異世界日帰り漫遊記

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

29.冒険あるある:時々目的を忘れて横道にそれる

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 狂気のブレア村を脱出した後、ブラックに水をぶちまけて心身共に冷静さを取り戻した俺達は、やっとマイラの街へと辿り着いた。その頃にはもう日が昇りかけており、街は活動し始めていて。見上げた空は、もう薄らと白んでいた。
 ブレア村での攻防は、それほど長い時間だったらしい。

 しかしその事にほうけている訳にも行かず、疲れた体を引き摺って警備兵の詰所つめしょへと向かうと、俺達は今まで見て来た事を洗いざらいぶちまけた。
 ブレア村の事、その村で行われていた事と、あの洞窟の恐ろしい現状を。

 最初は「夢でも見たんじゃないか」と真面目に受け取らなかった警備兵達だったが、俺が【縁故えんこの指輪】を見せて、周辺で起きている行方不明事件の事を話すと、顔色が変わってすぐに捜索隊を出してブレア村へ向かってくれた。
 流石は世界協定お墨付きの貴族、ラスター様のコネ腕輪だ。
 俺達ですら「ああ、噂を真に受けて幻を見たんだな」なんて言いたくなる事を、腕輪一つでマジかもしれんと納得させてくれるなんて……やっぱ持つべきものはくらいの高い後見人だな! うん!

 ってなわけで、俺達はようやく「切欠きっかけを作る」と言う役目を終える事が出来た。
 これで本当に全部終わりだ。
 出来れば捜索隊の結果報告を待ちたかったが、村人達の狂気に当てられて精神的に疲労していた俺達は、適当な宿を取って一旦休むことにした。

 なんたって、徹夜で走り回ってたんだぜ。しかもその時間の半分は怖い鬼ごっこさせられたんだし。今日くらいはもうぐっすり寝たい。

 そんな訳で、俺達はぐっすりと丸一日眠りこけてしまったのだが。









「えっと、ブラック」
「なにかなツカサ君」
「なんでこの安宿に……見知らぬ布袋が置いてあるのかな」
「さぁ……」
「なんで目の前のテーブルに、なんか半透明のシアンさんが座ってるのかな」
「えーっと、僕達を叩き起こした奴が【偽像球ぎぞうきゅう】を持って来たから」

 ギゾーキューってなんやねん。
 いや、分かる。分かるけどさ。要するに立体映像発生装置だろ。気の付加術の【視覚拡張】でうんたらかんたらって曜具なんだろ。解ってるんだよそんな事は。
 って言うかね、一番の問題はだね。

「な、なんでエネさんがここに居るんですか……」

 そう。テーブルにはもう一人いる。
 持参してきたお茶をゆったりと楽しんでいる金髪巨乳の美女エルフ(実体)が、シアンさんの真向いの椅子に座っているのだ。この世界でのそんな特徴的な美人っつったらもー、エネさんしかいないでしょう。
 起き抜けに美女ってのは嬉しいけどさ、でもさ、時と場所を考えて欲しい訳で!

「私も男どもの悪臭が充満する部屋に滞在はしたくなかったのですが、シアン様に定期連絡の通信係を頼まれていましたので。……ですが、まさか良い大人が一週間も行方不明になるとは……。人族は知恵も深慮も足りないと言う事は分かりきっていましたが、まさかこんなに愚劣で猿以下の……」
「ああもうハイハイハイ、起き抜けに毒舌は勘弁してくれないかなあ。って言うかシアン、なんでコイツに伝達係をやらせたんだい! 他にもいただろう!」

 エネさんの怨嗟えんさこもった毒舌に耐えられなかったのか、ブラックは寝起きで更にボサボサになっている髪を掻き回しながら、半透明のシアンさんを睨む。
 一方、シアンさんはベッドの上の俺達を見てニコニコと微笑むばかりで。

「だって、エネは争馬の扱いが一番上手いし……何より、一番しっかりとお仕事をしてくれる子なんだもの。でも驚いたわねぇ、てっきり一緒のベッドで寝ているとばかり思ってたのに……ブラック、あなたまたツカサ君に嫌われるような事をしたんでしょう。嫌だわぁ、これだからこの子は」
「だーっ主従そろってムカつくことばっか言いやがってクソババアどもがぁああ」

 ブラックったらまたそんな大人げない悪口を。
 でも年齢的にはエネさんもブラックより年上なワケだから、エネさんとシアンさんにしてみれば子供がわめいているような物……いやでもコイツ外見はオッサンだし年相応に中年気質だし……ああもうわけわからん。
 ふぁんたじーならではの問題に頭を抱える俺に構わず、シアンさんはいつもの人の良さそうな笑みでころころと笑う。

「それにしても、今回もやっぱり事件に巻き込まれちゃったのねぇ。二人と一緒に居ると退屈しなさそうで羨ましいわ」
「僕はいい加減ツカサ君と落ち着きたいんだけどね!!」
「あらあら、最初から高い理想を設定していると、相手に愛想尽かされやすいわよ。……とまあ世間話はそれくらいにして……まずはこの金貨を受け取って頂戴」

 そう言いながらシアンさんがテーブルの上の布袋を見る。
 金貨。金貨だって?

