異世界日帰り漫遊記

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

30.君がいるだけで

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「あの……なんで俺まで馬車に乗ってるんですか」

 ガタゴト揺れる馬車の中、首輪を嵌めて手錠と足枷あしかせまで付けられた俺は、美形の二人に挟まれて肩身の狭い思いをしていた。
 両側に美形、目の前に美形(シムラー)。完璧な布陣だ。逃げられない。
 俺が嫌いなもので三方向からサンドして俺を殺す気なのだろうか。
 やめろ、死にたいけど死にたくない。

 そんな俺の思いなど知るよしも無く、シムラーは俺をながめてドヤ顔で笑う。

「まあ、エサって所かな」
「別に俺が居ても無くても変わらないと思うんですが」
「いや、変わるよ。少なくとも、彼らには牽制けんせいになる。後で愛しの彼と仲間に会わせてあげるから、楽しみにしてるといい」

 もう訂正する気も起きないが、シムラーは本当にこの点だけは外してるな。
 そもそも、俺達の名前が偽名である可能性を考えない所からして、頭はいいのに肝心な所が抜けてるんだよなあ。
 俺達の素性を調べてないのは何か意味が有るんだろうか。

 いや、というか、調べられない……って言うのが本当の所なのか?

 シムラーは、ジャハナムとの関係を極限までけずり落としている。情報が入るであろう赤の陣営より青の陣営を選んだのは、自分の事を詮索されたくないためだ。
 と言う事は、逆に言えばシムラーは赤陣営の動きはほとんど判らない訳で。

 トルベールは俺達が噂を撒こうとしてた事を知ってて近付いてきたが、シムラーは俺達の正体に本当に気付いてない。
 なら、彼には赤の陣営レベルの調査能力はないのではなかろうか。

 それが本当だとすれば、俺が日の曜術師である事も知らないはず。
 彼が本当に調査能力に長けた人間なら、ブラックの事だってただの人間でないと分かったはずだし、俺らが何か探っている事も気付いただろうしな。

 なのに、それがない。
 三人の様子では、俺達が曜術師である可能性にも気付いていなさそうだ。
 と言う事は、この男達はマジで俺らの正体を知らないと言う事になるけど……。

 人の心が判れば簡単なんだけど、流石にそれは俺の可愛い相棒のロクショウでも出来やしない。俺と目と目で会話できるのだって、俺が特別にロクと仲がいいからだもんな。ロクは自分の考えを送信出来ても、対象が声や行動に出してくれないと相手の言動を受信出来ない。

 だけど、それでもそれは途轍もない能力だ。
 なあ、ロク。本当、お前が居てくれたおかげで助かってるよ。

 そう言うように、俺はベストの中で必死に隠れているロクに心で問いかける。
 すると、暗いベストの内側で、ロクは少しだけ頭を動かして頷いた。
 うう、可愛いっ。でも我慢我慢。

「なんだ、どうかしたか」
「いや、何でもないです」

 思わずきゅーんとなりそうだったのを堪え、俺は咳をして姿勢を直した。

 さて。何故ここにロクが居るのかと言うと、簡単に言えば「マグナに連れて来て貰った」という一言に限る。そう、ありがたい事に、マグナは報告しに行った後にわざわざ戻って来てくれて、ロクを館に行く階段の所で離してくれたのだ。

 ロクが扉を上手に開けて、俺が監禁されてる部屋まで入って来てくれた時の喜びったら無かったなあ……。思わず泣いちゃったけど、ロクの前でなら恥ずかしくはない。むしろ大いに泣く。

 それはともかく、ロクは丁度ちょうどマグナが来る前に起きていたらしく、マグナの話を大体訊いていたらしい。あれから割と時間が経ったが、ラッキーな事に今回もロクは起きている。

 こりゃもう、協力して貰うっきゃないでしょう。
 と言うワケで、俺は今から秘密裏にロクにブラックへ連絡を取って頂く。
 頼むぞロク。今はお前だけが頼りだ。





 ――――――――――――

 詳しい話を聞いてみると、ツカサはあのマグナという青年の力を借りて、一時的に脱出し色々探ってくれていたらしい。

(ツカサ君、強くなったねえ)

 二度も攫われていれば、胆力たんりょくも付くものなのかもしれない。
 師弟と言う観点から見ればこれほど優秀な生徒も居ないのではないか、と贔屓目ひいきめをいかんなく発揮しつつ、ブラックは心内で苦笑する。
 どうやら、ツカサはブラックが信頼する以上にたくましくなっていたようだ。

