異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

20.黒曜の使者と神様のはなし

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 物凄く恥ずかしい話だが……あの胸糞悪い本とメモを読んだあと、俺は知恵熱が出てしまったらしくてその場で倒れてしまった。
 その後ベッドで眠り続け、数時間くらい熱に浮かされて意識が朦朧もうろうとしていたらしい。でも、ブラックが必死で俺を介抱してくれた事だけは覚えている。
 俺を抱きかかえて、一生懸命に俺のそばで見ていてくれて――――。

 それが何故だかとても嬉しくて、変な事を口走ったような気もするが……たぶん気のせいだろう。うん。覚えてない。俺は覚えてないぞ。

 何しろ、俺は寝込んでいた数時間の記憶が定かではないからな。
 ロールプレイングゲームという本の内容のすさまじさや、あのメモ書き。そして衝撃的な事実に因る混乱は、戦闘の後で疲弊していた俺の精神を、思った以上にオーバーキルしたらしい。そのため、俺は熱でだった脳みそに苦しみながら、夢も見ず覚醒と睡眠を繰り返していたのだ。
 なもんで、変な事言ってても多分わかんない。こわい。

 だがしかし、そのおかげで頭がスッキリしたのも事実だ。
 次に完全に覚醒した時、俺は何故か気力充実の上に超回復までしていた。
 なんでと問われても俺も良く解らないんだが、元気になったしそこは気にしない事にする。

 でも、起きた時に、ブラックが鼻水と涙と涎をだだもれさせて、俺に抱き着いて来たのには参ったが……まあ迷惑かけたし、今回だけは許す事にした。仕方ない。これは、借りだから仕方ない。こっちも心配させた分、ブラックには何も言えん。
 まあぶっちゃけ、心配してくれる人が居るってのは……悪い気分じゃないし。
 こんな事言ったら調子に乗るから、絶対に言わないけどな!

 ……とにかく、色々と有り過ぎて不覚にもぶっ倒れてしまったが、だからってショックを受けたままだったり、泣いたりしてる訳にもいかない。

 そりゃあ、今も動揺してるし物凄い不快感がある。
 あんな可能性、知りたくなかったよ。
 だけど、そこで立ち止まってたら俺はもう何も出来ないだろう。

 泣く事なんていつでも出来る。俺はもう泣いたし、迷惑もかけた。
 それに、俺にはまだやる事が有るんだ。立ち止まってる訳には行かなかった。

 病み上がりで無茶だよぉ、とブラックにたしなめられたが、レッドをずっと眠らせておく訳にもいかないだろうと言うと、ブラックはめっちゃ不満げな顔をしながらも大人しく引き下がった。
 まあそうだよね。ずっと眠ってたら衰弱して死ぬもんね……。

 ってな訳で、俺はまた第六層へと連れて来て貰い、禁書の間の本を漁った。
 ブラックが三十センチ程度の至近距離で俺を監視すると言う罰ゲーム付きだったが、仕方ない。物凄く嫌だが仕方ない。
 だって、ブラックは俺に“どんな内容を知ったのか”を聞かずに、ずっと心配してくれてるんだもんな。
 心配かけてるんだから、このくらいは我慢しなきゃいかん。

 今俺がやらなきゃいけない事は、俺の力を制御する方法を探すことだ。
 全てを話して悩んでダダをこねてもいいけど、それは後でも出来る。ブラックもそれを理解して、黙って俺に付いて来てくれているのだ。
 だから、今やるべき事はしっかりとやらなきゃな。
 …………考える事から逃げてるって言われたら、否定はできないから困るけど。

 とにかく、今は手がかりを探すっきゃない!
 俺は至近距離の視線をなるべく気にせず、禁書の本棚を順に確かめて行った。

「ええと……ないな……」

 半分くらい見たが、それらしいタイトルの本は見当たらない。
 頬を掻きつつ他の本棚に行こうとすると、それまで黙っていたブラックが疑うような声で俺に問いかけて来た。

「ねえツカサ君……さっきから思ってたんだけどさ、本の名前を見ただけで黒曜の使者関連の本だって解る物なのかい?」
「うん、解ると思う。……推測でしかないけど」

 雲の上の別格の存在、みたいな奴があんな本を記してこの世界に残しておいたんだから、きっと俺が読める文字で書かれた黒曜の使者の本が在るはずだ。
 過去からの遺産というのなら、それくらいのお宝はあって当然だろう。

