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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編
見つけ出した大事な物2
しおりを挟むナニソレ。俺がまだ隠してる事が有るって知ったうえで言うの。当てつけ?
いや待て、そう言うんじゃないんだろうな。
このオッサンの場合は、ただ怖いだけなんだろう。
全てを知られて、俺に負の感情を抱かれるのが。
……そんな事、もう予測してた事だからもう話しちゃってもいいのにな。
でも、俺だってコイツと同じようなモンか……。
俺だって、いつ元の世界に送還されるのか解らない状況を隠している。
ブラックを悲しませたくない、その姿を俺が見たくないと思って、そんな重大な事を今も言わずにいるんだ。これはこれで、酷い事なんだよな。
ブラックだって、俺の態度に薄々そう言う事情を読み取っているんだろう。
だけど、何も聞かないでいてくれる。
俺が話すのを待つとでも言うように、ずっと傍に居てくれてるんだ。
それを考えると……秘密を話す事より、秘密を抱えてる相手を許す事の方が、ずっと辛くて難しい行動のように思えた。
俺は、理解出来てるから良いよ。アンタが悪人だろうが気にしてない。
だけど……アンタにとって、俺は「異邦人」だもんな。アンタの性格なら、隠してる事だって根掘り葉掘り聞きたくなるはずだろう。でも、我慢してるんだ。
俺と……恋人だって、思ってるから。
「…………」
そう思うと、俺はなんだか胸が熱くなるような感覚を覚えた。
気恥ずかしい考えが、次々に頭の中に浮かんでくる。
……相手の顔があまり見えない薄暗い洞窟のせいなのか、なんだかその気恥ずかしい考えも今なら素直に言えるような気がして、俺は少しだけ隣にいるブラックを見た。
「秘密にしてる事を、言わなくてもいいかって?」
「うん……」
「……別に良いよ。俺だってお前に言ってない事が沢山あるし……今も、言うか迷ってる。でも、どんな奴にだって隠し事はあるだろ? 夫婦だって兄弟だって、なんでも話し合ってる訳じゃないし。……相手の事を全部知りたいってのは、人のサガだけど……でもきっと、何でも全部話してたら窮屈になると思う。だから……秘密があっても、いいんじゃないかな。それでお互いが良いって思うなら」
「ツカサ君……」
縋るような声がおかしくって、俺は苦笑してブラックの顔を見た。
「それに……アンタに秘密があったって、それで嫌いになるわけじゃないし」
大人のクセして情けなく歪んだ、見慣れてしまっている相手の顔。
薄暗くってあんまり解らないけど……俺の言葉に、相手が更に顔を歪めたのだけは分かった。情けなく、だらしなく、嬉しそうな顔で。
……そんな顔にホッとする俺も、多分もう重症なんだろうな。
ブラックが悪人で、人を何人も殺してて、吐き気を催すほどの邪悪な存在だったとしても――――俺には、きっと関係のない事なんだろうと思う。
邪悪だから犯罪者だからって理由で好きになった相手を見放せるくらいなら、きっと恋なんてしていないと確信してしまってるから。
例え相手の為にならない関係だとしても、解っていても、離れたくなくて一緒に悪い道に進んでしまう。それは褒められた事じゃないけど……それも、相手を真剣に想って行動したが故の事なんだと思う。今の俺には、その気持ちが分かるんだ。
だから、俺には過去のブラックが何をしてようが関係なかった。
ブラックが今のままの、情けなくて、ヤンデレで、執着の強いダメなオッサンであれば……俺は、それで良いんだろう。たぶん。
だから、ブラックに重い罪があって秘密を持ってるとしても、俺には関係ない。
こいつと一緒に居たいと思う気持ちは、どうしたって消えないんだから。
それが恋という物だとしたら、もう、それでいい。
俺は「恋」をしてるんだろう。このオッサンに。恋人なんだから、当然なんだ。
認めてしまえば呆気ないものだけど……
でも、そう思えるには俺にも時間が必要だった。
今だからこそ、きっと……こんなに素直に認められたんだと思う。
