異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

24.ここで会ったが数日目

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 そんなこんなで、俺達は脱出のために行動し始めた。

 まずは、チェチェノさんに俺達が登るのに適した木を考えてもらって、外に出たピクシーマシルム達にそれと同じ植物の一部を持ってきてくれるように頼む。

 俺は今まで木を成長させる時はその木の種を使っていたが、ブラックが言うには「今のツカサ君なら、枝や葉っぱでもそれなりに木を成長させる事が出来る」との事だったので、持ってくるのが難しい苗よりも簡単に持って来られるそっちを見つけて貰う事にした。

 しかし実際、目当ての物を持ってきて貰うと言うのも実に難しい。
 俺達だって、木の特徴を知らなければどれも「木」という物体にしか見えない。草の名前を知らないから全部が「雑草」に見えるってのと一緒だ。
 当然その現象はモンスターにも当てはまる訳で、ピクシーマシルム達も一生懸命見分けようとしてくれていたが、その正答率はかなり低かった。

 でも、そのおかげで俺は洞窟での植物の生やし方を練習出来たし、黒曜の使者の力も少し怖くなくなってきたから良いけどね。

 水や火は一つ間違えたらとんでもない事になるけど、植物ならまだどうにかして抑えられそうだし。それに今は一つの木をイメージするだけなんだから、そうそう変な事なんて起きないもんな。
 ブラックにもイメージの調整方法を改めて指導して貰えたし、結果オーライだ。
 つーかそもそも、彼らは俺達のために一生懸命森を駆けずり回ってくれてるんだから、わがままを言っちゃいけない。

 ってなわけで、丸一日洞窟にこもって修行していた俺だったが、ついにお目当ての木の枝をピクシーちゃん達が頑張って見つけてくれて、俺達は万全の状態で脱出への挑戦をこころみる事となった。

 正直、半日以上黒曜の使者の力を使いまくってたから精神は疲れてたんだけど、チェチェノさんの巨体から染み出るたいえ……乳酸菌飲料っぽいドリンクを飲んだら不思議と精神が回復したので、なんとか大丈夫だ。

 ……ってこれ、もしかしなくてもブレア村で飲んだ「おさげもの」ですよね。
 話してる途中で「体液をいに」って妙だと思ったが、あの美味しい飲料の正体は彼の体液だったんですね。……お、美味しいけど……なんか複雑……。

 まあ、それは、深く考えない事にしよう!
 とにかく、そんなこんなで何とかMPを回復した俺は、満を持して木の枝を高く伸びる木へと成長させた。

 ……簡単にやったように思えるかもしれないが、足場になるしっかりした枝を作ったりするイメージは結構練習したし、ものすごーく精神力使ったからな。
 もう今日はこれ以上黒曜の使者の力は使えない……ってか、曜術すら怪しいわ。
 外に出たら攻撃はブラックにまかせよう。

 二人で考えた計画では、洞窟から出るのは夜中だ。
 事を荒立てれば村人全員に追いかけられながら逃げるハメになるかも知れない。そんなパニックホラーな展開は嫌なので、今回はスパイ大作戦で行く事にした。
 でも、計画って言っても、そんな御大層なもんじゃない。
 俺達的に重要だったのはピクシーマシルムに手伝ってもらう前半だけで、後半はほぼノープランみたいなもんだ。夜に忍び込んで、服や持ち物を奪還して、藍鉄で逃げる。それだけ。イッツオーバーである。

 別に村人達を罰する事もないし、俺達は逃げられればそれでいい。
 もちろん、警備隊にはすぐに動いて貰えるように、縁故の腕輪を存分に見せつけながら通報するが、それ以上は各々の判断に任せる。
 俺達は、洞窟から抜け出すための足場を残して逃げるだけ。

 急ぐ旅だし、面倒な事に構っていられないってのもあるけど……この村の陰鬱いんうつな真実は、俺達にはどうしようもない事だからな。

 きっと、村人達の行動は俺らが暴れただけじゃ変わらないだろうし、チェチェノさんの村人への盲信も変わらないだろう。俺がチートな主人公なら、そのカリスマ性で彼の心を変える事も出来たかもしれないが、俺はただの十七歳の高校生だ。
 人の心を変えるまでの魅力も経験も無い俺には、何もできない。
 キノコの山になった傭兵ようへいや旅人達の事だってそうだ。彼らは故郷に帰してやって墓を作ってやるべきだが、それ俺の仕事ではない。彼らを手厚くほうむるのは、別の人の役目だ。俺が全員の骨を背負うよりも、もっといい方法でとむらう人達がいる。

