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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編
7.思わぬ才能と思わぬ人でなし
しおりを挟むとにかく、招かれちゃったもんは仕方ない。往来でギャーギャー言ってた俺達も悪いし……って言うか完全に俺達が悪いか。だから、仕事の邪魔してごめんなさいと謝らねば……。うう、でも職人って物凄い気難しいイメージなんだけどなあ。
謝って許して貰えるだろうかと思いつつ、質素な木製の扉を閉める。
工房の中は本当に一部屋くらいの広さしかなくて、その小さな工房には炉や鉱石を仕舞うための棚、完成品を置いた机や材料などがその辺にゴロゴロしていた。
ああ、怒られる前提じゃなきゃ本当に喜んで見てたんだけどなコレ……。
借りて来た猫のようにビクビクしながらお爺さんの後をついて行くと、相手は炉の前の椅子にどっかと座って俺達をギロリと睨んだ。
「テメェら、コレを見ろ。……これが何だかわかるか」
そう言われて恐る恐る見たのは、小さな台の上に置かれた黄金の小箱……綺麗な装飾を施された、素晴らしい逸品だ。ただし、蓋の所がえらく歪んでいた。
アァー……答えなきゃいけませんか、いけませんよねー……。
「え、えと……俺達のせいで失敗した小箱……です……」
「解ってるじゃねぇか」
「すみませんすみません!! 本当にもう繊細な作業中に騒いじゃって……っ! ほらブラックも謝れって……!!」
謝りつつブラックの後頭部を掴もうとジャンプするが、この中年ひょいひょいと避けやがる。てめこんちくしょっ俺にばっかり謝らせやがって!
躍起になってぴょんぴょん跳ねるが全然掴めない。
ぐうぅこれだから背が高い奴は嫌いなんだっ!
「騒がせたのは謝るよ。……だけど、その程度の失敗で怒るなんて……少し修行が足りないんじゃないのかい?」
「ばっ、ばかっ! ぶらっく!」
口を閉じさせようとするが、ブラックは跳ねる俺をまたホールドして、いつもと変わらぬ調子でじっと職人のお爺さんを見ている。
その余裕の態度が余計に怒らせてしまったのか、お爺さんはひくりと口を動かし、でっかい青筋を額に浮かび上がらせていた。
「ほーぉ? 言うじゃねぇか若造。お前には、宝飾技師の技量が語れるほどの何かでもあるって言うのかよ」
「技師の何たるかなんてどうでも良いけど、技師じゃない僕にも出来る事で怒るのは、短気以外の何物でもないって事は知っていてほしいね」
そう言いながら、ブラックは不格好な小箱を手に取ると、暫く色々な角度から観察して、おもむろに目を閉じた。あ、これってまさか……金の曜術……?
今更だけど、俺ブラックが金の曜術使う所なんて初めて見るかも。
片腕で囚われたまま、俺はブラックが何をするのかと期待の眼差しで待つ。
そんな俺の目の前で小箱を片手に乗せて、ブラックが何事か呟き目を閉じた。
「力を秘めし命持たぬ結晶よ、我が身を巡る力に応えその現身の真の姿を示せ――【カンビオ・ディラフォーマ】――……!」
ブラックの体を輝く金の光が包み込み、小箱へと流れ込む。
すると、その小箱はゆっくりと姿を変え始めた。
「う、わ……っ!」
歪んでいた蓋がどんどんまともな姿に治っていく。
俺の見ている目の前で、黄金の小箱はすっかり綺麗な様相になり、気付けば蓋もちゃんと閉まるほどに整えられていた。
「……若造、ちょっと見せろ」
職人のお爺さんはブラックの技術に何かを感じたのか、青筋を立てるのを止めて小箱を手に取る。そうして満遍なく小箱の形を確認すると、大きな溜息を吐いた。
な、なに。駄目だったの。
不安になって思わず顔を歪めたが、どうやらそうではなかったようで。
「ハァ……おめぇ、何者だ? 他人の……しかも一度歪んでしまった『作品』を、一瞬で理解して正しい形に整えやがるたぁ……」
「お気に召さなかったかな」
「とんでもねぇ。この仕事で文句を言えるのは、限定解除級の国宝だけだろうさ。……まあ、その腕に免じて今回は許すが、工房の周囲であまり騒ぐんじゃねえぞ。図太い奴らも多いが、金の曜術師は大体が繊細だ。因縁つけられたく無かったら、今度からは静かに見学するこった」
「アンタは繊細のせの字も見えないような顔なのに意外だね」
「おバカ! ブラック!!」
もーこのオッサンは余計な事ばっかり!! ってかちゃんと謝れ!