 思わず目を丸くする俺達の前で、エネさんが布袋の紐を解いた。すると、その中にはぎっしりと金色のお金が詰まっているではないか。ざっと見積もっても、白金貨数十枚分はあるぞこれ。おうち軽く建っちゃうよこれ。
 この大金はどういう事だとエネさんを見ると、彼女は無表情のまま説明する。

「昨晩、遣いの者から受け取りました。アコール卿国きょうこく騎士団からの報奨金です」
「……ずいぶん凄い所からお礼が来たね」

 ベッドの上で胡坐あぐらをかいてうなるブラックに、エネさんは目を細める。

「北アルテス街道の件は、騎士団も手を出しかねていたのです。ブレア村の存在は彼らも掴んでいたようですが、確たる証拠が無く村長達は“あの洞窟”の存在も隠していた。それ故、事件の全貌はまるで判らなかったのです。……ですが、ツカサ様が見事に証拠を掴み、決死の脱出で警備隊へ知らせた事で全てが判明したので……その礼として、第二十五代アコール卿・リシュテット様が直々に報奨金を下さったと」
「アコール卿リシュテット様って……この国の王様って事ですか……」

 国の名前を前に付けてる人って、どう考えても王様だよね。
 もしかしなくてもこの国の元首ですよね。
 何故あの村での騒動がそんな貴い人の所まで飛んじゃうんですか。
 いきなりスケールがデカくなった事に青ざめる俺に、エネさんは相変わらず何事も無いかのような顔ですんなり頷く。

「北アルテス街道は、オーデル皇国に貨物を直送出来る唯一のみちです。……最近は噂のせいで貨物の動きが鈍っており、かなりの損失が出ていたので、その事を解消したと言うのが、一番の功績なのではないでしょうか。……まあ、ツカサ様がオレオール家と縁が有る言う事も、強烈に作用したのでしょう。アコール卿国では、宗主国であるライクネスの上流階級は最も尊重すべき存在なので」

 ああ、なるほど……だからこんなにお金をくれたのか……。
 でもここまで感謝されるとなんか凄い怖い。
 俺達はただ逃げて来ただけなんですってば。国王様に目を付けられても、叩けばホコリしか出てこない人間なんですってば俺達はぁあああ。

 勘弁してくれと頭を抱えるが、ブラック達はそんなにも驚いてないようで。
 ああそうだな、ブラックはそもそも貴族以上のレベルのシアンさんと仲間なんだし、シアンさんはまさに天の上の人だもんな……あああぁ……。

「しかし国主卿こくしゅきょうに名が知れるなんて……厄介な事になってないだろうね」
「それは安心なさい。貴方達は私が雇った密使と言う事にしておいたから。これで、貴方達の素性は問われないはずよ」
「世界協定の庇護下ひごかに居る物は、あらゆる国の干渉から守られます。例えツカサ様達が浅慮で愚かな行動を起こしたとしても、我々のアコギな権威が発揮される限りは全てが不問に付されるでしょう。存分に安心して下さい」
「……きみ、全方向に毒吐くね」

 さすがのブラックもドンビキである。
 でも本当、シアンさんが後ろ盾になってくれてて良かった。
 普通、あんな村を発見したとなれば尋問されるのは必至だし、縁故の腕輪の事だって色々と聞かれていたかもしれない。そうなると、俺達にはちょっと説明が難しい。隠さなきゃいけない事が有り過ぎて墓穴を掘ってたかも。
 シアンさんの権威サマサマだな。

 尋問ナシってことにホッとしつつ、俺は気になっていた事を聞いた。

「あの、それで……村の方はどうなったんですか」
「ツカサ君が草の壁を作って置いてくれたから、証拠も村人達も全て押さえる事が出来たって言ってたわよ。あの術、村の周囲を丸ごと包囲してたから。……けど、その事で興奮されて『貴方達は限定解除級の曜術師じゃないか』って根掘り葉掘り聞かれて誤魔化すのには骨が折れたわね」
「うぐ、す、すみません……とにかく逃げなきゃと思って……」
「まあ、変な方向に作用しなかったからいいでしょう。術の範囲が一気に大きくなったのは気になるけど……操れるようになって来たのなら結果オーライよ。それに、ベランデルン公国に行けば悩みも少しは解消されるでしょうし」

 そうだった。衝撃的な事が沢山あり過ぎてすっかり忘れたけど、俺達はその国にある遺跡に行って、この【黒曜の使者の力】を安全に扱える手がかりを探そうとしてたんだ。
 シアンさんがここに来たのだって、後回しにされた遺跡の話をする為だろう。
 後で詳しく説明するって約束してくれてたもんな。

「まあ、とにかくこれでエサにされた人達の残った亡骸なきがらとむらわれるでしょうし……キノコちゃん達も賢者様も、警備兵の力でいずれは外に出られるでしょう」
「賢者って……チェチェノさんは外に出られるんですか?」

 賢者って、森の賢者って事だよな。それってチェチェノさんだよな!
 身を乗り出すと、シアンさんは苦笑したように頬をほころばせて頷いた。

「ええ、そうよ。彼も自分の身を持って村の事を証言すると言って下さったし……なにより、森の賢者は尊ぶべき存在ですからね。警備隊の人達が、きっと彼らを外へ連れ出してくれるでしょう」

 そっか、良かった。チェチェノさんも自由になれるんだ。
 嬉しい報告に思わず顔を明るくすると、何故か大人達は俺を見て笑った。
 な、なんだよ。寝起きの変な顔で悪かったな。











※あと一話と番外編が終わったら次は色々事件が起こる公国編ですー
 
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