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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編
9.メルヘンきのこと隠し事中年
しおりを挟む【ピクシーマシルム】
茸の形をしたモンスターであるマシルム族でも最弱とされるモンスター。
生息地は魔族の住む大陸、または北部の険しい山間部にある森。
人があまり踏み込む事のない鬱蒼とした森で静かに暮らしている。
幼体は人の膝下までの大きさだが、巨大なものになるとその大きさは
ヒポカムの五倍ほどにもなり、そのため成体は別のモンスター扱いになる。
長寿であり成長により様々な能力を獲得するため、森の長老と言われる事も。
人族とほぼ関係のない場所に暮らしているので、人族に対しての敵対心はないが
敵意を向ける物に対しては粉を吹きかけたり長い舌で攻撃する。
その代わり自分に優しくする対象には深い恩を感じ、どんな存在であっても
懐いたり、人語を理解する個体は自分達の棲家で歓待してくれたりもする。
この事から、人族に友好的な妖精「ピクシー」の名前を付けられた。
ピクシーマシルムにも種類が有り、攻撃に用いる粉は痺れ粉・目潰し・眠り粉
とさまざまで、カサの色や形も地域や粉の種類によって違う。
しかしこの種は総じて実に美味であり、キノコ愛好家と称しこのモンスターを
専門に狩る者もいる程である。焼けば粉の効果は消えてなくなるので
焼き茸や煮物に入れるなどして熱を通して食べるのが一般的。
「…………ってな訳で、そのピクシーちゃんアタシに売ってくれないか?」
「ご、ご、ごめんなさい懐いてるのはちょっと無理ですぅううう」
自分で討伐した奴なら喜んでお姉さんに差し出すが、懐かれちゃったらちょっと調理するのは無理っていうかダメっていうか……!
だってほらあの、牛肉は食べるけどさ、食べる目的じゃない方面で飼ってる牛は殺せないじゃん。そう言うのって飢えた時の最終手段じゃん……!!
一対一の生存競争モードなら俺も倒して食べてただろうけど、懐かれちゃったら駄目だ。俺にはそんなクールさは持てませんごめんなさいぃいい。
涙目でピクシーマシルムを抱き締めて首を振る俺に、お姉さんは溜息を吐いて額に手をやる。
「はぁー……そうなんだよねぇ……ピクシーマシルムってさ、採りに行った奴らがそんな風になるから、滅多に出回らないんだよなぁ……仕事だと割り切って狩って来る凄い奴もいるけど、大抵の冒険者は絶対に懐かれて帰ってくるから渡してくれないんだ」
「そ、そうなんですか」
「そうそう。でもね、この子達は湿った場所や森でしか暮らせないから、冒険には連れていけないでしょ? それに弱いからすぐ死んじゃうのよ。だから、冒険者達の手によって森に帰されたり死んじゃったりで、滅多に食べられないの」
わあ、冒険者さん達いかついのに意外と優しい。
……いや、殺伐とした世の中だからこそ、こんなメルヘンな存在に懐かれちゃうと弱いんだろうなあ……。いかついバーサーカーも純粋な好意には弱い。
「ムムー?」
「食べないよー、森に帰すからねー」
「ムゥー!」
ああもう可愛い。胞子飛んでても可愛い。
ぷにぷにして気持ちが良い頭に頬を擦りつけている俺に構わず、もう気持ちを切り替えたのか、お姉さんは俺が取って来たキノコを選別してくれた。
「えーと、この赤いキノコはオコリタケ、青いのはシズクタケ、緑のはモドシタケだね。このトゲキノコのは論外。オコリタケとモドシタケはどっちも食べたら害が有るけど、薬の材料になるから……この位だと薬屋が一個50ケルブで買い取ってくれるかな。シズクタケはそのまま飲むと喉が腫れるけど、果物と一緒に瓶に入れておくと、果物が溶けていい感じの飲み物になるわ。こっちは一個200ケルブ」
オコリタケとモドシタケは名前から何となく効果や毒性が解るけど、シズクタケだけ色々とすごいな。他のキノコより高いし。
喉が腫れるってことは、炎症でも起こすのかな。いやでも果物が溶けてジュースになるんだから、食道が溶けてるとか……うぇえ考えたくない。
でもジュースが気軽に作れるって言うのはちょっと面白いかも。
異世界だとやっぱキノコもぶっ飛んでるんだな。
しかしそう考えると、ピクシーマシルムが食べたあのキノコも気になる訳で。
「あの……そう言えば、あの森で赤黒くてちょっと卑猥なキノコを見つけたんですけど……お姉さん、名前って解ります?」