慌てて口を手で押さえようとする俺に、お爺さんが笑う。
「はっはっは、なるほどな。その坊主がお目付け役ってワケか。坊主も大変だな」
「い、いえ……あの、本当にすみませんでした、仕事の邪魔をして……」
「まあ済んだ事はいいさ。欲を言うなら、何か買ってくれりゃあ嬉しいんだが」
冗談めかして言われて、俺は改めて工房の中を見回す。
このお爺さん宝飾技師って言ってたけど、そう言われてみると机やら棚には宝石っぽいものが沢山置いてある気がする。
「あの、宝飾技師ってなんスか?」
「平たく言えば、贅沢品専用の職人だ。坊主も女に贈……いや、貰う方か。貰った事ないか? 首飾りやら指輪やらこういう宝石を入れる小箱やらをよぉ。宝飾技師ってのは、そう言うお宝をより価値のある物に加工する曜術師の事を言うんだ」
「説明に物凄く納得できない点があったけど、理解しました」
「えっ、アレって人から貰ってたのかい? 自分で買う物だと思ってたよ」
ブラックの素っ頓狂な言葉に、俺とお爺さんはブラックを二度見した。
いやだってアンタ、今時そんな事言う人いる?
恋愛した事ない俺だって解りますけどそういうの!
「おまっ……え? もしかしてアンタ、宝石とか装飾品とか、人から貰った事って無いの……? ってか、贈り物とかしたりとか……」
「くれる人も居たけど、おさがりかゴミの押し付けだと思ってたよ。曜気の籠った水晶なら貰ったけど、なんの役にも立たない装飾品なんて邪魔じゃないか。あんなもの付けてなんで喜ぶんだい?」
「えぇえ……素敵なお姉さんが胸元に首飾りしてたら綺麗だと思わない?」
がっつり胸元が開いたドレスの上に、宝石がついたネックレス。
かなり扇情的じゃないですかね。俺はそういうお姉様も萌えるんだけど……っていうかこの世界の貴族様は何かしら着飾ってるでしょ。
それも興味ないのかこのオッサン。
物凄い認識の違いに汗を垂らしながら見上げる俺に、ブラックは「心底理解できない」と言った様子の顔で首をかしげる。
「ツカサ君がやるなら別だけど、興味のない奴が着飾ってても別に何とも思わないなあ。寧ろ光って鬱陶しいよ。ベッドに入るにも、壊すと怒るから邪魔だったし。だからアレって、自己満足の為に女が買う物だと思ってたな。……ああ、婚約指輪とかそう言うのの意味はさすがに知ってるよ?」
「…………」
こ、このオッサン……マジでそういう『お付き合い』の話題をスルーしまくってたのか。そら娼姫のお姉さんも怒るわな……。それでも女が釣れたってのは物凄い憎らし羨ましいが、人としてどうなの。
俺ですらちょっとはアクセサリーの事も知ってるってのに。
「…………坊主、この若造の教育ちゃんとしてんのか」
「俺保護者じゃないんですってば!!」
どっかの島では親子と間違われてたのに、本当所変われば見る目も変わるなあ!