 俺達は、そのきっかけを作るだけ。ただ、それだけだ。
 情けない事だけど、俺は人を救えるほど熱血でも優しくもない。無責任かも知れないが、責任を一々っていたら冒険なんて出来ない世界だしな。

 ってなわけで、後の事は警備隊に全部丸投げする気持ちで、俺はしっかりと計画第一段階である「でっかい木を生やそう作戦」を見事成功させたわけだが。

「……うん、危なげなく成功したね。さすがだよツカサ君」

 崖の上まで余裕で届いた木を確認しながら、ブラックが感心したように言う。
 確かに、木は家の柱ほどの頼りないみきだが、頑丈な太い枝を螺旋らせん状に張り、地面にもしっかりと根を張って立派に成長していた。
 俺の想像通り、いや、想像以上の素晴らしい出来だね!

「ふっふーん。やっぱ俺ってば天才だな」

 俺ってばやっぱりチート主人公名乗っても良いんじゃない?
 チート級の能力持ってますって、もうそろそろ自慢しても良いんじゃないかな?
 黒曜の使者の力も一部分だけだけど使えるようになって来たしな!

 なーんて事を冗談めかしてブラックに言ってみるが、相手は何を勘違いしたのか、キラキラと菫色すみれいろの瞳を潤ませながら、恍惚こうこつの表情で俺を見やがって。

「そうだね、ツカサ君は本当に素晴らしいよ……」

 とかなんとかおぞましい事を言う訳で。
 …………あのさ。あのさ! そこは突っ込むところでしょ!
 なに素直に褒めてんの、恋人補正なの、あばたもえくぼなの!?
 ツッコミ入れてくれないと俺が自己評価高い馬鹿みたいで恥ずかしいだろうが!

「恥ずかしいから素直に褒めんといてよぉ!!」
「素直にって、なんで素直に褒めちゃ駄目なのさ。ツカサ君は実際凄いよ? 簡単に練習しただけで覚えちゃうし、なにより想像力が高くて素晴らしいし! 師匠の僕からしてもツカサ君は本当に凄いよ……可愛くて凄いだなんて本当に隙が無くて僕も困っちゃうよ……!」

 もうやだこの人。真っ赤な顔を手でおおいつつヤメロと叫ぶが、ブラックはマジで肯定しているようで話にならない。もうやだおまわりさんこっちです。この人俺を恥ずか死させようとしてます。ちくしょう、これだからコイツは嫌なんだ!
 ブラックの褒め殺し地獄に耐え切れず、俺はチェチェノさんの居る部屋に駆け込み、早く話題を変えようと彼に話しかけた。

「えっと、ちぇ、チェチェノさん。準備が出来たので俺達は行きます」
「おお……もう夜中になっておりましたか……」
「はい。色々と助けて下さって、ありがとうございました」

 深々と頭を下げると、相手は少し間を置いて、俺に頭を上げるように言った。
 なんだろう。何か問題が有ったかな。

 頭を上げると、チェチェノさんはゆっくりと瞬きをして、穏やかな声で俺にまた問いかけて来た。

「ツカサさん。……外の世界は、やはり今でも良い世界ですかな」
「人それぞれだし、良いとは言い切れないけど……でも、俺は好きです」
「…………そうか……」
「……?」

 感慨深かんがいぶかげにうなづく相手に首を傾げていると、チェチェノさんは再び俺を見る。
 その目の表情は、どこか強い意志を思わせる光を宿していた。

「別れる前に、一つ……正直に答えて頂きたい事が有りましてな」
「なんでしょうか……」

 追いついてきたブラックが隣に並ぶのを横目で見ながら、俺は言葉を返す。
 相手は少し身じろいだものの、それでも覚悟を決めたように俺に告げた。

「今までの旅人達の言葉は……やはり、本当だったのだろうか」

 静かな、問いかけ。
 俺とブラックは一度お互いの顔を見たが――――その問いに、無言で頷いた。

「……そうか。…………ワシも、まだまだじゃったなぁ……」

 そう寂しそうに呟く様はとても痛々しかったが、俺達には何も言えなかった。













「じゃあな。達者で暮らすんだぞ」
「ム~」
「ムムム~」

 名残惜しそうに洞窟の前でむーむーと鳴くピクシーマシルム達を順番に撫でて、俺は小声で何度目かの別れを告げた。
 この子達は、チェチェノさんのように何かに縛られているわけではない。
 だけどこの純粋で人懐こい姿を見ていると心が痛くて、複雑な思いを抱きながら洞窟……「オタケ様の聖域」から離れて真っ暗な森へと入った。

