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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
28.シーポート炭鉱窟―黒幕―
しおりを挟む「く、クロウさーん」
「グアアァ」
「どこいくんすかー」
「ガァア」
駄目だ会話にならない。
それにしてもリミッター外れた獣人って凄いな、こんなに高く飛べるんだ。
強風に髪を乱されながらも、俺は地上を見渡した。
山の周辺は見渡す限りの荒野で、そこに申し訳程度に森が点々と続いている。
街も村もない、ただの荒野が広がるばかりだった。
そこまで高く飛んだわけでもないので、もしかしたら俺の視界の外に町が有るのかもしれないけど、少なくとも俺の視界には廃墟か森か荒野しか見えない。
あの廃墟、もしかしてここが炭鉱だった頃までは生きてたんだろうか。
「……っていうか、こんな飛び上がってどうすんの!」
地上ではまだ獣人達が兵士と争ってるし、俺はブラックとクラレットを見張ってなきゃいけないんですよクロウさん。
でも、この暴走鬼モードなクロウじゃ話しても理解して貰えないだろうし……。
「だああ一体どうしたら良いんだああああ」
このままだとどこに連れて行かれるかわからん。
かと言って、俺にはどうする事も出来ないし……いや、待て、何かあるはず。
俺のウェストバッグには何か入っているはず!
ごそごそとバッグを探る間にも、クロウはブラック達の居た森から遠く離れて、炭鉱のある方へと下降を始める。やばい、飛距離はそうないみたいだけど、何度も飛ばれたり、低い距離で長く移動されると、ブラックに追って来て貰えん。
焦ってバッグの奥の方に手を突っ込むと、もぞりと動く感覚が有った。
もしやロクが起きてくれたのか。慌てて引き出すと、寝惚け眼のロクがぼけーっと俺を見返していた。
「ろ、ろ、ろく頼むっ、コイツに落ち着くように言ってくれぇええ」
「キュ……? ウキュ~……」
ぼけっとしながらも、ロクはクロウに向かってキューキューと鳴きだす。
すると相手にも伝わったのか、クロウが不意に俺達を見た。その刹那、どすんという強い衝撃が俺を襲う。ぐええ、地面に着陸してるっ。
衝撃に硬直しつつ目を開くと、眼下に獣達が兵士を縄でふんじばってる姿が見えた。どこだろうココ、と思っていたら、物凄い音を立てて地面が崩れ始める。
なんだこれと慌てて地面を確認して、俺は思わず絶句した。そこはなんと、炭鉱の入り口の上だったのだ。って事は……これ、入り口崩れてるって事だよな!?
「おおおおい!中に人居るんだってばっ、何入り口埋めちゃってんの!」
「グルルルル」
「ウギュー」
ロクが伝えてくれる言葉によると、偶然とのこと。偶然じゃねーよ畜生。
っていうかお前、まだ意識あんのかよ!
なんでいう事聞いてくれないの!
「こらっ、クロウ! ここから離れてっ、離れなさい!」
「グゥウウウ」
歯を剥き出しながらそう言うと、クロウはまたそのまま飛ぶ。
いや、離れろとは言ったけどこの場所から遠ざからないで下さいよぉお!
ロクも慌ててキューキュー言ってくれるが、クロウは今度は聞く耳など持たないらしい。これにはさすがのロクも怒って、俺の肩を伝ってクロウに噛みついた。
しかし、悲しいかなロクの攻撃力はあまりない。
クロウは若干顔を歪めたが、再び高く舞い上がってしまった。
うわあ、Gが。重力が凄い。気持ち悪くなっでぎだ……。
思わず青ざめる俺に構わず、クロウはそのまま飛んで炭鉱の裏側へと移動する。
すると、下界に何か四角い箱のような白い建物が見えた。
なんか、療養所みたいな建物だな。俺の世界の二階建てのビルのようだ。
そのビルに、クロウはためらいなく突っ込んだ。
……突っ込んだってのは、文字通りだ。
もう、なんの躊躇もなく、ためらいもなく、真っ平な屋根に足から接触して、轟音を立てながら一階と二階の境を突き破ったのだ。
「ひぃいいいいいい!!」
瓦礫から出る砂煙をモロに被って、息が止まりそうになる。ロクを庇いながら、目に異物が入らないようにと、俺は頭を必死に縮こめながら耐えた。
本当なにやってんのこの人ぉおおお!
