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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
11.シーポート炭鉱窟―探索―
しおりを挟む「よし、人はいないみたいだな……っと」
隠し通路からトンネルへと入った俺は、改めて周囲を見渡した。
俺が出てきた通路はどうやら横壁に作られた物だったらしく、クラレットという人間達が出てきた場所には、ちゃんとした鉄の扉が嵌め込まれていた。隠し通路がこっちでは隠されてないって事は……ここを通る奴らは、あの通路が檻が有る洞窟に続いてるのを知ってるって事だよな。
じゃあやっぱり、療養所となにかしら関係が有るんだろうか。
うーん、扉を開いてみたい気もするけど、向こう側に見張りが立ってたら完全に詰みだし、ヘタな事はしない方が良いかな。
「トロッコに乗るのも危ないかもな……動くし隠蔽の術が効かなくなるし」
ブラックの説明によると、隠蔽の術というのは「停止している物体に曜気を纏わせて、視覚を騙し透明に見せる」という物らしく、その為物体が動いていたら曜気が散ってしまい正体がバレるのだと言う。
とは言え、実際は亀の歩みレベルで動くんなら大丈夫らしいんだけど、説明ではそれも二十歩程度が限界なんだと。ちゃんと計ってたらしい。そう言う所は几帳面よねあのオッサン。でもその情報はありがたい、いざとなったら鈍足で逃げよう。
そんな事を考えつつ、周囲を見渡す。
祭りの時の提灯のように一本の縄にずらーっと釣られているランタンは、どうやら昼夜問わず灯され続けているらしい。縄だと思っていたものはチューブで、そこから水が常に供給されているようだ。
と言う事は、近くに人がいるかどうか判断し辛いな。気を付けなきゃ。
にしても水琅石のランタンか……。
そういや、水琅石って曜具じゃないんだよな。石炭みたいに山の鉱山から掘り出されるものなんだって。そんなものが水を垂らすだけで蛍光灯みたいに明るく発光するなんて、この世界のアイテムは本当不思議だよなあ。
てくてく地道に歩きつつ、ずっと奥まで並んでいるランタンを見上げる。
どれもこれも煌々と光ってるってことは、ちゃんと整備されてるんだろうな……うーむ、こりゃ下手したら整備してる人に出くわす可能性があるかも……。
「でも……ここまで歩いて来て横穴とか無かったし……やっぱトロッコで移動してるのかな? ……っと、アレは……」
一時間ほど歩いただろうか、隠し通路もすっかり見えなくなったくらいの頃に、真正面に駅のようなものが見えた。駅と言っても、石の土台がレールの側にでんと置いてあって、看板が立ってるだけの質素な駅だ。
人気がない事を確認して近付いてみると、駅の看板には【管理室】と書かれていた。その下には、俺の世界の看板と同じく次の駅が記されている。
「えーと……右は終点、左は……なんだこれ【中継】……?」
駅名じゃないみたいでなんか怖いな。でも、こんな場所で意味のない駅を作る訳がないし、って事はこの駅と一緒でなんか重要な場所が有るのか。
でも、どのくらい先なんだろう……と考えていると、俺が今まで歩いてきた方向……つまり終点の方から、何かがレールの上を走って来る音がした。
「やっべ!! えっ、なに、来るの!?」
慌てて周囲を見回すが、隠れる場所はどこにもない。
こういう時こそ、この水晶の出番か!
「え、えと、えと……気を水晶にこめて……!」
小さな水晶を掌で握りしめ、必死に気を籠める。刹那、水晶が光り俺を淡い紫の光の膜で包んだ。それとほぼ同時で、岩壁にあった扉が開く。
ヒィッ、ギリギリやんけ!
汗をだらだら垂らして固まる俺に構わず、管理室らしき場所から出てきた二人の男達は土台……いや、駅のホームへと上がってくる。
彼らは緑色のツナギを着ていて、俺の世界の整備士とあんまり変わらない。まあ、顔立ちや髪の色とかはファンタジーだけどね。
観察しつつ息を潜めてじっと立っていると、二人は俺の隣に並んで来た。
ひぃいいホームから降りとけばよかったぁあああ!
