異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

27.始める為に、対等の位置に立ちたい

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「……とにかく、この鳥籠から出なきゃな」

 俺は祈るような気持ちで鍵蟲かぎむしに気を送り込むと、手を格子の外に出して鍵穴に蟲を近付けた。すると、今まで動かなかった蟲が急に掌で動き出したのだ。
 びっくりして落としそうになったが、それより早く蟲は鍵穴に潜り込み、何やらカチャカチャ言っていたかと思うとすぐに扉を開けてくれた。

「えっ、三十秒もない」

 神業すぎですよ蟲さん。とか思っていると、鍵穴からカシャンと鍵蟲が落ちる。

「ひぃいいいっ! こっ、こっ、壊れるっ!!」

 借りもんなのに壊したら申し訳ないぃいい!!
 鳥籠から出て慌てて鍵蟲を手で掬い上げる。だが、鍵蟲は元の姿に戻っただけで、どこも壊れた様子はないようだった。うーむ、この体でどうやって鍵を開けたんだろう。
 籠の内側に居た俺には見えなかったから、何が何だかわからんぞ。

 色々気にはなったが、考えてる暇はないと気持ちを切り替えて、俺は大きく体を伸ばした。今までずっと痺れっぱなしだったから、体が固まっちまってるよ。
 ポキポキと背骨を鳴らしつつ、俺はとりあえず部屋の中を探る事にした。

「客間っぽいから、何もないとは思うけど……」

 万が一シムラー達が戻って来た時に、すぐに鳥籠に入れないと困るモンな。
 まだ安心はできないし、近場を攻めた方が得策だ。
 俺はタンスやらクローゼットやらを探してみたが、やっぱりこれと言ったものは見つからなかった。ただ、備品として置いてある物はどれも高価なので、やはり金持ちの家なんだろうなと言う事は解るんだが……。

 そうじゃなくて、シムラー達の悪事に繋がる物がないかと探すが、結局目ぼしい物は見つからなかった。

「この部屋はあらかた探しちまったかな……」

 さて、いよいよスパイ大作戦をしなければいけない時が来たようだ。
 あれだけ長時間部屋を物色してても誰も来なかったんだから、今日はもう三人とも休んだんだろう。外の暗さからして、今はかなり遅い時間のはずだしな。

 俺は音を立てないようにたっぷり時間をかけて木製の両扉を少しだけ開けると、その開いた隙間に体を捻じ込むようにして廊下へと脱出した。
 ヒューッ、俺ってば中々にテクニシャンじゃない?
 調子に乗って自分を褒めないと心臓死にそうだから、ハイテンションでいかせて。

 それにしても、金持ちの家ってのは本当どこにでも高そうな物置いてあるよな。
 床もピッカピカだし、天井見上げても装飾でテッカテカだ。
 水琅石すいろうせきの明るい光が出るシャンデリアじゃなくて、蝋燭ろうそくの明かりだけ……とかだったら余計に怖かっただろうなあ。綺麗な空間って、静かで暗くなるとどんな部屋でも怖いし。

 そんな余計な事を考えつつも、俺は慎重に慎重に足を進めた。
 もちろん、手には水晶握りっぱなしで体は壁にはりつきっぱなしだ。
 耳なんてずっと澄ませてるから頭が痛くなってくる。あのトンネルの時もそうだったけど、ホントこういう事はやるもんじゃないよ。心が緊張で擦り切れて死ぬ。

 定期的に自分の部屋に向かう影がないか気にしつつも、俺は廊下にあるいくつかの部屋の様子を充分な時間をかけて調べて行った。
 どうやらこのフロアは客室と物置ばかりらしく、人の気配は全くない。
 一応全ての部屋を調べてみたが、目ぼしい物は見つからなかった。

