いか。にしても……まさか自分が異世界に放り込まれて、『食べ物が恋しい』じゃなく『故郷が恋しい』になるとは思わなかったな……」
そう言いつつ、俺は自家製のマヨネーズをもう一掬いして口に含む。
確かに元の世界の食べ物は恋しいけど……俺は元々ファンタジー世界の食事とかに興味がある方だったし、醤油や和食が恋しいとは思っても、そこまで酷く欲しいとは思わなかったんだよなあ。
まあこの世界の食事って基本不味いけど、時々すっごく美味しい料理も有るし。
恐らく、まともな食事をしてる女の子だったら、この世界には耐えられなかっただろう。だが、賞味期限切れの物すら受け入れる俺の胃袋には、この世界の大味な食事も脅威では無かったようだ。うーん、誇らしいけどちょい悲しい。
まあ最近は美味い食事にありつけてるから文句はないけどさあ。
「美味い食事か……。でも本当この国ってメシ美味いよなあ。西に行けばいくほど美味くなるのかな? 肉料理もなんか手の込みようが段違いだもんなあ」
それにしても、この世界でも肉は美味いよなあ。
クソマズ肉ばっかりの世界に召喚されなくて良かったわ、と最初のシリアスからずれた事を考え始めた俺に歯止めをかけるかのように、ナイスタイミングで扉を開けてブラックがやって来た。
「ツカサ君、ただいま!」
「おっ、おかえり。練習どうだった?」
海風に揉まれ少し髪が傷んでしまったのか、いつもより余計にごわついた赤い髪を撫でて直しつつ、ブラックはいつもの笑顔で近付いてきた。
「上々かな。あっ、それ何? 新しい料理かい?!」
目ざとくマヨネーズを見つけて指を伸ばそうとするブラックの手を叩き落とし、俺は「手を洗え」と睨み付けた。
その視線の意味が分かったのか、ブラックは「ちぇー」とかなんとか言いながらも素直に水瓶から水を汲んで流し台で手を洗う。
「つーかクロウはどうした」
「ああ。あの熊なら櫂を壊して、ファランに手に馴染むものを作って貰ってるよ」
「ハァッ!? 櫂を壊した!?」
どうやって壊したんだよ!
まさか膝で折ったの? そんなバカな。いやでもまさか漕いだだけでボキッと折っちゃうなんていくら腕力がカンストレベルの獣人でも……。
「バカだよねえあの熊、櫂の持つところ握り過ぎて粉砕するとか」
「アーッ! やっぱり恐ろしい壊れ方してたー!!」
ちょっと待って、わたくしそんな力の強い獣人に今まで抱き着かれてたり抱っこされたりしてたの。一歩間違ったら首キュッてなってたりしたの。
それとも山を越える内にクロウは超進化しちゃったとか?
ヤダ怖い、獣人族のポテンシャルと伸びしろが凄すぎて畏怖の念しか湧かない。
「木製の櫂だから壊れたのかもって、鍛冶屋に頼んで特製の櫂を作らせてるみたいだよ。だから、帰ってくるのはもう少し先だね……っと……ホラ、ちゃんと洗ったから食べて良い?」
「む、把握した。じゃあまあ……ほらよ、スプーン」
「えぇー、食べさせてくれないのー?」
「バカ!!」
冗談言ってんじゃねーわいと毛を逆立てて怒るが、ブラックはそんな俺の怒りをハイハイと流して、スプーンでマヨネーズを掬って食べやがった。
こ、この野郎、あしらい方をだんだん覚えてきやがったな。
まあ良いか。しかし……俺の見ていたネット小説では、マヨネーズは絶賛されて当たり前の扱いだけど、この世界ではどうなんだろう。
俺と味覚は変わらないみたいだし、イケると思うんだけど……これでマヨが駄目だったら、魚の料理も別の考えなきゃなあ。
マヨネーズを口の中でもごもごさせているブラックを見上げつつ、俺は窺うように恐る恐るに訊いてみた。
「……マヨネーズって言って、パンとか他の食べ物に付けて食べるソースみたいな物なんだけど……美味しいか?」
「うん……なんだろ、初めての味だけど……わりといいね。でも、コレ単体だとちょっとねっとりし過ぎてて辛いかも」
良かった、この世界でもマヨネーズは受け入れられるみたいだな。