「キュー! キュキュー!」
ロクが必死に抗議してくれるが、あまり効果はない。
新たに出来上がった瓦礫の中、クロウがゆっくりと立ち上がる。
もちろん、俺はがっちりホールドされたままで微塵も動けない。
ぐうう……クロウが派手な音を出してぶっ壊したから、ブラックも俺の居場所に気付いてくれると思うけど……。
でも、ここって一体なんだろう。
一階はワンフロアのみらしく、一つの長い机が幾つかならんでいて、その上には机ごとに異なる機械らしきものが設置されていた。どうやら、何かを作る工程ごとに机が分けられているらしい。
と言う事は……もしかして、ここが加工場なのか?
「クロウ、お前一体なにしに……」
そう俺が言おうとすると。
「ああ、ちゃんと連れて来たな。その程度は出来るか」
がちゃりと扉の開く音がして、聞き覚えのある声が近付いてきた。
完全に死角になっていた、背後の扉。必死に首を動かして振り向いたそこには、思っても見ない人間が立っていた。
「お、まえ……ギアルギン……?」
「契約を上書きされかけた時には焦ったが、結果的には上手く行って良かったよ。あのバカが勘違いし続けてくれたおかげで、リミッターも解除できたしね」
クロウが相手の方を振り向く。抱え上げられた俺も振り向かざるを得なくなり、俺は憎々しげにギアルギンを睨め上げた。
しかし、相手は余裕を崩さず笑っていて。
「どういう事だ……」
「どういう事も何も、こういう事だ。クロウの力を押さえていたのは、あの男じゃなかった。あの男はただの力の増幅器にすぎんと言う事だ」
クラレットと同じようなことを言うギアルギンに、俺は顔を歪めた。
だけど、頭の中で色々と疑問だったことが氷解しそうな気がして、俺は続ける。
「じゃあ、クロウがこうなったのも……お前の仕業だって言うのか」
「ほう、興味が有るか? 流石だな」
「……どうなんだよ」
一瞬怒鳴ってやろうかと思ったが、今ここで相手を怒らせる事は得策ではない。
ギアルギンが何かを知っている事は確かだ。それに、クロウをこんな風にした術を掛けたのはギアルギンに他ならない。だとすれば、こいつはクロウを元に戻す術も知っているはず。俺は警戒しているというポーズを崩さずに、少し身じろいだ。
ギアルギンはそれを居心地の悪さの表れだと思ったのか、更に口を笑みに歪めると片手を差し出す。
「まあ、この状態でお前が逃げられるわけもないか。……教えてやろう。この男の隷属の首輪には、少々細工がしてあってな……クラレットがある言葉を叫ぶと、この熊のリミッターが外れるようになっていたんだ」
「外れるって……じゃあ、暴走してた訳じゃ……」
「ないな。いま大人しくしているのがその証拠だろう? ま、クラレットは勝手にコイツの飼い主だと思い込んでいたようだがな。しかしそれは勘違いだ。あいつに掛けていたのは護法ではない。俺の力を伝達するための延長線だ。まあ、俺の力が一時的に付加されていたから、護法と言えるかも知れんが……」
クロウを守護獣としていたのは、クラレットではなかったのか。
まさか、全部ギアルギンの力だったなんて。
でもこの男の言葉が本当なら、色々と納得できる事も有る。
クラレットの命令にクロウが従わなかったのは、クラレットが直接の使役者ではなかったからだ。力を伝達する為って言ってたから、ギアルギンは何らかの方法でクラレットの口から自分の言葉を伝えていたんだろう。
だから、クロウは言う事を聞かないまでも飼い殺しにされていたんだ。
護法はいわば糸電話のような役割をしていた。
そして「アレ」と言うのは、事前にギアルギンが命令していた事に違いない。
「クラレットがあの言葉を言った時に、力を解放しろ」……なんて命令でもしておけば、クラレットにはちょうどいい目くらましになる。
「じゃ、じゃあ、クロウが勝手に出歩けてたのは……?!」
「知っているか? 相手を凌駕する力を持つ人間が主なら、守護獣は自在に従えられる。ましてや、隷属の首輪の構造を知る物なら尚更だ」
構造を知る。じゃあ、もしかしてクラレットに隷属の首輪を与えたのも、獣人達に首輪を嵌めると良いなんて入れ知恵をしたのも……――――。
目を見開く俺に、ギアルギンはすべて心得ているとでも言うように口端を吊り上げた。
「バカは扱いやすくて困る。そう、この図体ばかりの『飼い殺し』もな」
全ての元凶は、こいつだったのか。
そう思うと怒りが込み上げてきたが、今の俺には殴るすべもなかった。
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