 解ったのは、ここはさほど広い屋敷ではないって事かな。部屋も五室くらいしかなかったし、別棟も見当たらない。もしかして、本宅とかじゃないのかな。

「うーん……階段は一つだけだから、誰かが来ればすぐに解るけど……別の階とかに行っていい物かどうか」

 全員寝静まっている、という確証が有るなら良いが、今の俺にはそれを確かめるすべはない。どの道、上か下へ移動して確かめないと、大手おおでを振って歩けないのだ。
 くそー。俺にも天井を這える粘着手袋とかそういう不思議道具があったらなー。

 魔法は万能ってよく言うけど、かゆい所に手が届く技術はやっぱ科学だよなあ。
 どっちも兼ね備えたスキルが欲しいもんだが、お金払ったらマグナは作ってくれないだろうか。あの人何気に「曜気とか気とか使わない機械作った」とかサラっと言ってたし、材料と金さえあればスパイ道具とか作ってくれるかも……。

 いやそれは今考える事じゃないか。
 こうなったら、一か八かで行ってみるしかないよな。

 俺は覚悟を決めて、先に一階の方を探る事にした。
 一階と言えば、使用人が居たりまだ起きてる奴がいるっていう定番の展開が有るからな。出来るだけ気を抜かないようにして、様子を見てみよう。

 階段を下りた所には、エントランスが有って広い玄関も有る。
 人気は相変わらずまったくなくて、逃げようと思えば逃げられる。だけど、それは出来なかった。勝手な事をしてブラック達に皺寄せが言ったら困るしな。

 潜入してコイツらをぶっ倒すだけなら、証拠だけひっつかんで逃げられるけど……俺達の目的はあくまでも一網打尽だもんな。
 俺が逃げた事で警戒されたら終わりだ。
 だから、俺も細心の注意を払って行動せねばならない。

 幸い一階にも人の気配はなく、俺は相変わらずお守りの水晶を握りつつ、周囲に気を配ってじりじりと探索を続けた。
 あーもーいい加減スニークするスキルカンストしたいです神様。
 何故この世界はスキルポイント制がないのか。現実は世知辛い。

 嘆いても仕方ない事を今更ながらに半数しつつ、俺は一階を歩き回った。
 人の気配がない場所ばかりだが、この家あの三人以外に人がいるんだろうか。
 台所にも遊技場にも人の気配なんて無かったし、そもそもこの家にはメイドさん達が寝るであろう場所も無い。
 窓の外に別棟も見当たらないし……本当なんなんだろう。

 まさか、館主と同じ階に部屋を作るとも思えないしなあ……うーむ。
 悩みつつも、俺は最後に残った奥まった場所の扉をゆっくりと開ける。
 やけに質素な扉だったし、恐らく物置小屋か何かだ、と思っていたのだが。

「……あれ?」

 その部屋の中には、下へ降りる階段だけが在った。
 一畳ほどの狭い空間……民家の狭いトイレみたいなレベルの小さな場所なので、当然そこには他に何かを置くスペースなんてない。ドアのすぐ下はもう下り階段が始まっていた。

「これ…………もしかして……」

 いけないと思いつつも、俺は足を動かすのを止められない。
 下の方から人がやってこない事を祈りつつ、俺は震える足でぼんやりと明かりの灯った階段を降りて行く。長い長い階段の最下層には小さな踊り場があって、そこにはまた一つドアが在った。

「…………」

 誰もいないだろうな。来ないでくれよ。
 そう思いつつ、鍵を開け時間をかけてノブを回し、そこを開く。と――――。

「……!!」

 見覚えのある、廊下。
 その廊下に並んでいるドアの一つから鍵を開ける音がして、俺は急いでドアを閉めた。慌てて階段を上がりながら、背後を気にして俺は息を切らす。

 来るなよ、こっちに来るなよ。
 そう思いながら階段を駆け上がって、扉を音を立てないように閉ざす。
 あまりにも心臓がどきどきして痛くて、そこから動けずに俺は壁際に座り込むと水晶を握った。

 息が荒い。気付かれる。どうか、どうか治まれ呼吸。
 水晶を握って深呼吸を無理矢理繰り返しながら、俺は周囲を警戒し続けた。
 ……だが、結局、何も登ってはこなかったようで。

