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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
16.連載あるある:話が込み入ると復習回が来る
しおりを挟む「その装備で大丈夫かい?」
「大丈夫だ、問題ない」
ってこのやりとりどっかで見たな。いや、そんな事言ってる場合じゃないか。
休暇から一転、完全に冒険者モードに切り替わった俺達は、昨晩話し合ったことを踏まえてこれからどうするかを考えていた。
まず、どうやってブラックを療養所に連れて行くか。
そしてブラックを連れて行って、どうやって獣人達を助け出すか。助け出した後で首輪はどうするのか……などなど。
案外真面目に話し合ったせいで軽く夜更かししてしまったが、数時間寝られればどってコトはない。ブラックにガン掘りされた次の日よりナンボかマシだ。
そうして策を考えた俺達は、今それを実行すべく装備を確かめてる訳で。
「しかし……不安だなあ。昨日襲われた場所にまた一人で行かせるなんて」
「今度は襲われないから大丈夫だって、強力な味方もいるんだし」
「その味方に襲われないかと心配なんだよ。ツカサ君たらドジで運動音痴ですぐ誰かに犯されそうなくらい迂闊なんだもん。まあそこが可愛い所だし、ムラムラしてすぐにセックスしたくなる所なんだけどね!」
「……俺……なんでお前と一緒に旅してるんだろうな……」
てめーこの好き勝手言いやがって。でも全部その通りだよコンチクショウ。
クロー……ワッサン? ヤバい忘れた。クロワッサンみたいな名前の熊の獣人が勘違いしたおかげで、またブラックに言われ放題だわ。
会わせた時に殺し合……ギスギスしたらヤバいと思って、クロワッサン(仮)が俺を強姦しかけた事は誤魔化したけど、バラしたほうが良かったかな。
そんな俺の逡巡に気付かず、ブラックは難しげな顔で首を傾げる。
「シアンには僕から伝えておくけど……世界協定の使者が来るのは早くても二日後だと思う。その間に獣人を逃がすか隠されないようにするか……」
「うーん……首輪の契約を無効に出来れば話は早いんだけど……アンタの話じゃ、元の契約者の手を借りなきゃいけないんだろ?」
そう。ブラックはなんと隷属の首輪の解除方法を知っていた。
「解除方法? ああ、それはねえ」と来た時には驚いたもんだが、良く考えたらブラックは博識中年だもんな。さっさと聞いときゃよかったよ。
でも、教えて貰った解除法は、なんとも難しいものだった。
隷属の首輪の解除は、主人が死ぬ前に解除の宣言をする他ない。主人が死んでも首輪の効力は残り続けるので、守護獣は永遠に解放されないのだ。
そのため、首輪を外すには「新たな主人が契約を上書きしてから解除する」と言う手間が必要になる。
契約を上書きする方法は、普通に行われるなら簡単だ。現在の主人が手を触れながら、次の主人が首輪に血を垂らすだけでいい。それで契約を上書き出来る。
だけど俺達の立場で考えると、それはとても難しい事なのだ。
契約の上書きは、基本的に双方合意の上でないと出来ない。
こっそり解放しようと思ってる俺達には無理だ。
主人が死亡した場合はまた違う契約方法があるらしいけど……今は割愛。
「契約者が首輪を外すってんなら、事は簡単なんだけどねえ。契約者が首輪に触れて解除の呪文を言えばいい。だけど……クラレットって奴の私兵達ならそんな事はしないだろうしね。呪文だって簡単には吐かないだろう」
ちなみに、解除の呪文は人によって違うらしい。
サイトのパスワードみたいに、自分の好きな言葉を登録できるのだそうだ。
つまり、これは一番厄介なパターンである。
人それぞれの解除呪文なんて調査二日目の俺に解る訳もなし、探る時間は無い。ってことは、やっぱ強行突破になるけども……。
「相手はお金持ち……っていうか、リュビー財団の関係者なんだよなあ……。ヘタに目を付けられたら困るし……どうすっか」
「クラレットみたいな人間が居る以上、どれだけ評判のいい団体だろうが、内部がどんなものか解ったものじゃないしねぇ……」
「だよなあ……長くて凄いトンネル掘れるくらいの金が有るって時点で、関わったらヤバいよ。ただでさえ俺、厄介な能力持ちなのに」
ブラックの話では、リュビー財団は北方の国の商会・金持ち・貴族達が集まって出来た集団で、慈善活動や地域開発やらを手広く行っている団体らしい。もっともこの情報はブラックが隠遁生活に入る前のものだから、今とは違う可能性がある。
クラレットみたいな悪党が在籍してる以上、関わるなんてとんでもない。
