異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

 スカウトマンは大体が怪しい奴2

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「ようこそ、君達が来たがっていた裏世界……ジャハナムへ!」

 トルベールの声が、俺達の来訪を祝福するかのように周囲に響き渡る。
 しかし、俺はその声に反応する事も出来ず、ただただ景色を見つめていた。
 自分達が居る場所から一望できる、眼下に広がった街の光景を。

「これは……すごいね……」

 凄い、なんてもんじゃない。
 だって、これは。ここは。

 何度も何度も同じ言葉を再生してしまって、俺は動けない。
 無意識に、かすれた声を吐き出していた。

「なんで……こんな街が…………ここに……」

 外の世界は夜だ。だが、この世界は明るい。
 天井が光っているからだろうか、それともビル街から漏れる明かりのせいか。

 なら明るくて当然だ。
 俺の世界ではそうだったんだから、この世界でも明るいに違いない。
 だってこの場所は、この地下世界には……――

 鮮やかなネオンに彩られたビルが、群れるように乱立していたのだから。

「ツカサ君?」
「………………」

 バカな。ここはファンタジー世界だぞ。
 なんでこんな、俺の世界とまったく同じビルが何十棟も建ってるんだ。
 どうやって作った。何故こんな巨大な地下空洞にビル街が存在してるんだ。
 どうして、誰が何のために……

「ツカサ君!」
「ふぁっ!? あ、はっ、ど、どした?」
「どしたって……ツカサ君の方がどうしたんだい。顔が青いし……手も冷たいよ」
「う……」

 手を強く握られて、俺は自分の体温が低下していた事にやっと気付く。
 あまりに驚いたからとは言え、この変化は異常だった。
 いや、異常じゃない。理由なんてもう分かっている。俺はこのビルの群れを見て、ハーモニックで起こった事を次々に思い出してしまったんだ。
 だから、こんなに、俺は。

「大丈夫……?」
「……う、うん……」

 心配そうに覗きこんでくるブラックに、俺はぎこちなく頷きを返す。
 そんな俺を見て、流石に悪いと思ったのか、トルベールは申し訳なさそうな顔で俺に両手を合わせて謝って来た。

「鉄仮面君、そんなにびっくりしたのか……悪かったよ」
「い、いえ……」
「まあ、ここの建物は地上のとは全く違うもんな。俺らもこの建物の詳細は解らんまま使ってるが……まあ、怖い事は無いぜ。ただの岩をいただけの建物さ。あの明かりだって、水琅石を使ったもんで幻術でもない。天井がお日様が照ってるみたいに明るいのも、カラクリがあるだけだからな。だから、安心しなよ」
「……はい。ブラックも、もう心配すんな。ちょっと驚いただけだから」
「そう……? なら、いいけど……」

 痛いくらいに胸を打つ鼓動を隠しながら笑ってやると、ブラックとトルベールは俺の体調を気にしながらも気にしないようにつとめてくれた。
 格好悪いけど、自分でもどうしようもない。

 理由は解ってる。
 パルティア島で見たあの古代遺跡と、そして……あの、手紙だ。
 この世界には存在しないはずの言語で書かれた、手紙。それを思い出したから。

「…………」

 この国に来てから、何故か「前の世界」が異様にまとわりつく。
 別に帰りたくないと思っていた訳じゃない。
 今だって、帰れる物なら帰りたいんだ。
 だから、俺の世界の物に触れられるなら、なんだって嬉しいと思っていた。

 でも、こんな風な再会は望んじゃいない。
 唐突なビルの遺跡に、謎の手紙。
 俺の不安を煽るばかりの意味不明な遺物は、懐かしさも嬉しさも無い。
 ただ、この世界とは違う異質さを俺に見せつけるだけで。

 ……怖い。見慣れた物が、何故だか物凄く怖かった。
 それはこの場所がまがい物だと解っているからなのか、それとも何故この世界に俺とおんなじ「異質な物」があるのか解らなくて、混乱しているからなのか。
 考えても、今の俺には結論なんか出せるはずがなかった。

「んじゃ街に降りますか。そこの細い坂道から降りるんだ。色々聞きたい事も有るだろうけど、とりあえず本当の目的地に着いてからってことで」
「わかった。……ツカサ君、行こう」

 そう言って、ブラックは俺の手を引く。
 まだ握ってるつもりか、俺は子供じゃないんだぞ。そう言いたかったけど、口が動かない。ブラックも俺がまだ人心地を取り戻していないのが解っていたのか、またぎゅっと手を握って、強引に歩き出した。

