異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

21.敵の出ないダンジョンほど怖い物はない

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「な……なんだよ、これ……」

 思わず呟いてしまった言葉は、緊張にかすれている。
 俺の頭の上に顔を出していたブラックも、目の前の光景に驚愕したのか、呆気あっけにとられたかのように黙っていた。

「…………岩……なのか?」

 目の前に広がるのは、赤味の強い橙色の光に照らされた広い空間。
 天井には網状の白い何かが張り巡らされている。
 その下には大きな黒い岩が点々と転がっていて、天井から白い雪のようなものがちらちらと降り注いでいた。

 洞窟に大岩が何個有っても、なんら不思議はない。この世界なら、何かの変化で陽光が赤くなる事も有るだろう。だが、この天井からの光と白い雪のようなものは何なのか。

 広い空間に延々と張り巡らされている網は、とてもじゃないが人間が張ったものとは思えない。遠目からなので良く解らないせいもあるが、網から出ているらしい雪のようなものも、どうやって生成されているのかは見当がつかなかった。

「ブラック……これ、どういう光景……?」
「ご、ごめん……僕にもよく解らない……」

 あまりにも現実離れした光景に唖然あぜんとしていると、いつの間にか雪は止み、地上に落ちた雪も解けたのか消えてなくなってしまった。
 白いちらつきがなくなったお蔭で、奥が見えるようになる。

 いくつもの黒い大岩が無造作に転がった通路は、ずっと奥まで続いているようだ。
 しかも奥にはこの通路よりも更に広い空間があるようで、植物らしき緑色が見えた。もしかしたら、外に続いているのかもしれない。

 確認した限り、視界上に変な物は見当たらないが……。

「…………行ってみる?」
「そうだね。少なくとも、敵はいないみたいだし」

 とりあえず突き当りまで行ってみようと、俺達はその謎の空間へ足を踏み入れた。広い通路にぽつぽつと転がっている黒い大岩の一つが近付いて来て、ようやくその姿がはっきりと視認できるようになってくる。
 洞窟の壁の色とは明らかに違う岩は、一体なんなのだろう。

 そう思って、はっきりとその姿を見た瞬間――――
 俺は、一気に鳥肌が立つのを感じた。

「ひっ……!!」
「う、わ……」

 俺達が大岩だと思っていた、黒い物体。
 それは、岩では無かった。

 岩だと思っていた黒い表面は、全く別の物。そう、それは……。

「た……タケリタケ……」
「え? これキノコなの!? え……ちょっとこれは……気持ち悪いね……」

 思わずブラックがドンビキするのは無理もない。
 だってそれは、大岩だと思っていたそれは、あの卑猥な形のキノコ……
 【タケリタケ】がびっしりと生えた巨大な物体だったのだから。

「き、キモ……なにこれびっしり過ぎるんだけど、気持ち悪いんだけど!!」

 まさかと思って他の黒い大岩も見やるが、残念ながらそっちもびっしりと十八禁のキノコが生えた巨大物体で、ここにある大岩は全てキノコの山と化していた。
 うん、あの、お菓子の方のは好きですけど、大好きですけどね。
 このキノコの山は意味が違うしお菓子じゃないしグロ映像過ぎてちょっと。

 ブラックも俺と同じような事を考えているのか、繋いだ手をぎゅっと握りながらひくひくと頬を引きらせていた。さすがの変態もやっぱこれはナイですよねぇ。

「落石にだけ生えてるって事かな……? キノコが生えるには十分な環境だけど、しかしこの生え方ってのはどうも……」
「変、だよな……やっぱ……」

 ブラックは手に持っていた棒でキノコをつんつんと突く。
 当たり前だが、キノコなので別に動くことはない。しかし、ウニの針のごとく岩から満遍まんべんなくわさっと男根が生えている光景はどうしても気味が悪い。
 一本だけ生えてたらそりゃ爆笑しましたけど、これは無いでしょう。

「ぶ、ブラック、さっさとここ通り過ぎよう……」
「そ……そうだね……」

 石が音を立てなかった謎も、天井の光や網の謎もまだ解けていないが、とにかくここにずっといると気が狂いそうだ。
 俺達はなるべく周囲のキノコ岩から目を逸らしつつ、奥へと歩く事にした。

「……しかし……周囲がこう赤い色だと何か気分が悪くなるな」
「赤い色は、本能が避けたがる色でもあるからね。長い時間いるのは少し危険かも知れない……精神が摩耗したら体力も削れてしまうから」

 病は気からとはよく言ったもんだが、本当色ってのは不思議だな。
 男根岩だけでもヤバいのに、それがほんのり赤い光に照らされてる光景は、余計に岩を気持ちの悪い物に思わせる。自然の神秘も度が過ぎれば拷問だ。