もし目を付けられて俺の力がバレでもしたら、「お前がこの巨大ロボットの心臓じゃー! 死ぬまで働けー!」とか言って放り込まれて動力源にされかねん。
だから、ヘタに動けなかった。
ヘタに動いて良いなら、曜術でぶっ潰して無理矢理言う事聞かせるのに……とは、深夜のテンションで頭がちょっとハイになってたブラックの言葉である。
やっぱりこのオッサン誰かに逮捕して貰った方がいいんじゃないかな。
「とにかく、まずは情報のすり合わせと手がかりの調査だ」
「まあ……危険がないって言うなら良いけどさ。本当無理だけはしちゃダメだよ、ツカサ君。二度目は相手も怪しむだろうから」
「うん、解ってる。今度はロクも連れて行くから平気だ。通る道は解ってるし……もう、みっともない事にはならねーよ」
泣いてばかりじゃ男が廃る。俺は強くなるって決めたんだ。
だったら、やっぱり自分自身で折り合いをつけて進んでいくしかない。
今は弱いから、ロクの力にも頼るしブラックにも頼る。危険が少なくなったら、自信満々に飛び出す。情けないけど、今の俺にはそれが丁度いい。
自分の力は解ってるから、今度はもう大丈夫。
しっかりと水晶を持って準備万端と親指を立てると、ブラックは俺の気持ちなどまるで解っていないかのように、詰まらなそうな顔で口を尖らせた。
「クズがちょっかいかけなかったら、僕としては昨日みたいにツカサ君に縋られるのは大歓迎なんだけどなあ」
「ちょっと黙ろうかブラック君。……ったく、もう時間ねーから行くぞ!」
そう言って踵を返した俺に、ブラックが追いすがるよう手を伸ばしてきた。
「待って、なんか忘れてない?」
「…………何も、別に」
忘れてませんよ。水晶も持ったし回復薬もあるし、ロクもちゃんとバッグの中ですよ。と、知らぬ顔で切り抜けようとしたが、やっぱり切り抜けられず。
目の前にブラックが立ちふさがって来て、にっこりと笑った。
「行ってきますのキスは?」
「…………」
「昨日約束したよね。良い思いさせてくれるって」
ぐうう……。コイツ本当そう言うのだけは覚えてるんだからなあ。
でも、昨日はちょっと色々あったし……キス、くらいなら。
「……目ぇつぶれ」
そう言うと素直に目を閉じたブラックの頬に、俺は軽くキスをしてやった。
今日も今日とて、バロ乳を頂いてから治療院の前でザイアンさんを待つ。
そして、相手が来ると早速馬車に乗って療養所へと向かう……ハズだったのだが、出会うなりザイアンさんは平謝りして来た。
どうやら彼は馬車を下りて以降ずっと不在にしていたらしく、俺が勝手に帰った事も知らなかったらしい。今朝初めて俺が一人で帰った事を聞いて、お供を付けずにすまなかったと何度も頭を下げていた。
いやー、今ちょっと疑念持ってるから、謝られても心に響かないわ。
でも本当に何も知らなかったら申し訳ないので、俺も疑念は押し隠して「構いませんよ」と言っておいた。話が長引くと良い事ないもんね。
そうして馬車に乗り込み療養所へと向かったのだが……その車中、俺は思っても見ない事をザイアンさんに問いかけられた。
「クグルギさん、あの……貴方はもしかして、木の曜術師ではないですか?」
「えっ、な、なんでですか?」
そう言えば俺ザイアンさんに一言も素性語ってねーぞ。なんでわかった。
思わず警戒する俺に、ザイアンさんは少し困ったような顔をして頭を掻く。
「いや、あの……間違っていたら申し訳ない。あの回復薬はあまりにも良く出来ていましたし、あれほどの量を所持していらっしゃるので、もしや名のある曜術師の方かと思ったもので……」
「えーと……仮にそうだとして、なにか俺に頼みたい事でも?」
素性を探ってくるっていうのは、そういう事だろう。
俺の言葉に相手は少し言いよどんだが、それでも吹っ切れたように俺に真っ直ぐ顔を向けて来た。
「実は……その……ある場所にいる男達を、治療して頂きたく……。あの、勿論、作って頂いた回復薬のお代は依頼料に上乗せします」
「ある男達って……獣じゃなく人ですか? それに薬だけじゃなく治療って……」
「それは……その、男達は治療を必要としていて、それは私達では出来ないことで……すみません、多くは申せません……。ただ、貴方は信頼に足る方だと私は確信しました。だからこそ、引き受けて頂きたいのです」
話が見えないが、深刻そうな相手の顔は嘘をついているようには見えなかった。
「俺じゃなくちゃダメなんですか」
「はい。私達には……恐らく、彼らは心を開いてはくれないでしょうから」
もしかして、ザイアンさんが頼みたい事って……炭鉱の獣人達の事なのか。でもそれってどういう事だ。俺が昨日潜入した事がバレてるのか?
