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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
1.はじまりはいつも穏やかに
しおりを挟む「ではツカサ・クグルギ様、このメダルへの刻印を以って貴方を木の曜術師二級、水の曜術師二級として認めます」
俺の目の前で、口をヴェールで隠したアラビアンな美女がにっこりと笑う。
その妖艶かつ秘匿の美を表したかのような麗しい姿に、俺は思わずだらしない顔で「いやぁ~」と頭を掻いた。
大胆ミエミエな服の美女もいいけど、きっちり着込んだ女性もエロいっすね!
いやもう本当、思えば島では男男男の男三昧で辟易してたから、ラッタディアのこの酒池肉林には本当に癒されるんだよ。普通に過ごしてれば俺も今頃パルティア島でイイ思いしてたんだろうけど、残念ながら休暇にはならなかったしな。
ってことで、俺にとっては今が休暇です。
美女と二人っきりのプレイスこそが癒しです。
「それで、今後の事なのですが……あの、クグルギ様?」
「えっ、あっ、ハイハイ!」
「それぞれの属性が二級に昇級となった事で、クグルギ様は複数の団体や商会からの専属依頼を受ける事が出来ます。専属依頼とは、用心棒とか……えと、要するにお抱え曜術師って事ですね。そう言う仕事に就けるんです! 今ちょうど依頼が複数ありまして……」
とか言いつつ、アラビアンなお姉さん……ラッタディアのギルド職員であるシーミアさんは、紙束を取り出してそれを忙しなく捲り始める。
待ってましたよこの瞬間と内心気合を入れつつ、俺はその紙束を凝視した。
そう、ここはラッタディアのギルド。
俺は今、曜術師の昇級試験を受けて今しがた二級を取得したのだ。
……とは言っても、俺はもう水の術の最終奥義たる【アクア・レクス】をわりと使えるようになってたし、木の曜術師には必要な事だったらしい複合術も成功していたから、昇級は呆気ないほど簡単だった。
まあ、曜術師としての昇級試験って、薬師だとか水質調査士みたいな技能を測る物じゃないので、ちゃんと練習して術をある程度強化できてれば二級までは簡単に上がれるんだけどね。大変なのは寧ろ技能試験の方だよ。
……とは、ブラックの弁。
俺は技師の称号を手に入れるつもりはまだないので、それは考えないでおく。
この世界で資格沢山持ってても、面倒なことになるだけだしな。
とにかく、これで晴れて俺も上級曜術師の仲間入りってワケだ。
しかし専属依頼ってえらく沢山あるんだな。
「ええと……クグルギ様は日の曜術師と言う事ですので、水、木それぞれの依頼とその他、傭兵としての物などもございますが……どういたしましょう?」
あまりに多すぎて、シーミアさんは困っているらしい。
しかし、俺はもう行先を決めていたので、申し出を丁重にお断りする。
俺が昇級したのは、あくまでもクロウの首輪を取ってやるためだ。
それが無かったら、俺は今でも低級で留まっていただろう。だって、級上げてもロクなことないし。
でも、今回ばかりはそうせざるを得ないのだ。
残念そうなシーミアさんにお礼を言って、俺は試験会場を出る。ギルドのロビーに戻ると、そこにはロクを首に巻いたブラックが座って待っていた。
「ツカサ君、おめでとう!」
「おめでとって……結果を聞いてないのに即祝福かよ」
「僕が教えたんだもん、ツカサ君なら二級なんて軽いと思ってたよ」
にこにこと人懐っこく笑いながら断言するブラックに、なんだか言い返す言葉も無くて俺は頭を掻く。
まあそりゃ、俺にとってはブラックは師匠でもあるし、師匠なら弟子の力なんて見抜けて当然だろうけど。
でも、はっきり言われるとなんか恥ずかしいな。
「じゃあ、これから“うっかり”噂を振り撒きに行こうか」
ブラックの不可解な言葉に、俺は頷く。
何故ブラックがそんなことを言ったのかを、俺は理解していたからだ。
だって、この昇級試験を受けたのも、ブラックと“うっかり”をやらかそうとしているのも、全てある計画の為だからな。
俺はラッタディアに帰還してからの事を思い出しつつ、再度気合を入れ直した。
◆
そもそも、なぜ俺が術師としての等級を上げたのかというと……クロウの隷属の首輪を解除する為に必要だからで、必要に迫られての事だった。
クロウの現在の契約主は、まだギアルギンって事になっている。だから、未だにクロウは自由になっておらず、国に帰る事が出来ないのだ。
首輪の解除しようとしても、契約主を書き換えなきゃそれも出来ない。
でも、ギアルギンは逃げてしまってどこへ行ったか解らなかった。
と言う事は、俺達にはなす術がない訳で……。