 そう思って探していると、本棚の下段で光っている物があるのに気付いた。

「…………?」

 近付いてみると、パンフレットのように異様に薄い本がそこに在った。
 あの本と同じように光ってたけど……これ本当どういう現象なんだろう。もしかして、この部屋って望んだ本を見つけ出してくれる機能でもついてんのか?
 それならそれでありがたいけど……と思いつつ、俺は本を抜き取った。

「それ……絵本かな?」
「絵本? まあでも薄さからしてそれっぽいな」

 俺に読める文字だろうか、と題名を見ると、茶色い獣皮の表紙に確かに俺の世界の文字が刻んであるのが見えた。ただし、それは英語だったが。
 ……英語……俺が苦手な英語か……。

「えぇと…………あ・すとーりーとぅ……コレ何て読むんだ……? リプレース? クレーター? やべぇ全然わかんね。英語の成績2の俺が解るわけねーよコレ」
「僕には全く読めないけど……この変な文字、ツカサ君は読めるの?」
「あ、うん……俺の国の文字じゃないけど一応ちょっとだけ勉強してたからな」

 良く解らないけど、何かの物語である事は確からしい。
 でも、俺は黒曜の使者に関する事を知りたかったんだけどな……。これを見たら解るって言うんだろうか? まあ、とにかく中身を確認してみるか。

 ブラックと目を合わせてから、俺はゆっくりとその本を開いた。

「…………あ、よかった……中身は英語じゃない。っつーか文字が……かすれて消えかかってる……」
「この本の紙は物凄く黄ばんで劣化してるね。よく見たら、表紙自体もかなり古い物みたいだ。しかし……こんな本がどうしてここに」
「うーん……とりあえず読んでみるよ」

 一枚白い紙があって、それをめくると本文が現れた。
 しかし本の内容はかなり簡素で、その代わりに何か挿絵のようなイラストが大きく付けられていた。やっぱり絵本なんだろうか?

「えーと……なになに?」

 文字は掠れていて読み辛いが、なんとか把握する事が出来る。

「何が書いてあるか解る?」
「ちょっと待て。……えっと…………この世界には……神と破壊者が……あった」

 短い文章の下にあるやけにファンシーな挿絵には、分かりやすい白ヒゲで天使の輪っかをつけた神様と、真っ黒な影のような存在が仲良く並んでいる。
 ページをめくり話を読んでいくと、次のような事が書いてあるのが解った。



 ――この世界には、神と破壊者があった。
 神は世界を構築し、破壊者はその構築された世界を奪い破壊するのだ。
 しかしその事を知るのは神のみであったため、昔々の人々に神はこうおっしゃった。

 『異界より来たるものに気を付けなさい。その者は黒き闇からきたるもの。黒は暗黒、全てを無に帰す忌まれるべき色。我が愛しき世界を破壊する黒き使者にあらがうため、そなた達は力を持ちなさい』

 そうして、世界の人々には力がもたらされた。
 力は全てが敵を滅ぼすための物で、神はその力を人に向ける事は許さなかった。
 だから世界は平和だったのである。あの黒い世界からの使者以外は。

 しかしある時、もう一人の神が現れた。
 そのものは人を救い、人を癒し、人に無限の力を与えた。

『黒い使者などいません。みんな、戦わなくていいのです』

 その存在は人々と同じように暮らし、神よりも深い愛で人々に尽くした。
 神のような力を使い、人々が望むもの全てを与えたのである。
 しかし神はこう仰った。

『そのものこそ、黒の使者。我が世界を殺す破壊者である。その人間が人の為に力を使う事をやめれば、たちまちその力は闇に呑まれ災厄と化すであろう。そのまえに、皆でその人間を殺すのだ』

 人々は戸惑い、悩んだ。
 神様も、もう一人の神も、人々は信奉していた。
 黒の使者と呼ばれた神は、決して度が過ぎた私欲で力を使う事などなかったが、しかし、神に作って貰った自分達の事を考えると、命令にそむく事もためらわれる。