でも動けないし、祈りつつ去るのを待つしかない。ううう、ゲームじゃこういうの得意だったのに、実際やると緊張感半端ないよう。
「それにしてもお前、聞いたか? “飼い殺し”がついに倒れたってよ」
「ハァ? あの体力バカのでくの坊が?」
「クラレット様がこき使い過ぎなんだよ。ホレ、今ってタダでさえ採掘量が落ちてるだろ。んだもんだから、鞭でビシバシーっとな」
片方の男が鞭を振る真似をすると、もう片方が嫌そうに顔を歪める。
「はーっ、クラレット様の悪趣味は治ってねえなあ……それじゃ、あいつら相手に興奮してるってのもマジな話か?」
「さてねぇ……。さすがにそんなゲテモノ食いじゃあないとは思うが……俺的にはこの位の背丈の可愛くて純朴なオトコノコのが好みかな~」
「うわー少年趣味でた。でたよこれ。お前そんなんだと婚期遅れっぞ、今時純朴な少年とかぜってー彼氏いんだろ。お前じゃムリムリ」
「墓場に入りそうなババアが好きなテメェに言われたくねえ! 婚期どころか死期の方が早く来るぞこの老女趣味野郎!」
「んだとコラ!」
い、いま俺の頭の上を手が通過した。めっちゃビビった……。
「この位の背丈の」って言った瞬間、いきなり俺の所に手が来たからマジで死ぬかと思ったよ。なにこれ、マジでギリギリだったんですけど!
俺見えてないよね、本当に見えてないよね?
ババアが好きか少年が好きかって、どっちも悪趣味だから喧嘩しないでくれよ。喧嘩でもして俺が巻き添えを食ったらどうしてくれる。
とにかく早くどっかに行ってくれ~……とかなんとか祈っていると、やっと終点の方からトロッコが一台やって来た。
あのトロッコ、どっかで操作すると、ひとりでに動いてくれるみたいだな。
じゃあ、レールの音を頼りに人がいるかどうかを判断するのもアリか。
こんな場所好き好んで歩く人間なんていないだろうしな。
トロッコに乗り込む二人をじっと観察しながら、俺はちょっとだけ安心した。
「まあでもあれだな、クラレット様よりマシだな」
「それは言えてる。サドで悪趣味でゲテモノも大歓迎とか三重苦すぎるだろ」
「上司と言えども、ありゃー無理だな」
「言えてるわ、アハハハハ」
下っ端ってどこも変わらないんだろうか。ゲームでもよくあるけど、ホント色々喋ってくれるよなあ。まあ俺の世界でも人目の無いトコで好き勝手言ってる大人は居るけどな。
作業員たちはトロッコの中のレバーを引くと、そのまま【中継】の方へと行ってしまった。
「……もう大丈夫かな?」
俺はレールの音が聞こえなくなったのを見計らって、駆け足で軽くホームを走った。すると、俺の体を包んでいた光が飛び散って消える。
なるほど、これで一応術が解けたって訳か。
使用者には分かり易い作りだな、ブラックって意外と職人に向いてるんじゃ。
「金の曜術師だし、結構上級だったら色々作れそうだけどなー」
地下水道遺跡で出会ったマグナっていけ好かないイケメンは、あんなに簡単そうに金属を動かしてたもんな。俺は黒曜の使者だから金の曜術も使おうと思えば使えるけど、素人同然の腕じゃ物を作るってのは無理だし。
いつかは金の曜術も習ってみようかな。
まあ、それより先に黒曜の使者の力をコントロールしなくちゃなんだけど。
ごちゃごちゃ思ってても仕方がないか。
俺は溜息を一つ吐いて、次の駅へと歩きだした。
管理室の中身は気になったけど、無暗に入ると罠とかありそうだしな。とにかく足で稼がなくっちゃ。
途中、腹が減ったので干し肉を齧りつつ、変わり映えのしない道を歩いて行く。
そうして干し肉を食べ終えた頃、目の前の道が急に下っているのが見えた。
きつい傾斜ではないけど、えらく下まで掘られている。
緩い下り坂を折りきってふと岩壁を見ると、なにやら看板がひっついていた。
『水漏れは管理室へ必ず報告する事、海底につき崩落の危険アリ』
ほう、ここは海底なのか。
海底……海底!?
って事は、ここってパルティア島を囲ってるミトラダ海の真下って事か!?