ああもうそれもこれも常識が中途半端に欠如してるこの中年がっ。
「おい若造、ちょっと来い。俺が宝飾のなんたるかを教えてやる」
「えー。僕達これから宿に帰るんですけど」
「人の作品に完璧に手ェ出しといて“知らねえ”じゃ済まされねぇんだよゴルァ!! テメェらどうせギルドに所属してんだろ、聞かんと通報するぞ通報!」
「えー……」
とか言いながらお爺さんはブラックの首根っこをひっつかんで、炉の前へと引き摺って行く。通報と言われては流石のブラックもどうしようもないようで、物凄い不満そうな顔をしながらなすがままになっていた。
俺から見るとオッサンなのに、爺ちゃんには若造扱いとかなんか変な感じだ。
つーかブラックもマグナとかに若造とか言ってたから、違和感あるなあ。
……いやいや、現実逃避してる場合ではない。
なんかお爺さんの講義が始まっちゃったし、俺やる事ねーな。
お爺さんの気が済むまで工房の中でも見学するか……。
とりあえず手持無沙汰なので、売り物が並べられている机を見てみる事にする。
値札の付いた完成品は、やっぱり凄い。細かすぎて目がチカチカする程に紋様が彫り込まれた金のレリーフに、青銅製ながらも驚く程磨かれた観賞用の小さな鎧。宝石の嵌め込まれた装飾品は、鎖や台座のデザインも素晴らしい。
……お爺さんったら見かけによらず物凄い繊細で乙女ちっくなモン作るのね。
「値段は……ってうぇえ……全部金貨でお支払いレベルかよ! この小さな指輪で小さな馬車買えちゃうじゃん……」
な、なんかクラクラして来た。ブラックじゃないけど、女の子がこんな凄い物を身に着けてたら触るのも躊躇うわ。俺の日本での毎月の小遣いなんて五千円も無いんだぞ。昼飯にパン買うっつって五百円貰って貯金するくらいなんだぞ。
ブラックじゃないけど、さすがにこれを指に付ける勇気は俺にはないわ……。
「……トルベールって実はかなり金持ちだったんだな…………」
いや盗んで来たものかもしれないが、それでもあの観劇場での姿を見ていたら、彼のコーデ料は幾らなのかと空恐ろしくなってくる。
アカン、この世界の宝飾品はアカン。俺には恐ろしすぎて触れない。
縁故の腕輪だけで許して。もうこれも値段考えたら触れなくなりそう。
布で隠した手首の腕輪をさすりながら、俺は気分が悪くなって工房を出る。
あ、あんなモンの傍でギャースカやる勇気はさすがにナイです……。
もうなんか、完全に気持ちが萎縮してしまって駄目だ。邪魔するのもアレだし、二人が話し終わるまで外で待とう。
と言う訳で、俺は壁に背中をくっつけて、道行く人をじーっと観察した。
やっぱ衣服は西洋なんだけど、東の方に近付くと詰襟だったり服がゆったりした感じのものだったりで、ライクネス寄りの地域とは違う。
そう言えば東って、日本に似た国が有るんだっけ。
どんな所なんだろうなあと思いながら見ていると、ふと市民っぽい人達が持っている籠に目が行った。買い物籠っぽいものには、なんだか見慣れたようで見慣れていないものが入っている。あれは……。
「…………でっかいキノコ……?」
シイタケっぽいのから、毒々しい色のキノコまで。とにかく色んなキノコを籠に入れて、奥さんっぽい人達が道を行き来している。
そう言えばこの街はキノコ料理が名物って言ってたな……いやしかし、キノコがデカすぎないか。どう見てもカサの大きさがバスケットボールくらいあるぞ。
あんなんでも美味しいのか?
籠には他の食べ物と一緒に入れてるし、食べ物ではあるだろうけど……うーむ、百科事典で調べたい所だけど、名前が解らないとなあ。
「おお、そうだ。八百屋とかで名前解んないかな?」
野菜や果物を扱っているお店なら、名前や調理法も知っているかもしれない。
マイラの街の事ももっと知りたかった所だし、ちょっくら行ってみるか。
それに調理法が解ったら、新しい料理のレパートリーが増えるかも。
あ、どうせヒマなんだから、買ってきて夕食作ってやってもいいな。
お爺さんには迷惑かけちゃったし、ブラックも……まあ、疲れてるだろうし。
「……我慢はさせるけど、適度にアメはやんなきゃな」
じゃないといつ性欲が爆発して尻がガバガバにされるか解らん。
別にブラックに食べさせたいとか言う訳じゃないが、まあ、あいつの好き嫌いを把握しておいたら何を作ったら効果的か解るし。
もしや子供みたいにシイタケ嫌いとか言わないよなー。まさかなー。
まあそうだったらからかうネタが増えるから良いか。
そんな事を考えて自然と笑顔になりつつ、俺は置手紙を工房のテーブルに置いて、早速商店が並ぶエリアへと向かった。
→
※次回ちょっと下品なネタ多めかも ヒいたらごめんぬ(´・ω・`)
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