 そのうち、人々は悩んだ末に黒の使者の神から離れて行った。
 だが、それこそが黒の使者の力を呼び覚ましてしまったのである。

 黒の使者の悲しみは世界を揺らし、壊わし、溺れさせ、焦土を作った。
 全ての幸福を与えたように、その者は全ての災厄も人々に与えたのである。

 神はこれに怒り、黒の使者を封じようとした。
 戦った。
 そして

 神がまた、生まれた。

 こうして、世界は平和になったのであった。



「………………」
「なんか……何て言ったらいいのか……その絵本……凄くモヤモヤするね」
「うん……」

 結末を示す二つのページの挿絵では、神と黒い使者が絡み合いもやの中に消えて、最後に神様が勝ったかのような絵が描かれていた。だけど、なにか嫌な違和感が有って、俺達は顔を歪めながらその最後のページの神様を見続けていた。

 別に、変わった所はない。
 だけどこんな風に変にぶつ切りになった文章を書かれたら、猜疑心が芽生えたって仕方ないだろう。

 「神がまた生まれた」って、どういう事だよ。神様は負けて、黒い使者が神になったのか。それとも、融合して新しくなったのか? 神様が一度死んだけどまた復活したって事もありえる。だけど、絵本はこの結末以上の事は教えてくれない。

 ただ、神は死んではいないと言う結論を提示しただけだった。

 そんな風に放り出されたら、そら変な気分にもなるよ。
 でもこの絵本は俺にとっては重大な事を教えてくれていた。

「……なんとなく、この本が光った意味は分かった気がする。これ、暗に『黒曜の使者』を示してるんだよな? 絵本っぽい内容だし、全てが本当かどうかは解らないけど……でも、この『黒の使者』の行動からすると……」
「ツカサ君の力は、度が過ぎた私欲のためじゃなく、人のためを思って発動するなら……大抵は良い方向に作用するってことなのかな」
「……多分……」

 確信は持てないけど、よくよく考えたらこの本は「初めて出会った黒曜の使者に繋がる情報」だ。今までぼんやりとしていた黒曜の使者の能力や弱点を、端的ながらもちゃんと描いている。そして、その恐ろしい災厄の力も。

 禁書の間の何かが俺をこの本に導いたんだから、何か意味があるに違いない。
 だから、信用してみても良いと思うのだが。

 そう思ったが、ブラックはどう考えたのだろうかと相手を見上げる。
 すると、ブラックも片眉をしかめながらも軽く頷いていた。

「……そうだね。考えてみれば、今までツカサ君は誰かを助けたりするために力を使ってたし、それで暴走した事は一度も無かった。それどころか……木の曜術に関しては、最早自由自在に使ってたよね? って事は……この絵本の言っている事は本当かも……」
「……人の為に力を使えば、災厄にならないで済む……ってことなのか……」

 全面的に信用できる訳じゃないけど、でも、信じてみる価値はある。
 これで少しは能力を自由に使える希望が出て来たかも。
 なにも使ったら暴走するわけじゃなくて、ちゃんと暴走する理由があるんだ。
 俺が正常な精神でいれば、なにも問題はないんだな。
 じゃあ大丈夫かも!

 にわかにチートが使えそうな雰囲気になって来て、今までの陰鬱な気分が晴れたような気がする! 今までずっと心配してた事だから、本当希望が持てるようになってよかったよ……!
 ううう、おめでとう俺、これでやっと俺もチート能力者だ……っ。

 とかなんとか感涙していたら、ブラックがふと思い出したかのように呟いた。

「……そう言えば……レッドと戦った時、僕、今までにないくらいに力が高まったような気がしたんだけど…………もしかしてアレも、ツカサ君の力だったのかな」
「え?」
「いや、だからね、僕はあの時ツカサ君とくっついて、同じ敵に術を放っただろう? その時に何だか異常な程に力がたぎるのを感じたんだ。……もしかしたら……ツカサ君の力って、曜気を無限に創造できるだけじゃないのかも。例えば……人に、考えられない程の凄まじい力を与える能力がある……とか……」

 人に、力を与える能力がある。
 ブラックのその言葉に、俺はある事を思い出して瞠目した。

 俺は、既にその言葉と似た台詞を言われた事が有る。
 砦の街でラスターと別れの言葉を交わしていた、あの時だ。
 ラスターは、「俺がキスをしたから力が流れ込んできて、失っていた能力を取り戻す事が出来た」と言っていた。