長い長いとは思っていたけど、まさかそんな場所にまでトンネルが伸びてるとは。じゃあ、中継って場所はなんなんだろう。
下り坂を下りるとまた先の見えない長い直線の道になって、俺は先程よりもより慎重になって先に進んだ。
息を潜めて、ずっとずっと続く道を歩いて行く。
地下水道もそうだったけど、ここも時間の感覚が解らなくなる。いや、あの場所よりもそれが酷くなっているかもしれない。地下水道には水が流れる音が有ったけど、ここは空気が動く音しか聞こえないからだ。
トロッコの動く煩わしい音ですら、今はとても恋しいと思う程に。
臭いだって、土と鉄の臭いだけで、なんの変化もない。
土のダンジョンってゲームじゃ定番だけど、実際歩くとこんな感じなんだろうな。変わり映えのしない通路をずっと歩き続けてたら、そりゃあ発狂してしまうのも解らんでもない。俺だってもう帰りたいよ。
時計が有れば「うわ、もう○時間も歩いてる!」なんて小芝居やって自分自身を慰めたりできるのに。いや、寒いのは解ってるけどさ、そんな事でもしないと乗りきれないんだよココは。
トンネルだから歌は響いちゃってダメだし、息するのも気を使うんだもの。本当このダンジョン辛すぎ。守護獣達の為だから頑張ってるけど、そうじゃなきゃすぐにでも帰りたい。一人だし。何が起こるか解らないし。
ネトゲやってた時は、ソロプレイのが気楽だって思ってたけど……この世界じゃいつも隣に誰かが居て、肩には信頼できる相棒が居たもんな。ずっとブラック達と一緒だったから、なんだか寂しくなってきてしまう。
よくよく考えれば、俺の世界とはまるで違う知らない場所に放り込まれて、一人で生計立てて冒険に飛び出すなんて、運動音痴には無謀もいいとこだ。
この世界では人が簡単に死ぬし、出会う人誰もが善人とは限らない。街を出れば人食いモンスターもいるし、他の街に行くには何日も歩き続けなきゃいけないのだ。普通の高校生だった俺には、一人でそんなこと出来る訳がない。
だけど、俺は今そんなことをやっている。
それはロクとブラックが居てくれたからだろう。
俺が旅を続けられたのってあいつらのお蔭なんだよな。
一人でずっと旅してたら精神病んでたかもしれん。本当現実って楽じゃないや。
何日間も一人で喋ってビクビクして旅続けるなんて無理過ぎ。
……やっぱ、ブラックにも少しはサービスしてやった方がいいのかな。
憂鬱になる事を考えつつ歩いていると、やがて真正面にまた何かが見えてきた。あれは恐らく駅のホームだ。管理室よりも少し豪華で、ホームのそばに休憩所のようなものが作られている。そして、岩壁には階段が見えた。
あれって……出口か!?
いや、でも、待てよ。ここで出て行っていい物か。
終点から始点まで行った方が良いのでは?
トロッコが止まってるから、整備士っぽいあのにーちゃん達はここで降りたんだろうけど……鉢合わせしたら困るしなあ。
「うーん……何かヒントないかな」
人気のない駅へと近付いて、看板を確認する。すると、次の行き先は【発車場】と書かれていた。発車場って事は、このまま歩いて行くとあのでっかい列車が有る場所に行くって事だよな。
じゃあ、そこには列車を整備する人がいるんじゃないか?
どう考えても見つかりそう。ヤバイじゃん。
「どうしよ……あっちまで行くとヘタに動けないよな。それに中継って……ん?」
よくよく周囲を見てみると、四つの階段が有るのが見えた。
中継ってもしかして、色んな場所に繋がってる地点ってことなのかな。
じゃあ、もしかしたらここに守護獣達が教えたい事の手掛かりが有ったりして。試しに近場の階段に近付いてみると、また小さな看板が張ってあった。
「えーと……鉱石加工場。あっちの階段は……ふむ、水源地……ここは管理棟で……おっ採掘場!」
どうやらここがクラレット達が話していた採掘場らしい。階段の位置が近いから、たぶんこれらの施設はそう遠くない場所にあるんだろう。
って事は、俺が上る階段は一つしかないよな。
「水源地に行ってみるか」
鉄でつくられた長い階段をそっと登り、人の気配を確認しつつ耳を澄ませる。
百段を軽く超える長さだったが、外に出られるんなら喜んで上るよ俺は。
やがて、上の方に一つの扉が見えてきた。
おおおっ、ついに出口だ!