……終わりが来る可能性を知ったから、後悔したくなくて、今まで蓋をしていた自分の思いを素直に認められた……だなんて、ブラックに言える訳がないが。
「ツカサ君……嬉しいよ…………っ」
涙声が近付いて来る。
手を取られて、にじり寄ってくる音がして、頬に息がかかった。
あ、これ……キスされる。
「ぶ、ブラック」
「ツカサ君、好き。好きだよ……大好きだ……!」
ちょっと待て、と言いたかったのに、勢いに圧されて口を封じられる。
だけど触れる以上の事はされず、俺は逞しい腕に囚われて何度もキスをされた。
さながら、好きな相手の顔を舐めまくる犬と人間と言うか何と言うか、苦しい。
やめんかと手で拒否しようとしたけど、なんだか抗う気になれなくて、結局俺はブラックの気の済むまで貪られ続けた。
「ん……ぅ……」
「はぁ……っは……」
触れる程度のキスだけでこんなに息が荒くなってるなんて、思春期かお前は。
そんな面白くも無いツッコミすら、うまく言えない。
触れる唇が、頬を苛む無精髭が、相手の熱い息が、思考を溶かしていく。
俺の背中を掴む手は熱くて火傷しそうなのに、それでもブラックは自分を必死に自制するかのように触れるだけのキスを何度も繰り返していた。
何を思ってるんだか判らないけど、でも、俺の事を考えて我慢しているんだろうと言うのは、不思議と感じ取る事が出来た。
……どうして我慢してるんだろう。
いつもみたいに……がっついたって、いいのに。
ぼんやりとした頭でそこまで考えて――――
俺は、自分のとんでもない発言に一気に発火した。
「――――~~っ!!」
ば、ば、ばっかじゃねーの!!
いつもみたいにってなんだよ、の、望んでないし、望んでないし!!
だってそりゃ、あの、いつものブラックならこっから押し倒して、俺の服剥ぎ取ったりするワケで、それをしないから俺も変に思っただけで!
そりゃえっちはその、嫌な訳じゃないし、その……。
「んっ……ん? っふは……どうしたの、ツカサ君」
「ひぇ……っ、な、なんれもないっ」
わーっ俺のバカ頭が茹だり過ぎてアホみたいな口調に!
口を押さえる俺に、ブラックはキョトンとした顔をしていたが、やがて嬉しそうに笑った。
「ツカサ君、可愛い」
「う、うっせ……っていうか、何だよいきなり! き、キスばっかして……っ」
「だって、嬉しかったから……でもこれでも我慢したんだよ? ツカサ君、昨日は高熱を出したんだし、色々あったから、本番は街で思う存分にと思って……」
「本当お前はなんでそう何でもかんでも正直に言うかなぁ」
さっき「秘密が有ってもいいんじゃない?」って言いましたよね俺。
その欲望も、ちっとは秘密にしてほしいんですけど、と睨むと、ブラックはまたもやデレデレした情けない笑みで笑いながら頭を掻いた。
「だって、ツカサ君を好きな気持ちは、大きすぎて隠せないんだもの。だからね、我慢しようとしても……すぐ『好き』って気持ちが出ちゃうんだよ」
「…………っ」
なんだよ、それ。
殺し文句?
い、いつからそんなまともな殺し文句言えるようになったんだよお前。
しかもキザで古臭い、情けない大人が透けて見える、言葉。
だけど、不覚にも俺もドキドキしてしまっている訳で。
長々とキスをされて感覚が高ぶっているせいもあるだろうけど、でも、至近距離で整った顔の相手に笑顔でそう言われると、どうしても鼓動は収まらなかった。
それどころか、ブラックの菫色の瞳に見つめられると胸が苦しくて仕方なくて。
「わ、わか、った。分かったから……その……離せよ……っ」
「えー。折角いい雰囲気なのに……」
「ここでやんなくてもいーだろ! せ、せめてベッドの上とか……あっ」
ヤベ。失言した。
思わず口を押さえるが、言っちゃったもんを取り消せるわけもなく。
「え? ベッド? ベッドの上ならいいの? これからずっと?」
「そ、そんな事言ってないだろ!」
「でもベッドの上ならこんな事しても良いんだよね……?」
そう言いながら、ブラックはまた俺の口に軽くキスを落とす。
触れるだけじゃなく、俺の唇を僅かに吸いつき食むような動きに、反射的に体がぞわりとしてしまった。それが「嫌」という反応じゃない事なんて、俺だってもう解ってる訳で。
アホか、と言ってやりたかったけど……。