「あ、それはタケリタケね。持ってこなかったの? 良い値段で売れたのに~」
「凄い形してるのに、良い値段になるんスか……」
「滋養強壮剤になるのよ。普通の奴の二倍三倍……まあ一流の薬師の作った薬には劣るけど、酒に入れて飲めばギンギンって言ってたわね」
あ……アレを……酒に入れるんですか。
やべえあんまり想像したくない。ホルマリン漬けかよ。
外で生えてた時にはゲラゲラ笑ってたけど、流石にその光景はちょっと……。
股間にある物が縮み上がりそうだなと思いながらも、俺はシズクタケを残して他は引き取ってもらい、お礼も兼ねてお姉さんのお店から色々と食材を購入した。
今は下剤も激昂薬も作る予定はないし、路銀はまだまだ余裕がある。
使わずに腐らせるより、引き取って貰った方がいいだろう。
その後、ついでだからと色々買い揃えていると、日暮れを告げる鐘が鳴ったので俺は工房へと戻る事にした。
その間、ピクシーマシルムはずっと俺の周りをぴょこぴょこ飛んでいたのだが、不思議な事に商店街の人達は何も言わなかった。と言うかむしろ和んだのか、俺の知らない間に何か色々食べ物を与えていた。野生動物を餌付けしてええんかこれ。
「つーか……帰らなくていいのか? お前森に棲んでるんだろ?」
「ムムー」
「キノコはもう持ってないし……付いて来てもむさ苦しいオッサンが二人いるだけで、楽しい事はなにもないぞー? 暑苦しいだけだぞー?」
自分でも気が滅入りそうなことを言うが、茶色いキノコは頭を横に振る。
そうして、再び俺にすり寄って来た。
「ムー」
困ったなあ……可愛いけど、このまま街に居させたら病気になるかもしれないし、何より誰かに拉致されて食われるかもしれんしなあ。
俺の後を付いてぴょんぴょん跳ねて付いて来る姿は本当に可愛いが、この子の事を思うなら街に置いておくべきではないだろう。
やっぱ明日改めて森に帰してやるしかないか……。
「しょうがない、明日森に連れて行ってやるから……ちゃんと帰るんだぞ?」
「ムムー!」
ああもうそんな笑顔で跳ねちゃって。情が湧くからやめてください!
なるべく後ろを見ないようにしながら、俺は工房に辿り着いて扉を開けた。
ブラック達はどうせギャンギャン言い合っているんだろうな。
店を壊してなきゃいいけど……。
そう思い、げんなりしていたのだが……炉の前に仲良く座る二人の様子を見て、俺は面食らってしまった。
「あ、あれ? お二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
てっきり喧嘩してると思ってたんだが、ブラックはお爺さんと肩をくっつけ合せて、炉の前でなにやら作業している。俺には背中しか見えないので何をしているのか解らなかったが、ブラックは俺が帰って来たと解った瞬間、やけに慌て始めた。
「あわわわっ、つっ、つかさくっ、おおおおかえり!」
「何どもってんだよお前」
「がっはっは、若造落ちつけ! それより坊主、どこ行ってたんだ。商店街か?」
「あ、はい。どうせ長くなるだろうから、夕飯は俺が作ろうかと思って」
そう言いながら食材が入った紙袋を掲げると、お爺さんは再び豪快に笑った。
「そりゃありがてえ。久しぶりに食堂以外で飯が食える!」
「つ、ツカサ君、折角だからここの調理場借りて、ここで食べようよ」
そう言いながら、おたおたしつつ近付いて来るブラック。
直感的に何かを隠してる事は察知したが、どうせロクな事じゃないだろう。
口喧嘩をする気力も無かったので、俺は気にしない事にして頷いた。
まあ、お爺さんには迷惑かけたし、もとよりそのつもりだったからな。
と言う訳で、俺はピクシーマシルムの事を説明ながら、料理を作る事にした。
……と言っても、相変わらず変わり映えのないごった煮だけどもね。
「へー。そんな事が有ってこの子が。……ツカサ君たら、人類じゃないお友達作るのが本当に得意だよねえ。まさか菌類も懐かせちゃうとは」
「菌類言うな、生々しくなる」
タケリタケの事は極力話さないようにしつつ、コシタケのカサを細かく裂いたりダシが出るか試してみる。期待はしていなかったが、だし汁の味見をしてみると、どうやら本当にうっすら程度はダシっぽい味が出ているようだった。
薄い味だから判断し辛いが、シイタケのダシと似てるかもしれん。
もしかしたら、干したものなら同じ味が出るのかも?