 寂しくも有るが、その努力には「ブラックと同じ場所に立ち、一緒に戦いたい」と言う気持ちが透けて見えるので、むしろ嬉しさの方が強い。

 ツカサは隠しているつもりだろうが、ブラックが怪我をしてからと言うもの、背伸せのびをするように単独で行動し出したのを見れば、馬鹿でも判る。
 何より、彼はあの時初めて「俺を信頼しろ」と言ったのだ。

 守られるだけじゃなく、対等な位置に立って信頼されたい。
 そんな事を思って貰えるなんて、天国に行くよりも幸せな事ではないだろうか。

(……と、そんな事考えてる場合じゃ無かったな。話を聞かないと)

 いつの間にか眠っていたクロウに聞こえないように小声で頷きながら、ブラックはロクショウ経由でツカサがやってのけた事と今現在の状況を聞いた。

 ツカサの話では、今の状況はブラック達が情報不足によって足踏みをしていた時とは大きく変わっているらしい。マグナという協力者を得たツカサは、彼の助けによってトルベールに状況を報告し、世界協定に救援を頼んでいた。

 今頃は、トルベールの部下達が世界協定に話を通し、自分達がやろうとしている事が伝わっているはずだと言う。

 そして、トルベール達が色々と情報を掴んでいた事も知った。
 これはマグナとトルベールの会話を聞いていたロクショウが伝えてくれた事らしいが、シムラーはこの国の「抜け道」の多さに目をつけ、裏社会に潜り込み、武器密輸の商談や要人暗殺部隊の元締めなどあくどい事をやっていたようだ。
 他国の人間であるという疑惑も、トルベールがしっかりと証拠を取っていた。

 この辺りはロクショウの記憶容量が限界を迎え、覚えられなかったようなので、ブラックもツカサもぼんやりとしか把握できていないが、とにかく捕まえる用意は既に完了しているらしい。
 なんだか信じられない展開だ。まさか数日も経たない内にこうなって、自分達の危機を救うように転機が訪れるとは思っても見なかった。

 ブラック達はあの取引の後、ずっとシムラー達に指示され動いていたので、トルベール達には会っていない。だから、何をしているのか解らなかったのだが……。

(赤と青両方の陣営を探った手腕と言い、表社会での事を迅速に調べ上げた能力と言い、本当に敵に回したくない一団だね……。しかし、捕縛の用意が整ったとなれば、僕達はこれからどうすれば良いんだろうか)

 思った事を簡単な言葉にして届けて貰うと、「意識」が返ってきた。

 ロクショウを通じての会話は、言葉ではなく意識になって脳内に届く。
 それは声ではない。感覚としか言いようのない物が、確かな意味となって脳内に浮かんでくるのだ。この感覚はブラックも初めてで、形容のしようがなかった。
 まったく、ツカサといると不思議な現象に事欠かない。

(ふーむ……もし警告が届いていたら、僕の索敵に何か引っ掛かるはず、か……。確かに、シアンが動いてくれたのなら、何らかの対策を講じてくれているはずだけど……そんなに早く伝わってるかな)
 ――――信じるしかない。間に合わなかったのなら、別の作戦だ。
(……そうだね。やっとゆっくり話す機会が出来たんだ。ちゃんと話そう)

 ロクショウが伝えてくれる「意識」は、とても端的だ。
 ツカサの言葉ではあるが、それはロクショウの知覚と理解が及ぶ範疇はんちゅうの台詞に書き換えられて自分に届いている。それがもどかしくも有るが、確かに相手と繋がって居るのだと思うと不思議と腐れた気分が治っていくような気がした。

(ツカサ君は今、拘束されててうまく動けないんだよね?)
 ――――そうだ。首輪に足枷あしかせ、手錠が嵌められている。解除は可能だが、相手が油断していないと解除することが難しい。今もシムラー達に囲まれているし。
(となると、こちらでどうにか騒ぎを起こして引きつけるしかないか……)
 ――――何か一瞬でも隙が出来るなら、隠蔽いんぺいの水晶で隠れられるんだが。

 ツカサの言葉に、ブラックは今しがた気付いたかのように目を丸くした。

 ……そう言えば、ツカサにはあの水晶を渡していたんだった。
 自分で作って置いてすっかり忘れていたが、ツカサはあの水晶を“かなり重要な道具”として認識してくれていたらしい。
 そんなに大事にしてくれていたなんて、本当に愛しい子だ。

隠蔽いんぺいの水晶か……でも、あの水晶もいつ効果が切れるか解らないよ)
 ――――どういうことだ?
(曜術を籠めた水晶はね、他の道具と同じように消耗するし使用限度も有るんだ。僕の作った水晶も例外じゃない。予想だけど……恐らく、あと一二いちに回で曜術を使い切ってしまうんじゃないかな)
 ――――ええ……。

 なんだか絶望的な雰囲気が脳内に流れ込んでくる。

(ああ、そんなに僕の術を頼ってくれていたのかいっ……! はああ、ツカサ君、キミって子は本当に僕を焦らして悦ばせて……!)
 ――――ロク! そういうのは伝えて来なくていいってば!!

