異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ベランデルン公国、意想外者の不倶戴天編

1.求め過ぎるのも考えもの

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 一人の少女が、煉瓦敷きの古い道の上で布のボールを突いている。
 楽しげに声を弾ませながら口ずさむ歌は、何とも不思議な歌詞だった。

 ひとつめ かんかん つくりませ
  ゆめみて うみましょ すてきなものを

 ふたつめ とんとん つづりませ
  えがおで たたえよ みんなのおうち

 みっつめ だんだん きたえましょ
  ちからで めざせよ ゆうしゃのせかい

 よっつめ きらきら あいしませ
  みんなを すくえよ やさしいこころ

 いつつめ がらがら こわしませ
  すべてを こわして またつくろう
  
 ぐるりとまわって もういっかい

「…………あの歌、なんなんだろう?」
「さてね……僕もベランデルン公国にはあまり縁がなかったからなあ……」

 てんてんとボールをつきながら、歌に合わせてくるりと回ったりする少女。結構難しそうな動きを楽々こなしている姿を見ていると、運動音痴の俺は段々と彼女が可愛いと言うより羨ましく思えて来てしまった。
 何故、幼女に出来て俺には出来ない事が有るのか。

 運動音痴だから……いや、あれだ。逆だ。みんなが運動神経が良すぎるんだ。
 逆に俺くらいの方が普通なんだ。跳び箱の六段が7割の確率で飛べないのが普通で、十段とか軽く飛んでる奴は実は超人なんだ。
 だから俺が球技がヘタでも跳び箱が飛べなくてもおかしくない。
 おかしくないんだぁああ……。

「ツカサ君、どったの」
「い、いや何でもない……って言うか、ココ本当に首都なのか? なんか思ってたよりだいぶん閑散としてるんだけど……」

 気を取り直して幼女から目を放し、俺は周囲を見渡す。
 アコール卿国とこの国を結ぶ砦から馬を走らせ、約二日。さほど遠くない場所にある首都・トリファトは、なんというか地味だった。

 ――ベランデルン公国。大陸の西端に存在する常秋の小国だ。
 大きさはアコール卿国きょうこくの二回りほど小さく、大陸の中では二番目に国土が狭い。
 国の成り立ちも、オーデル皇国の一部をたまわったベランデルン公という人物がおこしたのが始まりであり、そこの所はお隣のアコール卿国と物凄く被っている。
 農業を営み慎ましやかな生活をしていると言うのも、実に似通っていた。

 まあ、貴族に国の一部を与えて独立させられるほど、極東のライクネスと極北のオーデルは昔から巨大な国だったって事なんだろうけど……この世界の歴史に詳しくない俺には、あんまり凄さが解らない。
 とにかく、その類似点も有ってか、ベランデルンとアコールは仲が良いらしい。
 親の国同士はかなり仲が悪いと砦の酒場のおっちゃんに聞いたけど、そう言うのってどこでも変わらないもんなんだな。

 だもんで、この地味な二国は表面上はあまり交流はないし、輸出入に関しての事でしか交流がないって事だったんだけど。

「アコールの首都もこのくらいのんびりしてるのか?」
「うーん……というか、端から端まで人がいるラッタディアが特殊なだけだと思うよ。大きな国はどこも首都が人でごった返してるけど、ベランデルンやアコール、それに島国の方はこの位が普通なんだ。まあ、中心部に近付けば人は居るけどね。この辺りは住宅街だから、ことさら閑散としてるんだろう」
「ふーん……」

 異世界でも人口流出とか一極集中とかそういう問題はあるんだなあ。
 うーん、世知辛くて嫌だ。

「とりあえず、中心街の近くで宿を取ろうか。あれからずっと旅のし通しだったし、一日か二日しっかり休んで、それから遺跡へ行こう」
「そうだな! 俺も観光したいし」

 早く遺跡に行こうと言ったのはどの口だ、と言われそうだが許してほしい。
 っつーかここ最近異世界の情緒を楽しむヒマなんて無かったから、改めて楽しみたいのだ。常秋の国って言ったら生える植物も違うだろうし、食事の事情も違うでしょう。そう言うのも探したいのよ俺は。
 人間、時には休息も大事だよ! うん!