 ライクネスに居た時の俺は、この力が怖くて仕方なくて使うことを躊躇ためらっていたから、ラスターの「加護」という言葉を額面通りに受け取れずに、ただ能力についての危機感だけを募らせていたんだけど……それが俺の力の「暴走」じゃなくて「能力」だったとしたら、意味が変わってくる。

 俺は相手を助けたいと思って、リタリアさんを治し、ラスターの力を再生させ、ブラックの術を強化した。
 人を助け自分を守るために、水を生み、緑を生み、必要な物を造り出した。
 黒の使者……黒曜の使者が、人に「のぞむもの全て」を与えたのと同じように。

 リタリアさんの「元気になりたい」という望みや、ラスターの「力を取り戻したい」という強い願い、そして……ブラックの相手を制したいと言う想いを読み取り、俺の意思が鍵となって相手に望むだけの力を受け渡していたとしたら。
 「創造」の力が曜気を生み出す力ではなく、この絵本が指すように……「ひとがのぞむもの」を与える力だとしたら……。

「……なあ、ブラック」
「うん?」
「…………怖いな、俺の力……」

 もし、俺の考えが真実だとしたら――――
 俺の能力は、俺自身の為に存在するのではなく……。

 そこまで考えて、俺は体を震わせた。
 はは、まさかな。少なくとも曜術に関しては俺の意思での発動だ。それに、俺は私利私欲の為に水の術や木の術を使ったりしている。誰かに与えるために存在する能力だったら、こうは行かないだろう。
 だから、違うはず。そんな、神に怒りを食らうような、能力じゃあ……。

「ツカサ君……」

 考え込んでいた俺を、ブラックが抱き締める。
 何度目だよと引き剥がそうとしたけど……今の俺には、そんな事が出来る余裕はなかった。ああ、情けない。またメンタルどん底かよ。本当俺格好悪い。
 これじゃビービー泣いて俺にすがってたブラックと変わんないじゃんか。

 心の中で自分に何度も毒づいたけど、でも、結局ブラックの腕を拒否できなくて。

「大丈夫だよ。だってほら、僕達は冒険者だよ? 僕らには国なんて関係ない。噂になる事も無い。誰に縛られる事も無く好きな所へ行ける、自由な存在なんだよ。だから、大丈夫。誰もツカサ君をモノのように扱う事なんてないさ。……そんな事、僕が許さない。僕が、君を守ってみせるから」
「…………ばか……」

 クサい台詞言ってんじゃねーよ。昭和かよ。
 「守って見せる!」だなんて言われるくらい弱くなってる俺も格好悪い。
 駄目だ。俺が守ってやるって思ったのに。守られるだけじゃなくて、ブラックを助けたいって思ってたのに。これじゃ駄目だ。駄目なのに。

 どうしても、自分をすっぽりと包みこんでしまう体温には勝てなかった。

「でもさ、ツカサ君」
「……ん」
「良かったね。やっぱりツカサ君は災厄の象徴じゃなかったんだ。ホントは、人に幸せを与える神様みたいな存在だったんだよ。そんな子を恋人にしただなんて、僕は多分世界一の幸せ者なんだよね!」
「ばっ、ばか! 変な事いうなっ!!」

 何言ってんだと思わずブラックを見上げると、相手は至極真面目な顔で眉を吊り上げる。

「変な事じゃないよ、ちゃんとした事だよ!」
「ノロケがちゃんとした事なワケねーだろ!!」
「僕は優しくて可愛くて凄い力を持ってて可愛くてえっちで可愛い恋人を持ってるんだよ! これが幸せじゃなくって、なんだって言うんだい! 真面目に言ってるのに酷いよ!」
「可愛い可愛い連呼してんじゃねー!!」

 本当にこいつはすぐ空気を壊す。好き勝手にやりやがるんだから。
 男なのに可愛い連呼されてる俺の身にもなれ、本当にコイツは最悪だ。
 だけど、今はそれに救われたような気がして……俺は少しだけ笑顔を取り戻し、思いっきりブラックの顔をつねったのだった。












※色々と結論もちこしですみませぬ…長くなったので次か次々に_(:3 」∠)_
 そして、あと二三話くらいでアタラクシア編おわりです。
 ここまでの四話に色々詰め込みすぎた気がする…:(;゙゚'ω゚'):ウウウ…
 
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