 離そうとしないブラックに呆れつつも、何だかやっと心音が収まってくる。
 俺の手を包む大きくて少しカサついた手は、不思議と俺を安心させていた。
 なんか癪だけど、まあ、うん……いいか。
 じぐざぐと折り返しのついた坂道をゆっくりと降りながら、俺は徐々に近付いて来るビルの群れを見やった。

 裏世界……いや、地下世界と言うべきか。
 地下世界ジャハナムは、やはり俺の世界のビル街と本当に酷似した場所だった。

 ただし、高層ビルとまでは言えない。
 ビルはどれも六階ほどの高さで、その大きさや階数も統一されていない。打ちっぱなしのコンクリートの壁には塗料で模様や色が付けられているが、俺の世界の物と比べたらどこか古めかしい感じがした。

 それに、地面はただの土だ。俺の世界と一緒だと思ったが、それにしてはあまりにもお粗末な街並みである。土に囲まれているせいもあるのだろうが、乱立するビルはどこか猿真似で作られたかのような歪さを感じさせた。

 なんにせよ、俺の世界とは少し違うみたいだな。
 その事に何故か大いに安堵してしまって、俺はやっと胸の中に溜め込んでいた息を吐いた。違うって事にこんなにホッとしたのは初めてかも。
 とにかく、人前に出る前に手を離して貰おう。

「ブラック、手を」
「ヤダ」
「…………あの、人前に」
「ヤダ、絶対ヤダ。ありがたく思うんなら着くまでこのままにさせてよ」
「ぐうう……」

 こんちくしょう、なんでこういう時ばっかりこっちの心を見透かすんだか。

「鉄仮面君初心うぶだねえ。そんなんじゃこの街では生きていけないぜ」

 生きてけないぜって、どういうこと。
 トルベールの気楽そうな言葉に首を傾げたが、街に入った瞬間俺はその言葉の意味を嫌と言うほど理解してしまった。
 ああ、本当に、ここは凄い。

 背の高い建物の間を一直線に突き抜ける通りには、一神教の神様がブチ切れそうな光景がそこに広がっていた。

「わお……すっごい悪趣味だね」

 ブラックが気の抜けた声でそう言うのも無理はない。だって、凄いんだもん。
 あれ、俺ってばエロ動画とかエロ漫画の中に入りました……? みたいな感じのイベントが、そこかしこに広がってるんだもの……この街……。

 俗にいう雌豚調教みたいな事になってる人達が、身なりの良さそうなオッサンやお姉さんがたに首輪を付けられて四つん這いで歩いてるし、街のそこかしこに凄いモザイク物件が転がっている。そんな街だからか、男女問わずアウトローな服装のカップルたちが色んな所を露出させつつ盛り上がっていた。

 で、その中で平然と歩く人とかがいて、物売りの人も気にせずに声高らかに店の宣伝をしている。これは完全に隕石落とされる街の奴だ。ソドムとゴモラ。

 うーん……ある意味地獄絵図だな。
 俺、漫画で見るのは平気だけど、こういうのは正直ちょっとあの。

「ツカサ君大丈夫? 興奮してない?」
「バカ!! するわけねーだろ!!」
淫蕩いんとうも度が過ぎると滑稽こっけいにしかみえねーって典型ですわな。ほいほい、旦那がたも無視してキリキリ行こうぜ」

 トルベールがケロっとした顔で歩き出すが、俺はそこまで豪胆になれない。
 正直手を繋いでて貰って良かったとすら思う程、エロの洪水に怯えきっていた。

 いや、いくら俺がすけべな事大好きでも、こんだけ見せつけられたら怖いってば。しかも間近でガチで調教中の他人をウォッチンとか、夢に出そうで嫌すぎる。
 俺は二次元と動画だけでいいんだってば。他人の愛の営みをリアルで見るのは、俺には刺激が強すぎるんですぅ。

 ブラックの後ろに回って周囲を見ないようにしながら暫く歩いていると、通りの中程でトルベールが立ち止った。何事かとブラックの背後から覗き見ると、相手は左側のとあるビルを見上げて手招きをしている。

「こっちですよ、お二人さん」
「こっちって……も、もしかしてここが……目的地……?」

 トルベールが片手を掲げているそこには、なんとも豪華で洒落たビルだった。
 なんだろう、なんていうか、歌舞伎町とか銀座に在りそう。鏡張りの部分とかが有って、他のビルよりもなんぼか新しげな感じがする。中に入ったら高級クラブのママとかが居そう。ここが件の【アスワド商会】なんだろうか。