絶望的な状況に落胆した俺達だったが、幸いなことに……と言うか、本当に偶然なのかと疑いたくなるほどに、シアンさんは都合のいい情報を持っていた。
その情報とは、ある場所で実しやかに囁かれていると言う噂。
『ジャハナムの秘密劇場に、どんな道具も分解して直してしまう男がいる』
――そんな、つかみどころのないものだった。
シアンさんのこの情報に、俺は「それがクロウとどう繋がるのだ」と思ったが、この世界では、己の作り上げた物以外を即座に理解して組み立て直してしまう人間と言うのは、非常に稀な存在なのだと言う。
俺の世界で言うと、既製品のパソコンをバラして組み直せるって感じだろうか。うーん、そう考えるとめっちゃ凄いかも。俺メカだめだから余計にそう思うわ。
しかも、その男は道具に新たな能力を付加させる事も出来ると言う。
それほど凄い人物なら、噂になってもおかしくはないよな。
だから、その男の力を借りる事が出来れば、ギアルギンを使わずにクロウの首輪を外す事が出来るのではないか……とシアンさんは思ったらしい。
確かに、それほどの力の持ち主だったら解除とまでは行かなくても、別の方法を見つけてくれるかもしれない。どうすべきかと手をこまねいている暇があるなら、ダメモトでその男に接触しても無駄にはならないだろう。
ただ、シアンさんが“最初っから用意していたかのように”この情報をくれた事がかなり気になったが、まあ、どうせそれを今考えても仕方のない事だろう。
どの道それ以外に方法はないのだ。
他の思惑が有ったとしても、今は乗っかるしかない。
ってなわけで、俺達はその『ジャハナム秘密劇場の男』に接触するために作戦を立てたんだけど……。
「にしても、厄介だよな……」
広くて大きな酒場のちょうど真ん中。テーブルがひしめき合ってぎゅうぎゅうになっている場所で、俺達は周囲の喧騒を聞きながら夕食を摂っていた。
久しぶりの酒場はちょっと楽しいが、でも、相変わらず食事は手放しに美味いと言えないわけで。
アルコール分ゼロのまずいエールを飲みながら、俺はトカゲの丸焼きにフォークを立てる。香草入りで香り高いこの肉は、酒のつまみに持ってこいなのだそうな。
でも俺としては夕食用だ。切り分けて、起きぬけて腹ペコなロクに分けつつ、俺は尻尾を食む。うん、尻尾だ。末端の割に肉厚で弾力が有る。
……動物解体してるし、もう怖い物なんてないわい。
「それ美味しい?」
「まあまあ。味が濃いし、酒には合うかも。でも単体で食べ続けるのは辛い……」
「そっか~。いやあ、トカゲを食べるツカサ君も可愛いねえ」
うるへー好きで食ってんじゃないぞ。
美味しいけど、肉はやっぱ鶏肉が食べたい。
厚い肉が食えるだけ有り難いんだけどさ。
そんな野性的な俺を笑顔で見つめつつ、ブラックは安物のワインを飲んだ。
こんなものでも多量に飲めば酔える。そう言わんばかりにグラスを煽る相手に、俺はでっかい溜息を吐いてフォークの尻をテーブルに突き立てた。
「なあ……俺が曜術師でぇ~すって騒ぐのはいいけどさ、それで本当にジャハナムの人達が騒ぐかな? この街って、曜術師って事がバレたら大変な事になるんだろ……かなり危ないと思うんだけど」
そう言うと、ブラックは俺の側の皿からトカゲの足を取って食べる。
「ああ、それ、ラッタディアまで送ってくれたお爺さんが言ってた事だよね。でもそれって、多分どんな大きな街でも一緒だと思うよ。……ライクネス以外の国は、蛮人街みたいに人を区分してないから、どこにでも悪人が潜んでいるってだけ。ま、だからこそ色んな人種が滞在しやすくも有るんだけどね」
「なるほど、だから迂闊に喋ってると、すぐ隣に隠れてるかもしれん悪人に攫われちまうってことか」
「そういうコト」
ライクネスの蛮人街は悪習の権化だと思ってたけど、そう考えるとなんとも言えなくなるな。人類皆平等で悪人もフリーパスにするか、徹底した身分制度で下層を見下す方向で行くのか……うーん、人権問題とかは苦手だけど、どっちも良いとは言えない。
でも、今回はその「悪人もフリーパス」が役立つわけだ。
とは言っても、ジャハナムの人がこの酒場に居るのかどうかは不明だけど。
「一応、ラッタディアで一番でっかい酒場に来ては見たけど……どうかな、そういう人達いるかな? 俺全然見つけられないんだけど」
「いなくても問題ないよ。噂ってのは下らない物でも一人くらいは流すもんだからね。二三度騒いだら、後はのんびり待ってればいい」
「うーん……」
でも、正直あんまりそういう人には近寄りたくないな……。
だって、ジャハナムってのは――――
ラッタディアの【裏社会】の名称なんだから。
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