「ツカサ君、手を繋いで」
「うん」

 森の中では、夜目が効くというブラックに再び手をつないでもらう。
 俺も暗順応あんじゅんのうとかいう奴で若干木々の影くらいは見えるのだが、しかし大地の気がほとんどなく星の光も届かない森の中では、その程度の視力などあるだけ無駄だ。
 本当にくやしいがブラックに引っ張って貰うしかない。

 気の付加ふか術の中に暗視ゴーグルみたいな術ないんかなあ……。
 あるんだったら、ちゃんと覚えておくべきだったよなあ。
 何か今の俺、すげーお荷物みたいで恥ずかしいし……。
 曜術もそこそこ使えるようになってきたし、今度は本格的に付加術に挑戦しなきゃな。俺の使える付加術って今の所三つしかない訳だし。

「そこ、木の根っこあるから気を付けてね」
「うぉっ、す、すまん」

 ブラックの言うがままに大股で根っこを避ける。目をらさないと見えないほど森は暗いのに、よく解るよなあホント……。
 俺の場合、怖いからあんまり見たくないってのもあるのかも知れないけど。

「しっかし……本当暗いな……」
「ふふ、野宿の時も、ツカサ君たらずっとキョロキョロしてるよね」
「そ、それは警戒のためにだな……」

 と、弁解しようとした矢先。
 視界の端にがさりと音を立てて動く何かを見つけて、俺は硬直した。

「――――っ」

 悲鳴を上げなかっただけマシだと思いたい。
 すぐにブラックの手を痛いくらいにぎゅうっと握ってしまった俺に、ブラックは肩を寄せると息だけで「しぃっ」と俺に沈黙を要求した。

「…………」

 ガサガサと、少し遠くの茂みが動いている。
 その音は徐々に大きくなっているようで、確実にこちらへと近付いて来ていた。
 や、やばい……これ、俺達を標的にしてるんじゃ……!?

 思わずブラックの顔が有る方を向くと、相手は俺をかばうように少し前に出る。
 その行動に、俺は答えるように手を離して体を引いた。
 もし戦うべきなら、ブラックの障害になってはいけない。出来れば、相手がこのままどこかへ行ってくれればいいんだけど。

 つばを飲み込む音すらも相手に気取られそうで、俺はぐっと身を縮める。
 音が、すぐそこの茂みまで来た。そして、それは。

「…………ムゥ?」
「……え?」

 ムゥ、て。まさか。

「ムムー!」
「えっ!? ぴ、ピクシーマシルム!?」

 思わず叫ぶと、茂みの中から一気に相手が飛び出してきた。

「ムム~~~!」

 目をにっこりと笑ませて俺の腕の中に飛び込んで来たのは、シイタケのような真っ茶色の頭のピクシーマシルムだった。あれ、茶色って……まさか……。

「お前、まさか……マイラの近くに在る森にいた奴か?」
「ムー!」

 その通りですと言わんばかりに俺の腕の中でぴょんこぴょんこと跳ねる相手に、ブラックはあきれたような声を出して頭を掻いた。

「はぁー……本当、人懐っこいんだねぇ。この種族って……。ツカサ君が恋しくて追っかけて来たのか」

 しかし、ブラックの言葉が判ったのか、ピクシーマシルムは頭を横に振る。
 違うってのか。じゃあどういう事だろう。考えられる事と言えば……。

「もしかして、お前もチェチェノさんの子供なのか?」
「ムムムッ」

 楽○カードマンかな。

 いやそうではなく、頷いてるって事はチェチェノさんの子供で間違いないよな。
 ああ、そうか。だからあの時タケリタケを見つけて飛び込んで来たのか!