「どっかで長期滞在出来るようだったら、干してみようかな……」
今から挑戦してみたいが、軽装の冒険者が物を干しつつ旅をするというのは少し難しい。乾物屋とかあるなら便利なんだけど、どっかにないかなあ。
そんな事を考えつつ、俺はそのだし汁を使ってスープに味を付けた。
むむ、ほんのりマツタケの味のお吸い物っぽい。和風だ……。
「ムムー?」
「良い匂いがするか? お前にもあげるからちょっと待っててな」
「ムー!」
ああもう俺の料理を一生懸命見てる姿が可愛い!!
抱き心地もぷにぷにして最高に気持ち良かったし、出来れば連れて行きたいが、ロクよりも弱々しい生き物だから無理なんだよなあ。はあ、俺が何でも召喚できる召喚師ならよかったのに。
でもキノコを召喚する召喚師ってなんか……どうなんだろう。
いや、とにかく今はメシ炊きだ。
お鍋をぐるぐる掻き回しつつその他の料理を作り、俺はやっとこさ夕食を完成させた。今日は久しぶりに材料が豊富だったから、一汁三菜で完璧だ。
これなら婆ちゃんも俺にサムズアップしてくれるだろう。
俺ってば結構料理スキルも上がってんじゃん。これなら三ツ星の……
「おう坊主、すげぇなお前! いい嫁さんになれるぜ!」
「なりませんんんん!!」
三ツ星のシェフになれるかもなって自惚れようとしたのに、誰かさんに娶られる前提の職業やめてくれませんかね! 俺男なんですけど!!
ってまあこの世界でこんな事言っても仕方ないけど、だってほら、爺さんが言ってる事って要するに……そう言う事だし。
あんまり考えたくない事を考えてしまいながら、また炉の前に座って作業をしているブラックを見る。その背中は、今までにないくらいの真剣さを感じさせた。
だけど、俺はなんだかブラックの背中を直視できなくて。
「…………」
だって、爺さんが言ってるのって……コイツの嫁って……ことだもんなあ……。
「おい坊主、夕食が出来たってよ」
爺さんがそう言うと、ブラックは慌てて何かを隠すような仕草をする。そして、焦りを含んだ笑顔でへらへら笑いながら、こっちにやって来た。
金色の光を纏っていたから、恐らく何かを作っていたんだろうけど……何だろう。あの慌て方だからロクなもんじゃなさそう。貞操帯とかだったらぶっ殺すぞ。
「ブラック、何してたんだ?」
「いや、えっと……ナイショ」
「……ふーん。まさか、変な事してるんじゃないよな?」
「そ、それは絶対に違うから安心して!」
言い切る所が妙に怪しいが、まあ本当に変な事は考えてないみたいだし良いか。
気になって問い詰めたとしても、どうせはぐらかされるに決まってるからな。
今日は色々あって疲れたし、無駄に体力を減らすまい。気にしないでおこう。
「あっ、今日は何だか匂いが違うね。これ、キノコが入ってるのかい?」
「良く解ったな。スープにはコシタケって言うのを使ってんだよ」
「あー、あのシイタケに似てる……」
「知ってるんだ……いやまあいいか、そこのテーブルに並べるから手伝え」
「はーい!」
俺が命令すると、嬉々として料理をテーブルに運び始める中年。
ゲンキンだなあと思う俺の後ろで、お爺さんがまた笑った。
「はっは、カカア天下だな。見てるこっちが火傷しちまうぜ」
…………今聞いた事は、聞かなかった事にしよう。
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