 とか自分の後ろめたさを必死で押し込めながら、俺はブラックと歩き始めた。

「しっかし、この国の建物は随分と変わってるな」
「ここは常秋の国だからね。時々雪が降る事も有るけど、暑さは気にしなくていいから木と煉瓦を合わせた珍しい造りになってるんだよ。こういう技術は、島国から伝わったみたいだね。宗主国のオーデルはライクネスと似た建築様式だから、木を主体にして家を作る事はあまりないんだよ」
「はー、別の国の技術なのか! なるほどなあ……」

 街の建物は、木の壁でありつつも地面に接する部分は煉瓦とか漆喰を使っており、少し北欧風な感じがして常秋の国の気候にはとても似合う。
 木の壁が黒いのはどうやら木材の色らしいけど、どういう効果が有るんだろう。
 色の付いた木ってのも、良く考えたら不思議だな。
 ……そう言えば、この国に入ってから結構この世界では珍しい風景ばかりを見た気がする。

 例えば、藍鉄で首都へと向かう街道を走行中、道の端には草原や荒野では無くずっと穀物畑が続いているのが見えていた。
 なんでも、この国は約六割がこうした畑で、草原はあまりないのだと言う。
 つまりベランデルンは平地の殆どを畑や果樹園なんかにしてるわけだな。

 でも、稲穂のように黄金色に輝く作物が遠くまで広がる様は、まるで金色の海のようでとても綺麗だった。規模は段違いだけど、婆ちゃん家の周辺を思い出すよ。秋の田んぼって一面が稲穂の波で本当凄いんだよなあ。
 それをじーっと見てたらさ、いつの間にか日が暮れてたりしてさあ……。
 ああ、なんか俺、ゆとりを忘れてた気がする。
 ここ最近立て続けに事件に巻き込まれ過ぎてて、楽しむ事を忘れてたよ……。

「脱ゆとりしすぎるのも危ない危ない……」
「ツカサ君何言ってるの」
「あ、いや、何でもないっす」
「ほら、中心街が見えて来たよ」

 そう言ってブラックが指さす前方には、やっと人が行きかっている通りが見えて来ていた。おお良かった、ちゃんとここにも人は居たんだな!
 って失礼だなすみません。

 住宅街から大通りへと出てみると、そこには他の街で見たような賑やかな景色が広がっていた。店や露天、そこかしこでたむろする冒険者。
 そして、楽しそうに行きかう住民達。
 国の中心部っていうのは、やっぱり活気が有ってこっちも元気になってくる。

 露天に並ぶ商品を横目で見ながらも、俺達はとりあえず宿を探すことにした。

「これから遺跡に潜るんだし、どうせなら少し高い宿でも良いんじゃないかな」
「お、いいね! 路銀に余裕が出て来たし、少しくらいなら贅沢してもいいかも」
「別にいつも贅沢しても良いと思うんだけどねえ。僕が出してあげるよ?」
「断る。奢られ続けるとクセになるから俺はそう言うのヤなの」

 口を酸っぱくしても何度も言うぞ。
 一緒に旅してから稼いだ金ならいいが、俺はお前の過去の遺産で奢られる気はない。俺だって薬とかで色々稼げるんだから、こういう所はきっちりとしないとな。
 ……とは言えここ最近の報酬って完全に棚ボタ物だし、俺の実力かどうかは不明なんだが……まあそれは深く考えまい。お金が有るって素晴らしい。

 ってなわけで、俺達は中心部近くのそこそこ値の張る宿屋に泊る事にした。
 いつも泊まってる宿は素泊まりか一階に大衆食堂が併設された安宿なんだけど、今回はちゃんとした宿泊者用の食堂が有るちょっとグレードが上がった宿だ。

 珍しい事に排水設備が各部屋に付いていて、俺の大好きな風呂まで取り付けられていた。ああ、こんな世界に来て初めて分かる、お風呂が付いた宿の素晴らしさ。

 でも、ベランデルンは水道などの設備がまだ完全ではないらしく、お湯は宿の人に頼まなきゃいけないんだけどね。ありがたい事に変わりはないけど。
 俺の世界みたいに蛇口ひねったら水が出るラッタディアの方がおかしいんだ。
 柔らかいベッドと綺麗な部屋であるだけ感謝しなくては。

 部屋のベッドに早速寝こけているロクを寝かせつつ、俺も思いきり伸びをしてベッドに寝転んだ。柔らかいベッドは久しぶりだ。

「ツカサ君、食事の前にちょっと行きたい所があるんだけど……」
「ん? アンタがどっか行きたいって珍しいな。どこ?」
「鍛冶屋さ。ほら、地下水道の遺跡で戦った時に、僕の剣が少し欠けただろう? あの時は気にしてなかったんだけど……道中でロバーウルフを斬った時に、どうも欠けた部分が肉に引っ掛かってさぁ……」
「あー……」

 思い出したくないけど思い出しました。
 アルテス街道を通ってる途中に何度か戦闘が有ったんだよな……。
 そりゃまあ、俺達も道中何度かモンスターと戦って肉を採ったりしてますけど、あの時は酷かったんだよ。ブラックが狼をなで斬りした所までは良かったんだが、その時に刃こぼれの部分が引っ掛かったのか、剣に首が張り付いて来てな……。
 危うく失神しかけたっていうか若干チビったわ畜生。