だったら、もっと威圧的に来るよな。
俺の事を探ってるっていう風でもないし……。
散々迷ったが、施設が近付いてきたのを見て俺は決心した。
「分かりました。でも、俺に何かできるって保証は有りませんよ。俺はまだ素人の曜術師なので。……それで良かったら、一応診てみます」
俺の言葉に、ザイアンさんは涙目の顔を輝かせて、また何度もお礼を言った。
その姿は、やっぱり善人にしか見えなくて。
クラレットとかいう大悪党の仲間だとはとても思えなかった。
「では、早速その場所へ……」
「えっ? あの、檻の中の守護獣達は……」
「彼らはクグルギさんの治療のお蔭で回復しましたので、その……体力を取り戻すために、別の場所で……訓練をうけております。広間で治療して頂いた守護獣達と……一緒に……」
「そ、う……ですか……それは、よかった」
上っ面だけ喜んだ声が、やけに滑稽に聞こえる。だけど、自分がしてしまった事を考えれば、俺は素直に彼らの回復を喜ぶ事は出来なかった。
猿達もバイコーン達も全員、あの炭鉱へ連れて行かれたんだ。
俺が……表面上の傷を全て治してしまったせいで。
彼らにはまだ血が足りない。栄養も足りない。完全に健康になるには、まだまだ時間が掛かるはずだった。だけど、表面上の傷が消えてしまったから、こんなにも早く炭鉱へ駆り出されてしまった。
本当なら、彼らはまだ養生するべきだったのに。
そう、回復薬は体を本来の健康な状態に戻してくれるわけではない。
外傷やまだ体と繋がっている部分を治してくれるだけで、欠損した四肢や血などの「体から離された物」を補う事は出来ないのだ。
だけど、回復薬を使わない一般の人達はそんな事は知らない。
回復薬を万能の薬だと思って疑わないのだ。
そんな考えで、治りきっていない獣人達をまた過酷な場所へと送り込んだのだとすれば……獣人達は、やがて……。
「…………」
あまりにむごい結末を想像して、背筋が寒くなる。
だが、その事を知っているのだと気取られてはいけない。俺は必死に平然とした表情を保ちつつ、軽く拳を握った。
「クグルギさん、いかがでしょうか……」
なんにせよ、彼らがあの場所に連れて行かれた以上、俺のやる事はもう一つしかない。いや、寧ろ、この展開は俺達には好都合だ。
助ける対象が一か所に集まった上に、俺は堂々とあの炭鉱で情報を収集できる。そうなれば、彼らを完璧に助け出す方法が見つかるかもしれない。
シアンさんの使いが来るだろう二日後までに、解決の糸口を見つけるんだ。
「行きましょう、ザイアンさん」
「ありがとうございます……ありがとう、クグルギさん……」
嬉しい事のはずなのに、相手が罠に嵌ったと喜ぶ場面だろうに、ザイアンさんの顔は曇ったまま晴れる事は無い。
それはきっと、彼が見た目のままの善人だからだ。
俺はいつのまにか、そう信じたいと強く思うようになっていた。
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