「じゃあ、軽く焼いた白パンに付けて食べてみな。本当は、野菜とかに付けて食べたりするのが普通だけど、まあ良いだろ」
パンにマヨってデブ一直線な奴だけど、まあブラックは鍛えてるし、このくらいならば平気だろう。
そんな思惑を抱きつつマヨを塗ったパンを差し出すと、相手は迷いもなくサクッと食らいついて咀嚼した。
すると、今度は先程のぼんやりした評価とは違い、顔を明るくして。
「うわっ、美味しいねこれ!? マヨネーズの味がじんわり染み込んできて、それにパンもサクサクで美味しいよ……! うわー、酒が欲しくなる……マヨネーズって濃くて美味しいんだねぇ……!」
マヨラーという嗜好の人が居るけど、そんな嗜好になる切欠ってこう言う些細な食べ方からなんだろうか。
マヨトーストって夜食とかで何度かやってたけど、俺もここまでは感激しなかったような……いや、俺はマヨが普通に存在する世界だからそう思うのかね。
まあ、とりあえずブラックが美味しいって言ってくれたからいいか。
「はわぁ……本当ツカサ君は料理が上手だなあ……。あっ、でもコレを作ったって事は、コレが美食競争の料理になるのかい?」
「いや、これはただの付属品。俺が作りたい料理のついでに、このマヨネーズを使ったソースも作ろうと思っててさ。そんで試しにやってみたの」
「じゃあ、本命は別?」
「うん。これは卵や油を使ったソースだから、船の上ではあんまり作れないしな」
「そっかぁ……残念だなぁ」
サクサク言わせながら全部トーストを食べ切ってしまうブラック。
少し残念そうに眉を下げるその顔が何だか可愛く見えて、俺は苦笑した。
「まあ、街に立ち寄れたら作ってやれると思うから、期待しててくれよ。長く保存できる油も見つけたしな」
「ホント!? うわぁ、うわぁあ……! ツカサ君大好きだよー!」
よっぽどマヨネーズが気に入ったのか、ブラックはいきなり抱き着いてきた。
うおおマヨネーズ効果凄すぎるんですけどっ!
でも出来れば、女の子に抱き着いて欲しかったなあ!
……いや、ま、まあ……いいけど。
別に、その……抱き着かれるのは嫌じゃないし……。
「んんん……可愛いし料理も美味いしなによりこんなに優しい恋人がいるなんて、僕は本当に幸せだなあ……」
「……そーかよ」
こやつ、クロウの事を気にしてか余計に恋人恋人言うようになってるな。
もう認めた事だし別に言ってもいいけど、なんか必死だよなあ……。
クロウに迫られたくらいでアンタから離れようと思うんなら、最初から好きにもなってないし、仮にもしそうなったとしたら抱き締められるのも拒絶してるよ。
アンタが好きじゃないなら、こんな事許してないって。
俺は、男だぞ。
感極まった時でもない限り、男に抱き締められるなんてごめんなんだってば。
だから、大丈夫だって思って欲しいんだけど……まあでもこのオッサン、物凄く嫉妬深いワリに、俺との関係については自信がないっぽいんだもんな。
俺と一緒に「恋人とはなんぞや」なんて悩んで、素直に我慢してるくらいだし。
……別に、うぬぼれてくれたって良いんだけどなぁ。
面と向かっては言えないけど、俺だってちゃんと、アンタの事……。
「……幸せだと思うんなら、ちょっとは信用して欲しいんだけどな」
「ん?」
「何でもない。っつーか離れろ。俺はまだ練習の途中なんだから」
とは言え、抱き締められることを拒否しない俺に、ブラックはその意図が解っているのかいないのか、ニコニコと笑いつつ無精髭の頬を俺の頬にすり寄せて来た。毎度のことながらチクチクするし痛い。
「えへへ……ねえツカサ君」
「……なに」
「恋人の僕には、優しいね」
「…………バカ」
まあ、疲れて帰って来たんだし……もうちょっとだけ、抱き締めさせてやるか。
→
※次はすこしすけべ(´・ω・`)
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