「さ、入って下さいよ」

 促されるままに中に入ると、そこもまた凄い。なんかしらんがキラキラしたヒモが沢山ついてるシャンデリアに、大理石かとおぼしき床。それでいて磨き上げられていて、螺旋らせん状の階段がついた吹き抜けの中二階なんてのもある。
 うわーマジで高級クラブじゃん。ヤクザバックに付いてる奴じゃん。

「おかえりなさいませ、トルベール様」

 驚く俺達を余所に、奥の方の扉から受付嬢らしきイケイケボインなお姉ちゃんが出て来る。彼女はトルベールと何事か話した後、こちらに頭を下げてどこかへ行ってしまった。ああ、出来れば俺も話したかった。

「それじゃこっちに」

 言いながら、トルベールは玄関から正面の壁にあったドアを開く。
 そこには、綺麗な装飾が施されている格子で作られた、鳥籠のような長方形の箱が有った。みれば、箱の中にはレバーが付いている。
 地面に付いてはいるが、箱は上から太い線で釣りあげられているらしい。
 って、これってまさか……めっちゃ昔の時代のエレベーターじゃ……。

「これに乗って下さい」
「へえ……機械式昇降機なんてつけてるんだ」
「ウチだけですがね。世界協定本部や大企業以外じゃそうそう見ないもんでしょ? だから、ハクが付くかなと思って。ホラ、こんな場所でやってくなら、ナメられちゃ終わりですから」

 あ、なんだ。この世界にもエレベーター的なものが有ったのね。良かった。
 昇降機に乗ると、トルベールはレバーを一気に手前まで引く。どうやら目盛りが付いているらしく、行きたい階にレバーを合わせるらしい。

 ガコンという音が聞こえてゆっくりと上がり始める昇降機は、かなり不安定だ。グラグラと揺れるので、人の手で引き上げられているように思えてくる。

 ビビりつつ格子を握っていると、ようやく昇降機は目的地にたどり着いた。
 普通なら社長がいるであろう、最上階へ。

「あの……」
「さあさあ入ってよ」

 トルベールは気楽そうに手招きしつつ、昇降機の部屋から出て行く。
 俺達も部屋を出てみると、そこはエントランス以上に煌びやかで華やかな、高級クラブっぽい廊下が広がっていた。うわー廊下めっちゃキンピカ。
 これあれだ、VIPルームとか言うのがある所だー。

 あまりにも豪華すぎてヒいてる俺達に構わず、トルベールはさあさあとを歩みを促しつつ、この階に一つしかない扉を開いた。当然そこもドラマで良く見るような社長室で、白皮の高級なソファに座らされる。

「あのー……」
「お茶は頼んであるから、まあゆっくりして下さいな」

 そう言いながら、トルベールは向かい側のソファに座る。
 お茶を持ってくるって事は、俺達は結構重要な客として認識されているのかな。この世界じゃ「お茶」は高級品だし。でも、俺達の向かいに座っているのはトルベールしかいない。……ここまで来ると、俺でもさすがに展開が解るぞ。
 俺は意を決して、相手に問いかけてみた。

「やっぱ……トルベール……さんが、このアスワド商会の会長なんスか」
「はっはっは、やっぱバレちゃったか。いんやー、俺様……おっと。私の長としての品格ってのは隠しきれないもんなんですなあ」
「こんな場所で君みたいなやつが踏ん反り返ってたら、誰だってそう思うよ」
「あらら」

 ブラックの呆れたような声のツッコミに、トルベールはずっこける。
 そう言う所がチンピラチャラ男っぽいというか、小物っぽいんだけどなあ。

 でも、受付嬢に「様」とか言われてたし、偉い人には間違いないんだろう。
 未だにちょっと認めたくない気持ちを抱えつつ、俺達はトルベールに問う。

「それより……早く表で話せない事を話して貰えますか?」
「おお、そうだそうだ。んじゃ早速なんですがね……お二方、もしかして今、仕事探してたりしない?」
「いきなりっすね」

 ここまで連れて来てそれか、と眉を上げる俺に、トルベールも同じ顔をする。

「いや、だって君達数日前から曜術師がどうのとか酒場で喋ってたじゃない」
「えっ……俺達の事知ってたんですか!?」
「そりゃまあ、俺だって一応はジャハナムの一員だし、君達どうやらジャハナムの事を調べてたみたいだからね。こっちに興味が有るのかなと」