今更自分の気持ちを定めた俺には、「ブラックを好きだ」という事実が重すぎて何も言えない。むしろ意識するたび、恋人になりたての時のように顔が熱くなって仕方なかった。
ああ、もう。少女漫画じゃあるまいし。
誰かを好きになるって事が、こんなに心が動揺することだなんて思わなかった。相手の小さな動きにまで目が行って意識して、それを意味深に思ってしまう自分が恥ずかしいだなんて思っても見なかった。
だけど……どうしてだか、そんな自分が気持ち悪いとは思えなくなっていて。
「ツカサ君……」
「ん……んんん……が、我慢……出来たら……」
「ホント! 我慢するよするするー!」
わーいと両手を挙げて喜ぶ姿は、オッサンというより小学生だ。こんなガタイのいいヒゲ生やした小学生いてたまるか。
許容しつつもやっぱり早まったかなあとうんざりする俺に、ブラックはもう一度ぎゅっと強く抱き着くと俺の頬に何度目か判らないキスをした。
「ツカサ君、大好きだよ」
何度言われたって、慣れない。
でも、俺だってコイツのことを憎からず思ってるんだから、ちゃんとした態度で好きだって言ってやっても良いんじゃないかと思うけど……でもやっぱり、恥ずかしくて言えない。
もしかしたら、秘密を話す以上に難しい事なんじゃないかと思えた。
婆ちゃんが「爺ちゃんはあんまり好きって言わない人だった」って言ってたけど……それって、こういう気持ちだったからなのかな。
好きだけど、大事な言葉だから軽々しく扱いたくないっていう偏屈な気持ちがあって、だからこそ恥ずかしくて滅多に言えないって感じだったんだろうか。
……女の人だったら、相手に素直に好きって返せたのかな。
家族以外の奴に、こんなに真っ直ぐに愛される事なんて考えもしなかったから、解らない。もしそうだとしたら、俺は少しだけ男に生まれた事を残念に思った。
ごめん、ブラック。
俺、面倒な男なんだ。どうしたって、長い時間と覚悟が居るダメな男なんだよ。
でもアンタは多分……待っててくれるんだよな。
俺が抱えるどうしようもない不安も秘密も、俺が話そうと思うまで。
「…………」
「……どうしたの?」
俺が急に表情を失くしたのを見て、ブラックは何かあったと思ったらしい。
薄暗くたって、ホントすぐに解ってくれるんだな。アンタは。
その事がむず痒くって、俺は少し笑うとブラックにちゃんと向き直った。
「……ブラック。……全部は言えないけどさ、でも……あの本のこと……話すよ。アンタには衝撃的な話かもしれないけど……でも、知っていて欲しいから」
グリモアの事は、話せない。
自分のせいで俺が帰る可能性が高まったのだと知ったら、アンタは苦しむだろうし……今はまだ、アンタに別れ話なんてしたくないから。
でも、あの【ロールプレイングゲーム】という本の意味と、グリモアの事以外の中身だけは、ちゃんと教えてやりたい。
ブラックにばっかり辛い思いをさせるのは癪だから。
そう思って菫色の瞳を見つめた俺に、ブラックは静かに頷いた。
「…………うん。聴くよ。話して、ツカサ君」
――――それから、俺は話せる所までをブラックに話して聞かせた。
かつてこの世界に、俺と同じ「誰かに連れて来られた」異世界人が居て、幾つかの言葉や習慣を残していった事。本の著者がどんな存在で、どの時代に生きたかは解らないが、過去では異世界が認識されていた事。
そして、この本に書かれていた文字が、俺の故郷の文字である事と……俺が自分の世界へと帰る手段が「テウルギア」という遺跡に存在しているという事実も。
全ては話せないがと言った上での話だったが、ブラックは薄暗い洞窟の中で静かに聞いてくれていた。最後まで、真剣な表情で。
そうして、俺に寄り添って……一言だけこう言った。
「……苦しかったよね、ツカサ君……。話してくれて、ありがとう」
俺の頭を優しく撫でて、肩に凭れかからせる。
ああ、言って良かった。素直にそう思えて、俺は安堵する気持ちと自分の狡さの両方に心を揺さぶられながら、暫くブラックに寄りかかって黙っていたのだった。
なんかもう、後戻り出来ない所まで来ちゃった気がするけど……まあ、いいか。
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