 他に仲間もいないようだったし、山奥の生物っていう割には街のすぐそばの森に居ておかしいとは思ってたけど、ここから出て散歩してたからだったんだな。
 チェチェノさんの話では一匹二匹くらいなら外に出られるって言ってたし、このピクシーマシルムは昨日帰って来た子と一緒に外に出てたのかも。

「しっかし……お前、随分ずいぶんと遠い所まで散歩に出てたんだなあ……他の子はもう帰って来てるぞ、お前も早く帰ってやんな。きっとみんな心配してるぞ?」

 じゃあな、と頭を撫でて草の上に降ろし、再び村長の館へと向かおうとすると。

「ム~~~」

 待ってよと言わんばかりの勢いで追いかけてくる。
 俺達が幾ら「ここでお別れだよ」と言っても、ピクシーマシルムは一生懸命追いかけてきた。もう本当、転んでもつまづいても、そりゃもう何度も起き上がって。
 あんまりにも必死なもんだから、ついには俺も根負けしてしまい、その猫ほどの大きさのキノコをひょいと抱き上げた。

「付いて来たいのか?」
「ムー!」

 俺の言葉に喜んで、カサをまふまふと揺らすピクシーマシルム。
 可愛いけど、困ったなあ……危ない目に遭うかもしれないし……。

「仕方ないよ、ツカサ君。殺す訳にもいかないなら、付いて来させるしかない」
「お、おま……物騒な事言うな」
「だって、この手合いはそうでもしないと、ずっと付いて来るじゃないか。でも、ツカサ君はどうせ殺すなって言うだろう? だったら面倒見るしかないし」
「お前は本当に優しさの幅が狭いなあ……」

 それを許容してる俺もどうかと思うけど、もう今更だしな。
 さすがは“思いやりバリア”を自分の周りにしか張れない男。他人に優しさを発揮する方が珍しい奴だコイツは。
 でもそう考えてくれたならまあ良し。

「付いて来ても良いけど、危なくなったらすぐに逃げるんだぞ?」
「ムムムー!」

 わかったよー、と再びカサを上下にまふまふするピクシーマシルム。
 ああ可愛い。この暗がりの中でも可愛さだけはハッキリ分かる!!

「はー、癒されるぅ……」
「あーもー行くよツカサ君。早くしないと夜が明けちゃうよ」

 思いっきり機嫌が悪い声のブラックに苦笑しつつ、俺達は再び手を繋いで村長の館へと歩き出した。
 距離的にはそれほど遠くないはずだが、夜中で周囲がほとんど見えないのと歩き慣れない道のせいで、目的地がかなり遠くに思えてしまう。
 きちんと確認して歩いているというのに、今自分達が向かっているのは間違った方向ではないかと不安になるくらい、森の中は何も道標みちしるべが無かった。

 こんなとこ歩けるなんて、ブラックもピクシーマシルムも凄いなあ……。
 やっぱこの世界の人達は、俺とは目の造りとか違うんだろうか。
 形は同じ人間だが、俺とブラックは全く違う要素で構成されてるんだろうしな。

 ……形は同じでも、全く違う存在……か。
 そこまで考えるともうノイローゼになりそうだが、こういう時にやっぱり自分は異世界の人間なんだなと思い知らされる。

 例え中身や構造が違うとしても、俺を受け入れてくれる奴がいるんだから、俺はまだ幸せだけどな。ここがもしSFっぽい世界とかだったら、俺ってば冒険するひまもなく研究目的で解剖とかされてたかも。
 そう考えるとまだ村人に騙されてる方が幸せ……なのか?

「うーむ……どっちも嫌だけど有無を言わさず解剖されるよりかは……」
「ムーム?」
「ツカサ君たら何ごちゃごちゃ言ってるの。ほら、館が見えて来たよ」
「え? マジ?」

 えらく長い道のりに感じてたんだけど、そんなに近かったっけ?
 ブラックの後ろから音を立てずに前方を見て見ると、暗がりに浮かび上がる村長の館が確かにそこに在った。

「……一階、二つの部屋に明かりがついてるね。小さな窓の方は恐らく使用人部屋だろう。問題はもう一つのいくつか窓が連なってる部屋だ。あそこは確か、僕達がこの村に来た時に通された広間のはずだよ」
「じゃあ……村長はそこに?」
「村の奴らと話し合いでもしてるのか……新たな生贄候補を連れて来たのかもね。どっちにしろ、知らない人間が増えていると厄介だ。……あの窓の下まで行って、話を聞いてみようか」

 そうだな。相手が完全に眠ってくれないと俺達もヘタに動けないし、第一、生贄が新たに連れて来られていたら色々とヤバい。
 潜入した時に変な所で鉢合わせしたら危険だし……。
 俺はブラックの案に頷くと、音を立てないように窓の下まで移動した。












 
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