一気に駆け上がってドアに辿り着くと、そこには古い紙が張り付けられていた。どうやら、開けたままにするとネズミやらが入るからちゃんと閉めろって注意書きらしい。つい開け放しちゃうって事は……警戒しなくていい場所って事だよな。
つまり、人がいなくても平気な場所。俺が出てもいい所だ。
意を決してそっと重い扉を開けてみると。
「…………おおっ」
気持ちいい風が、髪の毛を撫でて行く。その風に乗ってくる匂いは紛れもなく青々しい草のもので、俺は思わず扉から身を乗り出した。
そこに広がっているのは、鬱蒼とした森。少し先には囲いで守られた大きな池が有って、どこかから水が流れる音がしていた。
人の気配はなさそうだ。これなら……出てもイイかな。
恐る恐る外に出てゆっくりと扉を閉めると、俺はやっと深く息を吐いた。
「っあ~……ほんっと息がつまったぁ……」
なんだかやっとまともに呼吸が出来たような気がする。自然が多い世界に居ると、やっぱああいう人工的な空間って息が詰まるよなあ。
すーはーすーはーと何度か呼吸して、俺は改めて周囲を確認した。
「水源以外には何もないっぽい……? いや、なんかあるな」
木々の隙間から岩場地帯が見える。そこには大きな建物が建っていて、もっと先に大きな洞窟の入り口が見えた。トロッコがあるけど、土くれが乗ってるし人間用じゃないんだろうな。と言う事はあすこが件の鉱山か。
洞窟には結構人が出入りしている。見た事もない軍服っぽい服装をした兵士だが、彼らが守ってるって事はなにか重要な鉱山なんだろうか。
森は鉱山から少し遠いし、もうちょっと近付いてもいいかな。
出来るだけ音を立てないようにしつつ、俺は木々の陰に隠れて岩場へ近づいた。すると、視界がもっと開けて、今まで見えなかった場所が見えてくる。
俺が隠れている森の側に、めちゃくちゃボロい小屋が見えた。
物置小屋かな。うーん、兵士たちが居なくなれば近付けるんだけどな。
色々考えつつ暫く眺めていると、坑道からフラフラと人が出て来た。
背後からやって来た兵士に小突かれて、その人はなにやら怒鳴られつつこちらへ近付いて来る。俺は草の影に身を潜めてその様子を見ていたが、彼らの姿がはっきりと視認できた瞬間、思わず言葉を失くした。
何故なら、その足取りの覚束ない人は……ボロボロの服を着て、まるで奴隷のように首輪を嵌められていたのだから。
「ったくてめぇらは使えねえなあ! 自慢の体力はどうしたんだ!」
「ウグッ……!」
剣の柄で思い切り頭を殴られた人は、その場に倒れる。
そのうめき声を聞き取ったのか、小屋から同じような服装の男達がわらわらと出てきた。みんな首輪を嵌められていて、ボロボロの服で傷だらけだ。
その姿はとてもじゃないがまともな炭鉱夫とは言えない。
まるで奴隷だ。
息を呑む俺の目の前で、彼らはよろめきながらも倒れた仲間の所へ駆け寄っていく。そうして、何事か抗議しているようだった。
だけど、兵士達は取り合おうとしない。それどころか仲間を呼び、庇おうとした男達を殴ったり蹴ったりと笑いながら暴行を働いていた。
倒れ込んだ男の人も、苦しそうに蹲っていて動かない。
やがて首輪の付いた男達は力を失くして全員が倒れ、乱暴な兵士達によって小屋に放り込まれてしまった。
「……なんだよ、これ……」
どう考えても、ここはまともな場所じゃない。
だけど、これが守護獣とどう関係が有るんだろう。
彼らはこれを見せたかったのか?
考えて……俺は有る事に思い至った。
もしかして、彼らは守護獣の主人なんじゃないか、と。
それなら、守護獣達が檻に入れられた理由も、職員の人達に従わなかった理由も理解できる。自分が認めた主人をああして虐げられているから、抗議の為に暴れていたのだ。自分達を自由にしろ、主を自由にしろ、と。
……じゃあ、あの療養所がこの鉱山と繋がってる理由は。
「まさか…………」
あの療養所は、この炭鉱の男達の守護獣を捕えておくための場所だというのか。あんなにモンスター達を慈しんでいる人達がいる、あの場所が。
「……いや、まだ断定はできないよな」
決めつけるのはまだ早い。
今の状況では情報が足りな過ぎる。もっと観察して、調べなきゃ。
幸い日はまだ高い、帰る時間を考えればまだここで色々と探れる。療養所で俺が消えたことに関しては、色々と策を弄してあるから心配はない。
何より、あんな事をしてる奴らが許せないんだ。
このまま帰るなんて絶対に出来ない。
守護獣達がこの事を伝えてきたとすれば、俺にはこの事実をきちんと知る義務がある。例え守護獣達の事に関係ないとしても、見過ごせなかった。
とにかく、どうにかしてこの場所がどういう物なのかを知らなきゃ。
俺は気の木陰に体を伏せて、どう動くべきかを考える事にした。
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