 えつに浸る頭の中に唐突に意識が飛んできて、ブラックは思わず背を正した。
 もしや、口に出ていたのか。
 思わず口を押えるが、ツカサが伝えているであろう怒りの意識が伝わってくる。

(あ、もしかして今、顔赤くなってたりするのかな……)

 滅茶苦茶見たい。見て、触って、抱き締めて思いっきりキスしたい。
 が、そんな場合ではないので厳重に口にふたをしておく。

 ――――とにかく、それなら使わない方が良いかな。
(そうだね。じゃあ……こういうのはどうかな?)

 水晶が使えなくても、ツカサにはまだ使える道具が有るはずだ。
 それでツカサが無事に自分の元に戻ってくるのなら、大いに利用させて貰おう。

 ブラックは薄く笑うと、今までの憂鬱など忘れたかのように雄弁に語り始めた。







――――――――

 ああもう、最悪。
 ロクが悪い訳じゃないんだけど、なんでこう思い通りに行かないのか。

 普通に話そうと思ってただけなのに、可愛いロクはうっかりブラックの言葉を一言一句いちごんいっく逃さず俺に伝えて来ちゃうし、俺はそれを正確に読み取っちゃうし!

 ロクのテレパシーったら本当精度が良くて、ブラックの気持ち悪い喜んだ声すらダイレクトに脳内にぶち込んでくるから、赤面しないでこらえるのが大変だった。
 なんていうか、テレパシーで変な事言われると、耳元で囁かれる以上にヤバい。

 先程からロクは申し訳なさそうな顔をしているが、ごめんね、ロクが悪いんじゃないんだよ。あのオッサンがこんな状況なのに浮かれ始めたからいけないんだよ。
 でもテレパシーでお話しさせてくれてありがとうな、ロク。

 ……と、それはそれとして。
 馬車での移動中にブラックと話し合った結果、だいたいの状況と「やるべき事」が把握出来た。これは大きな収穫だ。

 ブラック達と連絡が取れなかった俺は、今までどうしたら良いか解らなかった。
 逃げるにしろどこに逃げたらいいのか解らないし、ブラック達とどう合流するのかも考え付かなかった。闇雲に逃げても、シムラー達に見つかるかもしれないし……何より、逃げたらブラック達が酷い目に遭うんじゃないかと心配だった。
 だから、俺一人じゃ逃げられないと思ってたんだけど……今は違う。

 俺達が向かっている場所の情報も、ブラック達が待ち伏せる地点も分かった。
 トルベール達のお蔭で情報はそろい、シムラーを捕まえる準備も出来たのだ。
 それに、ブラックとの連絡も取れた。俺にはもう、首輪以外の枷はない。

 あとは、俺が気に乗じて逃げるだけだ。
 シアンさんへの警告が届いても届いて無くても、大丈夫だ。
 だって、ブラックが「絶対に全員捕まえられるから、安心して」と言ったから。

「ルギ君、あの馬車に乗っている彼に、顔を見せてあげると良い。もしかしたらこれが最後の別れになるかも知れないからね」

 そう言われて、俺は半ば強制的に窓へと押し付けられる。
 ブラック達に会わせるって、やっぱ普通に会わせるんじゃなかったんだ。
 予想していた事ではあったけど、悔しい。

 だけど、顔が見れると言われると窓から体を離せなくて、俺は言われるがままに窓の外を見やった。
 窓の向こうには、馬車に並走している一輌の質素な馬車が見える。その飾り気のない木製の馬車の窓には、確かにブラックの顔が映っていた。

「…………」

 本当の名を言いそうになるのを堪えて、俺は窓越しの相手を見つめる。
 ブラックも俺を見つけると、嬉しそうに笑って手を振った。
 ああ、無精髭また生えてる。折角の格好いい服もよれよれだ。モノクルだって、もう付けちゃいないじゃないか。変装になってねーよ。どうすんだよ。

 そうは思ったけど。
 でも、その情けない姿が、どうしてか泣きたくなるほど嬉しくて。

「そら、お別れだ」

 シムラー達と俺が乗った馬車は、二輌の馬車から離れて遠ざかっていく。
 俺は質素な馬車の窓に映るブラックの姿を見つめながら、祈った。

 こっちは大丈夫。絶対に、アンタに心配させないようにする。頑張るから。
 ……だから、アンタも…………死なないで。

 この言葉が伝わればいいと思ったが、ロクに伝えて貰う勇気は出なかった。










 
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