「ベランデルンには良い鍛冶屋が多いらしいから、折角だしここで直して貰おうと思ってたんだ。遺跡に入ったら何が起こるか判らないし……だったら、備えは万全の方がいいだろう?」
「まあそうだな……シアンさんが言うには、許可が出なかった場合は強行突破だし……俺もなんか新しい武器とか考えた方がいいのかなあ……」

 そう言いながら、俺は荷物の中から携帯用の弓を取り出す。
 俺もだいぶん後方支援が上手くなってきたし、十発中七発くらいは命中するようになってきたけど、この弓じゃやっぱ不安だよな……。
 長弓とか使えれば強いんだろうけど、俺にはそこまでの技術はないし。
 ちゃんとサポートするなら、どんなものが良いか聞いてみた方が良いかも。
 なにせ、俺達が行く遺跡は一筋縄じゃいかなさそうだからな。

「ツカサ君も一緒について来てくれるかい?」
「おう! 行く行くっ!」

 ロクは今回も宿でお留守番させようかと思ったが、まだブレア村のトラウマから抜けきってないので再びバッグに入れておく。
 また離れ離れになったら今度こそ泣くぞ俺は。もう置いてかないからねロク。
 これで準備万端だと部屋を出ようとすると、不意にブラックが話しかけて来た。

「ところでツカサ君」
「なに?」
「数日滞在するならせっ」

 皆まで言うな、と赤いぼさぼさ頭を引っ叩いた俺、ナイスプレイ。

「何を言うか貴様は」
「だって、急いで首都まで来たんだよ!? 僕数日我慢したよ!?」
「そ、それはそうだけど、普通は我慢くらいすっ」
「マイラでも我慢してたしツカサ君が嫌だって言うから大人しくしてたよ!!」
「う……」
「ねえ、恋人ってそんなに我慢しなきゃダメなの? ツカサ君僕の事嫌い……?」

 そう言われると何も言い返せない。
 ぐうう……そ、そりゃまあ確かに恋人ならするでしょうよ。好きあってる同士だもんな。ラブラブカップルのエロ漫画だったらそりゃ毎日やってたりするよな。
 でもさあ、俺三次元なわけですよ。ブラックよりも体力がない訳ですよ。
 いやでも……流石に何度も嫌だとか言うのもアレなのかな……。俺だって女の子と恋人同士だったら、こんな風に発情するかも。
 そうなったらこの状態は確かに辛い訳で、うーん……。

「……娼姫のおねーさんとか…………」
「僕はツカサ君としかしたくない」
「っ……」

 ばっ、ばか、急にドキッとするような事言うんじゃないよ。
 思わず赤面してしまった顔を隠したくて、部屋を出るべくドアノブに手をかける。だが、残念ながらそう簡単には逃げられなかった。
 手を取られて、無理矢理ドアに背中を押し付けられる。

 やばい、と思ったが、もう遅い。
 キスをされそうなほどに顔を近付けられると、息が引っ込んでしまった。

「ツカサ君、ねえ。僕はツカサ君じゃないともうダメなんだ。他の女なんて、どうでも良いんだよ。僕は、君とじゃないともう興奮出来ないんだ」
「えぇ……」
「それにさ、ツカサ君は僕に我慢しろ、学べって言うけど……じゃあ、ツカサ君も努力するべきなんじゃないかい? 僕はこんなに君を好きで、いつも抱きたいと思っているのに我慢してるんだよ。なのに、ツカサ君は恋人になってもまだ“ダメ”ばっかりだなんて、不公平だよ。少しは僕に優しくしてくれてもいいじゃないか」
「う……そりゃ、まあ……そうだけど…………」

 お前が無理矢理恋人にしたんだろ……とは思ったが、それを許容したのは俺だし恋人って事にかこつけて結構我慢させたしなぁ……。
 正直それは全く悪い事とは思ってないが、ここらへんで発散させておかないと何されるか判らないかも。こいつ、まだあのアダルトグッズとか持ってるんだし……テ○ガとかならまだしも、あの恐怖の触手豆みたいなのを無理矢理使われるのだけは絶対嫌だぞ。

 うーむ……。でもコイツにはブレア村で助けられたしなあ……。

「ねぇ……ダメ?」
「…………絶対変な事すんなよ。あと、俺が次の日動けなくなるまでヤるな」

 ここでの滞在はお前とえっちする為のもんじゃないんだからな。
 そう言って、精一杯睨み付けると――ブラックは嬉しそうな顔を隠しもせずに、思いっきり抱き着いてきた。ああぁ重い苦しいオッサンくさいぃいい。

「ツカサ君んんん! 解ったよ頑張るよ今日は優しくするよぉおおお」
「だぁあ分かった分かったからなつくなー!!」

 毎度毎度のことながら本当にこのオッサンはもう!!

 ……とは言え、素直に頷いてしまえるようになった自分も相当なもんだ。
 やっぱり絆されてるのかなあと思うと、俺は溜息を吐かずにはいられなかった。











 
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