 やっぱどこかで聞かれてたのか。
 でもスカウトしに来なかったって事は、警戒されてたのかな。それが、今日直接戦ってみて気が変わったとか。だとしたら、この高待遇もなんとなく理解できる。
 じゃあ、素直に「興味がある」と言っておいた方がいいか。

「興味はありましたけど……でも、なんで俺達を? 今日まで接触してこなかったって事は、別に引き込むつもりじゃなかったんでしょ?」
「そりゃ、こっちを探ってる奴に近付くほど、私らはバカじゃあねぇんでな。……しかし、君達にはどうやらワケがありそうだ。触れ込み通り強いし、何よりキミ、鉄仮面君は可愛いからな。条件次第では組んでもいいかなと思って」

 笑顔で俺達に首を傾げる相手に、俺とブラックは何度目か顔を見合わせる。
 
「トルベール、と言ったかな。よく意味が解らないんだけどね」
「おっと、要点が全然入ってなかったッスね。んじゃ簡潔に言います」

 わざとらしくオホンと咳をして、それからトルベールはやけに真剣な表情をすると、俺達をじっと見据えて来た。
 その顔は、先程とは違って、どこか策士めいたような冷静な顔で。
 思わず息を呑んだ俺達に微かに口元を緩め、トルベールは口を開いた。

「私どもに獣人達の店を潰されたくなかったら、私の用心棒及び、このジャハナムに起きている問題を解決する人間として働け……とまあ、簡単に言えばこんな感じです。……断られたら、貴方達を苦労して始末し、獣人達もどうにかしなきゃならない。でも、受けてくれりゃあそれ相応の報酬と、獣人やお二方のこれからの安全は保障します。勿論その後一切の干渉はしません」

 さて、二者択一、どっちを選びますか?
 再び軽薄そうな笑みを浮かべて俺達をみるトルベールに、俺は顔を顰めた。

 初対面の時ほどの嫌悪感はない。だってトルベールの軟派そうな態度は、俺達を油断させるための物なのだから。
 そうでもなけりゃ、こんな交換条件言うはずがない。

 相手は、俺達が裏世界に接触したがっている事を知っている。
 それに獣人達に肩入れしている事も知ってるんだ。

 その上で、どちらかを選ばせようとしている。
 ハイリスクだが自分達を脅かす敵を殲滅せんめつできる選択肢か、ハイリスクだが確実に獣人達を救える選択肢。どちらを選んでも俺達には多大な苦労が舞い込むが、どの道選択肢など無かった。

「一つ聞きたいんだけど」

 ブラックの言葉に、トルベールは「どうぞ」とばかりに肩を揺らした。

「君は、何がしたいんだ? 部外者を秘密の場所に入れて、僕達が後者を選ぶように贔屓する理由は何だ。それほど危険な仕事なのか」

 そう、この選択肢は故意に歪められている。
 トルベールは俺達に都合のいいご褒美を後者に盛り込んで、確実にそちらを選ばせようとしているのだ。

 提案を受けさえすれば、俺達には極楽が待っていると言わんばかりに。
 だけど、そんな選択肢を作られたって怪しいとしか思えない。

 それは相手も解っていたのか、苦笑しつつ頬を掻いた。

「やっぱ、条件次第で一発了解って訳にもいかねーっすかね? ……ま、しょうがないか。えーっとですね、まあ要するに……お二人には、の台頭を防いで頂きたいんですよ」
「ある勢力?」
「ええ、実は、獣人達を追い出す理由もそこにかかってましてね」

 え、気に入らないから退去しろとかそういうんじゃなかったんだ。
 目を丸くする俺に、相手はなにやら小難しい顔をして口を緩めた。

「それに、相手にはでっかい後ろ盾があるみたいでねえ……俺達にもちょっと手の出しようがないんですわ。だから、お二方に……特に鉄仮面君には、色々と探って来て頂きたくて」
「探るって……」
「そりゃ決まってますわ、アレですよ。い・ろ・じ・か・け」
「…………」
「ま、詳細はお茶が来てからでも良いでしょう。ちょっと一息つきましょうぜ」

 詳しい話を聞く前に帰りたくなったが、もう帰るわけにも行かない。
 色々と嫌な予感がしたが、こうなったらトルベールの話を詳しく訊くしかないんだよなあ……はあ、もう色仕掛けはこりごりなんだけど……。













 
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