「…………た、たすかっ……た……?」

 はああ、マジで驚いた……。
 深々と溜息を漏らして、俺は体を弛緩しかんさせる。
 ほんと見つからなくて良かった。今の内にここから離れなければ。

 俺はうのていでそこから離れると、二階へと戻った。
 二階も相変わらず人の気配はなく、しんと静まり返っている。とにかく一度落ち着こうと思い、俺は鳥籠の中へと戻った。こっちもバレてなかったみたいだ。

「はぁあ……よかった……」

 もう本当ひやひやする……。ああ、こういう時ロクが居てくれたら、感応能力とテレパシーで俺にピンチを知らせてくれるんだけどなあ。
 やっぱり俺一人じゃ探るのにも限界があるよ。
 そもそも、どこを探したらいいかってのも大体の見当でしかないし……。

「……本当一人じゃなんにも出来ねーなあ……俺…………」

 黒曜の使者の力なんて、本当一体何の役に立つんだろう。
 巨大な技をぶっぱなして全てが解決するんなら、そりゃ俺だってやりたいさ。

 爽快だし、何より全てが白黒はっきり付くから気持ちも良いしな。でも、今回はそう言う事をやっても根本的な解決にはならないし、何より力が暴走するのが一番怖い。知らない内に人を殺したなんて事になったら、考えるだけで恐ろしい。

 こんなものが俺のチート能力だって言うのなら、何の役に立つと言うのか。
 ずっと押さえ続けなきゃいけない、しょうもない事にしか使えない力が。

「…………」

 俺が本当にやれる事、やらなきゃいけない事って……なんなんだろう。

「……このままじゃ、いけないんだよな……」

 ブラックは、俺の力を守るために一緒に旅に出てくれた。
 ラスターは、自分自身の力を信じろと言ってくれた。
 俺一人じゃ何もできない事を教えてくれたのはクロウで、助けて貰う事のありがたさはロクが……ロクショウが、教えてくれたんだ。

 でも、教えられてばかりで、何一つ誰かに与えてやれた事は無い。
 俺の全ては、他人の知識に基づいている。
 だけどそれが悪いんじゃない。教えて貰った事に対して行動が出来ない自分が、情けなくてしょうがないだけなんだ。

 だから、今のままではいけない。

 助けられるのを待つのも、危ない事に首を突っ込んでヘタを打つのも、俺のやることじゃない。ブラックやロクを心配させるような人間のままじゃダメなんだ。

「…………こんなんじゃ、信頼しろって方が無理だよな」

 好きとかそういう気持ちじゃなくて、ただ、ブラックに信用してほしくて……俺は一人でも大丈夫な程大人だと言ってやりたくて、あの時つい「信頼しろ」なんて言ってしまった。
 だけど、大人しくさらわれた今となっては、それも恥ずかしいだけだ。

 アイツと出会った時より、ラスターの屋敷に連れて行かれた時より、今この場所に居る事が何倍も恥ずかしかった。

 だって、俺は結局相手の良いようにあしらわれてしまったんだから。
 これじゃブラックの隣になんて立てやしない。
 また、守られる役になってしまう。自分をその役で納得させてしまう。
 ブラックがまた危険な目に遭っても、俺は動く事も出来なくなってしまうんだ。

 そんなの、絶対に嫌だ。
 ……自分の力量に落ち込んでる訳じゃない。悔しいだけだ。
 だから。

「……もう二度と、あんな思いはしない」

 俺は腕輪に嵌め込んでいる宝石を掌で包んで、膝を抱えた。
 そうして、目を閉じる。

 目蓋まぶたの裏にだらしない笑顔のブラックとロクが浮かび上がる。
 それだけで胸がぎゅっと痛くなって、俺は立てたひざに頭を埋めた。










※次はモブがやりたいほうだいしてるので*が付きます。ご注意をば
 
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