 モンスターが居ないのは助かったけど、奥に何もなかったら物凄く損した気分になりそうだ。男根岩にビビっただけってすげー恥ずかしいじゃんか。
 せめて、この洞窟を出るヒントか何かがありますように……。

 色々下らない事を考えつつ、時間をかけてこの謎の空間の奥まで歩いて行くと、段々と奥の広間が近付いてきた。

「はあ……向こうは更に天井が高くて広くなってるんだね。まるで部屋みたいだ」
「部屋かぁ……嫌な予感がするなあ……」

 網が張り巡らされた天井は、奥……部屋の前で途切れている。
 男根岩も網天井の所までしか生えてなくて、少しだけ見える道の先には普通の岩が見えた。赤い光が照っている事に変わりはないが、部屋には緑も有るっぽい。
 もしかしたら、あそこには普通の植物も生えているのかも。

 キノコだけじゃないのはちょっと安心した……。

「気を付けて進もうか」
「うん」

 左手をぎゅっと握られて、今更だけど少し気恥ずかしくなる。
 な、なんか……こんなんじゃ怖がるよりも変に意識しちまう方が強くて駄目だ。
 怖い方がまだ周囲に気を配れるってのに。

「ちょっと待ってね、僕が先に安全かどうか確認するから」

 そんな事を思っている間に、ブラックが数歩先に歩み出て「部屋」を覗き見た。
 いかんいかん、俺もちゃんと警戒心を保たないと。
 頭をぶんぶんと振る俺の事などつゆ知らず、ブラックは今まで見えなかった場所を、少しだけ顔を出して確認する。

 そうして数秒部屋の中を確認して、唐突にびくりと肩を震わせた。

「えっ、え、なに」
「……え…………っと…………」

 何その言いにくそうな感じ満点の声! なんだよ、何が有ったんだよ!
 声の調子からして明らかに「まずいもの」が有ると言った様子のブラックに、俺は叫ぶ事も出来ない状態に苛立ちながら手を引っ張る。
 ブラックの手は俺の左手をしっかりと握ったままだったが、その武骨で骨ばった手のひらからじわっと汗が噴き出すのが解って、俺は青ざめた。

 これ絶対ヤバいもん見た反応じゃん!
 どう考えても部屋の中にへんなのがあるって反応じゃんかあああ!!

「つ、つかさくん……ここはダメだ、ひきかえそ……」
「そこにいるお二方ふたかた、どうぞこちらへ」

 ブラックの固い声をさえぎって、なにやらお爺さんの声が部屋から聞こえた。
 え? おじいさん?

 キョトンとする俺だったが、ブラックは物凄い勢いで首を振る。

「だ、駄目だ。駄目だよツカサ君! 引き返そう!」
「いやでも、お爺さん……」
「お爺さんじゃないんだって! あれは……」
「さあさ、お二方ともおいでなさい」

 そう言われた瞬間、体が部屋の中に引っ張られた。

「うぇえ!?」
「部屋の中に引きられる……!!」

 掃除機のように周囲の物を吸い上げる猛烈な力が、俺達の体勢を崩して足を宙に浮かせる。一気にコントロールを失くした体は、風の力によって簡単に部屋の中へと放り込まれてしまった。

 まるで突き飛ばされたかのように空中に浮いた俺達は、吸引する力が無くなった途端に草の生える地面へと乱暴に落とされる。

「ぐえっ」

 思いっきり顔から突っ込んだ俺は、無様な声を出してしまう。ぐうう格好悪い。
 しかし、下が雑草で良かった……っつーか柔らかい土の地面?

「ツカサ君っ」

 先に起き上がったらしいブラックが、慌てて俺を引き起こしてくる。
 自分一人で起きられるわいと言おうとしたが、相手の必死の形相を見て口が閉じる。両脇に手を入れられて抱き上げられるような形になり、ブラックはそのままさっきまでいた通路に戻ろうとした。が。

「お客人、そう怖がらずとも大丈夫ですよ」

 眼前にその「お爺ちゃん」を視認した俺は、固まってしまった。

「え……」

 俺の目の前。
 異様に広く、異様に高い天井のこの部屋。緑の草が伸び蔦が壁を這い上ったその先に、一段高い王座を頂くステージのような場所が有った。
 そこには色とりどりの花が咲き乱れていて、赤い色ではない金色の光が降り注いでいる。その夢のような場所の中央に、一つの大樹がそびえたっていた。

 しかしそれは、大樹ではない。それは。

「久しぶりの来客だ。さあ、座って下され」

 大樹のように巨大な、キノコのモンスターだった。

「…………うそぉ」
「嘘だったら良かったよねぇ……」

 赤い光を放つ網天井に、十八禁のキノコ岩。
 挙句あげくの果てに洞窟の中の森に棲む巨大キノコのお爺さん。

 ……いくらなんでも、てんこもりすぎやしませんかね……。











  
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